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11月6日(水) 参院選挙後の政局と国民のたたかい [論攷]

〔以下の論攷は、『治安維持法と現代』2013年秋季号(第26号)に掲載されたものです。〕

 はじめに

 七月の参院選で自民党が勝利して与党の議席が過半数を超え、衆参両院共に自民党が強く他の政党が弱い「一強多弱」状況が生まれています。これまで「ブレーキ」となっていた参院は再び衆院の「カーボン・コピー」に戻ってしまいました。
 こうして、第二次安倍政権による右傾化と改憲の危機が急速に進み、安倍首相はやりたい放題の「暴走」を始める危険性が強まってきています。慣例を無視した内閣法制局長官のクビのすげ替えを強行するなど、すでにその兆候は現れています。
 同時に、このような安倍首相の姿勢に対しては懸念や反発が生じつつあることも事実です。参院選で大勝したとはいえ政治的・社会的基盤は万全とは言えません。その弱点を突き、安倍内閣の目論見を暴露し、事実を知らせれば、世論を変えることは可能です。
 この先、三年間は国政選挙が予定されていませんから、情報戦・陣地戦が重要になるでしょう。政治の右傾化と国民生活破壊に向けての個々の攻撃の現れに的確に反撃しつつ、安倍内閣を追い込んでいくことが求められます。そのような国民的なたたかいによって早期の衆院解散・総選挙を勝ち取ることが、今後の目標となるでしょう。

 参院選の結果をどう見るか

 参院選の結果をひと言でいえば、自民圧勝、公明健闘、共産躍進ということになります。日本維新の会などの「第三極」の諸党は振るいませんでした。政党としての組織が確立されていて、それなりの実績のある政党が有権者の支持を得たということでしょうか。一時的な「風」頼みの政党は、世論の「風向き」が変わってしまえば大きく支持を減らすのは当然なのです。
 参院選の結果を左右した客観的な要因は、貧困化による生活苦の増大にあったと思います。「失われた二〇年」ともいわれるデフレ不況の長期化によって生活は苦しくなり、展望なき将来への不安が増大していました。
 このようななかで政権についた安倍首相は、アベノミクスを前面に掲げて持論のタカ派政策を抑制し、経済一本槍での訴えに終始しました。第一次内閣の失敗の経験に学んで「騙しのテクニック」を身につけたと言うべきかもしれません。
マスコミも応援団としての役割を演じました。新聞やテレビはあたかも「ねじれ」解消が選挙の最大の争点であるかのような報道を行うことによって「争点隠し」のお手伝いをしたわけです。
 その結果、デフレ脱却を約束するアベノミクスに期待し、少しでも生活が楽になることを望んで希望を託した人々は自民党に投票しました。他方、このような「約束」に騙されず、ストップをかけて欲しいと願った人々は共産党に投票したのです。
 同時に、共産党は、憲法、原発、消費税、TPP、基地問題などでの明確な対立軸と対案を提起し、野党でも際だったぶれない一貫した姿勢を堅持しました。政策的な主張が似通っていた社民党との違いは、安倍政権の「暴走」に対する「ブレーキ」としての効き具合の差だったと思われます。
 このように、自民党は参院選で大勝しました。しかし、実際に自民党が獲得した得票は選挙区で二二%(総選挙より三二二万票減)、比例代表で一八%(同一八四万票増)にすぎませんでした。それでも自民党が勝てたのは、投票率の低さと改選数一の選挙区による「かさ上げ効果」によるものです。一人区で自民党は二九勝二敗で過去最高の成績を収めています。
 この点では、自民党に対抗すべき民主党の責任が大きかったと言わざるを得ません。民主党は「拒否される政党」になっているという総括を行っていますが、政権交代に託された期待を裏切った罪の大きさを自覚し、理念的・政策的な対立軸を明確にして自民党に対抗する政党に変わらない限り、再生することは困難でしょう。

 本格化してきた「戦争できる国」づくり

 参院選で勝利して「ねじれ」を解消した安倍首相は、いよいよ改憲に向けての攻勢を本格化させようとしています。めざすのは九条の明文改憲による「戦争できる国」づくりですが、差し当たり「正面突破」路線ではなく「裏口入学」路線を取ろうとしているようです。
第一の「裏口」は九六条先行改憲論です。九六条は衆参両院での三分の二以上の賛成で改憲発議が可能だとしていますが、これを二分の一として改憲の「ハードル」を下げようというわけです。正面から九条改憲を問わない「裏口入学」路線です。
 しかし、このような姑息なやり方には世論の反対が大きく、九六条先行改憲は国民投票で否決されるかもしれず、リスクが大きいと判断されたのでしょう。安倍首相は「急がば回れ」路線へと待避し、さし当たり対話集会や改憲草案の説明会などを行いつつ一八歳投票権など明文改憲のための国民投票法の改定に取り組もうとしています。
第二の「裏口」は立法改憲(実質改憲)で、新しい法律や既存の法律の改定によって憲法の実質を変えてしまおうというやり方です。これは法律による実質的な憲法の改定ですから、「憲法の下克上」または「立法クーデター」とも言うべきものです。
 これは「ねじれ」解消によって立法手段の利用が可能になったために復活しました。具体的には、国家安全保障基本法や特定秘密保護法の制定、自衛隊法の改定などであり、そのために、国家安全保障戦略有識者会議、安保法制懇、安全保障と防衛力に関する懇談会などの有識者会議を煙幕として利用しようとしています。
これと並行して、国家安全保障会議(日本版NSC)、防衛費の増額やオスプレイの導入計画、日本版海兵隊の創設、部隊運用一元化による制服組の権限強化、内閣情報局の新設、安保戦略の策定などの既成事実化も進められています。実態がもうここまで進んでいるからということで、受け入れさせようという作戦でしょう。
 第三の「裏口」は憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認です。そのために、内閣法制局長官に小松一郎前駐仏大使を任命するなど、慣例を無視した「禁じ手」が用いられました。このようにして政権の意に沿った形で変更されれば、憲法解釈の安定性が損なわれ、法治主義の否定に行き着くことになります。
 憲法解釈の変更について、交代させられて最高裁判事に就任した山本庸幸前法制局長官は「非常に難しいと思っている」と述べ、宮崎礼壱(第一次安倍内閣時の法制局長官)や阪田雅裕元法制局長官も解釈の変更に反対するなど、法制局OBによる抵抗が表面化しました。
 集団的自衛権の行使が認められ、アメリカに対する攻撃を日本への攻撃とみなして反撃すれば、日本の自衛とは関係なくアメリカが始めた戦争に日本が巻き込まれる危険性が生じます。このような解釈変更が、戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認を定めた九条に違反し、専守防衛という国是に反することは言うまでもありません。

 重要課題での全面的な攻勢と矛盾の先鋭化

 これ以外にも安倍内閣は国民生活に関わりの深い重要課題を掲げて、全面的な攻勢に出ようとしています。間近に国政選挙が予定されていないため、世論に対する配慮や遠慮がいらなくなったからです。
 安倍首相は、異次元の金融緩和、大胆な財政出動、規制緩和などによる成長戦略という「三本の矢」を内容とする経済政策(アベノミクス)を打ち出してデフレからの脱却を目指しています。しかし、製造業の設備投資はふるわず、所定内給与も増えていません。このままでは税収を減らして財政再建を困難にし、デフレからの脱却を遅らせる危険性があります。来年の春から消費増税が実施されれば、庶民の生活は大打撃を受けることになるでしょう。
 東電福島第一原発の事故も深刻化しています。高濃度放射能汚染水の垂れ流し事故は「レベル3」(重大な異常事象)とされているにもかかわらず、安倍首相はオリンピック招致の場で「状況は完全コントロールされている」と大嘘をつきました。このような状況の下での原発の再稼働や海外への売り込みは、国内のみならず国際的な批判を浴びることになるでしょう。
 沖縄基地・安保問題でも、ヘリ墜落事故やMV22オスプレイの着陸失敗を無視する形で、オスプレイの追加配備や滋賀県・高知県などでの日米共同訓練が実施されようとしています。嘉手納基地や横田基地への配備計画もあり、沖縄県民はもとより日本国民の危惧と懸念が高まっています。
 参院選後には、TPP交渉への本格的な参加もはじまりました。しかし、日本市場をアメリカに売り渡すのではないかとの懸念が高まっているにもかかわらず、情報は秘匿され、どのような交渉がなされ、何が決められているのかが分かりません。自民党内でも不満が増大しており、亀裂が拡大しつつあります。
 成長戦略との関連で雇用改革も打ち出され、産業競争力会議や規制改革会議などで議論が進んでいます。しかし、雇用の安定ではなく流動化をめざし、「常用代替防止」原則を見直して派遣を常用化し、ジョブ型(限定)正社員を新設して雇い止めしやすくすることなどが「改革」の名に値するでしょうか。非正規化やワーキングプアの防止に効果がなければ、雇用の劣化や少子化問題を解決することはできません。
 社会保障改革についても、「プログラム法案」の骨子が閣議決定されました。その内容は社会保障サービスの切り下げと国民負担の増大です。消費増税の根拠が全くの欺瞞であり、「やらずぶったくり」にすぎなかったことが明らかになりました。この面でも、民主党は自民党に騙され、うまく利用されてしまったと言うべきでしょう。
 教育改革も第二次安倍内閣の「目玉」の一つです。これには愛国心教育とグローバル人材育成の矛盾があります。ナショナリズムに染まり排他主義に凝り固まった子どもたちが、どのようにしてグローバルな人材になれるのでしょうか。誤った歴史認識を持ち英語が話せる人材が育っても、妄言がそのまま外国に伝わって顰蹙を買うだけではありませんか。

 むすび

 自民党一強体制を背景にした安倍政権の攻勢は、国民のなかに一定の警戒心を生み出しています。また、参院選の結果によって共産党の存在感も増しています。このような条件を生かすことが大切でしょう。
 民主主義とは民意によって政治が動くシステムです。しかし、今の日本では間接民主主義が十分に機能していません。原発ゼロを目指して毎週繰り返されてきた官邸前集会のように、この機能不全を直接民主主義的な運動によって是正する必要があります。世論と運動によって政治を動かすことができるかどうか、日本の民主主義が試されています。
 世論とは一人一人の意見が集約されたものであり、まず、自分自身の意見を明確にすることが必要です。運動とは一人ひとりの行動が集約されたものであり、まず、できるところから取り組むことが重要でしょう。
 そのためには、正確な事実を知らなければなりませんが、日本のマス・メディアは劣化し、正しい情報を伝える手段としては信用できなくなってしまいました。情報の真偽を判断するために学び、自らが正しい情報を発信する力を身につけなければなりません。
 誤った政策はいずれ事実によって否定され、多くの問題を生み出すことによってその過ちが証明されます。戦前の治安維持法や軍国主義という誤った政策が戦争の惨禍によって否定され、戦後の民主社会を生み出したように……。
 しかし、このような過ちや失敗には膨大な犠牲が伴います。そのような政策の転換が遅れれば遅れるほど、その数は増えていきます。治安維持法による犠牲者や侵略戦争によって国内外で二三一〇万人もの人々が命を失ったように……。
 そのような犠牲が生まれる前に、政策の結果を予測し、その間違いを見抜くのが賢い主権者というものでしょう。そのために過去を振り返り、現在を直視し、未来を展望することが必要です。今こそ、歴史に学び、教訓を明らかにして、過ちを繰り返さない知恵を働かせることが求められているのではないでしょうか。

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