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11月10日(火) 「反転」へのとば口に立つ民主主義-政権交代後の課題とは何か(下) [論攷]

〔以下の論攷は、2009年9月24日にアジア記者クラブの定例会で行われた講演のテープを起こしたものです。かなり長いので、3回に分けてアップい、最初のリードと最後の質疑応答は省略させていただきます。〕

「反転」へのとば口に立つ民主主義-政権交代後の課題とは何か(下)

■ 政権の哲学・姿勢・方向性

 鳩山新政権の課題だが、政権の哲学・姿勢・方向性を、まず問題にしなければならない。政治におけるインフォームドコンセント(正しい情報を得た上での合意)を実現する、きちんとした説明と情報の公開、信頼と納得に基づいた政治運営をやることが第一だ。年金情報を開示したり外交密約を公開したりすることも必要。外交密約で問題になったのは4つあって、1つは核兵器の一時的な持ち込み(トランジット)で、これは除外する密約があったというわけだ。岡田克也外相は「調査する」と言っているが、調査した後が問題でトランジットまで禁止すると、きちんとアメリカに要求できるのか。逆に、トランジットは例外だということを公式に認めてしまうのか。今後の対応が注目される。2番目に朝鮮有事の際の自由出撃で、在日米軍基地から自由に攻撃していいですよという密約。3番目に、沖縄への核の持ち込み。これは貯蔵・保管(イントロダクション)の問題だ。4つ目が、沖縄返還に際しての現状復元・補償費用の肩代わりの問題。これは毎日新聞の西山太吉記者が暴露し、後の「思いやり予算」(在日米軍駐留費)の原型になったと言われている。
 それから外交・安全保障の問題だが、日本としての意見をちゃんということだ。アメリカが「A」と言えば、今までの日本政府は「ご無理ごもっとも」ということで、そのまま受け入れてきた。今度の民主党政権は日本としての独自の見解、たとえば「B」を対置しなければならない。ここから交渉が始まる。米軍基地の問題で、今まで政府は沖縄県民を説得しただけで、アメリカとは交渉しなかった。ようやく日本国民や沖縄県民の立場に立って、アメリカと交渉しようとする政府が登場した。
 また、安全保障の問題では非軍事的国際貢献のための具体像を示すことも課題になる。これはアフガン問題でただちに問われる。インド洋での給油活動を単純には継続しないで、来年1月の法律の期限切れで帰ってくることになるだろう。インド洋の給油活動と言ってもアメリカはほとんど給油を受けていない。パキスタンの艦船が中心で、それくらいならパキスタンへの経済援助や民生安定のための人的貢献を行う方がよい。また、アフガンへの人的貢献では、たとえば中村哲医師がやっているペシャワール会に対して国がお金を出す形でも貢献はできるし、非軍事的な国際貢献は可能だ。そもそも憲法9条は非軍事でやれと言っている。お金だけでなく非軍事的な面での人的な貢献も、憲法的な要請として受け止めて具体化することが今後必要になるだろう。
 核廃絶問題では非核の世界に向けてのイニシアチブを取る。これはオバマ政権がそういう方向を打ち出しているわけだから、日本も唯一の被爆国としてイニシアチブを発揮することが必要だ。国際的な役割ということで言えば、周辺国や新興国との連携強化を目指す。北朝鮮問題では話し合いによる解決を図る。自民党は解決するそぶりを示すだけで、その実、これを政治利用するために先延ばししてきたきらいがある。これは6カ国協議 米朝2国間協議と並行して行うことになるだろう。
 3点目は経済・産業政策。これについては、堅調な内需の喚起を図る、輸出をアジア・途上国に向けた方向にシフトする、多国籍型大企業の優遇を改め中小零細企業への支援に力を入れる、緑のニューディール、福祉のニューディールの理念の下に新しい産業、技術、ニーズを開拓する―といったことが必要になる。鳩山政権には成長戦略がないと言われるが、経済発展のための取り組みとしては、このように既に示されている。「コスト・イデオロギー」、つまりコスト削減を最優先にして国際競争力を付けるのではなく、技術、技能、品質、あるいはニーズへの即応性といった面で日本の競争力を高め、「技術立国」を目指す。かつてはそういう目標を掲げていた。それをもう一度目指すことが必要だ。
 4番目は生活支援。「バラマキ」との批判もあるが、今日のような経済不況の下では所得の再分配が重要だ。直接的支援による可処分所得の増大をやらなければならない。「長生きを喜べる社会」「子供を産むと得する社会」への転換は新政権の大きな課題。日本は長寿社会だが、長生きをしたことが喜ばれない、本人もなかなか素直に喜べない。こういうう社会であってはいけない。「子どもを産めば損をする社会」を、「子どもを産むと得する社会」に変えてることによって、少子化を反転させることが必要だろう。貧困と格差の広がり、日の丸・君が代の強制、教育基本法改定による教育のゆがみなどを是正する政策も大切だ。

■ 税金は累進課税で

 公費を節約しても財源が不足することは将来あり得る。増税を恐れてはならないが、問題はどこから取るかだ。税金を取る場合、貧乏人から取らずに金持ちから取ることをはっきりさせるべきだ。どうすればいいかというと、簡単なことだ。累進課税をバブルのころに戻せば良い。2000年ごろの累進税率に戻せばかなりの財源が得られる。軍事費を削る、大企業優遇の税制を改めることも必要だ。もう一つ、これは私の持論だが、相続税を多くしろということ。自分の孫や子に相続させるのではなく、次の世代全体に相続させる。高所得者の相続税を高くして、その税金を教育や保育、少子化対策に使うべきだ。もう一つ持論がある。皆さんの中でも反対が多いかもしれないが、たばこの税金を上げることだ。1箱1000円にし、その代わり酒税を下げる。特にビールは半分近くが税金で、とんでもない話だ。私としては、日本酒の税金も下げてもらいたい。日本の歴史と文化によって育まれた貴重な文化財とも言うべきものだから、税金を少なくしてみんなでどんどん飲めるようにしてもらいたい。財源不足が生じたら、大企業や金持ちなど、お金のあるところから取るということを、民主党もちゃんと言った方がよいのではないか。
 5番目で、「人間らしく働け生活できる労働を」ということだ。これはディーセント・ワークといいILOが提唱している。当面、労働者派遣法の抜本改正をすることが必要だ。非正規労働者の均衡処遇を実現し、将来的には均等待遇を目指さなければならない。以下に、主な目標を挙げる。最低賃金は差し当たり800円、将来的には1000円を目指す。マニフェストにはこういう方向が出ているので、これを実現すべきだ。労働時間の延長制限は三六協定(労働基準法36条)で無制限になっているが、これを変えて時間延長の絶対的制限を制定する。夏のバカンスとして2週間ぐらいの長期休暇があってよい。フランスはバカンスで有名だが、実現させたのは1936年の人民戦線政府だ。90年代の細川内閣か村山内閣でこれくらいやっておけばよかったのにと、私はずっと言っていたが、やっとチャンスが来た。年休の現在の取得率は46%だが、100%を義務付ける。連続休憩11時間を実現する。そうすれば、12時まで残業しても翌朝6時出勤ということにはならない。9時出勤も駄目。11時まで出てこられない。11時間は仕事をやってはいけませんということを法律で定める。ヨーロッパではやっており、日本でもぜひ実現してほしい。労働者保護のためのILO条約の批准も必要だ。第1条は労働時間にかんするもので、戦前のILOができたときの条約だ。日本が批准しやすいようにいろいろ補足を付けたにもかかわらず、結局日本政府は批准しなかった。労働時間の延長の制限とか、連続11時間の休憩設定をやればILO条約第1条を批准することができるようになる。ここで挙げたような内容を具体化するための全面的な法改正を行う「労働国会」をぜひ実現し、労働者保護法の制定などをやってもらいたい。

■ 左派は「第三の道」の担い手に

 新政権における左派の役割について話したい。左派とはいったい何かだが、共産党と社民党と民主党の一部。民主党では近藤昭一・平岡秀夫さんらの「リベラルの会」、横路グループの「新政局研究会」、菅グループの「国のかたち研究会」などが左派だと言ってよいだろう。比例代表での比率は共産党が7%、社民党が4・3%、新党日本0・8%で、12・1%+アルファとなる。民主党の左派がいるからだいたい20%ぐらいになる。新福祉国家や西欧型民主主義への政治的回路という役割を果たすことになる。古い日本型企業社会、アングロサクソン型新自由主義社会に代わる新日本型の「第三の道」の担い手になるべきグループだろう。
 連立の一角を占めることになった社民党だが、連立政権の「ハンドル・アクセル・ブレーキ」の三役を果たしてほしい。民主党のマニフェストにも問題はある。いちばん大きな問題は衆院比例代表の80議席削減。今では自民党も公明党も賛成しないのではないか。選挙制度については、さしあたり、元の中選挙区制に戻すか、現在11ブロックに別れている比例代表だけにして300議席を割り振ればよい。
 社民党にもっとも言いたいことは、自民党を喜ばせるようなことをやってはならない、社会党時代に自民党の復権を許した痛恨の過去を繰り返すな、ということだ。アメリカ政府や財界、官僚の全体を敵に回さず、分断して味方に付ける。政・官・財の間の関係を変える。官僚の中にも「自民党のやり方はおかしい」と思っていた人たちはたくさんいる。そういう人たちを味方に付けて協力を得ることが必要。それから、財界はまるごと敵だという単純な対応をしてはならない。輸出志向の多国籍型製造業の場合はともかく、国内で商売をして生きていかなくてはならない企業にとっては、国民が豊かになり可処分所得が増え、モノをたくさん買えるようになることはプラスなのだ。そうすれば、景気はよくなり、モノが売れるわけだから。「大企業栄えて民滅ぶ」という言葉があるが、民が滅びてしまったら企業は栄えるはずがない。民と共存共栄を目指してこその企業の繁栄だ。国内で生きていかなくてはならない、国民相手に商売しなくてはならない内需志向型企業と手を携えていく。中小企業などは圧倒的にそうした企業だ。
 アメリカはオバマ政権になったから、民主党の鳩山新政権にとっても大変に有利な状況だ。ブッシュ政権だったらけんかになったかもしれないが、オバマ大統領やクリントン国務長官なら、話をすればそれなりに分かってもらえる可能性がある。民主党や社民党は労働組合に支持されているから労働組合の代弁者であるのは当然だとしても、労働者だけでなく国民の幅広い層に顔を向ける対応を心掛けねばならない。とくに最近、製造業の民間大企業の労働組合は労働者派遣法改正の問題で「今のままでいいじゃないか」と言ったり、温室効果ガスの25%削減に賛成できないなど、後ろ向きの発言を行っている。25%削減の目標を掲げたことは、民主党政権は従来の政権のような財界べったりという選択をしない意思表示をしたと言える。今まで大企業の社長になったような人は、周辺の反対を押し切って意欲的な目標を掲げて成功したという経験を持っている。そういう人でなければ大企業の社長にはなれない。いま、鳩山さんはそれをやろうとしているのだ。できることだけを目標に掲げ、今までやってきた範囲のことを継続する経営者は無能だと言っていい。優れた企業経営者ならそういうことが分かるはずだ。しかも温室効果ガス25%削減は地球の環境問題から言っても達成しなければならない目標だから、官・財ふくめて、国を挙げて知恵を絞り達成してもらいたい。
 次に、共産党の存在意義だ。「建設的野党として是々非々の対応をする」という方針を出したのはたいへん良かったっと思う。鳩山政権に対しても賛成できる問題については協力すると言っている。今まで、政権に対してはブレーキ役を演ずることが多かったが、これからはアクセル役も演じてもらいたい。一致点の実現を、筋を通す議論によって意識的、積極的にやるということだ。
岡田克也さんは外務大臣になる前に民主党の幹事長として共産党に申し入れをした。その時に、9月11日のブログ「克也ニュース」で「共産党はなかなか手ごわい存在ではありますが、しかし志位和夫さんの議論を聞いていると非常に参考になる、教えられるものもありますし、筋を通す議論を展開されていますので、もちろん対立する面はあると思いますが、協力できるところはしっかり協力していきたいと思っております」と書いている。筋を通す議論というのは民主党を説得するということで、政策の実現に向けてアクセル役を演じてもらいたい。

■ 人間らしく働き生活できる政治を

 「むすび」ということになるが、鳩山さんには「プロ・レイバー政権」としての真価を発揮してもらいたいということだ。「プロ・レイバー」とは労働組合によって支えられ、労働組合と友好的な関係にある政権。これも日本の歴史始まって以来のことだろう。細川政権の時は社会党が入っていたがぎくしゃくしていた。当時連合会長だった山岸さんは裏で画策した。政権をつくる上ではいろいろやったけど、政権を通じて政策を実現するという点ではいまひとつ具体的な成果を上げきれなかったという印象だ。今回は、本格的に連合がバックについている形なので、「プロ・レイバー政権」として、労働者の働き方、生活のあり方を大きく転換するような実績を上げてもらいたい。最初の100日間が勝負だろう。来年の正月の各新聞にどういう社説が出るか注目したい。
 「ねじれ国会」の中で参議院が多数だったから、参議院に野党共同で出した法案がある。これをまず実現する。これまで、衆議院では自民・公明党によって否決されたが、今度は衆議院でも通る。「ねじれ国会」で法案を出してきた成果を生かすことだ。何よりも連立3党が合意した内容を最優先し、人間らしく働き生活できる政治を実現するための「ディーセント・ガバナンス」を実現してもらいたい。
 今日は「反転のとば口に立つ民主主義」という演題だったが、政権が始まってまだ1週間ぐらいだが、民主主義の活性化による「反転」は着々と進んでいるように思える。日本の政治は明らかに転換、反転した。古い自民党が行ってきた政治、小泉内閣が取り組んだ新自由主義的な構造改革という政治によってもたらされた最悪の事態を転換させ、この2つの過去の自民党政治と決別し、新しい日本の姿をつくり出していかなければならない。ただし、労働政策の反転という点では労働者派遣法は変わっていないし、制度的・法律的にはほとんど進んでいない。教育や福祉、保育、介護、医療といった場面でもほとんど反転という方向は具体化されていない。構造改革路線に毒されたこうした分野での立て直しが、新政権の最大の課題になる。労働に関する面で言えば、雇用を拡大し、失業率を低下させることも、重要な課題になる。
 マス・メディアもまた「反転」しなければならない。牽制や批判も重要だが、同時に新政権に対しては提案し、励ますといった対応も、時には必要になるのではないか。「新しい革袋には新しい酒を」と言う。新しい政権に対しては、新しいマス・メディアのあり方が求められることになるだろう。メディアもまた、「反転」の時代を迎えつつあるように思われる。

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はぐれ雲

不躾ながら、気がついたので。数日前の記事から、タイムスタンプが1月違っています。
by はぐれ雲 (2009-11-10 10:53) 

AIU

細かい事をコメントして申し訳ありませんが、酒税の引き下げは、絶対にするべきではありません。巷に、或いは、精神病棟に溢れるアルコール中毒患者を、更に増やすだけです。しかし大幅な酒税の引き上げも、密造酒の流通の心配がありますから考えものですが。
そこで、大麻取締法の改正をして、大麻の個人栽培と売買を解禁、課税してはどうでしょうか。
様々な面でのポジティブな効果が期待出来る筈です。参照→http://asayake.jp

by AIU (2009-11-12 05:54) 

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