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10月15日(木) 自民党の変貌―ハトとタカの相克はなぜ終焉したか(その4) [論攷]

〔以下の論攷は、岩波書店発行の雑誌『世界』10月号に掲載されたものです。4回に分けてアップさせていただきます。〕

4 自民党の危機

 内外政策における破たん

 九〇年代初めのバブル崩壊によって右肩上がりの時代は終焉した。その後の新自由主義の台頭、貧困化と格差の拡大などによって、日本社会は新たな困難に直面するに至った。しかし、自民党はもはやこれらの問題を解決する能力を持たない。
 安倍政権は地方創生、女性の活躍推進、少子化対策などを政権の「目玉政策」として掲げている。これらはこれまでの自民党政治の結果として対応せざるを得なくなった矛盾ばかりである。しかも、地方創生とTPP参加や農業改革、女性進出と非正規化推進の「生涯ハケン」法案(労働者派遣法の改定)、少子化と「残業ゼロ」法案(労働基準法の改定)など、打ち出された政策は相互に矛盾している。自民党が政策的な問題解決能力を失っている一例にほかならない。
 アベノミクスも破綻しつつあるが、その「成長戦略」の柱には、医療や武器輸出も据えられている。病気にせよ戦争にせよ、「人の不幸」を食いものにして経済成長を図ろうという「戦略」である。このような発想そのものが根本的に間違っている。
 外交・安全保障政策においては「周回遅れの対米従属」路線を選択しようとしている。「海外で戦争する国」になって米軍を補完ないし肩代わりすることは、米国の力の衰退、日本への軍事分担要求の増大、国際的な役割発揮への意欲などを背景としているが、それは失敗した「アメリカの道」の後追いにすぎない。
 安倍首相に近い米国内のカウンター・パートナーは共和党ですらない。その内部にある極右勢力のティーパーティー(茶会)である。当初、民主党リベラル派のオバマ大統領が安倍首相に対して警戒感を抱いたのは、このような勢力との親近性のゆえであった。
 このような警戒感は安倍首相の靖国神社参拝によって強められ、それを払しょくして米国に取り入るために、TPPや軍事分担などの面での対日要求を受け入れざるを得なくなった。その結果、日本をアメリカの多国籍企業の市場として開放し、日本の自衛隊を米軍の補完部隊として提供しようとしている。
 安全保障法制は米国の要求への屈服であり、二〇一二年夏に発表された「第三次アーミテージ・ナイ・レポート」への「満額回答」であった。周辺諸国との和解と友好関係の構築にとっての最大の障害は安倍首相自身だというジレンマもある。これこそ対外政策の破綻を示す象徴的な事例にほかならない。

 安倍首相の誤算

 安倍首相が陥っているジレンマはこれにとどまらない。保守本流路線からの転換が引き起こした誤算によって、自民党は危機に直面することになった。
 第一に、明文改憲路線を打ち出して憲法が政治的争点の中心に座ることになったため、現行憲法や九条の意義、立憲主義の意味などについて改めて国民の理解が深まった。その結果、安倍首相は当初めざしていた九六条改憲を断念し、集団的自衛権の行使容認についても九条改憲への直進ではなく閣議決定による解釈改憲と安全保障法制による立法改憲を先行させるという形で戦術転換を余儀なくされた。
 第二に、政治主義路線への転換によって対立が深まり、安保闘争時と同様に国論が二分されることになったため、政治的覚醒と民主主義の活性化が生じ、安保闘争に似た状況が生まれた。量的な規模では及ばないとはいえ、組織的動員ではなくSNSなどの通信手段を駆使して個人が自主的自発的に参加し、若者や母親、学者や学生などの幅広い階層が加わり、地方や地域でも議会での決議やデモが広がるなど、運動は新たな人々に広がりを見せている。
 第三に、合意漸進路線の放棄によって与野党対立が深まったため、国政に緊張感が生じて国会審議が活性化するとともに、民主党が元気になり、共産党への支持が増えている。とりわけ、総選挙など各種選挙で共産党の議席や得票が増えている。安倍政権の強硬急進路線による治的受益者が共産党であるという点は、安倍首相にとって誤算であるにちがいない。
 以上のような変貌の結果、表面的な「一強多弱」とは裏腹に自民党は危機に陥ることになった。
逆に、野党は政治的な資産を蓄えつつある。いわば安倍首相による「政治的プレゼント」と言える。
 しかし、それが現段階では政党支持率のはっきりとした変動、とりわけ野党に対する支持率の増大に結びついているわけではないことに留意しなければならない。民主党再生への道は険しく、維新の党は分裂寸前で、第三極諸党に対する不信感も払しょくされていない。
 この間に蓄えた政治的資産を最大限に生かし、政権批判の受け皿という新たな選択肢を提供することが今後の課題であろう。そのためには、気分としての「反自民」、政策としての「半自民」というような立ち位置と政策の中途半端さを克服し、来年の参院選をも展望しつつ安倍政権に対する対抗と政策転換の方向性を明確にする必要がある。
 この間の安全保障法制に対する反対運動で培われた協力・共同の経験を生かして、草の根の地域から国会内や国政に至るまでの幅広い共闘を構築し、安倍首相の退陣を実現して政治を変えていくこと――これこそが安倍首相による「政治的プレゼント」を最大限に活用する道にほかならない。

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