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8月7日(金) 「安心社会」実現のための安全網の整備 [論攷]

〔以下の論攷は、『労政時報』第3754号、09年7月24日号に掲載されたものです〕

「安心社会」実現のための安全網の整備

時代のキーワードとしての「安心」

 麻生首相のお声掛かりで「安心社会実現会議」が発足しました。毎年の予算編成の骨格を定める「骨太の方針」に論議を反映させるためだといいます。
 4月28日の第2回会議では「経済財政諮問会議の安心実現集中審議について」議論がなされ、「『構造改革』は日本型安心社会を支えてきた様々な前提にも大きな変化をもたらした」との認識が示されました。また、「社会の不安定化(日本社会の一体性の揺らぎ―『社会統合の危機』」などが問題として指摘され、「新たな『公』の創造」や「『公』の役割の再構築・再定義、小さい政府から機能する政府へ」という方向が打ち出されました。いずれも興味深い論点です。
 他方で、5月19日に開かれた経済財政諮問会議は「規制・制度改革」について議論し、「安心実現集中審議」として「『安心』と『活力』を両立させる具体策」などが議題とされています。ここでは「規制・制度改革」の内容として「安心」と「活力」の両立が提起されている点が注目されます。
 これらの議論から明らかなように、「安心」が時代のキーワードとして登場してきました。それは、米大手証券会社リーマン・ブラザーズの破綻に始まる金融・経済危機の波及という国際的な背景を持っていますが、同時に、ただでさえ脆弱な安全網が「構造改革」や「自己責任」論によって堀り崩されてきたという国内の事情をも反映しているように見えます。

安全網整備の必要性

 それでは、国内での安全網は、なぜ、十分に整備されてこなかったのでしょうか。それは、このような機能や役割がほとんど企業に任されてきたからです。
 生活保障やライフサイクルに応じて増大する支出、キャリアの形成や企業人としての職業教育、福利厚生や退職後の年金に至るまで、基本的には企業によって供給されるという体制が続いてきました。そのために日本は「企業社会」だとされ、このような数々のサービスによって企業への帰属意識を高め、会社人間や企業戦士を生み出したところに「日本的経営」の強みも問題点もあったのです。
 しかし、それは今では過去のものになりつつあります。その基盤となってきた終身雇用と年功制が変容し、成果・業績主義が導入されたからです。他方で、元々このような働き方とは無縁だった非正規労働者が増え続け、今では雇用者の3分の1を超えました。
 こうして「日本的経営」は変貌し、日本は「企業社会」でさえ、なくなろうとしています。安全網、特に、雇用の安全網の整備を企業に頼ることができなくなったのです。
 このようなときに勃発したのが国際的な金融危機であり、景気悪化と雇用調整でした。厚生労働省の調査では、昨年10月から今年6月までに職を失う非正規労働者は21万人に上るとされています。
 これらの人々は職を失っただけでなく住居を追い出され、雇用保険の受給資格を持ちませんでした。唯一の安全網として生活保護に頼るしかないという状況が生まれたのです。

安心して挑戦できる社会こそ

 このような状況を放置しておいてはなりません。企業の内外に安全網を整備し、失業の心配をせずに働くことができるような社会を実現するべきです。
 第1に、企業は雇用維持という社会的責任を全うすべきです。法令違反の中途解約や細切れ雇用による抜け道探しなどは論外です。
 第2に、職と住を失った人々に対する緊急の支援措置を講ずるべきです。その典型例は「年越し派遣村」ですが、必要に応じて同様のサポート体制を取る必要があるでしょう。
 第3に、このような支援運動を展開するうえで、労働組合が役割を果たさなければなりません。同時に、反貧困運動のNPOや労働弁護士などとも提携を図るべきでしょう。
 第4に、行政の対応です。現行の法律や制度の遵守を求め、労働者保護のための省令、通達、指針や見解を示し、補正予算で認められた「緊急人材育成・就職支援基金(失業しても職業訓練によって職に就くことができるトランポリン制度)」なども活用すべきです。
 そして第5に、政治がリーダーシップを発揮する必要があります。公的なレベルでの安全網整備のための法律や制度の整備は、政治の役割です。雇用保険の加入要件や受給資格の緩和、社会保障の充実によってライフサイクルに応じた支出をまかない、労働者派遣法改正などによって、非正規化によって生じた雇用の不安定化、貧困化、安全性や技能・技術の低下などを防がなければなりません。

 安心は「守り」ではなく「攻め」の姿勢を生み、働く人々に挑戦する心と活力を生み出すに違いありません。サーカスの空中ブランコも、下に安全網が張られているからこそ、観客を魅了するような大胆な「演技」ができるのですから……。