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8月13日(土) 参院選の結果と憲法運動の課題(その3) [論攷]

〔以下の論攷は憲法会議の機関誌『憲法運動』第513号、8月号に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕


3 今後の課題と展望

(1)命と暮らしを守り、経済と社会保障を再建する課題

 参院選後、新型コロナウイルス感染の急拡大が生じ、第7波がやってきました。オミクロン株のBA.2型がBA.5型に急速に置き換わっているからです。コロナ感染防止のための検査体制の強化やワクチン接種などの対策を急ぎ、病床の確保などで医療体制のひっ迫を防がなければなりません。
 参院選でも大きな争点となった物価高騰の大波が到来するのはこれからです。選挙で野党が一致して求めた消費税の減税を引き続き要求し、中小企業や業者を苦しめるインボイスの導入を中止させることが必要です。岸田政権は実効性の低い賃上げ政策や小手先の物価対策に終始し、実質賃金は2か月連続でマイナスになっています。
 アベノミクスによって儲けを拡大した大企業は内部留保を466兆円もため込み、異次元の金融緩和が「黒田円安」を生み、物価高に拍車をかけています。三本の矢を堅持する「新しい資本主義」ではなく。新自由主義とアベノミクスから転換し、内部留保への課税や金融所得課税、富裕層への累進課税の強化などが必要です。
 「全世代型社会保障」を口実に世代間対立をあおって負担増・給付減を正当化してはなりません。10月からの75歳以上の病院窓口「2割負担」導入に反対し、6月支給分から減額された年金をこれ以上カットさせず、防衛費倍増の財源として狙われている社会保障を削減するのではなく、その充実を求めていく必要があります。

(2)大軍拡と改憲を阻止し、外交・安全保障を立て直す

 参院選でも国民は改憲への信任を与えたわけではありません。選挙の結果を受けて実施された共同通信の世論調査では、改憲について「急ぐ必要はない」が58.4%と過半数を超え、「急ぐべき」は37,5%にすぎません。参院選で重視した項目も「物価対策・経済政策」が42.6%の最多で、「憲法改正」は5.6%という少なさです。
 このような国民の声を無視して、9条改憲に突き進むことは許されません。まして、敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有論や11兆円もの規模を目指す防衛費GDP2%への倍増論などは論外です。
 このような方針は戦後保守政治の質的転換を示すもので、これまでの延長線上でとらえてはなりません。質的に異なる本格的な軍事大国路線を選択しようとしているからです。戦後保守政治が採用した解釈改憲の枠に入らないからこそ、憲法の条文を変える明文改憲に転じようとしているのです。
 この点では、9条改憲によって日本は何を失い、どのようなリスクを招くのかが明らかにされなければなりません。大軍拡と9条改憲によって目指されているのは、簡単にいえば、次のような軍事大国の姿にほかならないからです。
 ① GDP2%の11兆円を超える世界第3位の軍事力
 ② 米軍とともに戦う自衛隊の自由な海外派兵
 ③ 日本が攻撃されていなくても集団的自衛権による参戦
 ④ 外国の指揮統制機能等の中枢を攻撃しせん滅する攻撃能力
 ⑤ 攻撃される前に行う国連憲章違反の先制攻撃
 このような国のあり方が憲法の平和主義の原則に反し、専守防衛の国是を吹き飛ばすものであることは明らかです。周辺諸国の警戒心を強めて軍拡競争をあおり、戦争のリスクを高めるにちがいありません。
 これに対して、憲法9条の平和主義原則に沿った外交・安全保障政策は、本来、以下のようなものでなければならなかったはずです。
 ① 必要最小限度の防衛部隊に徹し海外派兵を行わない
 ② 軍事同盟に加盟せず外国の軍事基地を置かない
 ③ 仮想敵国を持たず対立する国のどちらにも加担しない
 ④ 東南アジアの非核武装地帯を東北アジアにも拡大する
 ⑤ 特定の国を敵視せず全ての国を含む集団安全保障体制を構築する
 これこそが、憲法9条が求めている外交・安全保障政策の具体化ではないでしょうか。しかし、現在の自公政権ではとうてい実行できません。だからこそ、このような政策を実施し、憲法を活かして東アジアの平和と安全を実現できる「活憲の政府」が必要なのです。

(3)政治におけるモラルを回復し、疑惑の真相を解明する

 今回の参院選においても、政治家や候補者の暴言が繰り返されました。桜田義孝前五輪相は少子化に言及し、「女性も、もっともっと、男の人に寛大になっていただけたらありがたい」と発言し、現役大臣である山際経済再生担当相は「野党の人から来る話は、われわれ政府は何一つ聞かない。皆さんの生活を本当に良くしようと思うなら、自民党、与党の政治家を議員にしなくてはいけない」と言って松野博一官房長官に注意され、釈明に追い込まれました。
 たびたび問題発言を繰り返してきた麻生副総裁もロシアによるウクライナ侵略に触れながら「子どもの時にいじめられた子はどんな子だった。弱い子がいじめられる。強いやつはいじめられない」と発言しています。まるで攻められたウクライナの側に責任があるかのような物言いではありませんか。
 これらは政治家としての資質が疑われるような暴言ばかりです。それが本音であっても普段は口をつぐんで表には出てきません。選挙になれば、街頭演説をする必要が生まれます。多くの聴衆を前にした演説をするとき、受け狙いでポロット出てしまったのです。
 自民党ばかりではなく維新の会やNHK党も同じです。有権者に対する誠実さのかけらもなくモラルを欠いた政治家の本質に早く気付いてほしいと思います。この点では、ウソを言い続けて信頼を失ったジョンソン首相を引きずり下ろしたイギリスを見習ってもらいたいものです。
 同時に、これらの暴言よりさらに大きな問題なのが「政治とカネ」をめぐる疑惑です。とりわけ真相解明が急がれるのは、安倍元首相のモリカケ桜と言われる疑惑の数々で、桜を見る会前夜祭での後援会による会費の補填、ホテルの便宜供与、サントリーによる酒類の無償提供など、いずれについても真相解明が急がれます。
 また、安倍元首相については、その死去をめぐって急浮上してきた旧統一協会との深い闇の解明も必要です。祖父の岸信介元首相からつながりがあり、安倍元首相だけでなく自民党政治家の多くが旧統一協会を利用し、利用されてきました。旧統一協会の支援で当選した自民党の井上義行議員をはじめ、このような持ちつ持たれつの関係に光を当て、自民党とカルト教団との腐れ縁を断ち切らなければなりません。

(4)野党共闘を再建し、解散・総選挙を勝ち取る

 昨年の総選挙後、野党共闘は大きな困難に直面しました。そうなったのは、共闘の中心となるべき立憲民主党とその支援団体である連合の腰が定まらなかったためです。
 なぜでしょうか。それは立憲民主の泉健太代表も連合の芳野友子会長も、市民と野党の共闘の戦略的重要性を理解していなかったからです。野党共闘は選挙に勝つための便宜的な方策にとどまらず、新しい政府を作るための唯一可能な戦略的目標だったのに。
 自公政権に対抗し政権交代を目指している立憲も連合も、立憲単独での政権獲得が可能だと考えているのでしょうか。それが無理だというのであれば、連立するしかありません。その相手と想定している国民民主を「兄弟政党」だと言ってみても、先方は共闘に応じようとしていません。
 そうなれば、ともに連携して政権交代を迫ることのできる政党と手を結ぶしかありません。その相手は、現状では共産・れいわ・社民の3党になります。これらの政党との連携は、政権交代を実現するための「パン種」なのです。大切にして発酵するのを待つのが、立憲のとるべき態度ではないでしょうか。
 ところが、立憲はこのような共闘の戦略的重要性を理解せず、攻撃されればすぐにぐらついてしまいます。政権交代に向けての可能な道はこれしかないということ、活路はこれらの政党との共闘にしかないということが分かっていれば、もっと腰の据わった本気の共闘が実現できたはずです。
 連合にしてもこの間の対応は不可解なものでした。芳野会長は共産党との共闘をかたくなに拒んでいましたが、かつて共産党ともかかわりの深い全労連と「花束共闘」という形でエールを送りあったり、メーデーの時差開催で舞台を共有したりしたことを知らないのでしょうか。
 立憲も連合も存在意義が問われています。立憲は連合という一部の労働組合のためにあるのでしょうか。連合は傘下の大単産の組合員だけの利益のためにあるのでしょうか。そうではないでしょう。全ての国民と全ての働く人々のためにあるのではありませんか。
 今回の参院選の総括を通じて共闘の再建のためにどのような方針を打ち出すのかが、試金石となるにちがいありません。昨年の総選挙以来の教訓をしっかり学び、野党の共闘態勢を立て直してもらいたいと思います。
 来年5月に広島で開かれる主要国首脳会議(G7)後、有利な情勢だと判断すれば岸田首相が解散に打って出るかもしれません。来年秋以降、総選挙から2年を経て解散風が吹き始める可能性もあります。「黄金の3年間」を待つことなく、それ以前に政権を追い詰めて解散・総選挙を勝ち取り、野党共闘による政権交代を迫ることがこれからの課題です。

 むすび―憲法運動における新たな課題

 参院選の結果、憲法改正に前向きな自民・公明・維新・国民民主と無所属を合計した「改憲勢力」は179議席となり、改憲発議に必要な3分の2である166議席を大きく上回りました。岸田首相は改憲に向けて「できるだけ早く発議し、国民投票に結び付けていく」と強調しています。いよいよ改憲発議の阻止に向けて正念場を迎えることになります。
 この点では安保体制による日米軍事同盟と憲法9条の相互関係、憲法上の制約を生み出している9条の意義の再確認が重要です。9条改憲によって「失うものの大きさ」と「招き寄せるリスクの危うさ」を幅広く知らせていくことが、ますます大きな意味を持つことになるからです。
 特に強調しておきたいのは憲法9条の効用であり、その「ありがたさ」です。9条改憲を主張している人々はもちろんのこと、それに反対している人々を含めて、その意義や効用が十分に理解されず、9条改憲によって「失われるものの大きさ」が良く分かっていないからです。
 その第1は、憲法9条が戦争加担への防波堤であったということです。安保条約に基づく日米軍事同盟によって日本はアメリカが始めた不正義のベトナム戦争やイラク戦争に協力させられましたが、9条という憲法上の制約があるために全面的な加担を免れました。ベトナムに延べ30万人以上の兵士を派遣して5000人近い戦死者を出し、虐殺事件まで引き起こした韓国とは、この点で大きく異なっています。
 第2に、自衛隊員を戦火から守るバリアーだったということです。安保体制によって自衛隊はイラク戦争に引きずり込まれましたが、「非戦闘地域」で活動した陸上自衛隊は基本的には「戦闘」に巻き込まれず、殺すことも殺されることもなかったのは9条のおかげでした。
 第3に、戦後における経済成長の原動力だったということです。これが「9条の経済効果」であり、平和経済の下で国富を主として民生や産業振興に振り向けることができた結果、一時はアメリカと経済摩擦を引き起こすほどの経済成長を実現することができました。
 第4に、学術研究の自由な発展を促進する力でもあったということです。日本学術会議は9条の趣旨を学術にあてはめて軍事研究を拒否してきたため、兵器への実用化や軍事転用などに惑わされることなく地道な基礎研究に専念し、ノーベル賞並みの研究成果を上げることができました。
 第5に、平和外交の推進を生み出す力だったということです。しかし、残念ながらこれは可能性にとどまりました。日本外交はアメリカの後追いにすぎず、平和な東アジアを構想する力がなく将来のビジョンもうち出すことができなかったからです。9条を活かした「活憲の政府」による独自外交に期待するしかありません。
 今回の参院選は憲法を放棄する「棄憲の国」か、憲法を活かす「活憲の国」かという二つの道の分かれ目にありました。前者は現在の与党と維新などの補完野党による9条改憲によって作られる国であり、後者は立憲野党の連合政権によって築かれる国です。日本の未来を切り開き希望を生み出すのは、後者の道しかありません。そのためのたたかいはこれからも続きます。

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