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6月20日(水) 選挙制度改革をめぐる動き(その1) [論攷]

〔この論攷は、『法と民主主義』2012年5月号(No.468)に掲載されたものです。2回に分けてアップさせていただきます。〕

はじめに―選挙制度見直し論の浮上

 「(任期満了まで)衆参ともに一年半もない。抜本的な選挙制度はなかなか作りきれず、間に合わないだろう。」
 これは、一二年四月一九日の記者会見での輿石東民主党幹事長の言葉である。民主党は衆参両院選挙制度の抜本改革について、衆院小選挙区の一票の格差是正と併せて選挙制度の抜本改革と衆院の比例定数八〇削減の同時決着を掲げているが、実際には衆議院議員と参議院の改選議員の任期が切れる来年夏までの実現は困難だとの見通しを示したことになる。
 このように選挙制度改革をめぐる動きは停滞している。そのために、現在の衆議院の選挙制度は違憲・違法状態に突入することになった。このような状態のままで総選挙を実施することができるかどうかについては見解が分かれる。しかし、憲法や法律に違反すると見られるような状態が長続きすることが好ましくないという点では異論はないだろう。
 選挙制度の見直し論が、どうして浮上することになったのか。そして、なぜこのような状態に立ち至ることになったのか。以下、その背景と経緯、主な論点について検討してみることにしたい。

一 背景―一票の格差と政治の劣化

 (1)違憲状態とされた「一票の格差」
 選挙制度改革が俎上に上る背景としては、二つの問題を指摘することができる。一つは「一票の格差」であり、もう一つは「二大政党制」の機能不全と政治の劣化である。
 〇九年八月に衆議院総選挙が実施された。これが直近の衆議院選挙ということになる。その後の一一年二月二五日、一〇年に実施された国勢調査の「人口速報集計」が告示され、衆議院議員選挙区画定審議会(区割り審)が衆院選の選挙区ごとの「一票の格差」を二倍以内とする作業に取りかかった。衆議院議員選挙区画定審議会設置法(設置法)によれば、この作業は一年以内に終了して改定案を勧告しなければならないことになっていた。
 その直後の三月二三日、最高裁判所は〇九年総選挙での「一票の格差」(最大二・三〇倍)について「違憲状態」にあるとの初の判断を示した。このような状態を放置して選挙を実施した場合、選挙無効との判決が出され、議員資格を失うかもしれない恐れが生じたのである。
 また、この判決では、「格差の主な原因」は、衆院の小選挙区三〇〇議席のうち、まず四七都道府県に一議席ずつを「別枠」として割り当て、残り二五三議席を人口に比例して配分するという「一人別枠方式」にあるとされていた。これは、人口の少ない地方に比例配分より多めに議席を配分し、過疎地の国民の意見も国政に反映させるためと説明されてきたが、これが結果的に過疎地の一票の重みを増大させているというのである。
 この方式は設置法によって定められており、それを改めるには法改正が必要となる。このため審議会では対応できないとして区割り審は作業を中断した。しかし、国会は動かず、区割り作業は中断したままであった。その結果、一二年二月二五日に期限がきたにもかかわらず改定案を勧告できず、この日以降、設置法違反(違法)状態となったのである。

 (2)二大政党制の機能不全と政治の劣化
 『朝日新聞』一一年一〇月八日付に注目すべき記事が掲載された。「九四年政治改革の悔い」と題されたこの記事では、細川護煕元首相と河野洋平元衆議院議長が対談している。この両者は九四年一月に政治改革法成立について合意した当事者であった。
 河野は、「まず選挙制度の改革を」となって、「流れはどんどんそちらに行き、小選挙区制に踏み切りました。でも今日の状況を見ると、それが正しかったか忸怩たるものがある。政治劣化の一因もそこにあるのではないか。政党の堕落、政治家の質の劣化が制度によって起きたのでは、と」と反省の弁を述べている。
 これに対して細川は、選挙制度を変えることにはおおかたの合意が与野党にはあったとしつつ、「自民党案をのんで小選挙区三〇〇、比例二〇〇議席で合意したが、私は二大政党だけには収まらない『穏健な多党制』が望ましいので、比率は半々ぐらいが適当と考えており、小選挙区に偏りすぎたのは不本意でした」と述べ、改革が失敗したことを認めた。
 その後も、河野はBSフジのテレビ番組で「今の制度はうまくいっていない。志と違う(状態になった)ことを非常に残念に思うと同時に、皆さんに申し訳ない」と謝り、「抜本改革はやらざるを得ないのではないか」と述べた。さらに、一二年四月五日にも「率直に不明をわびる気持ちだ。状況認識が正しくなかった」と陳謝し、「政治は劣化している。現職の皆さんの責任で選挙制度を変えてもらわなければならない」と訴えた。
 ここで問題とされているのは区割りではなく、小選挙区制である。この選挙制度によって「政党の堕落、政治家の質の劣化」が生じ、「二大政党」化が進行して「穏健な多党制」が崩れたとする認識であった。したがって、たとえ区割りが変更され「一票の格差」が是正されたにしても、小選挙区制が存続する限り、このような問題は残る。単なる区割りの変更だけにとどまらない「抜本改革」が必要だとされるのはこのためである。

二 経緯―小選挙区制への反省と選挙制度見直しへの動き

 (1)明確になった小選挙区制の害悪
 このような小選挙区制への反省が強まったのは、その害悪が明確になったからにほかならない。選挙とは、国会や議会でものごとを決める人を選ぶことだから、選挙にとって一番大切なのは民意をそのまま議会に反映させることであり、民意の縮図を作ることである。
 ところが、「政治改革」によって小選挙区制が導入され、選挙によって民意を集約しようとした。そのために、少数意見は選挙の過程で切り捨てられてしまい、議会には歪んだ民意しか出てこなくなった。民主党政権であれ自民党政権であれ、民意が反映されず、政治が国民の願いから乖離してしまう最大の原因はここにある。
 あらためて小選挙区制の害悪をあげれば、①大量の「死票」が出ることのほか、②「二大政党化」による小政党の排除、③理念・政策に基づかない「選挙互助会」的政党(民主党)の登場、④選挙での選択肢の減少、⑤風向きによる短期間での多数政党の交代、⑥大連立や翼賛化への誘惑と連立・連携の困難というジレンマなどがある。主要政党が二つであるため、政権の交代が政権の「キャッチボール」にしかならないという不毛性、政治の劣化と閉塞性は、まさにこのような小選挙区制の害悪から生じている。

(2)小選挙区制の実態
 それでは、小選挙区制の実態はどのようなものだったのだろうか。一九九四年以降、五回の衆議院選挙が実施され、参議院選挙も選挙区の一部は小選挙区となっている。いずれの選挙制度においても小選挙区制が組み込まれているが、それによって多くの問題が生じた。
 例えば、二〇一〇年の参院選では、選挙区が自民党の約一九四九万票(三三・三八%)に対して民主党は約二二七五万票(三八・九七%)で、比例区も自民党の約一四〇七万票(二四・〇七%)に対して民主党は約一八四五万票(三一・五六%)であった。しかし、一人区で二一勝八敗と自民党が圧勝したために議席数では自民五一対民主四四と逆になっている。このように、小選挙区制は選挙結果を歪めて勝敗を変えることもある欠陥制度なのである。
 それでは、直近の総選挙となった二〇〇九年秋の衆院選はどうだったのか。
 第一に、このときの政権交代は小選挙区制でなくても実現した。与党だった自公両党の小選挙区での得票率は四〇%にすぎなかったから、比例代表制でも政権を維持することはできなかった。
 第二に、「死票」が多く出た。投票総数七〇五八万票のうち半数近い三二七〇万票(四六・三%)が「死票」となった。比例代表制であれば、これらはほとんど議席に結びついたはずである。
 第三に、支持状況と議席分布の乖離も大きかった。民主党が三三四八万票(得票率四七・四%)で二二一議席(議席率七三・七%)となり、二六・三ポイントかさ上げされた。逆に、自民党は二七三〇万票(三七・七%)で六四議席(二一・三%)となり、一七・四ポイント減少した。得票率では九・七ポイントの差が議席率では五二・四ポイントの差に拡大されたのである。
 第四に、小政党の排除も進んだ。過去五回の総選挙で候補者を立てた共産党の当選者は最初の時だけ二議席だったが、その後はゼロとなっている。社民党の場合は、四、四、一、一、三議席の当選となった。過去三回の総選挙で、七、九、八議席を獲得していた公明党も〇九年総選挙では全敗した。選挙を経るごとに小政党は議席を減らし、独力では小選挙区で当選できなくなっている。
 このように、政治改革で謳われたメリットは「神話」にすぎず、デメリットだけが「現実」となった。その結果、日本の政治は出口のない袋小路に入り込み、閉塞状況に直面したのである。

(3)選挙制度見直しに向けての動き
 このようななかで、選挙制度の見直しに向けての具体的な動きが始まっていく。その象徴的な例が、中選挙区制の復活を掲げた「選挙制度の抜本改革をめざす議員連盟」の発足であった。その設立総会は一一年一一月一七日に開かれている。
 代表世話人になったのは自民党の加藤紘一元幹事長と民主党の渡部恒三最高顧問で、呼びかけ人は、麻生太郎、森喜朗、田中慶秋、中野寛成、穀田恵二、下地幹郎など七二人であった。自民・民主・公明・国民新・たちあがれ日本・共産の各党の衆議院議員約一五〇人が参加した。
「入会のご案内」は、「小選挙区選挙はその時々の空気によって結果が大きく左右され、政治家が独自の主張をしづらく、また有権者の選択の幅の狭まりや獲得票数が議席配分に十分反映されないなど弊害ばかりが目立つようになった。既に小選挙制度の下で五回の選挙を重ねており、その検証を踏まえこの際、選挙制度を抜本的に見直し新しい選挙制度を導入しようというのが本議連設立の目的である」と述べている(http://www.katokoichi.org/office/tokyo/2011/12/senkyo.pdf)。
 世論の動向も、このような動きを後押ししているように見える。たとえば、『毎日新聞』が一一年一一月に実施した全国世論調査で、衆院小選挙区の「一票の格差」を是正する選挙制度改革のあり方について尋ねたところ、「選挙制度を抜本的に変える」との回答が五二%に上った。
 他方で、「今の制度のまま、小選挙区の区割りを見直す」との回答は一六%にすぎなかった。二大政党に有利な現行の小選挙区比例代表並立制を維持したうえでの見直しを主張している民主党や自民党の支持者でも、抜本的な改革が必要だと回答した人は民主支持層で五〇%、自民支持層でも四八%となった(『毎日新聞』二〇一一年一一月七日付)。
 選挙制度見直しの背景には、このような当事者達の判断や世論があった。それにもかかわらず、選挙制度改革に向けての動きは停滞し、違憲・違法状態に突入してしまった。それはなぜなのだろうか。

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