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1月29日(日) 韓国への駆け足の旅と3回の講演 [旅]

 昨晩、無事、韓国の旅から帰ってきました。忙しい3日間でしたが、大きな支障もなく、順調に3回の講演をこなしてきました。

 今回の旅の目的は、韓国の仁荷大学校産業経済研究所と法政大学大原社会問題研究所との研究交流協定についての覚え書きを交換することでした。いわば公務出張ということになります。
 研究所はすでに、聖公会大学校労働運動史研究所、ソウル大学校日本研究所と同様の覚え書きを交換しています。今回は3番目ということになりますが、いずれも韓国の大学の付置研究所とのものであり、これらによって韓国の大学や研究所との研究交流が一段と促進されることを願っています。
 大原社研がこのような形で韓国の研究機関などとの交流を始めたのは、今から17年前の1995年からの日韓労使関係研究プロジェクトがきっかけでした。この時の経緯については、すでに昨年11月8日付のブログ「韓国から古い友人の尹辰浩仁荷大学校経商大学学長がやってきた」に書いています。

 この年の1月に法政大学多摩キャンパスで最初のシンポジウムが行われ、その時初めて今回の覚え書き締結の相手であった尹辰浩先生にお会いしました。それ以降も日本と韓国でお会いする機会がありましたので、尹先生とは17年来のお付き合いということになります。
 また、尹先生は私のブログの熱心な読者で、今回も私が書いて忘れていたようなことまで、ちゃんと覚えておられました。私以上に、私のことについて詳しいというわけです。
 このような韓国との交流のきっかけを作ってくださった仁荷大学校の皆さん、金大煥先生や丁栄泰先生にもお会いすることができ、17年ぶりに仁荷大学校のキャンパスを訪問することもできました。当時の私には思いもかけなかったことであり、こうして再訪することができて誠に感慨無量でした。

 今回の旅で、実は、途中で一度だけヒヤッとしたことがありました。迎えに来ているはずの方と会えなかったからです。
 26日の朝、成田空港から大韓航空機に乗り込みましたが、「機体整備のため」1時間ほども出発が遅れ、到着も予定時間から大幅にズレてしまいました。心配して出口から出ましたが、それらしい人は見あたりません。
 結局、20分ほど待ちましたが会うことができず、途方に暮れて考えあぐねた末、インフォメーション・デスクまで行って館内放送をお願いしました。仁川国際空港の到着ロビーに「ジン・イガラシ」の名前が響き渡り、しばらくして迎えの方が駆けつけてきて事なきを得たというわけです。

 その後は順調で、ホテルにチェックインした後、近くの韓国式レストランで仁荷大学校の関係者の皆さんと会食。2次会で尹先生からカラオケに誘われましたが、前日の研究所の新年会(というより、その後の2次会)で飲み過ぎましたので辞退し、ホテルのバーで軽く一杯やって引き上げました。
 翌日は朝から予定がびっしりです。ホテルに泊まった尹先生と一緒に朝食を摂り、その場で通訳の方と合流して講演について打ち合わせ、ホテルを出て仁荷大学に向かい、本部棟で仁荷大学校の学長を表敬訪問してご挨拶しました。
 講演会場は隣の図書館棟ですが、本部棟よりも大きく立派な建物です。会議室には30ほどの椅子が並び、前の机にはそれぞれマイクとディスプレイが設置され、正面には「慶祝 学術・研究交流協定締結」という横断幕まで掲げられています(この幕は、経商大学校(学部)の前の路上にも掲げられていました)。

 ここで研究交流協定の覚書にサインし、交換するというセレモニーを行いました。その後、私の記念講演というわけです。
 講演のテーマは「大原社会問題研究所の歴史と現状」というものでした。パワーポイントを使いましたが、正面のスクリーンに映し出されたものは各自の前のディスプレイにも表示されます。
 午後に行った韓国労働研究院の会議室にもほぼ同様の施設がありました。お会いした人のほとんどがスマートフォンを使っていたことと併せて、情報機器の活用と普及では韓国の方が日本より進んでいるという印象です。

 昼食は近くのショッピング・モールの一角にあるレストランに行きましたが、このショッピング・モールがまた巨大です。しかも、バイキング形式で料理は豊富、そのうえ日本円なら1000円もしないという安さでした。
 食事を終え、経商大学校(学部)の学部長を兼ねている尹先生に経商学部の学部長室に案内していただいた後、通訳の方と分かれてソウルに向かいました。尹先生の車で、およそ1時間ほどです。
 韓国労働研究院は、政府や産業の中枢機関が集まっているヨイド島のビルの中にありました。大原社会問題研究所は何回か労働研究院の方の訪問を受けたことがありますので、旧知の方にもお会いできました。

 ここでも新たな通訳の方が現れ、打ち合わの後、「日本における労働再規制の経過と現状」というテーマで約1時間半、講演しました。講演の後、思いもかけず沢山の質問が出され、さすがにプロの集団だと感心したものです。
 その後、同じビルの一階にあるレストランに席を移して会食です。美味しい韓国料理とマッコリをご馳走していただきました。
 食事中にも質問が続き、私も韓国の政治・社会情勢についてお聞きし、色々と教えてもらいました。大変、有意義な時間を過ごすことができたという次第です。

 翌朝、5時半に起床して帰国の支度をし、チェックアウトの後、タクシーで仁川国際空港に向かいました。午前の大韓航空機で帰国し、途中、時間がありましたので巣鴨の刺抜き地蔵と地蔵通り商店街に立ち寄りました。
 午後の講演が予定されている会場は文京区民会館で、巣鴨が乗り換え駅だったからです。刺抜き地蔵はまだ正月気分が残っており、お年寄りだけでなく、若い人の姿もあって混雑していました。
 商店街の入り口で、年金問題についての演説が聞こえます。年金者組合の方が宣伝・署名活動をしていたのです。

 その後、三田線で春日に向かい、東京革新懇総会に参加。その後の記念講演として「野田政権の悪政を斬る-民主党政治の暴走と政治の劣化を食い止めるために」というテーマで、1時間ほど話をしました。
 夜の「新春の集い」にも顔を出して美味しい弁当をご馳走になりました。また、震災復興支援として宮城の銘酒「浦霞」をいただきました。
 こうして、ほろ酔い機嫌で帰宅の途についたというわけです。ご馳走様でした。

 3日間という駆け足での訪韓でした。密度の濃い、忙しいスケジュールでもありました。
 その間に、異なったテーマで3回講演するというのは、私にとっても初めての経験です。その準備も含めて、大変な思いもしました。
 それだけに、やりがいのある充実した3日間であったと思います。何とか、無事に役目を果たすことができたようで、今はホッとしています。

 日本はもちろん、韓国にもこのブログの読者がおられます。仁荷大学校、韓国労働研究院、東京革新懇の関係者の皆さん、大変、お世話になりました。
 この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。
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