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9月4日(金) 政権交代で「反転」はどこまで可能か [論攷]

〔以下の論攷は、『週刊金曜日』8月28日付に掲載されたものです〕

 「市場原理主義を優先して、郵政も含めて日本的なものがずいぶん破壊された(1)」これは「小泉元首相の功罪」についての鈴木恒夫元文科相の評価である。小泉元首相の「偉大なるイエスマン」武部勤元自民党幹事長も、「小泉改革が全部いいわけではない」と弁解している(2)。
 また、麻生首相は七月二一日の自民党両院議員懇談会で、「行き過ぎた市場原理主義からは決別する」と宣言し、マニフェスト(政権公約)を発表した七月三一日の記者会見でもこの言葉を繰り返した。「政策転換したのかどうかがはっきりしない(3)」とはいえ、言葉の上では、小泉構造改革からの「反転」はここまで進んできたのである。

自民党内における「反転」の進展

 すでに、拙著『労働再規制』でも明らかにしたように、与謝野馨財務・金融相や加藤紘一元自民党幹事長は、早くから小泉構造改革路線からの転換を明らかにしていた(4)。昨年九月の自民党総裁選でも、小泉路線を継承するか転換するかは、隠れた争点の一つであった。
 昨年末から今年にかけて、「反転」の勢いは強まっていく。その背景には、昨年九月一五日の「リーマン・ショック」に始まる金融・経済危機と、それに象徴される新自由主義の破綻があった。このような「反転」を示す、二つの象徴的な発言を紹介しておこう。
 一つは、「永田町のキーマン」として麻生首相の後ろ盾となっている森喜朗元首相の発言である。森元首相は、「このごろ、しみじみ思うんだよ。市場原理の経済は良かったのかと。アメリカ式じゃなく、まろやか、おだやかな世界をつくらないと、東洋的な世界をね。負け組にも入れない国民を生み出す政治はどうにか直さなきゃいかん。そのために政治のかたちを変えなきゃいかんと考えているんだよ(5)」と語っていた。
 もう一つは、尾辻秀久参院議員会長の発言である。規制改革会議は、派遣労働の対象業務原則自由化などの答申で労働者派遣法を変え、経済財政諮問会議は市場原理主義を唱えてきたが、間違いだったことは世界の不況が証明しているとして、「その責任は重く、私は経済財政諮問会議と規制改革会議を廃止すべきと考えますが、総理はどのような総括をしておられるのか、お尋ねをいたします(6)」と、麻生首相に迫っていた。

麻生首相の立ち位置

 このように迫られた麻生首相の立場はどのようなものだったのだろうか。麻生首相は、郵政民営化について問われて、「小泉首相の下で賛成ではなかったんで、私の場合は。たった一つだけ言わせてください。みんな勘違いしているが(総務相だったが)郵政民営化担当相ではなかったんです(7)」と答えた。これに対して、小泉元首相は、「最近の総理の発言について、怒るというよりも笑っちゃうくらい、ただただあきれているところなんです(8)」と反発している。
 その後も、「政府は小さくすればいいというだけではないのではないか(9)」などと、麻生首相は小泉路線からの離脱を示唆するが、完全には転換できない。象徴的なのが、日本郵政の西川善文社長の続投をめぐる顛末である。当初、西川社長を交代させるつもりだった麻生首相は、小泉元首相や財界人の反撃にあってためらい、結局は続投を受け入れる。そのために、盟友である鳩山邦夫総務相の離反を招いてしまった。
 「骨太の方針二〇〇九」についても、社会保障費の毎年二二〇〇億円削減方針を事実上撤回しているのに、文面上では「『骨太の方針二〇〇六』等を踏まえ」という表現を残した。このようなブレや中途半端な立ち位置は、中川秀直元自民党幹事長や「小泉チルドレン」と呼ばれる議員グループなど党内になお存在する小泉路線継承派と、与謝野財務・金融相や加藤元幹事長などの転換派の両方に対する配慮や妥協から生じたものであった。
 しかし、両派に良い顔をしようとするこのようなやり方は奏功しなかった。麻生内閣支持率の急低下によって強まった「麻生降ろし」に、中川元幹事長と共に加藤元幹事長までが加わったからである。いわば両派から挟撃される形で、麻生首相は進退窮まった。
 ここに至って、麻生首相は解散宣言を決断する。そのカギを握ったのは「副総理格」で内閣の中枢にいた与謝野財務・金融相であった。麻生首相が二度に渡って「行き過ぎた市場原理主義からは決別する」と約束したのも、「『市場原理主義』的な考えと戦うということを密かに心に決めていた(10)」与謝野財務・金融相との関係からすれば、当然のことだったと言えよう。

総選挙の意義

 〇六年に始まった小泉構造改革路線からの「反転」は、以上のような経過を経て、今日にいたっている。来るべき総選挙によって、その「反転」を完成させなければならない。
 そのためには、第一に、自民党内の小泉路線継承派候補を一掃して自民党を政権の座から排除することである。
 第二に、共産党や社民党など、小泉路線に反対してきた政党の候補者を多数国会に送り込むことである。
 第三に、民主党への働きかけが必要になる。民主党は小泉路線に幻惑された過去があり、構造改革にエールを送ったこともある。これについて、野田佳彦民主党幹事長代理は、「私も当初、一瞬だけですが、小泉さんの改革に、もしかしたらシンクロできるのではないか、という期待感を持ったことがありました。……(しかし)今では、小泉さんの規制緩和はアメリカのためだったのではないか、と思っています(11)」と述べている。世論の働きかけによって、民主党の「反転」をも強めなければならない。
 第四に、以上を通じて、労働者派遣法改正などの労働再規制や社会保障費削減方針の撤回などを実現できる勢力関係を国会内に生み出すことである。それが可能になれば、小泉構造改革路線に最終的な引導を渡すことができるにちがいない。


(1)「引退議員に聞く 鈴木恒夫氏」『朝日新聞』二〇〇九年八月一一日付。
(2)「『イエスマン』包囲網」『朝日新聞』二〇〇九年八月一三日付。
(3)社説「〇九年 衆院選 政権四代の総括どこに」『東京新聞』二〇〇九年八月一日付。
(4)拙著『労働再規制―反転の構図を読みとく』ちくま新書、二〇〇八年、一〇三~一〇九頁。
(5)「特集ワイド」『毎日新聞』二〇〇八年一二月二四日付夕刊。
(6)一月三〇日の参院本会議での質問。
(7)二月五日の衆議院予算委員会での筒井議員の質問への答弁。
(8)二月一二日の「郵政民営化を堅持し推進する集い」の幹事会でのあいさつ。
(9)五月二七日の党首討論での発言。
(10)与謝野馨『堂々たる政治』新潮新書、二〇〇八年、二七頁。
(11)野田佳彦『民主の敵―政権交代に大義あり』新潮新書、二〇〇九年、五四~五五頁。


9月3日(木) 「二大政党制」の実現なのか、それとも「一党優位政党制」の再版なのか [政党]

 かつて政治改革が叫ばれたとき、それは「二大政党制」を実現するためであり、そのためには小選挙区制を導入しなければならないと説明されました。今回の選挙で、このような「二代政党制」は実現したのでしょうか。

 マスコミなどでは、総選挙の結果「二大政党制」ができあがったかのような論評があります。確かに、自民党と民主党という与党第一党と野党第一党が激突し、前者が敗れて後者が政権を奪い取ったという点では、二つの大政党の闘いが軸であったことは確かです。
 しかし、それによってできあがった政党制はどうでしょうか。「二大政党制」というべきものになったのでしょうか。
 「二大政党制」とは、ほぼ勢力が似通った二つの大政党が対峙するような政党のあり方を指します。しかし、先の総選挙の結果、できあがった政党の配置図は、ほぼ勢力が似通った政党の対峙という形にはなっていません。

 総選挙の結果、民主党は308議席(実際には、比例代表の候補者が2人足りなかったので310議席)に対して、自民党は119議席(実際には、民主党の比例代表から1議席回ってきたので118議席)となっています。民主党の議席に対する自民党の議席の割合は38.6%(実際には38.0%)でした。
 かつて、自民党と社会党が対抗していたときには、「疑似二大政党制」と言われていました。自民党の議席に対する社会党の議席の割合はほぼ半分であり、実際には「二大」政党ではなかったから「疑似」が付けられたのです。
 あるいは「一と二分の一政党制」などとも言われました。いずれにしても、本物の「二大政党制」ではなく、事実上は自民党だけが常に優勢な勢力を維持している「一党優勢政党制」あるいは「一党優位政党制」だったのです。

 今回の結果は、民主党と自民党の勢力比だけに注目すれば、ほぼ「一と三分の一政党制」になっています。かつての自民党対社会党の「疑似二大政党制」以上に、「二大政党」という姿からは遠ざかっていると言うべきでしょう。
 これを、「二大政党制」などと言うことができるのでしょうか。どうしてもそう言いたければ、「疑似疑似二大政党制」とでも呼ぶべきものではないでしょうか。
 というよりも、かつての自民党以上に優勢な民主党の登場によって、実際には「一党優勢政党制」または「一党優位政党制」が甦ったのではないでしょうか。小選挙区制による勝利のかさ上げは、その意図していたところとは異なって、「一党優位政党制」の再版を生み出してしまったのかもしれません。

 「二大政党制」であれば、政権交代は日常化します。与党が失敗すれば、勢力関係の接近した野党が取って代わる可能性があるからです。
 しかし、「一党優位政党制」であれば、かつての自民党がそうであったように、長期にわたる政権維持が可能になります。そうなれば、民主党の独裁的な長期政権が続く可能性も出てきます。
 果たして、これからの日本はどちらの道を歩むことになるのでしょうか。

 なお、昨日の「自民党が仕掛けた罠にはまってはならない」というブログに対して、コメントがありました。これについて、若干説明させていただきます。
 この時期に駆け込みで消費者庁を発足させたのは、自公政権による“イタチの最後っ屁”のような嫌がらせです。したがって、これにこだわって足並みの乱れを生じたり、政権運営に躓いたりするようなことがあってはならないというのが、私の言いたかったことです。
 官僚の天下りではないかとか色々と問題があるのは事実ですから、それを批判することは必要でしょう。もし可能であれば、官僚OBのトップを交代させることも考えられますが、それにこだわるあまり大局を見失って足を掬われることがないようにしなければならないということです。
 この問題の処理に手を焼けば焼くほど、自公両党を喜ばせることになるでしょうから……。

9月2日(水) 自民党が仕掛けた罠にはまってはならない [政権交代]

 国民の高い期待の下で出発することになりそうです。鳩山新政権のことです。

 世論調査によれば、新政権への期待度は7割を超えているようです。朝日新聞社が実施した緊急の全国世論調査(電話)によると、民主党中心の新政権に「期待する」と答えた人は74%で、「期待しない」は17%にすぎませんでした。
 政権交代が起きて「よかった」とする意見も69%で、「よくなかった」は10%です。衆院選比例区で自民党に投票したと答えた人の中でも46%が「よかった」と答えたそうです。

 これは、国民の期待の高さを示しているとともに、ある種の危うさを伴っているように思われます。支持率が高ければ、落下した場合のカーブも急になるからです。
 これまでの歴代政権のように、急上昇・急落という世論のエレベーターに乗ってはなりません。安定した支持を維持できるよう、慎重に、着実に、政策を具体化してもらいたいものです。

 今回の政権交代は、憲政史上、初めてとも言える本格的なものでした。選挙で政策と首相候補を明らかにして与野党が対決し、野党第1党が与党第1党を追い越してそのまま政権を担うのは、少なくとも、戦後初めてですから、国民が高い期待を寄せるのも当然でしょう。
 しかし、一つだけ、気にくわない点があります。それは鳩山さんの出自についてです。
 新しい政権は、「華麗なる一族」に生まれて「帝王学」を施されて育った「世襲政治家」ではなく、普通の家庭に生まれて庶民として育った、オバマ米大統領のようなたたき上げの政治家が担って欲しかったと思います。この点では、日本の政治は変わったけれど、変わりきれなかったという不満が残ります。

 このような不満があるとはいえ、政権交代そのものは初めての本格的なものであり、その意味は大きいというべきでしょう。
 それだけに前途多難だと思います。スタートダッシュも重要ですが、同時に、拙速のあまり、つまずかないようにも気をつけてもらいたいものです。この点では、自民党が仕掛けた罠にはまらないように警戒しなければなりません。
 たとえば消費者庁の問題です。これは対立と紛争の火種を作るために、わざわざこの時期に発足させた可能性が高いからです。

 国民の側も、しばらくは「お手並み拝見」ということで、新政権の行方を見守る必要があるでしょう。特に、マスコミの揚げ足取りに巻き込まれないように気をつけなければなりません。
 性急に成果を求めて新政権を追い込み、結果的に自民党の復権に手を貸して新しい政治の芽をつみ取ってしまうような愚を犯すことのないよう、気をつけたいものです。もちろん、要求の提起や問題の指摘、批判などを手控える必要はないわけで、そのかねあいが難しいところではありますが……。

9月1日(火) 水に落ちた犬は打て [自民党]

 苔むした岩の上に鷹が止まっている。これが、総選挙後の自民党の姿ではないでしょうか。

 今回の総選挙の結果で自民党にとって深刻なのは、若手の議員が軒並み落選してしまったことです。前回初当選した83人のうち、今回も再選されたのはわずかに10人にすぎず、新たに当選した新顔はたったの5人です。
 つまり、119人の衆院議員のうち、1年生が5人で2年生が10人の合計15人にすぎないのです。最も多いのは、5回当選の21人、次いで4回当選の18人となっています。
 自民党は中堅とベテラン主体の政党となって、世代交代に失敗しました。その中堅の中には極端なタカ派もおり、ベテラン議員(苔むした岩)と「靖国派」と言われるようなタカ派議員(鷹)の党に変質してしまいました。

 逆に、民主党は若くて新鮮な議員が大量に誕生しています。初当選組は143人に上りますが、特に、若者と女性が多いという点が注目されます。
 今回の総選挙では女性が54人当選して最多となり、当選者に占める割合も11%と、初めて二桁になりました。
 これは民主党が自民党の大物議員の対立候補として女性を積極的に擁立し、40人も当選させた結果です。新議員の平均年齢も全体で0.3歳若返りましたが、このうち民主党は49.4歳と最も若くなっています。

 今回の民主党の大勝は「小沢戦略」の成功だと見られています。私もそう思いますが、しかし、それは若くて魅力的な新人議員の発掘という点にとどまりません。
 第1に、「生活が第一」という方向に民主党の基本路線を転換させ、新自由主義的な政策へのシンパシーを封印したことです。
 第2に、地方の首長選挙での相乗りを禁止するなど、与党との対決姿勢を明確にしたことです。
 第3に、小選挙区での競合を極力避け、他の野党との選挙協力を推進したことです。
 そして第4に、先に指摘したような新人議員の発掘と女性候補の擁立があります。

 代表時代の小沢さんは、福田首相との「大連立」を志向し、それが受け入れられないと代表辞任を表明するなどの失敗もありました。しかし、民主党内の批判と説得を受け入れて方向転換しました。また、西松建設問題によって足をすくわれそうになりましたが、ギリギリの段階で代表を辞任するという選択を行い、民主党を救いました。
 このような小沢さんの決断がなかったなら、今回の民主党の大躍進は実現しなかったにちがいありません。これらの決断もまた「小沢戦略」の一部であり、それが上手くいったがゆえの民主党の成功だったと言えるでしょう。
 今後とも、「生活が第一」の旗を掲げ続け、構造改革によって痛めつけられた国民生活の立て直しに全力を注いでもらいたいものです。これを含めて、自民党政治からの転換をどれだけ実現できるかが、これから問われることになるでしょう。

 次の政治決戦は来年の参院選です。今回の結果を基にした共同通信のシミュレーションによると、改選121議席のうち、民主党は75議席を占め、非改選と合わせて135議席になって過半数を大きく上回るそうです。
 非改選と合わせた党派別の勢力予測では、自民党75議席、公明党15議席となっていますが、これは自公協力がなされた今回の選挙に基づく試算です。次の参院選で選挙協力がなされる可能性は少なく、獲得議席はさらに減るでしょう。

 「朽ちかけた岩」と「鷹」しか残っていない自民党を、さらに追い込むことが必要です。次の参院選で最終的な引導を渡すための「小沢戦略」を、ぜひ編み出していただきたいものです。
 魯迅も書いているではありませんか。「打落水狗」(水に落ちた犬は打て)と……。