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7月20日(日) ウクライナとガザでの悲劇が教えるもの [国際]

 ウクライナとガザで、大きな悲劇が相次いでいます。ここから、私たちはどのような教訓を学ぶべきでしょうか。

 ウクライナでは、マレーシア航空のアムステルダム発クアラルンプール行きボーイング777型機が墜落し、子供80人を含む乗員乗客298人が死亡しました。同機は撃墜されたとされていますが、親ロシア派かウクライナ政府側か、どちらによるものかは今のところ不明です。
 パレスチナ自治区ガザではイスラエルによる地上侵攻によって死者が90人、負傷者が400人を超えたと報じられました。8日の軍事作戦開始後では、死者は約330人、負傷者は2400人以上に達したと伝えられています。
 どちらの事例も、軍事力によって平和は保たれないこと、抑止力などは空想の産物でデタラメな空論であることを示しています。集団的自衛権の行使容認をめざす日本としては、このような道を進んではならないという教訓を学ぶべきでしょう。

 武器と技術がなければこのような悲劇は起きず、戦争もできないはずです。マレーシア航空機を撃墜したのは地対空ミサイルだとされていますが、そのようなミサイルが存在せず操作できる要員がいなければ、民間航空機を撃ち落とすなどという間違いも生じなかったでしょう。
 ガザでの戦闘の激化も、イスラム組織のハマスが地対地ミサイルを所有せず、イスラエル側に戦闘機や地上侵攻可能な部隊がなければ、戦闘になることもそれが激化することもありえません。
 武力がなければそれに訴えることはできず、紛争は政治的外交的に解決するしかなくなります。強力な武器や軍事力を持っているからこそ、それに頼って問題を解決しようとしてしまうのだということを、ウクライナとガザの悲劇は私たちに教えているのではないでしょうか。

 強大な軍事力は、戦争の開始と紛争の拡大を防ぐ抑止力にはなっていません。それどころか、対立を激化させ、事態を紛糾させる大きな要因となっています。
 ウクライナの親ロ派勢力は政府軍に抵抗できるだけの武力を持ち、政府側もそれを制圧できるかもしれない軍事力を持っています。だからこそ、ともに力で問題を解決しようとするのです。
 イスラエルは強力な軍事力を持ち核兵器さえ保有しているとされ、ハマス側もこれに対抗できるだけの軍事力を持っています。そのために、かえって戦争を抑止することができず、ガザ地区への地上軍の投入と住民の虐殺、それへの報復としてのミサイル発射を引き起こすことになります。

 軍事への傾斜とそれが持つ力への信奉がウクライナとガザでの悲劇を生む根本的な要因なのです。そのことへの反省なしに、問題の平和的な解決は不可能でしょう。
 力を持っているから、その力に頼ろうとしてしまう。力で抑えつけようとするから、かえって大きな反発を生んでしまう。
 これまで世界史で幾度となく生じてきたこのような誤りが、今回もまた繰り返されてしまいました。人類はいつになったら、力による紛争の解決はかえって紛争を激化させ拡大させてしまうという教訓を学ぶことができるのでしょうか。

 昨日の『朝日新聞』の「ザ・コラム」で曽我豪編集委員が、「私は日本の憲法が世界の中で特異なものであることに誇りを持っております」「我々が自らの武力で外国に自分の意思なり何なりを押しつけることはしない、そういうことはこれからも守っていかなきゃならない一番大切な分野だ」と語った梶山静六元官房長官の言葉を紹介しています。現行憲法が「特異なものである」ことに誇りを持ち、そのメリットを実感し「これからも守っていかなきゃならない」と考えるかどうかという点に、護憲論と改憲論との分岐があるということでしょう。
 安倍首相やその背後にいて集団的自衛権の行使容認を推し進めている外務官僚とそのOBたちは、梶山元官房長官とは異なって憲法を敵視し邪魔者扱いしているように見えます。それを煽り立ている『産経新聞』や『読売新聞』も同様でしょう。
 だからこそ、「特異なものであること」に誇りを持つことができず、それを空洞化して「普通の国」になろうとしているわけです。「この憲法9条のいわば精神というのは日本の今日を築き上げた一番の根幹」(梶山さん)だということも理解できずに……。

 安倍首相は山口県下関市での講演で、ウクライナでの旅客機撃墜について、「いかなる紛争も力ではなく、国際法に基づき、外交的に解決すべきだ」と述べています。それが世界の常識であり、当然の認識でしょう。
 一方で集団的自衛権の行使容認など軍事力行使に傾斜した政策転換を進めながら、他方でこのような発言をせざるを得ないところに、安倍首相の矛盾と自家撞着が示されています。
 自らの言に忠実であるなら、戦争できる国になって「他国」の戦争に参加するための準備などはとっとと止めなければなりません。そして、「いかなる紛争も力ではなく、国際法に基づき、外交的に解決すべきだ」ということを明確に宣言している「憲法9条のいわば精神」に立ち戻るべきではないでしょうか。


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