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6月10日(日) 書評:樋口篤三遺稿集『革命家・労働運動家列伝』(第1巻),『オルグ・労働運動・戦略』(第2巻) [論攷]


〔以下の論攷は、樋口篤三遺稿集『革命家・労働運動家列伝』(第1巻),『オルグ・労働運動・戦略』(第2巻)に対する書評です。『大原社会問題研究所雑誌』№643、2012年5月号に掲載されました〕

 評者にとっては,『労働情報』の樋口篤三だった。本書は,その遺稿集である。樋口は,左派労働・社会運動における草の根のフィクサーとも言うべき人物であり,幕末であれば志士の一人になっていただろう。その墓石には赤く正面に「仁」と書かれているという。幕末から明治・大正・昭和と受け継がれてきた民衆運動の志士仁人の末裔の一人が,樋口だったのではないだろうか。
 独特の人なつこい笑顔で,「横断左翼論」を掲げて多くの人々と交わり,手を結ばせ,労働・社会運動へと引き入れてきた。それだけに幅広い交友があった。本書の第1巻を読めば,その一端を知ることができる。
 とはいっても,社会党や共産党主流の人々はあまり登場せず,その周辺で労働運動を支えてきた「高野派」,ゲバなどの暴力否定の新左翼,協会派以外の社会党左派という独特の領域に属する人々が,「革命家・労働運動家」として紹介され,追悼されている。これまでほとんど注目されることのなかった群像に光が当たり,実際の運動はこれらの人々によっても担われていたことが分かる。

 樋口篤三は2010年12月26日に81歳で亡くなった。1928年に生まれ,静岡県沼津市で育ち,44年に海軍甲種飛行機予科練習生となる。戦後,横浜高商(現横浜国立大)を卒業後,47年に労働運動に加わり,48年産別・東芝堀川町労組書記局に勤務した。
 以後,京浜労働運動,川崎生協,日本共産党の専従などを経て,共産党から2回除名された。75~86年『季刊労働運動』代表,『労働情報』編集人・全国運営委員長を歴任。協同社会研究会共同代表,東久留米市民自治研究センター理事長,キューバ友好円卓会議共同代表,日本労働ペンクラブ会員なども務めた。
 以上の経歴からも分かるように,樋口は熱烈な「軍国少年」から一転して,戦後,革命運動に身を投じ,政治運動,労働運動,協同組合などの社会運動に関わり続けた。このような運動家としての樋口については,第1巻第3章の「評伝と解説」において,戸塚秀夫東大名誉教授による行き届いた紹介が掲載されている。樋口をよく知らない人は,ここから読み始めるのが良いだろう。

 本書の第1巻第1章は,「革命家・労働運動家列伝」とされている。それは,「歴史を見るときに客観的歴史的諸条件と共に,人物に光を当てていく」という樋口の捉え方によっている。「歴史というのは列伝がなければダメだ」というのである。
 このような「史観」から「光を当て」られているのは,高野実,春日庄次郎,鈴木市蔵,中西功,一柳茂次の5人である。一柳以外は,「革命家・労働運動家」として比較的知られている人物で,雑誌『先駆』に連載された論攷からなっている。
 これに続く第2章は,樋口の先輩・友人・知人に対する追悼文を集めている。追悼されているのは,戸村一作,荒畑寒村,渡部義通,古谷(ママ)能子,結城庄司,林大鳳,国分一太郎,由井誓,安斎庫治,前田俊彦,椿信,清水慎三,横井亀夫,今野求,井手敏彦,渡辺宏,右島一朗,前野良,望月彰の19人に上る。
 評者の知っている名前は半分もない。まさに,「地の塩」とも言うべき運動家の広がりを知ることができ,樋口がいかに幅広い交友関係を持っていたかが分かる。その人物評は多彩で,人を見る目の確かさをうかがわせる。

 ところで,本書の14頁で「日本労働運動史で一番まとまっている」ものとして大河内一男・松尾洋『日本労働組合物語』が紹介され,「途中で松尾洋が共産党に入ったらしく,戦後編を見ると,朝鮮戦争の時の総評の有名な『平和四原則』が出てこない。そんな運動史はあるか」と批判されている。第2巻155頁でも,「戦後下巻の『第1章朝鮮戦争下の労働運動』は12項目もあるが,『平和四原則』はない。まったく奇妙な歴史書である」と書かれている。
 これは樋口の事実誤認である。同書「戦後Ⅰ」には平和四原則の元になった「平和三原則」が377頁で取り上げられており,「戦後Ⅱ」では,「平和四原則」そのものについて,4,39,48,66~67,105~106,181,198~199,216の各頁で幅広く記述されている。この点については,優れた労働運動史研究者であった松尾洋の名誉のためにも,ここできちんと訂正しておきたい。
 樋口がどうしてこれらの記述を見落としたのか。なぜ,筆者の松尾が「共産党に入った」ために「平和四原則」をことさら無視したと思い込んでしまったのか。評者には,全く理解できない。左派の横断的連携をめざし,必ずしも「反共主義」の立場ではなかった樋口にして,なお共産党に対する過った思い込みから完全には自由でなかったということなのだろうか。

 本書の第2巻は,樋口が書いた各種の論文やエッセー,伝記,取材記事などを収録している。第1章はオルグ論,第2章は『労働情報』誌に掲載された論評,第3章は労働運動論,第4章は各種の運動家や活動家への呼びかけ,第5章は地域運動や協同組合運動,労働運動の戦略論などとなっている。この中でも特に注目されるのは,次のような形で「労働運動の根本的転換」を呼びかけていたことである。
 「私は,従来の『階級的労働運動』路線の発展的転換が必要と痛感していた。労働運動の戦略点を『職場生産点』のみでなく『地域社会』と両軸とすること,労働組合の活動領域を社会に広げる,そのためにも70年代に大いに発展した生協と結合すること,実践してきた被差別部落,障害者,女性,或いは国内少数民族のアイヌや朝鮮,韓国など外国人労働者,アジア,第三世界との連帯。或いは反火電・反原発を自らの課題として闘った石川県評や電産中国の闘いの普遍化と漁民との共闘,三里塚,新潟・福島潟などの農民との新たな労農同盟の模索等。そして労働運動イコール労働組合ではなく,労働組合,生協等との総合と再生復活であるなどを『労働者宣言』(案)として活動家に討論をよびかけた。」
 そして,「新しい時代に対する私の路線的方向は『労働組合・協同組合・社会主義』である。また,労働者と生活者,労働運動と社会運動,労働組合と生活,生産,文化にわたる協同組合の結合であり,戦後労働運動にもっとも欠けていた『労働・生活・地域』の一体化……である」とし,地域社会における市民自治,職場社会の労働者自治を両輪とする協同労働・相互扶助社会,協同社会こそめざすべき社会だと言う。
 これは労働運動との長い関わりの末に到達した樋口の運動論であり,路線転換の提言であった。労働組合の活動領域を生活や地域にまで拡大し,生活者や社会運動との結合を展望していた点で,その後注目されるようになる社会運動的ユニオニズムを先取りするものだったと言えよう。マイノリティとの連帯や反原発運動まで視野に入れていた点も,先見性のある提言だったと思われる。

 また,樋口は国鉄労働運動の限界点との関連で,「日本マルクス主義,社会主義の持つ歴史的弱点」として,以下の5点を指摘している。
 第1に,「戦略なき戦術主義に終始したこと」,第2に,「現代の階級支配と不可分の差別構造との闘いが基本的に弱いこと」,第3に,「職場の力と生産点労働運動論は,一方では単産万能,国労『大国主義』となり,自らの地域社会の農漁・住民の矛盾,悩み,不満,闘いにほとんど無関心,無対応で各級選挙の対策のみの『票』の関係のみとなってきた」こと,第4に,「生産力の進歩は社会的進歩とする生産力主義の思想と理論に強くとらわれてきた」こと,第5に,「一国主義革命,一国主義労働運動路線は,日本が大陸と切断された海洋国家であることもあって最大の弱点となってきた」こと。
 このうちの第2と第3の指摘が,前述の「労働運動の根本的転換」の提唱と深く関わっている。ここでも樋口は,「女性,被差別部落,在日朝鮮人,外国人,アイヌ,沖縄,障害者等の差別はまさに構造化し,しかも生産労働過程の基層,底辺に組み込まれている」とし,「高度成長期をへた今日,地域・生活点は職場・生産点とならぶ日本社会主義と労働運動の戦略点なのである」と強調している。
 ただし,生活者や地域の重視が生協運動にフォーカスされるという点は,樋口の運動経験を反映した特徴を示しており,その点での狭さがあったと言えるかもしれない。地域を基盤とした労働運動や反貧困運動への目配りが充分でないという批判もあり得るだろう。
 とはいえ,労働運動へのNPOの関わりや反貧困運動の拡大は,樋口の最晩年における2007年頃から顕在化してきたものであった。それが充分に視野に入っていないとしても,やむを得ないことかもしれないが……。

 樋口は,本書の最後,第5章「対抗戦略なくして未来なし」において,鳩山元首相の「友愛革命」と「東アジア共同体」構想を高く評価している。そして,「もとより官僚はじめ抵抗が強く,紆余曲折を経るだろうが,鳩山・小沢コンビの理念とパワーに期待したい」と述べていた。
 しかし,今日すでに明らかなように,それは裏切られる結果となった。樋口が,鳩山元首相の無惨な挫折と「友愛革命」から大きく離反してしまった今日の民主党を見ることがなかったのは幸せだったと言えるかもしれない。と同時に,生きてこの状況を見ることがあれば,一体,何と言っただろうか。その意見を聞いてみたい気もする。
 なお,本書でも何度か言及されている戸塚秀夫らの「労働運動研究者集団」についての資料と春日庄次郎に関連する資料は,法政大学大原社会問題研究所に寄贈され,所蔵されている。このうち,後者の内容は,「春日庄次郎資料インデックス」http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/arc/kasuga.htmlによって知ることができる。
(樋口篤三遺稿集第1巻『革命家・労働運動家列伝』同時代社,2011年7月刊,286+vii頁,定価2,000円+税,同第2巻『オルグ・労働運動・戦略』同時代社,2011年7月刊,303頁,定価2,000円+税)

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