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5月19日(土) 国会の衆議院倫理選挙特別委員会から参考人として声がかかった [選挙制度]

 来週の水曜日(23日)、国会に行くことになりました。衆議院の「政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会(倫理選挙特別委員会)」で参考人として意見陳述するためです。

 私に声がかかったのは、月刊『法と民主主義』5月号(№468)の特集企画に「選挙制度改革をめぐる動き」という論攷を書いたからだと思います。これはまだ刊行されていませんが、日本民主法律家協会に相談が行き、私がこのようなものを書いていると教えられたのではないでしょうか。
 『法と民主主義』から私に声がかかったのは、恐らく、2010年11月に文藝春秋社から刊行された『日本の論点2011』に「民意を反映しない小選挙区制はワースト制度―早急に改めるべきである」という論攷を書いたからでしょう。この記事を見た誰かが、私の名前を挙げたのだと思います。
 さらに、その元を辿れば、『徹底検証 政治改革神話』(労働旬報社、1997年)と『一目でわかる小選挙区比例代表並立制』(労働旬報社、1993年)という、2冊の本に行き着きます。いずれも、政治改革と並立制の問題を取り上げた拙著です。

 1993年の夏、お盆の頃でした。突然、自宅に労働旬報社の加藤さんから電話がかかってきました。「今、議論されている選挙制度改革についての本を出したいので、原稿を書いてくれないか」というのです。
 加藤さんは都立大学の大先輩で、私が入学したときにはもう卒業しておられました。知り合ったのは私が大学院に入ってからですが、その方からの依頼です。むげに断るわけにはいきません。
 それから集中して政治改革や選挙制度について勉強し、急いで書き上げたのが前掲の『一目でわかる小選挙区比例代表並立制』という本です。奥付の刊行日が10月18日となっていますので、どれだけ急いで書いたかがお分かりになると思います。

 この本が出てから19年の月日が経ちました。政治改革によって小選挙区制が導入され、新しい制度の下で5回の総選挙が実施され、二大政党化が進み、待望の政権交代も実現しました。
 ところが、政治の現実はどうでしょうか。期待されたような形で、「改革」されたでしょうか。
 実際には、この制度を導入した河野洋平元自民党総裁でさえ、「まず選挙制度の改革を」となって、「流れはどんどんそちらに行き、小選挙区制に踏み切りました。でも今日の状況を見ると、それが正しかったか忸怩たるものがある。政治劣化の一因もそこにあるのではないか。政党の堕落、政治家の質の劣化が制度によって起きたのでは」と反省の弁を述べているほどです(『朝日新聞』2011年10月8日付)。そして、「率直に不明をわびる気持ちだ。状況認識が正しくなかった」と陳謝し、「政治は劣化している。現職の皆さんの責任で選挙制度を変えてもらわなければならない」と訴えています。

 私に声がかかったのは、このような現状があるからです。もはや、定数不均衡の手直し程度の湖塗策ではどうしようもないほど、政治の劣化と閉塞感が強まってしまいました。
 期待された二大政党制は政治の閉塞感を強めるばかりで、政権交代も国民の期待を裏切りました。その根底には選挙制度の問題があるということが、否定しがたいほどに誰の眼にもはっきりと分かるようになってきたのです。
 私に言わせていただければ、このようになることは約20年前から分かっていました。「だから、言ったじゃないの。何を、今さら」と言いたい気持ちで一杯ですが、遅きに失したとはいえ、過去の過ちを振り返り、是正しようというのは、大変、結構なことです。

 ということで、国会に出かけていって、思いの丈をぶつけてこようと思っています。せっかくの機会(とは言っても発言時間は15分にすぎませんが)ですので、小選挙区制の根本的な欠陥や害悪、選挙制度改革の間違いをきっぱりと指摘してくるつもりです。
 なお、前掲拙著『一目でわかる小選挙区比例代表並立制』の「あとがき」の一部を、ここに紹介しておきましょう。この時に書いた「思い」は、19年後の今日においても全く変わっていませんので。

 ……民意が正確に反映されるかどうかは、代議制度、ひいては議会制民主主義の根幹にかかわる問題です。議会への民意の正確な反映は、憲法で保障された国民主権を具体化する上での基本的な条件です。それは、他のあれこれの問題と同列に論じられるようなものではないはずです。中選挙区制の「制度疲労」を言い、それに代えて小選挙区制を含む選挙制度を導入しようとする人びとは、この一番肝心なところに口をつぐんでいます。マスコミも、なぜか、ふれようとしません。
 民意に基づく政治が民主政治ということであれば、民意をゆがめ、無視するような制度は、民主政治における制度として、基本的な必要条件を欠いているということになります。たとえば、政権交代があったとして、それが民意をゆがめたり逆転させたりした結果であれば、このような政権交代もまた、民主的なものではないということになります。
 この点からいえば、政権交代をしやすくしたり、二大政党制にするために制度改革をやるというのも問題です。政権を交代させるか、二大政党制にするかどうかは、国民が判断することです。国民の意思を増幅させたり、ゆがめたりして、むりやり政権交代や二大政党制を作り出すような制度は、国民主権に反します。
 選択をするのは国民です。結果を決めるのも国民です。このような国民の意思や選択をゆがめるような制度の導入は、主権者としての国民の権利をゆがめ、日本の民主主義を危うくします。
 主権者は誰なのか。政治家ではありません。それは国民です。それが主権在民ということの意味です。このようなことは全く常識的なことで、わざわざ文にして書くこともあるまい、とおっしゃる方も少なくないと思われます。しかし、その常識があやしくなっているのが日本の現状ではないでしょうか。本書が、常識が通る国会、国民が主人公となる政治、わかりやすい政治の実現にむかっての頂門の一針となることを願ってむすびといたします。

 1993年9月17日
 政府・連立与党が政治改革関連四法案を提出した日に


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