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4月23日(月) 小選挙区比例代表並立制の推進論者に「政治改革神話」の結果責任を問う [選挙]

 昨日のブログで、「連休明けまでに2本の論攷を書き、その後、5月から7月にかけて6回ほど講演を頼まれていて、その準備もある」と書きました。
 この2本の論攷のうち、1本は「大阪条例問題と現代社会の貧困」という表題で、すでに脱稿して入稿しました。教育科学研究会編集の『教育』7月号に掲載される予定です。
 今は、「選挙制度改革をめぐる動き」について執筆中です。これは『法と民主主義』の5月号(№468)に掲載される予定です。

 この選挙制度見直し問題についての論攷を書くために、久しぶりに拙著を読み返しました。もう、15~20年近くも前に出したものです。
 一冊は、『一目でわかる小選挙区比例代表並立制』という本で、1993年に出されています。もう一冊は、その4年後の1997年に出された『徹底検証 政治改革神話』という本で、どちらも労働旬報社から刊行されました。
 前者を書いたとき私は42歳で、後者を書いたときは46歳でした。いずれにしても、若かったですね。

 前著は、刊行年を見ても分かるように、政治改革を争点に解散・総選挙となって自民党が政権を失った記念すべき年に出されたものです。この時、政治改革の決定打として急浮上していた選挙制度改革問題、なかでも小選挙区比例代表並立制を批判的に解説しました。
 この年の秋、大東文化大学を会場にした政治学会で、たまたまU先生と昼食を共にしました。この時、小選挙区制をどう評価するかが話題になり、反対する私と賛成する彼との間で、それから延々4時間ほども論争したことが思い出されます。
 この時には両者共に納得せず、その後の現実政治の推移を見てみようということになりました。それから19年経った今日、もはや結果は明らかではないでしょうか。

 昨年の東電福島第一原発の過酷事故は、「安全神話」の過ちとそれを振りまいてきた原発推進論者の責任を明らかにしました。同じように、小選挙区比例代表並立制の下で生じた政治の劣化と閉塞状況は、「政治改革神話」の過ちとそれを振りまいてきた推進論者の責任を明らかにしています。
 私は15年前に刊行した前掲拙著『徹底検証 政治改革神話』で、その前年に実施された並立制に基づく初めての総選挙を検証しつつ、福岡政行白鴎大教授、佐々木毅東大教授、堀江湛慶応大教授、内田健三東海大教授の名前を挙げて、すでにこのような責任追及を行っていました。イタリア政治の研究を踏まえて「オリーブの木」のような形での政治改革を夢想し、その後民主党を応援したU先生も、このような責任を免れることはできないでしょう。
 もし、原発の推進論者がかつての「安全神話」を反省しているのであれば、原発の廃止と新エネルギーの開発に向けて積極的な役割を果たすべきでしょう。同じ様に、もし、政治改革の推進論者がかつての「政治改革神話」を反省するのであれば、小選挙区制の廃止とより民主的な制度の実現に向けて積極的な役割を果たすべきではないでしょうか。

 政治に結果責任が伴うことは、ここで繰り返すまでもないでしょう。今日の政治劣化と閉塞状況が政治改革の失敗によってもたらされたことは明瞭であり、それに対する結果責任は20年近くの昔に遡ってもなお問われ続けなければなりません。
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