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6月29日(金) 大阪条例問題と現代社会の貧困(その2) [論攷]

〔以下の論攷は、『教育』2012年7月号に掲載されたものです。2回に分けてアップします。〕

「橋下旋風」を生み出した背景としての貧困

 貧困は教育のあり方や効果を大きく制約しているだけではない。社会的レベルにおける貧困の拡大は、社会意識の変容をもたらし、大阪での「橋下旋風」とも言うべき一種の「ブーム」を生む背景の一つにもなっている。
 もとより、「橋下旋風」を生み出した背景には、さまざまな要因が重なっている。その複合が、ある種の「ブーム」を生み出したと理解するべきだろう。
 第一に、橋下徹というキャラクターとテレビの力がある。弁護士として鍛えられた弁舌に加えてディベート(討論)能力などはテレビ・タレントとしても培ったものである。知名度の高さや親しみやすさという点でもテレビの恩恵を受けている。この点では、テレビ・タレント出身の森田健作千葉県知事や東国原英夫前宮崎県知事と似た面がある。
 第二に、パブリケーションの巧みさである。敵を演出して叩くというやり方、「瞬間芸」ともいえる短い応答、問題を単純化して相手をやりこめる力などは、小泉元首相と同様のポピュリズム的手法であると見ることができる。
 第三に、大阪という土地柄の特性もあるかもしれない。これまでも、大阪では西川きよしのようなタレント議員が登場し、大阪府知事にも漫才出身の横山ノックがいた。「B層」と呼ばれる若者や主婦などを中心に、お笑い芸人などの「オモロイ」ものが受ける文化がある。この土地柄も、橋下氏を府知事や市長として登場させた背景の一つかもしれない。
 さらに、これらに加えて重視したい要因がある。それは貧困化の増大と格差の拡大が生み出した社会意識の変化であり、自分たちより恵まれた人たちを引きずり下ろすことによって溜飲を下げるという「うっぷん晴らし政治」(内橋克人「貧困の多数派 歯止めを」『朝日新聞』2012年1月8日付)への傾斜や「引き下げデモクラシー」(丸山眞男)の浸透という問題である。
 貧困化とはいわゆる「負け組」の増大であり、格差の拡大とは「勝ち組」との差の拡大である。このようななかで、「負け組」による「勝ち組」に対するねたみと憎悪が拡大し「うっぷん晴らし」する以外に解消されない閉塞感が蔓延した。その対象として選ばれたのが、公務員であり教員だったのではないだろうか。
 これらの階層は、一般の「負け組」からすれば、安定し恵まれていると見られている。生活苦のなかで、それらの人々の安定性を脅かし、地位を失うリスクを与え、給与を引き下げることによって、自らと同じ水準の苦労を味わわせたいという気分が高まっていく。これが丸山眞男の言う「引き下げデモクラシー」であり、公務員や教員をスケープゴートとして、このような「劣情」に訴えたのが橋下氏だったのである。

政治的変革手段の貧困

 しかし、「橋下旋風」は、橋下個人への支持を超えた広がりを示し、大阪維新の会への期待となっても現れている。たとえば、11年4月の吹田市長選挙、8月の守口市長選挙、12年4月の茨木市長選挙で、大阪維新の会から推薦された候補が当選した。また、大阪維新の会の国政への進出に「期待する」人が69%にも達している(12年4月実施のJNN調査)。このような期待感の高まりには、それなりの背景がある。
 その第一は、橋下氏による政治・行政に対する批判や問題の指摘には一定の根拠があるということである。大阪の父母は教育の現状に対して不満を抱いており、教育委員会が形骸化していることは否定できない。行政や統治機構の現状も多くの問題を抱えており、国民の欲求不満は高まるばかりである。
 第二に、このような期待感は、政治にかかわって閉塞した現状を変えたいという願望の反映でもある。これまで政治とは無縁であったり、距離を取ったりしていた人々が、橋下氏の呼びかけに応えて政治への参入を志したわけであり、ここには政治に働きかけて現状を変えたいという積極的な意欲も伏在しているように思われる。
 そして、第三に、このような現状への不満と変革への欲求が高まっているにもかかわらず、それを受けとめて政治変革へと誘導するチャンネルが十分に存在していないという問題がある。いわゆる「受け皿」の不在であり、その代替物として大阪維新の会が注目されているのではないだろうか。
 この点で大きな意味をもっているのは、政権交代と民主党への幻滅であろう。政権は変わり、民主党が与党となったが、政治の内実にはほとんど変化がなかった。約束(マニフェスト)はことごとく反故にされ、消費増税への動きなど部分的には悪くなっている。
 その結果、やり場のない不満と閉塞感が高まった。それにもかかわらず、民意は政治に届かない。議会の構成は世論状況と大きく乖離し、貧困は拡大して生活は苦しくなるばかりである。政治は劣化し、二大政党制は破綻した。政治改革は失敗したのである。
 構造改革もまた失敗し、新自由主義的な規制緩和によって非正規労働者が増え、貧困の増大と格差の拡大をもたらした。このように貧困を拡大したのは構造改革であり、そこからの脱出路を閉ざしたのは政治改革だったと言える。
 このようなときに颯爽と現れたのが橋下氏であり、大阪維新の会であった。たちまちテレビをはじめとしたマスコミの寵児になり、橋下氏が振りまく「改革幻想」に魅せられた若者や主婦層が殺到し、それがまた期待感を高める。その様子は橋下氏自らが発信するツイッターによって約60万人とも言われるフォロワーに伝えられ、まるでドラマを見ているようにリアルタイムで進行する。政治的変革手段の貧困が、劇場政治による代替を許してしまったのである。

橋下市長の教育観と改革ビジョンの貧困

 最後に指摘すべきは、橋本市長の教育観と改革ビジョンの貧困である。「教育とは2万%命令です」という言葉が橋本氏の教育観を示している。教育とはルールを強制して言うことを聞かせることだと言いたいのであろう。古典的とも言える教育観だが、これでは国民主権の憲法のもと、グローバル化した現代社会における教育への要請に応えられない。
 教育による強制あるいはマインドコントロールは、戦前において大きな失敗に終わった。その反省から戦後の教育ははじまる。政治からの独立やそれを保障する教育委員会制度は、このような戦前型教育の否定と反省から生まれたものであった。それをくり返すことは、戦後教育の死滅をもたらす。
 また、橋下市長は「大阪の子どもたちの犯罪率は全国一。ルールすら守れない先生が、生徒にルールを守れといってもきくわけがない」とも言っている。だから、生徒にルールを守らせるために、教師はいかなるルールであっても従うべきだという。そのルールとは「日の丸・君が代」の強制である。
 このような橋下氏の理解も根本的に過っている。民主主義とは、民がルール形成の主体となることだからである。ルールは内容の吟味なしに受け入れて従うものではなく、その適否を判断し、必要なルールはつくり、不要なもの、不適切なものはなくしていかなければならない。このような主体的で能動的な能力こそが、今日の民主社会における主権者としての要件である。教育は、このような力をもった子どもたちを育てなければならない。
 また、学校選択制による学校間の競争、教師に対する相対的評価による教師間の競争なども、すでに失敗した内外の先例の後追いに過ぎず、時代遅れのものである。
 たとえば、東京都杉並区教育委員会は小中学校で実施している学校選択制について2016年度に廃止する方針を決めた。校舎の新しさなど教育内容と関係ないことで学校が選ばれる傾向があり、一部の学校に人気が集中したり、事実にもとづかないうわさで希望者が激減したりするなどのデメリットがめだってきたためだという。
 また、教育基本条例はサッチャー教育改革に範を取ったアメリカの「落ちこぼれゼロ法」と酷似しているが、これらの教育改革もすでにイギリスやアメリカでは失敗だったと認識され、軌道修正がはじまっている。このような失敗の後追いでしかない橋下氏の改革ビジョンの貧困さは明瞭である。
 昨年、アメリカではじまったウォール街占拠(OWS)運動の背景には、公務員労組の団体交渉権を制限する州法に反対するウィスコンシン州での議事堂占拠運動やオハイオ州での同じような州法への反対運動があった。橋下改革ビジョンがめざしている教育や公務労働への政治の介入と規制の強化も、このような運動を引き起こし、惨めな失敗に終わるにちがいない。

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