SSブログ

11月2日(月) 書評:上西充子著『呪いの言葉の解きかた』晶文社、2019年(その2) [論攷]

〔以下の論攷は、社会政策学会の学術誌『社会政策』第12巻第2号、2020年11月号、に掲載されたものです。2回に分けてアップさせていただきます。〕


 特徴と意義

 本書には、いくつかの特徴と意義がある。その一部についてはすでに内容の紹介でも触れているが、改めて指摘しておきたい。
 その第1は、内容の分かりやすさである。テレビドラマや映画、人気漫画やルポなどの豊富な実例を用いて、「呪いの言葉」とそれにどう対抗していくかが示されている。その多くは説得力のあるものだが、『カルテット』というテレビドラマを例に、「自分の置かれた状況を俯瞰し、その状況を捉えるための新たな言葉を探し、そうして少しずつ、少しずつ、不当な干渉に揺さぶられない自分へと変わっていく」(240頁)過程を取り上げた第6章はいささか分かりにくいように感じた。ただし、そう思ったのは、日ごろドラマなどはほとんど見ず、本書に登場する作品についての予備知識が全くない評者だけかもしれないが。
 第2に、著者の「言葉」へのこだわりである。「私たちは、言葉を通じてものを考え、状況を認識し、自分の気持ちを把握する。言葉によって、私たちの思考は、行動は、縛られもするし、支えられもする」(256頁)からだ。著者が問題にするのは「呪い」そのものではなく「呪いの言葉」であり、権力による支配そのものではなく、支配するための「言葉」であり、支配される側の受容と服従なのである。呪いや支配への対抗を生み出すためには、それを言葉によって可視化し俯瞰することが必要だとの問題意識があるように思われる。
 著者は、最近の新聞時評でも検察庁法改正案の今国会断念を伝える報道の見出しに使われている「反発」という言葉について、「読者の見解を『抗議』や『反対』ではなく『反発』と表現するとき、そこには『今後とも丁寧な説明に努めていきたい』と繰り返す政府と歩調をそろえる姿勢が、無意識のうちに潜んではいないだろうか」と批判し、「報道は政権寄りにならず、問題のありかをただしく伝えているか、一つひとつの言葉遣いにより敏感であってほしい」と注文を付けている(『東京新聞』2020年6月14日付)。
 第3に、ネットとのコラボである。本書の成り立ちそのものが、ツイッターでの書き込みと、「#呪いの言葉」とハッシュタグをつけての引用リツイートだった。だから、「『ご飯論法』と同じく、この『呪いの言葉の解きかた』も、ツイッター上の皆さんの反応によって生み出されたものだ」(259頁)という。
 このように、本書の成り立ちだけでなく、「ご飯論法」や国会PVもネットとの連携なしには不可能だった。この点で、著者はハッシュタグを使ったネットでの社会運動の先駆者だと言える。このようなインターネットやツイッターによる異議申し立ては、1000万を超えたと言われる「#検察庁法改正案に抗議します」という「ネット・デモ」に引き継がれ、検察庁法改正案の成立阻止という結果を生み出す大きな力となった。
 以上のほかにも、「呪い」やごまかしを見抜く目の確かさ、情報の発信へのこだわりなど、本書には多くの特徴が示されている。実際の効果を重視し行動するエネルギーにも感心させられた。本書の最後に「呪いの言葉の解き方文例集―『呪の言葉』と『切り返し方』」が掲載されているのも、このような実践上の効用を期待してのことだと思われる。
 「呪いの言葉」の背後には、「呪いの構造」や「呪いの関係」が存在している。「言葉」の呪縛を「解く」ことから始まって、「構造」や「関係」を組み替え作り直していくことができるのか。そのための新しい切り口や対抗手段がどのように開発されるのか。当分の間、著者の言動からは目が離せない。



nice!(0) 

nice! 0