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3月3日(火) 総選挙後の情勢と今後の展望(その1) [論攷]

〔以下の論攷は、『月刊全労連』No.217、2015年3月号、に掲載されたものです。4回に分けてアップします。〕

 はじめに

 「安倍晋三首相は最後に放った矢が自分の背中に突き刺さって命取りとなり、日本を破綻させた人物として歴史に名を残すことになるでしょう。自国通貨の価値を下げるなんて、狂気の沙汰としか思えません。」
 「投資の世界の人たちや、(金融緩和で)おカネを手にしている人たちにとっては、しばらくは好景気が続くでしょうが、安倍首相が過ちを犯したせいで、いずれはわれわれ皆に大きなツケが回ってきます。……日本について言えば、安倍首相がやったことはほぼすべて間違っており、これからも過ちを犯し続けるでしょう。」

 これは2015年の年頭に当たっての投資家の見通しである。ジョージ・ソロスと投資会社を設立した三大投資家の一人であるジム・ロジャーズの発言で、前者は『プレジデント』1月12日号に、後者は『週刊東洋経済』12月27日・1月3日新春合併特大号に掲載されている。
 円安・株高で大もうけしている投資家でさえ、このような悲観的な見通しを語ったという点が興味深い。ここでロジャーズは「安倍首相が過ちを犯した」と指摘している。それは直接にはアベノミクスの失敗をさすものである。
 同時に、子細に検討すれば、今回の総選挙もそのような「過ち」の最たるものだったということが分かる。国民にとっては必要性を理解しがたい突然の解散・総選挙という愚行によって、マスメディアによる「圧勝」報道とは裏腹に、安倍首相としても予想できなかったような結果を招いてしまったからである。

1 総選挙の結果をどうみるか

(1)本当に勝ったのは共産党

 衆院は11月21日に解散し、12月2日に公示、14日に投・開票という日程で実施された。その結果は、第1表に示される通りである。安倍首相の獲得目標は与党で過半数以上という低いものであった。結果は3分の2以上の現有勢力の維持であり、マスメデイアの多くは「圧勝」と報道した。それは正しかったのだろうか。
 総選挙の結果、新たな議席は自民291、公明35、民主73、維新41、共産21、次世代2、社民2、生活2となった。これを選挙前と比べた増減では、議席を増やしたのは、共産(+13)、民主(+11)、公明(+4)となっている。最も議席を増やしたのは共産党であるから、選挙で勝ったのは共産党である。
 逆に議席を減らしたのは、次世代(-17)、生活(-3)、自民(-2)、維新(-1)となっている。最も議席を減らしたのは次世代の党であるから、選挙で負けたのは次世代の党であった。
 共産党は13議席増やし、小選挙区で234万票、比例代表で237万票の増となった。次世代の党は17議席減という惨敗で、衆院ではたったの2議席になってしまった。このような議席の増減からいえば、総選挙の結果、国会内での手ごわい反対勢力である共産党を増やし、「是々非々」で政権の応援団にもなる次世代の党を減らしたことになる。
 国会を解散して総選挙を実施しなければ、このような結果にはならなかったはずである。少なくともあと2年間は、これまでのような安倍政権にとって好ましい勢力関係を維持できたにちがいない。しかし、安倍首相は突然の解散・総選挙によって、これを変えてしまうリスクを犯した。政権基盤を安定させて指導力を高め、次の自民党総裁選挙で再選されたいという個人的な野望を優先したためであった。
 その結果、共産党や民主党の議席を増やして極右勢力である次世代の党の議席を減らし、国会内での左翼の比重を高めることになった。まことに皮肉な結果だったというべきだろう。
 自民党は「圧勝」したとされているが、議席総数で2議席、小選挙区では223議席と14議席減らし、小選挙区の得票数も2546万票で18万票の減少となった。自民党が小選挙区での得票を減らしたのは今回だけではない。09年に522万票減、12年に166万票減、そして今回も18万票減と一貫して減らしてきている。政権を失った09年だけでなく、奪還した12年にも得票数を減らしていたのである。
 それにもかかわらず多数議席が獲得できたのは、比較第1党が議席を獲得できる小選挙区制というカラクリのためであった。今回も48.1%の得票率で75.3%の議席を獲得した。得票数を減らしているということは有権者の支持を失っているということになる。有権者からすれば支持を撤回しているのに、その意思は全く議席に反映されていない。
 今回は小選挙区で得票数だけでなく議席も減らした。それでも自民党が「圧勝」できたのは比例代表で11議席増の68議席を獲得したからである。しかし、増やした得票数は104万票で、共産党が増やした237万票の半分にも及ばない。
 つまり、アベノミクスによる一定の受益とその「おこぼれ」への幻想は確かに存在しており、それは比例代表での104万票増に反映されている。しかし、アベノミクスに対する危惧と反対も強く、それは暴走ストップへの期待をかけた共産党の得票増の方が2倍以上も多かったという事実に示されている。
 確かに、安倍首相は奇襲攻撃のような突然の解散・総選挙によって、与党全体としての現状維持に成功した。しかし、それはアベノミクスに対する異議申し立ての機会としても活用され、国会内の勢力関係を変えて強力な反対者の登場を促す結果となった。
 それは、安倍首相の目論見を大きく覆すものだったにちがいない。総選挙の結果は必ずしも思い通りのものではなく、安倍首相の「作戦勝ち」とは言い切れない。多くのマスメディアは与党が現有勢力を維持して3分の2を上回ったという表層に目を奪われ、その陰で生じたこのような大きな変化を見逃している。

(2)与党の消長―自民党と公明党

 事前の予測によれば、自民党は300議席突破もあり得るとされていた。しかし、そうはならず、当選前の293議席より2議席減らして291議席となった。それも投開票日の夜に福岡1区で当選確実となった無所属候補を追加公認したためで、正確には3議席減であった。議席を減らしたのだから勝利したわけではない。自民党に投票した有権者の割合(絶対得票率)は小選挙区で24.5%、比例代表で17.0%と、4分の1以下にすぎなかった。
 とはいえ、単独で安定多数を維持し、与党では参院で否決された議案の再議決が可能な3分の2を超えているから、依然として強引な国会運営を行う基盤を得たことになる。安倍首相は「国民の信任を得た」として「暴走」をスピードアップする危険性が高い。
 しかし、安倍首相は「アベノミクス解散」と名付けて、その是非を問う一点に争点を絞って選挙戦を戦った。自民党への支持は「道半ばなら、もう少し様子を見てみよう」というもので、一種の「執行猶予」であったと思われる。それを勘違いし、選挙中はほとんど言及せずに「争点隠し」に徹した集団的自衛権の行使容認や原発再稼働などで新たな「暴走」を始めれば、その時こそ、大きなしっぺ返しを食らうことになるだろう。
 公明党は選挙前の31議席から4議席増やして35議席になった。与党としての勢力にはほとんど変化がなかったが、その内部で公明党の比重が増えたことには意味がある。これまでの安倍首相の暴走に不安を感じた国民の一部が、与党内での「ブレーキ役」として公明党にも期待を寄せたのかもしれない。
 しかし、そのブレーキは錆びついていて十分に作動するとは限らない。このことは集団的自衛権行使容認の閣議決定に至る過程でも示された。関連する安保法制の今後の整備において、どれだけ効くかは不明である。選挙中の「目玉公約」であった消費税再増税に際しての「軽減税率導入」という約束にしても自民党からの抵抗は大きい。いずれにしても今後の対応が注目される。

(3)野党の消長―民主党と「第三極」

 民主党は当初から議席を伸ばすと見られていた。確かに、選挙前の65議席から11議席を増やして73議席になったが、予想されたほどには回復しなかった。得票数も、候補者を減らした小選挙区では168万票減の1192万票である。比例代表で増やしたとはいえ、たったの5万票増で978万票にとどまった。
 このため、党内には敗北感が漂うことになった。しかも、海江田万里代表は小選挙区で当選できなかっただけでなく、比例代表でも復活できずに辞任した。現職の野党1党の党首が総選挙で落選するのは、1949年の片山哲社会党委員長以来65年ぶりのことである。
 「2年間、何をやっていたのか」という声もあるが、民主党政権による裏切りの後遺症を癒すためにも、野党再編や選挙協力などの準備を進めるためにも、短かすぎたということなのかもしれない。まさに、安倍首相による「今のうち解散」という奇襲攻撃にまんまとしてやられた結果だったと言えよう。
 加えて、消費増税や原発再稼働、TPP参加などの政策には民主党も反対しているわけではなく、改憲や集団的自衛権の行使容認についての党内の意見は割れている。安倍首相の暴走に対してもブレーキなのかアクセルなのか不明だという曖昧さがあった。海江田代表の地味なキャラクターもあって支持は盛り上がらず、維新の党の橋下共同代表から批判されるなど選挙協力も十分機能しなかった。
 前回の12年総選挙で躍進して注目を浴びたのは、日本維新の会、みんなの党、日本未来の党などの「第三極」であった。しかし、今回の総選挙ではみんなの党と日本未来の党は姿を消し、日本維新の会も維新の党に衣替えしていた。「第三極」はもはや注目を集めるような存在ではなかったのである。
 このうち、維新の党は1議席減の41議席と、ほぼ現状維持にとどまったかに見える。しかし、前回の総選挙では54議席と躍進しており、これに比べれば13議席減と大きく後退した。得票でも、小選挙区で262万票、比例代表で388万票の減少となった。どちらも、票を減らした政党の中では最大である。
 とはいえ、前回獲得議席を半減させる可能性があるとの中盤の情勢からすれば、かなり回復したように見える。それは自民党が単独で300議席をうかがい、3分の2を突破するかもしれないと報道されたことが影響したのではないだろうか。この予測報道によって、自民党から維新の党に票が流れた可能性がある。
 前回の総選挙で18議席を獲得したみんなの党は解散し、今回の選挙では姿を消した。江田元幹事長らのグループは維新の党に合流し、政治資金での疑惑を受けた渡辺喜美元代表は落選した。まことに無残な末路だが、そのために投票先を失って棄権した支持者も少なくなかっただろう。
 今回の選挙で最も大きな影響を受けたのは次世代の党であり、公認48人に対して当選は2人、19議席が17も減って壊滅的な打撃を受けた。安倍首相の応援団として行動し、自民党を右に引っ張る役割を演じた次世代の党は、「ネトウヨ」などを頼りに保守色を前面に出して選挙戦を戦ったが、それは奏功しなかった。
 このような極右政党を見限ったところに、日本の有権者の良識が示されている。しかし、比例代表の得票数は141万票に上り、社民党の131万票や生活の党の103万票よりも多い。この党をあなどってはならならない。日本社会の右傾化を示す兆候として、今後も警戒する必要があるだろう。

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