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8月1日(土) 書評:山田敬男著『新版 戦後日本史-時代をラディカルにとらえる』学習の友社 [論攷]

〔以下の書評は、雑誌『経済』2009年8月号に掲載されたものです〕

書評:山田敬男著『新版 戦後日本史-時代をラディカルにとらえる』学習の友社

 本書は、戦後日本社会についての「通史」である。本書を読むことによって、第二次世界大戦後の日本が、どのような経緯を経て、今日のような政治・社会・経済のあり方にいたったかを知ることができる。
 現在を知るためには、過去を学ばなければならない。そのために役立つような戦後日本についての手頃な「通史」は、沢山あるようでいて実は少ない。この点に、本書刊行の大きな意義を認めることができる。

 しかも、本書はただの「通史」ではない。いくつかの際だった特色を持っている。
 その第一は、戦後史を見る視点である。筆者は、「私の戦後史を見る視点」として、日米関係とアジア関係、社会運動、日本社会の複合的性格の三つを重視している。このなかでも、特に、「競争主義・企業主義と民主主義の対抗関係」「両者のせめぎ合い、共存」という戦後社会のとらえ方が重要である。
 これは六〇年代に形成され、企業主義は九〇年代以降大きく変容して社会統合の基盤が不安定化していること、民主主義は八〇年代から九〇年代にかけて危機的状況におかれたが今世紀に入って社会変革の新しい可能性が生まれつつあることの両面が指摘されている。
 戦後社会の性格に対するこのような“複眼的視角”によって、戦後の歴史的経過を立体的に、かつダイナミックにとらえることが可能になっている。
 第二は、戦後日本の政治・社会・経済についての基本的な事実が網羅されているだけではなく、歴史的事象の「問題点」「意味」「特徴」「教訓」などが、その都度明らかにされているということである。これは、とりわけ本書の大きなメリットである。
 たとえば、戦争責任、東京裁判、講和条約、新安保条約、日韓基本条約などについては、その問題点が整理されている。また、一〇月闘争、二・一ゼネスト運動、憲法の三原則、六〇年安保闘争、革新自治体の経験、ベトナム戦争などについては、その意味が明らかにされている。
 さらに、六〇年代後半の社会運動、「国連女性の一〇年」と女性運動の高揚、小泉「構造改革」などについては、その特徴が示されている。三池争議の教訓や労働法制改革の主な狙いなどについても整理されている。本書全体にわたって、分析的な叙述と教育的な観点が貫かれていると言ってよい。
 第三は、第二次世界大戦と戦後改革の記述が重視されているということである。これは「敗戦と戦後の改革の意味を振り返り、戦後史を再検討することが極めて重要」であり、「戦後史」理解の前提として「第二次世界大戦とはどのような戦争であったのかを考えることが重要」だという著者の認識を反映したものである。その結果、本書の全七章のうちの二章がこれに当てられている。
 「戦後日本史」でありながら、それ以前の戦争に多くの記述が割かれているのは、「過去の侵略戦争に対する反省の問題」が深く関わっているからである。これは「克服しなければならない歴史的課題」であり、そのためにも「過去の侵略戦争」の実相を明らかにする必要があると判断されたためであろう。これも本書の特徴であり、評価すべき点である。

 しかし同時に、このことは別の問題を生む結果になっている。それは、戦後史の前半部分に多くのスペースが取られ、後半部分が手薄になっているという問題である。
 本書の中間にあるのは六〇年安保闘争についての記述であり、ここまでに扱われている前半部分は一五年、後半部分は四五年である。戦後史の前半部分が後半部分の三倍の記述になっているというのは、やはりアンバランスというほかない。
 もう一つの問題は、一九七五年という年の意味が明確にされていないという点である。著者は、戦後史の時期区分として、第三期を七四年までとし、第四期が七五年から始まるとしている。ここで問題となるのが、七五年という年をどう位置づけるのかという点である。具体的にいえば、「スト権スト」をめぐる評価ということになる。
 七五年に八日間にわたって実施された「スト権スト」は、戦後労働運動が攻勢から守勢へと追い込まれる分岐点になった。国民の政治意識や社会意識の点でも、この前後では大きな変化があった。しかし、本書では「七五年の公労協の『スト権スト』の挫折」とされているだけで具体的な内容については記述されず、その意味や教訓についても触れられていない。社会・労働運動を重視する本書の「視点」からすれば、いささか惜しまれる点である。
 同様に、八七年の韓国の「民主化宣言」についての記述でも、その後の韓国社会を大きく変容させた「労働者大闘争」に触れられていないのも物足りない。これは、日本の戦後改革における労働運動の高揚に匹敵するインパクトを、韓国社会に与えたと思われるからである。

 とはいえ、戦後の日本がたどってきたそれぞれの「時代をラディカルにとらえる」という点で、本書は基本的に成功している。歴史認識や日米関係の問題点、日本経済のあり方の根本的転換などの「歴史的課題」の背景とその重要性を理解するうえで、本書は極めて有益である。二一世紀における日本の前途を切り拓くためにも、本書が大いに活用されることを期待したい。


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