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5月30日(月) 書評:渡辺治『現代史の中の安倍政権―憲法・戦争法をめぐる攻防』 [論攷]

〔以下の書評は、『経済』6月号に掲載されたものです。〕

 昨年9月19日に戦争法が成立した。安倍政権との攻防は「第二幕」に突入したが、戦争法廃止に向けての運動は継続され、夏の参院選を迎えることになる。その政治決戦に備えて、「第一幕」での攻防から教訓を得るために提供された最良の「武器」が本書だと言える。
 本書は、閣議決定から戦争法成立直後までに書かれた論文のうち、五本を選んで編まれた論文集である。事態の進行とともに記録された臨場感あふれる叙述と戦後史全体を視野に入れた安倍政治の史的検証を特徴としており、これが本書の大きな魅力となっている。
 本書では、①安倍首相はなぜかくも戦争法に執念を燃やしたのか、②その狙いと危険性はどこにあるのか、③戦後日本にいかなる転換をもたらし、いかなる意味での岐路なのか、④なぜ反対運動の高揚がもたらされたのか、という「四つの問い」が検討されている。
 第一の問いについては、歴代首相がもたなかった軍事大国の復活という野望を安倍首相が持っているからであり、しかもそれは米国の世界支配に追随協力し、自国のグローバル企業の分け前を確保できるような「グローバル競争大国」の実現をめざすものだという回答が示されている。
 このような安倍政権を外務省の新主流派、新自由主義経済学者と経産官僚、タカ派の「お友達」という三つのグループが支えているものの相互に矛盾があり、安倍政権は「たんなるタカ派の、復古的政権」ではなく「アメリカ、保守支配層の積年の課題を自覚的に取り上げようとしている点にもっとも危険な側面がある」という指摘は重要である。
 第二の問いについては、自衛隊に対する憲法上の制約打破が狙いであったこと、それには冷戦後の長い攻防があり、戦争法成立によっても「限定」的なものとなったために、なお完全には打破されず九条の規範性は生きており、その回復を目指すたたかいは続いているとされている。
 軍事大国化における「三つの柱」は「戦争する国」づくり、「構造改革」の再起動と新段階への前進、「教育改革」と歴史の修正・改竄による国民意識の改宗だとされ、集団的自衛権行使の容認が限定的なものとなったため「新たな制約」として今後のたたかいで生きてくるとの指摘は注目される。
 第三の問いへの回答は、「日米軍事同盟強化の徹底、完成」と「海外で戦争しないという国是を壊す大転換」という二重の意味での画期だということである。ここから、戦争法廃止の二つ意義が導き出される。その一つは、「自衛隊が海外で戦争しないで来た体制を守るという意義」であり、もう一つは、「戦後安保体制を検証し、見直し、九条に基づいてそれを変えていく大きな転換点となる」ということである。
 この点について、憲法と戦後という視点から振り返ったのが第二部である。安倍政権による戦争法の強行は講和を前後して始まった第一の危機、冷戦終焉を画期とする第二の危機に次ぐ戦後三度目の挑戦であること、戦争法は「一九五〇年代初頭以来の保守政権の宿願」と「九〇年代初頭以来四半世紀にわたる宿願」という「いわば支配階級の二重の宿願」であること、これを阻むのは容易ではないが「私たちは憲法の危機の度に、新たな陣列を組んでなんとか押し返してきた歴史に確信を持つことが必要である」ことなど、重要な指摘がなされている。
 さらに、第四の問いについての回答は様々な示唆に富んでいる。これは主として本書第三部で示されているが、九条の会の事務局担当者として戦争法反対運動に深く関わってきた著者ならではの重要な事実発見と鋭い指摘が多い。
 この間の運動の高揚をもたらした要因は「二つの共同ができたこと」と「新たな階層や新たな部分が新たな組織で運動に参加したこと」にある。この「二つの共同」のうち、一つは社会党系と共産党系の共闘を含む「三つの実行委員会の共同」であった。
 すなわち「戦争をさせない一〇〇〇人委員会の呼びかけ人には連合『平和フォーラム』の共同代表である福山真劫が入っていた。解釈で憲法壊すな!実行委員会には首都圏一〇〇を超える市民団体が入っていた。そして、改組された憲法共同センターには全労連、共産党が正式加盟していた。この三実行委員会の共同という形で、……『戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会』が誕生したのである。」
 これによって、政党間や院内外の共同、地域での多様な形での共同が生まれ、「共闘の文化」とでも名付けるものが育っていったという。この「共闘の文化」こそが、それまでの垣根を越え戦争法廃止に向けての「五党合意」を生み出した最大の要因だったと思われる。
 もう一つは、平和主義勢力と立憲・民主主義勢力の共同である。これらの勢力には自衛隊違憲の立場という「第一潮流」、安保や自衛隊は必要でも集団的自衛権の発動は許されないという「第二潮流」、解釈変更の大転換は閣議決定ではなく憲法改正手続きで行うべきだとする「第三潮流」があり、その合流によって運動の幅が広まり、保守層も含めた運動展開が可能になったのである。
 このような運動の高揚によって、議会内での質疑による暴露など「三つの打撃」と、新たな階層の運動の定着など「三つの確信」が生まれたとし、今後の課題として、さらに広範な人々に声を上げてもらうこと、辺野古新基地建設阻止運動との有機的な連携を図ること、新自由主義改革、原発再稼働、社会保障解体攻撃反対運動と合流させることが提起されている。
 なお、「SNSで学生個人が参加する組織で立ち上がった」と言及されているが、インターネットやSNS(ソーシャルネットワークサービス)は広範な階層が情報を共有して立ち上がるうえで大きな役割を果たした。IT(情報通信)手段が社会運動の有効な「武器」となったのも、大きな特徴であり教訓だった。

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