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8月10日(月) 普通の働き方を実現するために―労働の規制緩和と再規制の課題(その2) [論攷]

〔以下の論攷は、女性労働研究会編『女性労働研究―「ふつうの働き方」を諦めない』No.59、青木書店、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕

Ⅱ。第二次安倍内閣における規制緩和の再起動

 1 再起動が始まった労働の規制緩和
 
 2012年11月の総選挙によって民主党は大敗し、自民党はふたたび政権に復帰した。公明党との連立によって、第二次安倍政権が発足する。この内閣のもとで労働再規制の流れは完全に逆転し、労働の規制緩和の再起動が始まった。
 その第一は、雇用維持型から労働移動支援型への政策目的の重点移動であり、基本姿勢の転換である。有識者議員が13年2月5日の第四回経済財政諮問会議に提出した資料「雇用と所得の増大に向けて」は、「正社員終身雇用偏重の雇用政策から多様で柔軟な雇用政策への転換」「地域や職務を限定した正社員や専門職型の派遣労働者など、『ジョブ型のスキル労働者』を創出する」ことを列挙していた。いずれも、第二次安倍政権が取り組むことになる雇用改革の方向を示すものである。
 これらの提案を踏まえて、2013年6月14日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針~脱デフレ・経済再生」(骨太の方針)は「生産性の高い部門への労働移動」を打ち出し、同じ日に閣議決定された「日本再興戦略―JAPAN is BACK」も、「雇用制度改革・人材力の強化」をはかるために「雇用維持型の政策を改め、個人が円滑に転職等を行い、能力を発揮し、経済成長の担い手として活躍できるよう、能力開発支援を含めた労働移動支援型の政策に大胆に転換する」ことを提案している。これは、電機産業などからITビジネスや流通産業、医療・福祉産業などへの労働力移動の推進を意図しており、第二次安倍内閣が成長戦略との関係で打ち出した「日本産業再興」に向けての新たな目標であった。その他の課題は、以下に見るように基本的にはこれまでの規制緩和策における三つの流れを踏襲するものだったと言える。
 第二は、労働者派遣法の改定である。これに向けて、改正労働者派遣法が2014年の通常国会に提出された。しかし、懲役「1年以下」とするべきところが「1年以上」とされていたという事務的なミスによって審議入りもできずに廃案となる。この点を改めて、再度、14年秋の臨時国会に再提出された。
 この改正案では、専門26業務の区分がなくなって派遣期間の上限は「業務」ではなく「人」ごととされ、3年間で業務が替われば派遣社員として雇用し続けることができるようになる。その導入に向けて派遣先企業は労働組合の意見を聞くことが義務付けられているが、聴取さえすれば合意されなくても実施できる。人材派遣会社に無期雇用されている場合、派遣労働者は業務を三年で替わりながら働き続けることになり、派遣は「臨時的・一時的な業務に限定」されるという大原則が事実上撤廃されてしまう。こうして、いつまでも派遣労働者であり続けるという「生涯ハケン」が可能とされる。
 第三は、人材供給ビジネスのチャンスの拡大である。先に紹介した経済財政諮問会議への有識者議員の提出資料「雇用と所得の増大に向けて」も、「雇用の拡大・ミスマッチの解消の実効性を上げる観点から、ハローワーク全体の事業効率を検証するとともに、民間のノウハウを最大限活用するかたちで、官民の協力体制を構築すべき」だとし、「求職者支援制度や雇用保険事業などの内容」の「再検証」などを提起していた。民間の活用と官民の協力が必要だというのである。
 同時に、外部労働市場の成熟を理由に公的職業紹介以外の人材供給業の拡大を図ることが目標とされ、労働移動の促進策が14年度予算で具体化される。それまでの雇用調整助成金1175億円は545億円に半減され、労働移動支援助成金2億円は300億円へと150倍に急増したが、これは産業競争力会議における竹中平蔵議員(パソナ会長)の提言を背景とした措置であった。
 第四は、労働時間管理の緩和である。これについては、企画業務型裁量労働制やフレックスタイム制などの労働時間法制の見直しがめざされている。これらの制度はこれまでもあったが導入要件が厳しく、「使い勝手が良くない」との意見がもっぱらであった。これを使用者側にとって使いやすい制度に改めようというのである。
 これに関連して急浮上してきたのが、ホワイトカラー・エグゼンプション(WE)の導入という問題である。この制度は2006年に提案されたものの反対が強く、翌07年に入って導入が断念されるという経緯があった。ところが、産業競争力会議において長谷川議員が高度な専門職と研究開発部門に限り、年収1000万円以上という条件のもとに導入することを提案したために再浮上してくる。ただし、2005年6月の日本経団連の提言では400万円以上、07年1月の厚労省案では900万円以上とされていた。年収1000万円以上は労働者の約3.8%にすぎず、榊原経団連会長は「10%は適用を受けるような対象職種」を主張している。制度が導入されれば適用範囲が拡大されていく可能性は極めて高い。具体的な年収・職種は労働政策審議会で検討されることになり、2015年の通常国会に関連法の改正案を提出する方向で14年9月10日から検討が始まった。

 2 小泉構造改革的手法の踏襲と制約
 
 第二次安倍政権におけるこのような労働の規制緩和の再起動は、その内容だけでなく手法においても、基本的には安倍首相がお手本としている小泉首相の構造改革への取り組みを踏襲している。とはいえ、そこには若干の違いもあり、また小泉構造改革の後であるがゆえの限界や制約もあった。
 その第一は、戦略的政策形成機関の活用である。安倍首相は民主党政権の下で休眠状態にあった経済財政諮問会議と規制改革会議を再起動させた。それだけでなく、閣僚で構成される日本経済再生本部と民間の有識者を参加させた産業競争力会議を新設した。
 小泉構造改革の時には経済財政諮問会議が大きな役割を果たし、そこで作成された「骨太の方針」は政府の基本方針とされ、審議会での検討や国会審議に大枠をはめた。これに対して、経済財政諮問会議が大枠をはめる点では共通しているとはいえ、その具体的な検討に当たっては産業競争力会議が主な舞台になっている。
 この産業競争力会議には、小泉政権下で担当大臣として経済財政諮問会議をリードした竹中平蔵元経済財政担当相(パソナ会長)、長谷川閑史同友会代表幹事(武田薬品社長)、楽天の三木谷浩史会長兼社長、ローソンの新浪剛史社長が参加していた。これらの民間議員が規制緩和の旗を振ることになる。また、規制改革会議の議長代理には小泉政権下で竹中大臣の後任となった大田弘子元経済財政担当相(パナソニック社外取締役)が就任し、規制緩和策の具体化に向けて議論をリードした。
 第二は、民間議員の「横やり」による政策形成プロセスの歪みである。これらの戦略的政策形成機関を舞台に官邸・経営者・学者が政策形成に横やりを入れるという構造には、小泉内閣当時と大きな変化がない。従来の政策形成のあり方に対して、官邸の意思を明瞭に示すためにこれらの機関が設置され、その応援団として官邸の意に沿う経営者や学者が起用されたのであるから、そうなるのは当然だったといえる。
たとえば、2014年の通常国会では改正研究開発力強化法が成立したが、これは有期で雇用されている研究者の無期転換申し込み権発生期間を5年から10年に延長するための改定だった。このような改定については、産業競争力会議(第四回)で橋本和仁東大教授が強く要望し、これを受ける形で議員立法によって提案され、ほとんど実質的な論議がないままに成立している。
 また、改正労働者派遣法案については、2013年8月に「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会報告書」が提出され、労働政策審議会で労使の代表が対立したために公益委員が骨子案を提出し、それが法案になるという経過を辿った。この「研究会報告書」については10月に規制改革会議が注文を出し、その下にある雇用ワーキング・グループでもヒアリングが行われ、厚労省の課長が説明している。これに対して大田弘子議長代理は注文を付け、稲田内閣府特命担当相も「規制改革の意見が反映された部分はどういうところなのか」と質問していた。
 さらに、2013年10月1日の第一四回産業競争力会議に提出された竹中議員の意見書「『成長戦略の当面の実行方針』について」がある。そのなかで、竹中議員は「国家戦略特区は、成長戦略の最重要政策。国家戦略特区を軸に、岩盤規制を打破していかなければ、経済の成長はあり得ない」と述べ、「特に『雇用』分野は、残念ながら、全く前進がみられない」との苦言を呈したうえで「国家戦略特区を完成させるべく、引き続き全力を尽くしたい」との決意を明らかにしていた。国家戦略特区の新設は竹中議員の強い要求で実現したもので、そのための国家戦略特区諮問会議の民間議員にも選出されている。その結果、「解雇特区」について「(特定の)職種だけにしてもなかなか難しい」と述べ、慎重な見方を示していた田村憲久厚労相は除かれる形となった。
 第三は、このような手法によって生ずる矛盾と対抗の存在である。すでに、小泉構造改革の下で推進されてきた労働の規制緩和によって非正規労働者が増大し続け、貧困化が進み格差が拡大してきたという苦い経験があった。戦略的政策形成機関によって一方的に政策変更を迫るようなやり方は、労働政策の形成に当たって国際労働機関(ILO)が要請する政労使の代表による三者構成原則に違反するという問題もある。
 経産省主導の政策転換に対する厚労省のひそかな抵抗は、田村厚労相の消極姿勢となって現れた。たとえば、2013年3月19日の記者会見で、解雇規制の緩和について田村厚労相は「雇用のルールですね、これに関してはいろんな解雇の話も出ましたけれども、当然ですね、これは公労使含めた議論をしなきゃいけない話」だと釘を刺していた。また、「解雇特区」の新設に対して反対しため、田村厚労相抜きの新しい体制が作られたことは前述したとおりである。
 このような労働の規制緩和に対しては、マスコミや世論による懸念と批判も強かった。すでに、同様の規制緩和によって非正規労働者が増大しており、それに伴って様々な社会問題も生じたために一時は労働再規制の動きさえあった。このような経緯からすれば、新たな規制緩和策に対して懸念や批判が生じたのも当然だったと言える。
 とりわけ労働者派遣制度の緩和策に対する労働側の抵抗は強く、労働政策審議会で労働者側代表は規制緩和を進める方向での改定案に対して反対を表明した。連合は、2013年10月に古賀会長を本部長とする「労働者保護ルール改悪阻止」闘争本部を設置して「労働者保護ルール改悪阻止」を掲げ、労働者派遣法の改定についても「生涯ハケンで低賃金に異議あり」として各地で学習会や街宣行動などに取り組んだ。また、全労連や全労協なども13年10月に「雇用共同アクション」を結成し、日弁連や労働弁護団も反対の動きを強めた。

 3 労働の規制緩和再起動の背景
 
 このように、労働の規制緩和によって種々の問題が生じ、いったんは再規制の方向に転じたにもかかわらず、どうして規制緩和策が再起動されることになったのか。なぜ、安倍首相は、このような規制緩和策に取り組むことを目指したのだろうか。
 第一に、「世界で一番企業が活躍しやすい国」(2013年2月、第183通常国会における安倍首相の施政方針演説)を作るためである。そのために邪魔になる法律や制度を改廃するという狙いがあった。ということは、規制緩和の再起動はあくまでも企業の側の視点からする労働規制の見直しの必要性に基づくものであり、労働者保護の視点が希薄化するのは当然の結果だといえる。
 本来の労働改革は働く人々の利益を尊重し、「世界で一番労働者が働きやすい国」を作るために行われるべきであろう。そのために必要となる規制は強められ、邪魔になる規制は撤廃または緩和されてしかるべきである。規制改革が本来目指すべき真の目的は「労働者が働きやすく」なることであり、人間らしい労働(ディーセントワーク)によって「普通の働き方」が実現されることでなければならない。
 第二に、アベノミクスの「三本の矢」のひとつである「成長戦略」を起動させるためである。2014年6月24日に閣議決定された「骨太の方針―経済財政政策と改革の基本方針二〇一四」は、「多様で柔軟な働き方の実現」を掲げていた。同じ日に閣議決定された「規制改革実施計画」も、①ジョブ型正社員の雇用ルールの整備、②労働者派遣制度の見直し、③有料職業紹介事業等の規制の見直し、④労使双方が納得する雇用終了のあり方それぞれにかかわる事項について重点的に取り組むことを打ち出している。
 いずれにも共通しているのは、働く人のためではなく経済成長のための戦略的課題としての規制改革という位置づけである。第二次安倍政権における雇用改革は、労働政策として打ち出されているというよりも、むしろ経済・産業政策の一環として重視されていることになる。ここからは、貧困化や格差の是正につながるような新しい施策を期待することはできない。
 第三に、経済成長の起動力になれるような新たなビジネス・チャンスを生み出すためである。そのために邪魔になるような規制を廃止したり緩めたりすることによって新しい成長分野が開拓され、新たな産業やビジネスが育っていくことが期待されている。
 このような期待を反映して、戦略的な政策形成機関には、人材派遣(竹中議員)、IT関連(三木谷議員)、流通(新浪議員)、薬品(長谷川議員)などの成長が期待される産業の経営者が参加している。国の政策は公正・公平でなければならず、本来であればこのような利益相反的関係にある利害関係者の関与は避けるべきであろう。ところが、安倍政権はこれらの産業分野における企業経営者の積極的な関与を求め、その要求に基づいて規制を緩和することで便宜を図り、成長を促進しようとしていたのである。

 4 労働の規制緩和はどのような問題を引き起こすか

 第二次安倍政権の下における労働の規制緩和は、まだ着手されたばかりである。それが全面的に発動されるのは、おそらくこれからになるだろう。もしそうなった場合、日本の産業と経済、社会にはどのような問題が引き起こされるのだろうか。すでに実施されてきた小泉構造改革以降の労働の規制緩和が生み出してきた問題点をも参考にしつつ、これらについて検討してみることにしよう。
 第一に、不安定・劣悪就労の拡大と雇用の不安定化である。「生涯ハケン」など非正規労働者の拡大、正規労働者に対する置き換え、正社員保護の限定化が進むにちがいない。解雇規制が緩和されれば、働く人々の地位は極めて不安定になる。「限定正社員」は期限が明示されない有期雇用にほかならず、事業所・職場の閉鎖や職務の終了によって雇い止めが容易になることは疑いない。
 第二に、職場の荒廃と労働組合の弱体化である。解雇の金銭解決が導入されれば、クビをきられて裁判で勝っても元の職場には戻れない。労働組合の役員などを狙い撃ちにして解雇し、金銭補償で追い出すことが容易になるにちがいない。経営者の職場支配力はさらに強まり、今でも弱体な労働組合の活動はいっそう困難になっていくだろう。
 第三に、労働法の骨抜きと「ブラック企業」の合法化である。労働法はあってなきがごとくになり、法的な規制力は急速に弱まっていく。容易に解雇できれば自己都合退職に追い込む「追い出し部屋」は必要なくなる。ホワイトカラー・エグゼンプションが導入され残業代ゼロとすることは、「ブラック企業」で批判されている残業代込み給与の合法化を意味する。「サービス残業」は「サービス」でも違法でもなくなり、過密な長時間労働が常態化するにちがいない。
 第四に、過労死や過労自殺の拡大とメンタルヘルス不全の深刻化である。労働時間規制はいまでも不十分であり、「三六協定」などの抜け穴もあって長時間労働は深刻化している。労働者の健康被害とメンタルヘルス不全は拡大し、経団連の調査でも8割を越える企業がパフォーマンスに影響していると回答している。過労死・過労自殺が問題になってから約30年になるが、事態は全く改善されていない。必要なのは長時間・過重労働を是正し、過労を防ぐことである。
 第五に、技能継承の困難と技術力の低下であり、労働力の質の低下による国際競争力の弱まりである。成果主義評価に基づく給与の支払いは労働者間競争を激化させ、競争相手となる先輩や同僚がお互いに仕事を教えあうようなことはなくなり、技能と経験の交流を阻んでいる。非正規労働者の増大は現場の技術力を低下させ労災の増加を招いた。「生涯ハケン」となって三年で業務を転々とすれば、経験が蓄積されず労働力の質が低下することは明らかであろう。
 第六に、少子化や消費不況などの社会問題の拡大である。家庭の形成・維持の困難と少子化の進展によって労働力の再生産が阻害され社会は縮小する。結婚できない、家庭を持てない、子どもを育てられない、2人目は無理、という現状こそが少子化の背景なのである。「限定正社員」になって労働時間が短くなればワーク・ライフ・バランスが可能になるという意見もあるが、正社員であっても無限定に働かされるべきではない。労働時間の短縮によるワーク・ライフ・バランスの実現が正規を含むすべての労働者にとって必要なことは言うまでもない。
 第七に、消費不況が継続し、経済の停滞から抜け出すことはますます難しくなるだろう。規制緩和の結果もたらされたものは雇用の劣化であり、非正規労働者の増大と貧困の拡大であった。労働者は同時に消費者でもあり、その収入が低下した結果としての消費不況の深刻化なのである。一方での実質賃金の低下による購買力の減少、他方での増税や社会保険料などの引き上げによる支出の増大は、可処分所得の減少をもたらしてきた。加えて、将来や老後への不安による支出の抑制、貯金への依存が消費不況の大きな背景なのであり、これらの問題の解決なしに景気の回復はありえない。

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