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9月16日(金) 「手のひら返し」の「壊憲」暴走を許さない―参院選の結果と憲法運動の課題(その3) [論攷]

〔以下の論攷は、憲法会議の『憲法運動』9月号、に掲載されたものです。4回に分けてアップさせていただきます。〕

3、「壊憲」策動を阻止するために―憲法原理の破壊は許されない

*まず運動の成果を確認することが必要

 「壊憲」策動阻止の運動は、これから始まるのではない。これまでも繰り返されてきたが、その都度、反撃し撃退してきた。今日に至るまで現行憲法が維持されてきているという事実こそが、「壊憲」策動阻止の運動によってもたらされた紛れもない成果である。
 だからこそ、「壊憲」勢力は更なる攻勢を強めてきた。その急先鋒となっているのが安倍首相である。とりわけ、第2次安倍政権になってからは改憲に向けての意欲をむき出しにし、暴走を強めてきた。しかし、それに対しても反対運動や世論が高まり、阻止してきていることを強調しておきたい。
 その第1は、安倍首相が第2次政権の発足直後に打ち出した96条先行改憲論である。憲法第96条を先ず改定し、衆参両院の3分の2以上の多数が必要だという発議要件を過半数以上にして改憲のハードルを低めようとした。しかし、これは「裏口入学ではないのか」との批判を受け、世論の支持を得られず挫折した。
 第2は、憲法審査会での審議の停止と開店休業である。第2次安倍政権で憲法審査会が再開されて議論が進められたが、安保法案が国会に提出された翌月に開かれた憲法審査会で3人の憲法学者は「憲法に違反する」と明言した。この証言は安保法案反対運動に火をつける形となり、それ以降、憲法審査会は開店休業状態となっている。
 第3は、9条改憲の後回しと「お試し改憲」論の登場である。安倍首相が最も望んでいるのは9条改憲だが、それを後回しにして「緊急事態条項」の導入などで一度試してみようというのである。やりやすいところから手を付けて国民に「改憲グセ」を付けようというわけだ。
 しかし、「お試し」などという言葉にだまされてはならない。「緊急事態条項」は議会の機能を一時的に停止し、首相に全権を与えて人権の一時停止を可能にする極めて危険な内容を含んでいる。その危険性はクーデターの失敗を奇貨として緊急事態を宣言し、独裁体制を強めつつあるトルコの現状が示している通りである。
 一度試してみようというのは、9条改憲には反対が多くてやりにくいからだ。そうなったのは安保法反対運動の結果にほかならない。この運動が高まり、とりわけ2000万署名に取り組む中で安保法や9条改憲の危険性が国民の間に浸透したからである。9条改憲についての世論の変化も、市民の運動によってもたらされた大きな成果だと言える。

*改憲と9条改憲の違い

 改憲の可能性が強まり、次第に現実のものとして議論されるようになってくるなかで、改憲と9条改憲の違いも明らかになってきた。この両者を区別することが重要である。
 改憲とは、どこをどのように変えるのかという内容のいかんにかかわらず、文字通り憲法を変えることである。96条という改憲手続き条項がある以上、現行憲法も基本的には改憲を禁じているわけではなく、護憲を唱える人々も改憲そのものを否定しているわけではない。
 したがって、改定する条項や内容を特定せずに改憲そのものへの賛否を問えば、基本的には賛成が100%になってもおかしくはない。それが『産経新聞』の調査でさえ4割程度(6月20日、改憲賛成43.3%、反対45.5%)にとどまっているのは、今の憲法に不都合はなく、わざわざ面倒な手続きを行って変える必要はないと感じているということだろう。
 あるいは、すでに自民党の憲法草案が提案されているから、そのような内容の改定なら反対だということなのかもしれない。改憲についての反対意見を増やすうえで、自民党の憲法草案は一定の役割を果たしているように見える。
 さらに、改憲と言えば9条改憲のことだと考えて反対する人もいるだろう。しかし、改憲とは必ずしも9条を変えることだけではなく、自民党憲法草案のように変えることでもない。改憲について賛成が多いからと言って、自民党や安倍首相が目指している改憲路線が支持されているわけではない。
 改憲には賛成だが、9条に手を付けることには反対だという意見がある。9条を変えることには賛成だが、それは専守防衛という「国是」に基づく自衛隊のあり方を守るためのもので、いつでも海外に派兵されてアメリカ軍などの「後方支援」をできる「外征軍」化や「国防軍」化に対する歯止めを書き込むための改正だという意見もある。
 これらの違いを無視してはならない。その違いを区別することなく、十把一からげに改憲派だとするマスコミ論調に惑わされないように留意すべきだ。この点をきちんと区別して、自民党改憲草案や安倍首相が目指しているのは「改憲」ではなく「壊憲」であることを明確にし、それへの反対世論を増やして安倍首相を孤立化させることが必要なのである。

*「改憲」と「壊憲」の違い

 憲法をめぐる動向において、これから強まると思われるのは「壊憲」に向けての動きである。それは、これまでも「改憲」の装いを隠れ蓑にしてきた。この「改憲」と「壊憲」はどう違うのか。
 「改憲」は憲法の文章を書き変えることである。明文改憲ではあるが、憲法の理念や原理に抵触するものではない。つまり、「改憲」とは平和主義、国民主権、基本的人権の尊重という「憲法の三大原理」を前提とした条文の変更のことで、それには限界がある。現行憲法の原理や理念を前提とし、自由で民主的な国家という国の形を保ったうえでの改定であり、それを踏み越えてはならない。
 『毎日新聞』の古賀攻論説委員長は8月2日付に掲載された「社説を読み解く:参院選と改憲勢力3分の2」で、「冷静な憲法論議の前提条件は」と題して、「一口に憲法改正と言っても、理念・基本原則を対象にする場合と、統治ルールの変更を検討する場合とでは、論点の階層が根本的に異なる」と指摘している。
 そして、「毎日新聞はこれまでの社説で、戦後日本の平和と発展を支えてきた憲法の理念を支持しつつ、政治の質を高め、かつ国民が暮らしやすい国にするためのルール変更であれば前向きにとらえる立場を表明してきた」とし、「権限が似通っている衆参両院の仕分けや選挙方法の見直し、国と地方の関係の再定義など統治機構の改革を目的にした憲法改正なら、論じるに値するテーマと考える」と述べている。
 民進党の岡田代表は8月6日、違憲立法審査権の充実などに言及し、「より司法の役割を重視することは一つの議論としてある」と語った。これが通常の「改憲」である。このような改憲であれば拒む必要はない。ただし、それが「本丸」としての9条改憲の呼び水にならないように警戒しながらではあるが。
 これに対して、「壊憲」は憲法の文章を変えるだけでなく、原理や理念をも変えようとしている。つまり、「壊憲」とは「憲法の三大原理」を前提としない条文の変更であり、それには限界がない。現行憲法の原理や理念を破壊し、自由で民主的な国家という国の形を変えてしまう憲法条文の書き換えを意味している。9条改憲はその典型であり、安倍政権が目指しているのはこのような憲法の破壊、すなわち「壊憲」にほかならない。
 なお、天皇が「生前退位」を示唆したが、これは憲法が禁じているものではなく皇室典範の改正などによって適切に対処すればよい。改憲機運の醸成などに利用され、国民主権原理に抵触するような「壊憲」に結びつかないよう警戒する必要がある。

*自民党憲法草案の撤回が前提

 このような「壊憲」の狙いは、2012年5月10日に憲政記念会館で開かれた極右団体「創生『日本』」の第3回東京研修会での発言にはっきりと示されている。この場で、第1次安倍内閣で法務大臣を務めた長勢甚遠議員は、「国民主権、基本的人権、平和主義、この三つはマッカーサーが押し付けた戦後レジームそのもの、この三つをなくさないと本当の自主憲法にならないんですよ」と力説していた。この会合には、安倍首相はじめ、衛藤晟一元内閣総理大臣補佐官、城内実元外務副大臣、稲田朋美元政調会長、下村博文元文科相も同席している。
 憲法第96条に基づく「改憲」は許される。しかし、憲法の理念を破壊する「壊憲」は許されず、発議することもできない。この点をはっきりさせることが、憲法論議の前提である。憲法について論議するのは「改憲」についてであって、「壊憲」についてではない。このことを自民党は明確にするべきであり、野党の側もそれを求めなければならない。
 しかも自民党は、国家主義と復古主義、国民の権利や人権制限の色彩が濃厚な憲法草案を提案している。それは帝国憲法の復活だと言われているが、そうではない。それ以下の内容で、戦中の軍部独裁と総力戦体制を条文化したようなものとなっている。憲法の原理や理念の変更に遠慮なく踏み込んでおり、近代憲法以前の内容である。
 したがって、憲法理念を否定する自民党憲法草案は論議のたたき台にならないし、そうしてはならない。安倍首相も8月6日、「そのまま案として国民投票に付されることは全く考えていない」と述べている。それなら、憲法審査会を再開させる前提として、この憲法草案を破棄または撤回するべきだ。
 安倍首相は価値観外交を展開しているが、ここで「共通の価値観」とされているのは自由主義、民主主義、基本的人権、法の支配などである。これを外交方針にだけ留めるのは惜しい。与野党間の憲法論議においても、このような「共通の価値観」を前提にしなければならない。
 自民党としても、長勢元法相のような「国民主権、基本的人権、平和主義」を否定する発言を許さず、今もそのような意見を持っているのかを確かめたうえで除名しなければならない。また、そこに同席して同調するかのような態度をとっていた安倍首相はじめ参加者をきちんと処分するべきだろう。

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