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6月28日(木) 大阪条例問題と現代社会の貧困(その1) [論攷]

〔以下の論攷は、『教育』2012年7月号に掲載されたものです。2回に分けてアップします。〕

はじめに

 橋下徹大阪市長が注目を集めている。大阪維新の会を率いて、大阪都構想の実現、職員基本条例と教育基本条例の制定、国政への進出をめざした「維新八策」の策定、大阪市役所職員の思想調査、教員に対する「君が代」の強制などを矢継ぎ早に打ち出した。「日本の政治に必要なのは独裁」と豪語し、選挙での当選を白紙委任だとする強権的な政治手法は「橋下によるファシズム」であるとして「ハシズム」とも呼ばれている。
 それにもかかわらず、昨年の大阪府知事選挙と市長選挙では、大阪維新の会が推薦する候補者が多くの支持を集めて当選した。「2万%出ない」という言葉を翻して任期途中から鞍替え出馬した橋下府知事は、市長となって松井新府知事と手を携え、「大阪都」構想の実現をめざしている。
 そのために政党に働きかけるだけでなく、維新政治塾を開設し、きたるべき総選挙に向けて候補者を擁立する準備をはじめた。この塾には3000人を超える応募者があり、全国から2024人が集まった。橋下氏本人は国政に進出する意図はないと言うが、前言を翻して市長選に立候補した前例からして信用できるものではない。
 大阪で、橋本市長と維新の会がこれほどの期待を集めているのはなぜだろうか。大阪で「橋下ブーム」とまで言われるほどの政治的新風がなぜ巻き起こっているのか。そして、府で制定され、市で制定がめざされている条例はどのような意味をもっているのか。その内容と背景について、貧困とのかかわりに注目しつつ考察を加えてみることにしよう。

府での条例の成立と市での継続審議

 大阪条例問題というのは、府と市に提案された三つの条例のことである。当初、条例は教育基本条例と職員基本条例の二つだったが、その後、前者は二つに分割され、条例は三つになった。府議会に提案されたのは教育基本2条例(教育行政基本条例、府立学校条例)と職員基本条例で、2012年3月23日に地域政党である大阪維新の会と公明・自民両党などの賛成多数で可決・成立した。これらの条例案はいずれも11年の秋、府議会で過半数を占める維新の会が議員提案したもので、11月の大阪ダブル選挙で維新の会代表の橋下徹大阪市長と維新の会幹事長の松井一郎府知事が当選し、松井知事が内容を一部修正して、あらためて提案していた。
 教育基本2条例では、教育委員会の専権事項だった「教育目標の設定」を知事が主導的に行うなど、教育委員会制度や公務員制度のあり方を見直す内容で、4月1日から施行される。知事は教育目標の設定について教委と協議して決定するとされているが、協議が調わない場合でも議会に提案できる。また、知事には教育委員の事実上の罷免権も与えられ、教育への政治介入が制度化されている。さらに、教員の人事評価をめぐっては、保護者・生徒の評価を反映させるという。
 職員基本条例では、職員の評価方法が現行の絶対評価から5段階の相対評価に変更された。試行期間を経て、13年4月から本格的に実施される。2年連続で下位5%の最低評価を受け、研修などでも改善しない職員は分限免職の対象となる。5回の職務命令違反(同一命令は3回)をくり返した場合も分限免職が検討される。これは教職員も同様で、4月の入学式から国歌斉唱時の起立斉唱を求める職務命令に違反した場合などに適用される。
 ただし、これら条例の内容には強い批判があり、運用方法も定まっていない部分が多い。今後、その実施にあたっては大きな論議を呼ぶ可能性があり、すでにはげしい反対運動が展開されている。
 大阪市議会にも、教育基本2条例案(教育行政基本条例案、市立学校活性化条例案)と職員基本条例案が提案された。しかし、維新の会を含む各会派から修正を求める声が上がり、継続審議となった。5月の市議会で採択されるものと見られている。

条例制定の背景としての現代社会の貧困

 このような3条例が、なぜ大阪で制定され、あるいは制定されようとしているのか。それは、橋下大阪市長と彼が率いる大阪維新の会が、教育のあり方や公務員の働き方に大きな問題意識を抱き、その「改革」を打ち出したからである。とりわけ、教育が大阪で地方行政の課題として浮上したのには具体的な理由があった。それは生徒の学習到達度が低いとする認識が一般化されたからであり、その直接的な契機となったのは学力テストである。大阪府の生野照子教育委員長は、「知事になった橋下氏から、全国学力調査での大阪府の低迷を責められ、『対策はないのか』などと迫られた」(『朝日新聞』2012年4月10日付夕刊)と言う。
 07年に実施された学力テストの都道府県別ランキングで、最下位は沖縄県だが、下から3番目の45位は大阪府だった。08年の学力テストの都道府県別順位でも、大阪府は45位に終わった。09年のテストでは、小学校が33位となったものの、中学校は相変わらず45位であった。
 ここから08年1月の選挙で当選した橋下府知事は、当面の主要課題として教育改革を意識することになる。また、府財政の悪化と職員の給与削減を打ち出す過程で、行政をになう職員の処遇や働き方にたいする問題意識も高めた。こうして、橋下府知事は教育改革と公務員改革を当面の重点課題とし、そのための条例案を提起することになる。
 しかも、このような政策方向は、大阪の人々の支持を高める効果をもった。その背景には大阪における貧困問題がある。全国の生活保護受給者は11年7月以降、過去最多を更新し、12年1月には209万人を超えた。なかでも、大阪府の生活保護受給者数は全国最多となっている。
 生活保護受給者は大阪市で15万人を突破し、市民の18人に1人が受給者という状態だった。11年度当初予算に占める生活保護費の割合は一般会計の17%に達し、過去最高の2916億円を計上するなど、市の業務の相当部分を生活保護が占めている。
 また、
 10年の主要都府県刑法犯発生状況を見ると、大阪の刑法犯発生件数は全国の約1割を占めるにいたった。 人口10万人あたりの発生件数(犯罪率)は、大阪がワースト・ワンで、これに愛知が次いでいる。
 大阪維新の会は、11年のダブル選挙に際して、府知事選と市長選に共通するマニフェストを発表した。そこでは、「大阪市の現状」について、「大阪市は、市民の最貧困化が進んでいます」として、つぎのように書かれていた。

 大阪市における年収200万円以下の世帯は、約4分の1を占め(32万8000世帯:全世帯数126万世帯)、名古屋市:14万5000世帯(全世帯数96万5000世帯)、横浜市:14万4000世帯(全世帯数149万世帯)と比較して、大阪市が突出しています。
 生活保護率についても、大阪市:人口1000人あたり56・3人、名古屋市:19・6人、横浜市:17・8人であり、その貧困度は突出しています。
 しかも、大阪市の状況の悪化、貧困化は、日に日に進行しています。
 すなわち、生活保護者率については、昭和60年時点は、人口1000人あたり22・2(とは
千分率です)であるのに対し、平成17年時点では40・2であり、約2倍程度も膨れ上がっています。

 このような「現状」を解決する施策として打ち出されたのが、「大阪都構想」である。それは「大阪の成長戦略を実現する手段」であり、「広域行政を一元化し、目的合理的な政策を実施できる統治システムを創り」、貧困化を解決することをめざすものであった。
 そして、これに次ぐ柱が「公務員制度を変える職員基本条例」である。それは「明治時代から続いてきた公務員制度を大転換。特権的な身分制度を排し、府民の感覚が反映する公務員制度を構築」するものであった。
 また、第三の柱は「教育の仕組みを変える教育基本条例」であり、「文部科学省を頂点とするピラミッド型の教育委員会制度を一から見直し、教育委員会が独占している権限を住民に取り戻します。教育行政に住民の意思を反映できる仕組みを構築します」と書かれている。

教育改革がめざされる要因としての貧困

 このように、橋下市長は立候補するときから、「公務員制度を変える職員基本条例」と「教育の仕組みを変える教育基本条例」を第二と第三の柱として掲げていた。それは「大阪の成長戦略を実現する手段」としての「大阪都構想」に次ぐものとされていたのである。
 しかし、「成長戦略」を言うのであれば、なによりも重要なのは経済や産業についての将来ビジョンだろう。貧困化を解決するためには、社会保障の充実や生活支援が欠かせない。産業を活性化し、経済の成長を図り、市民の収入増を実現することが必要だろう。
 ところが、マニフェストにはこのような産業ビジョンや福祉政策は主要な柱としては登場していない。その代わりに出てくるのが、統治機構や行政のあり方を変えることである。「大阪都構想」は、そのためのビジョンであった。
 そのつぎに提起されている課題が、公務員と教育の「改革」である。「成長戦略」に言及しながら産業と経済は重視されず、貧困を問題としながら生活と福祉は直接の課題とされない。統治機構や行政あり方、公務員と教育が変われば、どうして成長できるのか、なぜ貧困が解決されるのか、まったく説明されていない。ここに、橋下「マニフェスト」の特徴があり、異常さもある。
 とはいえ、教育と貧困には一定の相関関係があることは否定できない。家庭が豊かであれば学習能力は高く、貧しければ低いということは、一般的な傾向として認められる。しかも最近では、このような相関関係が強まっているように見える。
 というのは、今日の公教育において、子どもたちによる家庭学習の意味合いが高まっているからである。「ゆとり教育」への反省もあって、学校で教えられる教科の内容は増え、学校での授業はますます家庭での事前・事後の学習を前提とするようになっている。
 このような事前・事後の学習にとって家庭環境は重要であり、それを規定する要因としての親の収入や所得がもっている意味合いも増大せざるをえない。子どもだけの個室など、落ち着いて宿題ができるスペースがあるかどうか、塾や予備校など、学校での学習を補うことができるような機会が得られるかどうか、家族での旅行や外出など、社会的な知見を広げたり経験を得たりする教育的体験の機会があるかどうかなどは、子どもたちの学力の向上にとって大きな意味をもつ。
 そして、それらはいずれも各家庭での可処分所得の多寡によって大きく左右されるのである。この点で、橋下氏が貧困と教育を関連づけて考えたのはそれなりに理由のあることであった。問題は、そのやり方である。


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