SSブログ

5月28日(水) 北岡伸一安保法制懇座長代理による集団的自衛権についての発言の問題点 [集団的自衛権]

 『読売新聞』5月25日付の一面と二面に、安保法制懇の北岡伸一国際大学長の発言が掲載されていました。「集団的安全保障 国民の安全保障最優先」という表題が付いています。
 「正統性あるわけない」と北岡さん本人が言う安保法制懇ですが、その座長代理として報告書のとりまとめに中心的な役割を演じた方です。どのように集団的自衛権の行使容認を正当化されるのか、興味をもって読みました。
 さしあたり、以下のような問題点を指摘しておきましょう。

 第1に、「当然であるが、懇談会は集団的自衛権の行使を主張しているのでなく、いざという時のために行使できるようにしておくべきだと主張したのである。現に個別的自衛権の行使は、法的には1954年から可能となったが、一度も行使されていない」と述べています。容認しても使われることはないから安心してほしいというわけです。
 しかし、憲法9条によっても個別的自衛権は認められており行使可能だと言う「解釈改憲」によって、「自衛のための必要最小限度の実力」である自衛隊が発足して育成されてきたこと、そのために年々軍事費が増え続け、今では年間約5兆円もの国費が投じられ、国家財政の大きな負担になっていることが全く無視されています。集団的自衛権の行使が容認されれば、このような軍事対応のための財政的な負担は増えこそすれ、削減されることはなくなるでしょう。

 さらに大きな問題は、個別的自衛権は「一度も行使されていない」と述べている点です。それなら、湾岸戦争後のペルシャ湾への海上自衛隊の掃海艇、イラク戦争のときのサマーワへの陸上自衛隊、バクダッド空港への航空自衛隊の派遣はいったい何だったのでしょうか。
 いずれも個別的自衛権の拡大解釈による海外派兵ではありませんか。それとも、これらは法的な根拠を持たない憲法違反の派遣だったということを認めるのでしょうか。

 第2に、北岡さんは「集団的自衛権は、少なくとも1990年第1次湾岸危機のころから議論されてきた。もう24年である。そして第1次安倍内閣で懇談会が設置され、メディアでもさんざん報道されてきた」と指摘しています。日本の政治は法律の制定にも時間がかかるから、「内閣ごとに解釈が変わり得るという批判」は当たらないというわけです。
 「語るに落ちる」とはこのことでしょう。法律は国会で審議され過半数以上の賛成を必要とするのに、安倍首相は国会審議を経ずに閣議決定だけで解釈変更を行おうとしています。北岡さんの立場からしても、このようなやり方は異常だということになります。

 また、この集団的自衛権の行使容認は、最近になって日本周辺の安全保障環境が激変したからではなく、1990年ころからの懸案とされてきたことが明らかにされています。つまり、湾岸戦争でのトラウマが背景にあるということが、北岡さんによっても明示されたわけです。
 これについては、すでに安保法制懇の座長である柳井俊二元駐米大使が次のように述べています。

 「当時、外務省条約局長として、国会答弁の矢面に立ったが、挫折感が残った。『自衛隊が国際平和のために活動できない憲法解釈はおかしい』と感じながら、苦しい答弁を繰り返した。それを『トラウマ』というかは別にして、何とかしなければいけないという気持ちは、ずっと持ってきた。
 その後、問題が起こるたびに、米同時多発テロを受けたテロ対策特別措置法や、イラクに自衛隊を派遣できるイラク特措法を慌てて作った。それは必ずしも望ましいやり方ではなかったし、いつも憲法解釈の壁にぶつかってきた。」(『朝日新聞』5月18日付)

 つまり、集団的自衛権の行使容認は自衛隊の海外派遣についての「憲法解釈の壁」を取り払うために必要とされたのであり、日本周辺の安全保障環境の激変はそのための口実として持ち出されたにすぎなかったのです。そのための主たる目標は、いつでもどこでも(たとえ地球の裏側でも)自衛隊を派遣して米軍との共同作戦を可能にすることにあるということになるでしょう。

 第3に、「中国との関係改善にまず取り組むべきだという批判」に対して、「どうやって関係改善が可能なのか。カードはあるのか」「日中関係の改善が先だという人は、その方法と、それを先行させるべき理由を示してほしいものだ」と反論しています。それなら、中国との関係改善に取り組まなくても良いのか、集団的自衛権行使容認が日中関係を改善させるのか、そのためのカードになるのか、と北岡さんに問いたいところです。
 日本の政治外交史の専門家が「日中関係の改善……を先行させるべき理由を示してほしいものだ」などと言いだすようになってはお終いです。安倍首相のブレーンらしい居直りですが、「そんなことも分からないのか」と顰蹙を買うだけでしょう。

 日中関係が急速に悪化したのは野田政権による尖閣諸島の国有化が契機で、そのきっかけを作ったのは石原慎太郎元都知事でした。第2次安倍政権発足後も関係が改善されなかったのは首相自身による歴史認識にかかわる言動であり、何よりも靖国神社への参拝が大きな理由になっています。
 というのであれば、関係改善のための「カード」は安倍首相の手にあるということになります。関係改善のネックになっている歴史認識問題に関する言動を控え、首相在任中に靖国神社参拝を行わないことを明言し、閣僚にも参拝しないよう指示すれば良いだけのことです。
 そうすれば、中国が首脳会談を拒む理由がなくなります。こんな簡単なことも北岡さんには分からないのでしょうか。

 北岡さんは、日本の政治外交史の専門家です。そうであるなら、戦前の日本がどのようにして道を誤り、それがどれほど大きな過ちを犯すことになったのか。その原因や背景、論理や経過、そして結果やその意味についても十分ご存知のはずです。
 それなのに、安倍首相の政治外交政策の問題点には全く気が付いていないとは、驚くべきことです。国民の多くが、軍事一辺倒で外交放棄という安倍首相の政策にきな臭さを感じ、近隣諸国との緊張緩和努力ではなく軍事対応の準備にばかりエネルギーを使っていることの異様さに呆れているというのに、政治外交史の専門家である北岡さんは、このようなきな臭さも異様さも全く感じていないのでしょうか。
 知識はあっても、現実を直視する眼を持たないというのでは困ります。自らの教え子も含めて日本の若者に血を流させるような愚を避けることは、教職にある者にとって最優先されるべき責務でしょう。

nice!(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

トラックバック 0