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10月11日(日) 私の人生を決めた『戦争と平和』 [論攷]

〔以下の論攷は、産労総合研究所が発行している雑誌『企業と人材』42巻955号(2009年10月5日)に掲載されたものです。〕

心に残る私の一冊 私の人生を決めた『戦争と平和』

 あれは高校1年生の夏休みのことだった。今から、40年以上も昔のことである。
 当時、美術部に所属していた私は、木炭で石膏像のデッサンをしたり、粘土をこねて彫刻のまねごとなどをしていた。何となく「絵の先生にでもなろうか」という思いはあったが、新潟の専業農家の長男として、家を継がなければならないという意識もあったような気がする。

●映画『戦争と平和』との出会い
 その年の夏休み、私は1週間ほど上京することになった。上野の西洋美術館で「ロダン展」が開かれていたからである。1人で東京に出てきた私は、絵の勉強も兼ねて『美術手帳』を片手に銀座の画廊を訪ね歩いた。
 その時である。たまたま通りがかった映画館のカンバンが目に入った。旧ソ連映画『戦争と平和』第1部である。私はすぐにチケットを買った。エスカレーターに乗って丸の内ピカデリー(上映館)に入るとき、異次元の世界に入り込むような気がしたことを思い出す。
 私がすぐにこの映画を観る気になったのは、このときトルストイ著の原作小説を読んでいたからだ。それを読み終わらないまま東京に出てきており、それを原作とした映画に出会ったというわけだ。映画から大きな感銘を受けたことはいうまでもない。

●壮大な歴史叙事詩を耽読
 東京から帰った私は、小説の続きをむさぼるように読んだ。河出書房新社から出ていた世界文学全集のうちの全3巻で、中村白葉訳だったと思う。最後は、徹夜して一気に読み終えた。今でも、あの夏の日の朝の清々しさが鮮明によみがえってくる。
 この本は、ナポレオンのモスクワ侵攻を背景に、没落貴族のピエールと青年将校のアンドレイという2人の主人公の生き方を描いている。私は、どちらかというとピエールの方に惹かれた。
 この本は壮大な歴史叙事詩であったが、私はこの種の本が好きで、『静かなドン』や『カラマーゾフの兄弟』、『大地』なども読んだ。中学校時代には吉川英治を好み、『宮本武蔵』や『私本太平記』にも夢中になった。卒業間近になって山岡荘八の『徳川家康』全26巻を図書館から借りて読み始めたが刊行が終わらず、読み終えたのは高校入学後だった。

●挑戦する勇気を与えられた
 これらの本を読むうちに、一度しかない人生、生まれてきた以上は生きた証を残せるような仕事がしたいと思うようになった。また、広い世の中に出て、人々の役に立つような人生を生きたいという願いも強まった。その大きなきっかけは、歴史に翻弄される人間の運命と、その下で懸命に生きる苦悩を描いた『戦争と平和』であったように思う。
 私は次第に、新潟の片田舎からの「脱出」を考えるようになっていた。そしてついにその機会がやってきた。東京都立大学経済学部に合格したからである。もしこのとき大学受験に失敗していたら、私の人生は全く違ったものになっていたはずだ。ワンチャンスではあったが、挑戦する勇気を与えられたのは『戦争と平和』のおかげだったと思っている。

10月10日(土) 連合第11回定期大会への感想 [労働組合]

 そこは懐かしい場所でした。連合第11回定期大会が開催された東京国際フォーラムです。

 この場所にはかつて、新宿副都心に移転する前の都庁と都議会がありました。都立大学に入学して東京に出てきた18歳の私は、すぐに学生自治会の副委員長に選ばれ、何も知らないまま先輩に連れられて陳情にやってきたのが、ここだったのです。
 あの時、目黒区選出で都議会議員だった、若き小杉隆さんにお目にかかった記憶があります。その小杉さんは、その後衆院議員となり、今では引退してしまいました。

 大会の会場はAホールでしたが、その立派なことに驚きました。その昔、民間連合の結成大会も傍聴したことがありますが、その時は新宿の厚生年金会館だったと思います。
 それから22年経ちます。この会場の違いが、連合の発展や社会的な地位の向上によるものであれば幸いなのですが……。
 残念ながら、必ずしもそうではありません。民間連合結成から22年、連合になってからでも20年になりますが、労働運動全体としても連合自体としても、その力は強まったというよりもかなり弱まってきているように見えます。

 しかし、大会の会場は、祝賀ムードに包まれていました。政権が交代し、連合が支援する民主党中心の新たな連立政権が発足したばかりですから、それも当然でしょう。
 長年の宿願が実現し、とうとう与党的な立場に立つことになったのですから……。私が、この大会の傍聴にやってきたのも、政権交代後の連合のあり方に注目したからです。
 このように思った方が多かったのかもしれません。代議員よりも傍聴者の方がずっと数が多いように見えました。

 大会は、予定されたタイム・テーブルに基づいて、寸分の狂いもなく進行しました。一昨日も昨日もほぼ予定通りの終了時間で、昨日は予定より3分早く終わったほどです。
 波乱のない進行だったということになります。拍手に次ぐ拍手でしたから、文字通り、シャンシャン大会だったということでしょうか。
 とはいえ、大会での発言などには、それなりに注目される部分がありました。いくつかの点に絞って感想を書いておきましょう。

 第1に、大会での発言者は21人でしたが、そのうち、女性はたったの1人(自治労)です。民間連合の結成大会でも、発言した代議員のうち女性は1人だけだったように記憶しています。
 ただし、急いで付け加えなければならないのは、連合は女性役員を増やそうと特別の配慮を行い、努力しているということです。今回の大会では、会長代行に「女性代表」を新設してNHK労連の岡本直美議長が選ばれ、中央執行委員にも8人の女性代表が選出されています。
 大会に向けて、「私の提言 第6回連合論文募集」が行われましたが、優秀賞、佳作賞、奨励賞の受賞者6人のうち4人が女性です。つまり、女性は多くの問題を抱えており、問題意識も鮮明で的確な問題提起や提言を行っているけれども、実際の運動を担うという点では制約が多く、前線に立てないということでしょうか。いずれ、このような制約が取り払われ、労働組合役員や大会代議員となった女性の発言が殺到する状況が生まれてもらいたいものです。

 第2に、大会の論議では非正規労働者の問題が一つの焦点でした。連合は運動方針で新たに「各論その2」で「非正規労働者の労働条件底上げ・組織化と社会運動の展開」を掲げ、「連合本部に構成組織担当者会議と地方連合会非正規労働センター会議を設置する」「すべての地方連合会に非正規労働センターを設置する」との方針を打ち出しました。
 討論でも非正規労働者の問題について、宮崎地連、サービス流通連合、自治労などからの発言がありました。なかでも圧巻は全国ユニオンの関根秀一郎書記長の発言です。
 その概要は、ご本人が『東京新聞』10月9日付の「本音のコラム」に書かれていますが、関根さんは、①派遣法改正問題、②有期雇用の規制、③均等待遇実現、④非正規労働者への具体的な支援のあり方、⑤年末年始に向けての取り組みの5点について質問し、古賀事務局長は「派遣村のような状況を生まないために政府に働きかけるなど全力を挙げる」と答弁していました。今後、このような取り組みが大きな成果を挙げることを願っています。

 第3に、地域での運動が重視されるようになってきているということです。これについては、新潟地連、宮崎地連、JEC連合、九州ブロック、運輸労連などからの発言がありました。
 これに対して、古賀事務局長は「社会的労働運動をどう展開していくのかが課題だ」と答弁していました。最近、注目されている「社会運動的労働運動」を意識した発言であり、答弁であったと思います。
 運動方針でも、「各論その1」は「組織拡大、集団的労使関係の再構築、連帯活動の推進による社会的影響力ある労働運動の展開」となっており、「地域に根ざした顔の見える労働運動の展開」が打ち出されています。地域での組織や運動を十分位置づけて来なかった連合としては積極的な方針提起だとは思いますが、地域における運動の重視が職域における運動からの逃避という形にならないよう気をつける必要があるでしょう。

 第4に、民主党との距離の取り方、政策的な違いや協議のあり方も問題になっていました。民主党が掲げていたマニフェストと連合の要求とは全てが一致する訳ではなく、民主党の掲げている政策相互の間でも矛盾する部分があるからです。
 活動報告についての発言は電力総連からしかありませんでしたが、そこでは、連合の意見・要望を新政府に伝えることが大切だとの指摘があり、政策制度の実現を図るために政策問題で協議の場を設けることが求められていました。同様の発言は、運動方針についての討論でも、JR連合、国公連合、JAM、自動車総連などからありました。
 特に問題とされたのは、国家公務員総人件費2割削減、国の出先機関の廃止、在日米軍基地の整理・縮小、環境対策、高速道路の無料化、社会保険庁改革、公務員制度改革などの問題です。これらの中には雇用問題に結びつくものもあり、今後の対応が注目されます。

 第5に、発言しなかった単産や取り上げられなかった問題があったということです。そのために、連合内に存在しているはずの異論は大会で表面化しませんでした。
 というより、大会での混乱を避けるために、異論のある単産は発言せず、一致していない問題は取り上げられなかったということかもしれません。結局、私が注目していた電機連合からの発言はなく、電力総連や自動車総連は温室効果ガスの25%削減問題には言及しませんでした。UIゼンセンも派遣法改正問題にはふれず、労働者代表制の法制化など集団的労使関係の強化について発言しただけです。
 労働者派遣法については、「各論その4」で「『日雇い派遣』の禁止、『直接雇用見なし規定』の導入、均等待遇原則の確立など、労働者保護の視点に立った法改正の実現に取り組む」との方針が掲げられていますが、「製造業派遣」については、その言葉すら登場していません。ただ、基幹労連が提起した社会契約的課題について、退任のあいさつに立った高木会長が「社会契約は相互の信頼関係が前提だ」と釘を差したのは流石であり、注目される点でした。

 発言を聞いての感想は以上のようなものですが、これらの発言に対する古賀伸明事務局長の答弁は、「そつがないなー」と感心させられるものでした。発言内容は事前に通告されていたのでしょうが、微妙な問題提起や質問についても、上手くまとめていたという印象です。
 古賀さんには、4月のILO創立90周年記念の祝賀会でお会いして言葉を交わす機会があり、その翌日にはメールをいただきました。如才のないマメな方だという印象を持ちましたが、その印象通りの答弁だったように思います。
 今回の大会で高木剛会長が勇退され、古賀事務局長が次の会長に選出されました。新政権発足後という未体験ゾーンに乗り出す航海の船長さんになられたわけですが、与党的立場を生かしながら、労働組合運動の発展のためにリーダーシップを発揮されることを期待したいと思います。

10月9日(金) 5時間もかけて連合第11回大会を傍聴してきた [日常]

 およそ5時間もかかったことになります。自宅から、有楽町駅前の東京国際フォーラムまで……。

 台風の直撃にあってしまいました。昨日のことです。
 連合の第11回大会に出席するため、家を出たのが朝の7時20分でした。大会の会場である東京国際フォーラムに着いたのは12時30分です。
 この間、約5時間。通常であれば1時間半もかからないのに、3倍以上も時間がかかってしまいました。

 かつてない強力な台風がやってくると、テレビでは言っていました。激しい雨が降っていましたので、カミさんの車で西八王子まで送ってもらいました。
 多少、遅れるかもしれないと覚悟はしていました。でも、9時には着く予定が、3時間半も遅れて到着することになるなんて……。
 JR中央線の東京行きの電車が止まったのは、東小金井駅でした。三鷹と中野の間が高架になっていて、強風のために通れないということでしたが、山手線や京浜東北線も止まっていたようです。

 強い風のせいで電車が長時間止まるなんて、私の経験にはありません。「台風は通過してしまうから、そのうち動くだろう」と、初めのうちは高をくくっていました。
 ところが、30分経っても、1時間経っても動きません。新聞や本を読んで待っていましたが、2時間経ったところで決断しました。
 このままでは、午後のプログラムにも間に合わなくなってしまいます。何とか、有楽町の東京国際フォーラムに辿り着かなければなりません。

 ということで、東小金井から徒歩、バス、電車などを乗り継いで、やっとの思いで連合大会の会場にたどり着いたというわけです。初めから京王線で来れば問題はなかったんですが、JRを使ったのが失敗でした。
 大会は、すでに午前中のプログラムを終えて、昼食休憩に入っています。せっかく、鳩山首相や長妻厚労相、福島社民党代表などのあいさつを聞こうと思っていたのに、それどころではありませんでした。
 大学は、台風のために休講になったそうですが、私の連合大会初日も、台風に吹き飛ばされて午前中は「休講」になってしまったようです。

 ということで、連合大会の様子や感想については、また後日。

10月8日(木) 労働の規制緩和-いまこそチェックすべきとき(下) [論攷]

〔以下の論攷は、職場の人権研究会の雑誌『職場の人権』9月号(第60号)に掲載された5月30日の講演の記録です。長いので、私の報告部分だけ、2回に分けてアップさせていただきます。〕

労働の規制緩和-いまこそチェックすべきとき(下)

Ⅲ 「反転を生み出した力」の「その後」

(1)マスコミにおける変化

①「反貧困論壇」の形成

 第三のテーマは、「反転を生み出した力」の「その後」です。こういう反転が生じたのは、マスコミ等と労働運動の力によるのではないかというのが拙著で書いたことです。
 マスコミにおけるその後の変化ですが、反貧困論壇の形成があります。「反貧困運動の四人組」とも言うべき、湯浅誠さん、関根秀一郎さん、河添誠さん、雨宮処凛さんが大活躍しています。若い人たちがこういう形で活躍されるのを見るのは大変嬉しいものです。
 また、「労働記者の再登場」もあります。大原社会問題研究所の総会で朝日新聞の記者だった中野隆宣さんをお呼びして記念講演をお願いしたことがありました。そのとき、「中野さんの後に労働記者と言えるような方は誰かいるんですか?」と尋ねたら、「もういないんだよ」と、大変残念そうにおっしゃっていたのを思い出します。
 でも、その直後から労働記者と言えるような方が続々登場してきています。朝日新聞では竹信三恵子さん。かなり有名な方です。毎日新聞では東海林智さんです。あるいはフリーライターの安田浩一さんや北健一さん。こういう労働問題に主として関わり、記事を書かれている記者グループが出てきました。
朝日新聞には「労働グループ」に属する記者が十数人いるそうです。そのうちの何人かは私のところにも取材に見えています。若い人で、なかなか熱心にいろいろな話を聞いていかれました。私もできるだけ協力しようと思い、一生懸命に労働問題の重要性を語っているわけですが、こういう人たちが登場してきています。社会問題を取り上げるドキュメンタリーや報道番組が復権することで、テレビのあり方も変わってきているのではないかと思います。

②相次ぐ「反貧困ジャーナル」の創刊

 最近、『POSSE』という雑誌の編集部から取材を受けました。「格差論壇」の分類マップを作るそうです。規制緩和か規制強化かが横軸で、ジョブ派か隠れ年功派かが縦軸の分類です。私は「ジョブ派」と「規制強化」の第一象限に入ると見られています。このような分類マップについてどう思うかと意見を求められました。
 その時、最初に私が言ったのは、「マップを作って交通整理をしなければならないほどに交通量が増えたのは大変幸いである」ということです。それだけいろんな方がいろんな形で、格差や貧困、社会・労働問題について発言するようになってきているということです。
 「このようなマップを作る必要性が生じているということは大変良いことであり、それを作って分類しようというのもいいけれど、マップ自体はいろいろ問題があるんじゃないか」などと指摘しておきました。そのうち『POSSE』に出ると思いますので、ご覧いただきたいと思います(第四号に掲載)。
 この『POSSE』という雑誌もそうですが、このような「反貧困ジャーナル」が、最近になって相次いで創刊されています。『フリーターズ・フリー』とか『ロスジェネ』『季論21』などです。『季論21』は、必ずしも反貧困ということではないですが、そういう問題も扱っている。研究者が集まっている学会を基盤にした『貧困研究』もそうです。
 
③社会的評価の高まりと「市民権」の獲得

 社会的評価の高まりと「市民権」の獲得ということも重要です。岩波新書で『貧困大国アメリカ』を書かれた堤未果さんが日本エッセイストクラブ賞を受賞し、『反貧困』の湯浅誠さんが大佛次郎論壇賞や平和・協同ジャーナリスト基金大賞を受賞する、などです。大原社会問題研究所にも、朝日新聞から朝日賞の受賞者候補を推薦してほしいという要請の文書が送られてきます。私は湯浅さんを推薦しました。朝日賞にはならなかったけれど、大佛次郎論壇賞の受賞者になりました。
 竹信三恵子さんは、反貧困ネットワークによって創設された「貧困ジャーナリズム賞」の大賞を受賞しました。ただし、「貧困ジャーナリズム」という名称はちょっと問題だと思いますね。“貧乏なジャーナリスト”だと誤解されるかもしれませんから、「反」をつけるべきでしょう。
 こういう、いろんな形で社会的に注目され、また、その活動や著作が評価されるようになってきたのは、最近の新しい動きだと思います。

(2)労働運動における変化

①社会運動的労働運動の勃興

 次に、労働運動における変化を取り上げることにしましょう。
まず、社会運動的労働運動という、地域やNPOなどの社会運動団体と連携した労働組合の運動が注目されます。これはアメリカなどでかなり広まっているのですが、日本でも勃興しつつあるようです。
 年越し派遣村は、その端的な例だと言って良いでしょう。労働組合だけではなく、弁護士やNPO団体と一緒になって、「年越し派遣村」という形で貧困の実態を可視化しました。これは大変優れた行動提起だったと思います。年末年始という、人々が酒を飲みながらコタツで寝っ転がってテレビを見ている時期に、しかも、東京のど真ん中の日比谷公園、道路を隔てた反対側は厚生労働省という場所に、人々を集めました。
 行動のやり方としても場所としても、また、マスメディアに対するアピールの仕方などにしても、大変、効果的な運動でした。その流れは全国に広まりつつあります。

②連合の転換

 それから、連合の取り組みの変化です。〇七年の大会直後に連合は非正規労働センターを設立し、非正規問題に取り組んでいます。また、昨年一一月の中央執行委員会で、「歴史の転換点にあたって―希望の国日本へ舵を切れ」という重要な文書を採択しました。その中で「市場原理主義的な価値観」から「公正や連帯を重んじる価値観」への転換が必要だということを言っています。
 実は、連合はスネに傷があります。一九九五年、日経連の「新時代の『日本的経営』」という文書が出されたと同じ年に、連合も第四回定期大会を開いて「一九九六~九七年度運動方針」を決めますが、「政策・制度の重点課題」として「経済的規制の緩和を進め、経済を活性化させるとともに、内外格差の是正など国民生活の向上をはかる」を挙げています。また、一二月には「規制緩和の推進に関する要請」(『WEEKLYれんごう』第二四九号)も出しています。経済的規制については緩和推進を求めたのです。これは連合の歴史の中での汚点でしょう。
 その後も、連合や民主党は規制緩和を自民党と競い合う傾向がありました。また、九九年の派遣法改正問題では、共産党以外の政党がみんな賛成します。派遣法を基本的には認め、ネガティブリストで一部だけ禁止するという形の法案に、民主党も賛成、社民党も党としては賛成しました。ただし、社民党の名誉のために言いますと、三人の社民党の議員が反対しています。今の党首の福島瑞穂さん、労働弁護士だった大脇雅子さん、現幹事長の照屋寛徳さんです。
しかし、その連合もついに市場原理主義的価値観を否定することになったわけです。非正規労働者の問題に取り組み始めました。派遣法の改正にも、基本的に賛成しています。当然のことでしょう。
 
③全労連の取り組み

 第三に、全労連の取り組みです。全労連は、以前から労働の規制緩和に反対し、連合と同様に非正規雇用労働者全国センターを発足させ、非正規労働問題に取り組んでいます。反貧困・生活危機突破闘争本部も昨年発足させました。最近では、京都で「派遣など非正規ではたらくなかまの全国交流集会」を開いています。
 ここに持ってきた『東京新聞』五月二九日付は、「急増 ミニ労組 非正規の盾に」という記事を掲載しています。この記事は全労連の集会についての記事です。これには驚きました。全労連の集会がこんなに大きく出ていたからです。
今まで、全労連に関連する取り組みはほとんどマスコミから無視されてきました。この記事によると、「ミニ労組という小さい労組がたくさん出てきている。一九二の非正規の労働組合が誕生した。約一二〇〇人が加入している」と書かれています。一二〇〇人は少ないと思いますが、以前に比べれば非正規労働者の組織化運動もかなり前進していると思います。だからこそ、マスコミも、このような形で注目したのでしょう。
 
④共闘・共同の進展

 第四は、異なった潮流の団体間での共闘・共同の進展です。たとえば、昨年の四月二三日、全労連や年金者組合の国会前座り込み行動に中央労福協の笹森清会長が連帯のあいさつをしていますが、笹森さんは前の連合会長です。また、六月三日には、松下プラズマディスプレイ大阪高裁判決の活用をめざす院内集会が開かれていますが、これは全労連と全  労協との初の共催企画です。
七月の「公務員労働者の労働基本権を考える集会」では自治労と国公労連の代表が同席しました。一〇月には「教育子育て九条の会」が発足しますが、その呼びかけ人には、槇枝元文元日教組委員長(元総評議長)と三上満元全教委員長(元全労連議長) も加わっていますし、一二月四日には、連合、全労連、全労協などが参加した実行委員会主催の集会が開かれ、民主・共産・社民・国民新党の四野党代表も連帯のあいさつを行っています。
 ただし、このように共同の取り組みは前進していますけれど、ナショナルセンターの本部レベルの段階にとどまっていて、その下までには浸透していないという問題があります。産別はばらばらです。連合の中には、本部の行動を快く思っていない単産もありますし、電機連合やUIゼンセン同盟などは、派遣法改正問題について「すぐにはもとに戻すべきではない」と言っています。
 しかし、以前に比べれば、こういう共闘や共同が進展してきていることは明らかです。この点をきちんと評価することが重要でしょう。

(3)反貧困運動の広がり

①反貧困ネットワークの活動

 〇六年以降の動きで、新たに付け加えたいのが、反貧困運動の広がりです。「反貧困ネットワーク」が〇七年一〇月一日に結成され、これを中心にした反貧困運動が展開されています。昨年の四月には、「人間らしい労働と生活を求める連絡会議」(通称、生活底上げ会議)が発足し、代表世話人に、反貧困ネットワーク代表の宇都宮健児弁護士などが選出され、反貧困ネットワークの湯浅誠事務局長が事務局を担当しています。
 反貧困ネットワークが主催する「反貧困フェスタ」は、去年と今年の三月に神田一ツ橋中学校で開かれました。東西二コースに分かれて全都道府県を回る「反貧困キャラバン」も実施されています。これには全国の四四九団体が協力し、富山、滋賀、長野などで反貧困ネットの地方組織が結成されるなど、運動が広がっています。

②日本弁護士連合会の取り組み

 日本弁護士連合会(日弁連)も、貧困問題を取り上げるようになっています。「人権を守るためには貧困を分析しなければならない。貧困問題を人権問題の一環としてとらえ」て、これを〇八年の人権擁護大会のテーマを「貧困と労働―拡大するワーキングプア」にしました。
また、昨年の六月には「非正規労働・生活保護ホットライン」を全国一斉に実施し、一〇月の第五一回人権擁護大会では、三つの分科会のうちの一つに「労働と貧困」というテーマを設定しています。

③その他の広がり

 このほかにも、反貧困運動は広がりを見せています。昨年九月二八日に「女性と貧困ネットワーク」の結成集会があり、一〇月には貧困研究会が法政大学で第一回研究大会を開催し、雑誌『貧困研究』を創刊しました。一〇月一九日には「世直しイッキ!大集会」、一二月七日には「なくそう!子どもの貧困 市民フォーラム」が開かれ、「子どもの貧困白書」づくりをめざすという動きもあります。このように、反貧困運動はいろいろな領域で拡大を見せているのが現状です。

④労働者派遣法の改正問題

 このような運動の広がりはありますが、労働再規制そのものは、法的なレベルではそれほど進んではいません。この点を最後に補足させていただきます。結局、大きな焦点になったのは、労働者派遣法の改正問題で、当初はこの問題について報告しようかと考えたのですが、あまり進展がないのでやめました。
 今のような国会状況だと、〇九年度補正予算関連の法案の審議が優先され、派遣法改正問題はほとんど動かないだろうと思います。今、国会に出されている政府の原案は、三〇日未満の日雇い派遣については禁止の方向ですが、事前面接を解禁するとか、三年経ったら雇用申し込みを義務化するとなっているのを撤廃するとか、問題点のほうが多いものです。
 言ってみれば、「薬」と「毒」がごちゃまぜで、飲んだら腹痛は治るかもしれないけれど、いずれ肝硬変を起こして死んでしまう可能性があるといったような代物で、成立しても、必ずしも労働再規制として評価することはできません。したがって、原案そのものを変えなければなりませんが、今のような政治的力関係のもとではこれも難しい。
なぜなら、原案を作る労働政策審議会は、学識経験者、労働組合の代表、使用者の代表という三者構成です。必ず使用者も入りますから、例えば労働者から見た「薬」は、使用者にとっては「毒」に見えるし、使用者にとっての「薬」は労働者からは「毒」に見えます。両者の合意を図ろうとすれば、どうしても「薬」と「毒」をまぜることになります。
 しかも、労働者側の「薬」が多くなると、内閣で閣議決定されません。また、閣議決定されたとしても国会では通りません。自民党と公明党の与党が多数を占めている衆議院ではおそらく通らないなど、関門がたくさんあります。だから、「薬」だけ、「毒」だけ、とはなりにくい構造になっています。
 少なくとも、労働再規制を、法律上や制度上において明確な形で実行するためには、国会の構成や勢力関係を労働側の「薬」を増やせるような方向に変えなければならないということになります。

むすび

 拙著『労働再規制』では、〇六年から反転が始まるということで、その「反転の構図」を描きました。その後、反転はジグザグの過程を経ながら、今も続いています。政治家は最も敏感に反応しました。厚労省はそれに引きずられています。経営者団体も対応を迫られ、譲歩的な発言も文書の中に見えます。
 規制緩和の司令塔であった「経済財政諮問会議」は地盤沈下し、「規制改革会議」は孤立してしまいました。これに代わって、セーフティネットの強化や整備を主たる課題とした「安心社会実現会議」が新たに登場しています。
 マスコミと労働運動によって世論は変わり、新たに反貧困運動も発展しています。今は反撃の時であり、労働組合運動は「籠城戦」から「追撃戦」に転じるべきであると、労働組合の集会ならば、声を大にして言いたいところです。“敵”が包囲網を解いて後退、撤退しているのに、まだ運動の側は城の中にこもっているのではないか、というわけです。まあ、組合の講演などではそう言っているのですが。
 そういうなかで実施される今度の総選挙は、労働政策形成においても国会内部の力関係を変えるという大きな意味を持っています。特に今回の選挙は、中長期的な勢力関係を構造的に変える大きな可能性を持った選挙で、戦後二四回目にあたる総選挙ですが、政権交代の可能性をはらんでいるという点で二四分の一以上の大きな意味があると思います。
この総選挙で政権が交代すれば、それは〇六年からの反転の一つの到達点にほかならないということを指摘して、私の話を終わらせていただきます。


10月7日(水) 労働の規制緩和-いまこそチェックすべきとき(上) [論攷]

〔以下の論攷は、職場の人権研究会の雑誌『職場の人権』9月号(第60号)に掲載された5月30日の講演の記録です。長いので、私の報告部分だけ、2回に分けてアップさせていただきます。〕

労働の規制緩和-いまこそチェックすべきとき(上)

 ご紹介いただきました、法政大学大原社会問題研究所の五十嵐仁です。
 今年二月、大原社会問題研究所の総会に、研究会「職場の人権」の代表である熊沢誠先生に来ていただきました。そこで、「代わりに今度はこちらで報告してください」というバーター取引を持ちかけられ、断れないという事情もあり(笑)、本日お邪魔させていただいた次第です。
労働問題、労働運動研究の大家である熊沢先生の前での報告ということで、大変緊張しまして、準備に力をこめすぎました結果、レジュメが九枚になってしまいました。最初に目次をつけました。目次つきのレジュメというのもちょっと珍しいかと思いますが、この内容に添って、話をさせていただきます。
 初めにお断りをしておきたいのは、提示されたテーマは「労働の規制緩和―今こそチェックすべきとき」というものですが、今日の私の報告は、少しずれているかもしれないということです。と申しますのも、私が以前に書きました『労働再規制』(ちくま新書)を出したのは昨年の一〇月でして、本日は、それ以降、どう変化してきているのか、あるいはどんな風に展開しているのか、それ以降の経過をまとめてお話した方がよいと思ったからです。
 労働の規制緩和に関わる問題、また、規制緩和からの反転、再規制にむけての動きの現状を明らかにするという意味では、「今こそチェックすべきとき」ということになります。それがいかなる背景をもって可能になってきているのか?ということでは、与えられたテーマに結びつくと思います。ただし、みなさんが期待されていたこととは、多少、異なるかもしれないということは、最初にお断りしておきます。

はじめに

 目次を見ていただきますと、大きく三つにわかれております。それぞれのポイントについて話をさせていただきます。
 私が書いた『労働再規制』の副題は「反転の構図を読みとく」となっています。つまり、一九八〇年代のはじめ、中曽根首相の「臨調・行革」に始まりまして、その後「六大改革」だとか小泉首相の「構造改革」という形で新自由主義的な政策が展開されてきました。なかでも、労働をはじめとした様々な形での規制緩和や民営化の動きが進んできましたが、最近になって、そのような動きが反転した。つまり、逆になったと私はとらえたわけです。
 では、それはいつからなのか? その転換点は、二〇〇六年だということです。そこで、私は「二〇〇六年転換説」を、この本の中で意識的に打ち出しました。ただし、二〇〇六年という年については、議論があるだろうと思います。また、それがどの程度の強さで始まったのかということについても、いろいろ議論があるでしょう。
けれども、反転した。つまり、もはや新自由主義的な政策を推進するのではなく、その見直しや是正が始まった。規制緩和や民営化という形で二〇年以上にわたって実行されてきた政策展開の方向が説得力をもたなくなってきたこと、大きく方向を変えてきていることについては、もはや誰の目にも明らかなのではないでしょうか。反転が明確になったということについては、疑いありません。
 今日は、『労働再規制』で描いたこのような反転の構図の「その後」を明らかにしたいと思います。

Ⅰ 四つの背景の「その後」

(1)国際的背景―失敗の顕在化
 
 私は、このような反転の背景として、四点指摘しました。一つは国際的な背景です。アメリカ・モデルの失墜ということですが、これはその後、どうなったでしょうか。イラク戦争の失敗はアメリカ自身が認めるところとなりました。ブッシュ前大統領は大統領の座を追われ、オバマ候補が圧勝しています。共和党もイラク戦争失敗の責任をとらされ、上下両院の選挙で敗北しました。イラクとの間で米軍地位協定が結ばれましたが、これはイラクを近隣諸国攻撃の基地にしないなどの内容を含んでおり、アメリカの考えとはかなり違った形で結ばれています。この辺にも、アメリカの発言力の低下が反映されています。
 さらに、経済的な面でいうと、「リーマン・ショック」の問題があります。昨年の九月一五日です。その前の九月一日の夜に、突然福田首相が辞任すると言い出しました。これについての記述をなんとか本に入れようということで、あわてて最初の二ページほどを書き加えました。
もうないだろうと思っておりましたら、九月一五日のリーマン・ブラザーズの経営破綻です。でも、もう間に合いませんでした。その後、あれよあれよという間に金融・経済危機が世界中に拡大し、新自由主義、あるいは金融資本主義、マネー資本主義が大きな失敗を犯したことがハッキリしました。
 新古典派経済学の理論や金融工学、トリクルダウン理論、市場原理主義というような諸々の新自由主義に関連する理論の破たんが、具体的な事実をもって示されたと思います。いわば、国際的なレベルでの反転が極めて明瞭になったというわけです。

(2)経済的背景―無視できない惨状の拡大

 二番目が経済的背景です。経済の分野では、無視できないほどに惨状が拡大しました。「リーマン・ショック」に始まり、世界各国に金融・経済危機が拡大しました。一九二九年以来の大恐慌の再来ではないかという見方が広まり、「一〇〇年に一度の経済危機」とも言われました。
昨年の第Ⅳ四半期のGDPの下落率は、年率換算で日本は当初一二・七%のマイナスと言われていました。しかし、その後一四・四%だったと訂正されています。アメリカは六・二%、ユーロ圏は五・七%です。金融・経済危機の起こったアメリカの二倍以上のマイナスに、日本がなっています。今年の第Ⅰ四半期は一五・二%のマイナス(五月二〇日、内閣府発表)です。一九五五年以降、最悪の下落率でした。
 アメリカ以上の下落率となった原因や背景は色々あるでしょうが、大きな原因の一つは、アメリカから金融・経済危機という大暴風雨が吹きつけてくる前に、すでに日本の経済社会は足腰が弱まってガタガタになっていたということだと思います。小泉「構造改革」によって貧困・格差が拡大し、内需が停滞したため、北米向けの自動車輸出やアジア・中国への輸出に頼るという外需頼みの経済成長だったからです。いわば、日本経済の足腰が弱っているところに強烈な暴風雨が吹きつけてきて、ひとたまりもなくひっくりかえってしまったのが、昨年暮れから今年にかけての日本の姿でした。
 経済的惨状が拡大した結果、「人間らしい暮らしや働き方」ができにくい日本の社会になりました。自分ひとりの生活を維持するのがやっとで、結婚して家庭をつくり子どもを産むことなどできないような社会になってしまった。その結果、人口の自然減が始まり、日本社会の持続可能性が喪われつつあります。
 一昨年、昨年と二年連続で人口は減少しています。戦後初めて減少したのは〇五年で、〇六年に多少回復して、〇七年、〇八年と、二年連続して日本の人口は減っています。こういうところに、日本の社会が抱えている大きな問題が象徴的に示されていると思います。最近、サスティナビリティ(持続可能性)ということが強調されていますが、日本の社会はそれを失いつつあるということです。大変大きな問題です。

(3)社会的背景―壊れ行く社会

 三番目が社会的背景ですが、これは壊れ行く社会ということです。例えば秋葉原での無差別殺人事件の発生です。去年六月八日に起きた事件ですね。これは今日の『毎日新聞』の東京版です。「秋葉原一七人殺傷一年 時とともに募る喪失感」という記事が載っていて、大学生の息子を亡くされたお父さんの話が出ています。こういう事件が起きるということが、日本社会が崩れつつあること、壊れ始めていることを示しているのではないでしょうか。
 犯人の青年は「居場所がなかった、誰でもよかった」と言っています。他にも似たような事件が起こり、似たような発言がなされています。誰でもいいから殺して、自分も死にたいと思うような若者が一人や二人ではないというところに深刻な問題があると思います。
「死にたい」という人の犯罪、あるいは暴力行為などをやめさせるのは、とても難しいことです。死刑などは抑止力にならない。本人は死にたがっているのだから。自爆テロもそうです。命を捨ててかかってくるのですから。自爆テロを決意して爆弾かかえて飛び込んでくる人に、「止まれ、止まらないと撃つぞ」といっても、何の抑止力にもなりません。
 こういう無差別テロや無差別殺人を防ぐには、そのような思いを抱く人の心の中にまで踏み込んで、その原因を取り除かなければならないでしょう。「もう将来に対する希望はない。誰でもいいから殺して自分も死にたい」―そう思ってしまうような深い恨みや絶望を抱かせる社会は、やがて崩れていかざるをえないだろうと思います。
 このような絶望から生ずる殺傷事件を防ぐためには、その原因になるような思いを少しずつ解きほぐし、生きることのすばらしさを理解してもらわなければなりません。生きたい、人としての生をまっとうしたいとの思いを強めることです。そのために、何よりも必要なのは希望です。
 しかし現実には、このような希望を奪うような事例が次々に生まれてきています。去年から今年にかけて、例えば非正規、派遣労働者に対する首切りや「雇い止め」が数多く発生しました。これについて、『東京新聞』は「非正規失職二一万人」と書いています。去年の秋から今年にかけて、二一万六千人が仕事を失うだろうというのです。これらの人の多くは住居さえも追い出され、仕事も住む場所もなく路頭に迷わざるを得なくなっています。このような仕打ちを受け、なおかつ将来に向けて希望を抱き続けることができるのでしょうか。

(4)政治的背景―「構造改革」をめぐる亀裂の拡大

 四番目が政治的な背景です。小泉「構造改革」路線をめぐる亀裂の拡大ですが、これは一番わかりやすいと思います。小泉首相が退場した後、〇七年の参議院選挙で自民党は惨敗しました。その後、安倍首相が退陣し、続いて福田首相も辞任したことはご承知の通りです。政治的混乱が続いていますが、その背景には小泉路線の「負の遺産」とその継承をめぐる自民党内の亀裂があると言ってよいでしょう。
 福田首相は、自民党の「表紙」を変えて選挙に打って出れば勝てるだろうということで身を引いたわけです。ところが、後の総裁になった麻生さんは選挙をやらない。どんどん支持率が下がってきています。解散のタイミングを逸したということでしょう。これでは、福田さんは席を譲った甲斐がない。なんで自分は辞めたんだろう、辞めなければよかったと思っているかもしれません。
このように政権運営が難しくなってきていますが、それは小泉「構造改革」によって自民党の社会的支持基盤がぶっ壊されてしまったからです。典型的なのは地方で、〇七年参議院選挙で選挙区での自民党大敗という形で現れました。最近になって麻生内閣の支持率は一時的に上昇しましたが、たぶんまた下がるでしょう。
 ここで問題になっているのは、小泉さんの「構造改革」路線を受け継ぐか、修正するかということです。麻生さんは五月二七日の党首討論でも、「政府は小さくすればいいというだけではないのではないか」と言っています。つまり、小さな政府論からの転換ということですが、小泉路線からの転換という点ではハッキリしません。
昨年の総裁選でも、小泉路線をめぐる自民党内での対立が存在していました。「上げ潮派」というような形で、小泉路線継承派の勢力が小池さんなどを担いだわけですが、支持を拡大することができませんでした。
 数日前、中川秀直自民党元幹事長のグループが十人くらい集まったそうですが、大変厳しい状況になってきているようです。構造改革に大きな問題があったということを、自民党内でも認める人が増えてきています。国民に評判の良くないこの路線を継承するということは、だんだん言えなくなってきているということだと思います。

Ⅱ 政官財などにおける変化の継続

(1)与党と政府―総選挙を前に経済と雇用の危機に対して最も敏感に反応

 さて、それでは、もう少し細かく政・官・財などにおける変化について見てみることにしましょう。ここで言う「政」とは、政治家や政党、政府、あるいは関連する政策形成機関。「官」は官僚ですから厚生労働省。「財」は財界、日本経団連などの経済団体のことです。
 
①自民党政治家の言動

 まず、与党と政府です。総選挙を前にしていますから、経済と雇用の危機に対して政治家は最も敏感に反応しています。選挙を目当てに政策や対応を変えることは、決して悪いことではありません。民意に添う形で、それまでの行動を変えていくというのは民主主義本来のあり方でして、これがなかったら民主主義の力は生まれてきません。民意に従った政治運営を心がけるということでは自民党の政治家も例外ではなく、小泉路線の問題点が明らかになるに従って言動が変わってくるのは当然です。
 去年の一二月に『毎日新聞』の記事を目にしたときのことです。森元首相までがこんなことを言うようになったんだと、私は感慨深く読みました。森さんという人は、なかなか面白い人で、世論に対して敏感、サービス精神が旺盛、言っちゃならないことも平気で言うという“愛すべきキャラクター”ですが、こう言っています。
「このごろ、しみじみ思うんだよ。市場原理の経済は良かったのかと。アメリカ式じゃなく、まろやか、おだやかな世界をつくらないと、東洋的な世界をね。負け組にも入れない国民を生み出す政治はどうにか直さなきゃいかん。そのために政治のかたちを変えなきゃいかんと考えているんだよ」(「特集ワイド」『毎日新聞』二〇〇八年一二月二四日付夕刊)と。なかなかいいことを言っています。
 今年に入って、一月の麻生さんの施政方針演説が行われました。このとき、麻生さんは「『官から民へ』といったスローガンや、『大きな政府か小さな政府か』といった発想だけでは、あるべき姿は見えない」と演説しています。この頃から、こういうことを言っていたわけです。
 もっとはっきりしているのは、自民党参議院議員会長の尾辻秀久さんです。一月三〇日の代表質問で「その責任は重く、私は経済財政諮問会議と規制改革会議を廃止すべきと考えますが、総理はどのような総括をしておられるのか、お尋ねをいたします」と迫りました。私は拙著の中で、規制改革会議は廃止するべきだと書きましたが、経済財政諮問会議まで廃止すべきだとは書いていません。尾辻さんに乗り越えられてしまいました。彼のほうがずっと過激です。
 二月五日には、民主党の筒井信隆議員の質問に麻生首相が答弁をして話題になりました。「小泉首相の下で賛成ではなかったんで、私の場合は。たった一つだけ言わせてください。みんな勘違いしているが(総務相だったが)郵政民営化担当相ではなかったんです」と言ったんです。
 これに対して小泉さんが、「最近の首相の発言には怒るというより笑っちゃうくらい、ただただあきれているところだ」と二月一二日に反論しました。しかし、その小泉さんにしても、後継者指名をしたために「ただただあきれ」られているわけです。息子を自分の後釜に据えようなんてね。「自民党をぶっ壊す」などと言っていましたが、自民党の最も古いやり方を踏襲しているわけですから、あきれられても当然でしょう。
 このような発言が、昨年から今年にかけて次々と出てきています。それだけ小泉路線との乖離が進んだ、あるいは、なんとか自分は違うんだということを示す必要性が生じてきたということです。その底流には、小泉路線が世論によって見離されてしまったということがあるように思われます。

②自由民主党の雇用・生活調査会(長勢甚遠会長)の動き

 次に注目したいのは、自民党のなかの雇用・生活調査会です。これが発足したのは二〇〇六年一二月で、〇六年転換説の一つの根拠でもありますが、会長が長勢甚遠さんで、事務局長が後藤田正純さんです。
〇八年にも、八月に「安心実現のための緊急総合対策」、一〇月に「生活対策」、一二月に「生活防衛のための緊急対策」を出し、今年の三月には「さらなる緊急雇用対策について-雇用・生活調査会中間とりまとめ」を発表するなど、次々と提言を出しています。これらの提言のなかで注目されるのは、「緊急人材育成・就職支援基金(仮称)」というものです。
これは、三月一九日の与党新雇用対策に関するプロジェクトチームによって採用されました。四月一〇日の「経済危機対策」に関する政府与党会議、経済対策閣僚会議合同会議の対策でも採用されていますが、これがいわゆる「トランポリン制度」です。
 EU型の失業給付を伴った職業訓練で、月に一五万円位を給付するというものです。職業訓練を受けさせて、就職すれば返さなくていいという制度です。こういう、就業支援を含みにした職業訓練と組み合わせた生活支援が、自民党の雇用・生活調査会から出てきています。この制度は、〇九年補正予算案に組み込まれました。自民党の調査会であっても、雇用の悪化に対しては、それなりの対応をせざるを得なくなっているということです。

③経済財政諮問会議の変質と地盤沈下

 三番目が、経済財政諮問会議の変質と地盤沈下です。昨年に出された「骨太の方針二〇〇八」では、「構造改革」や「民間開放」「労働市場改革」という言葉が姿を消しました。詳しくは『賃金と社会保障』(第一四七二号、二〇〇八年八月下旬号)に載った私の論考「労  働の規制緩和の現段階―『骨太の方針二〇〇八』の意味するもの」をごらんになっていただきたいと思います。
 麻生内閣発足とともに、九月に経済財政諮問会議が改組され、民間議員が入れ替わりました。首相を含めて全部で一一人。議長は経済財政担当大臣です。一一人のうち、民間議員は四人で少数ですが、経済財政担当の大臣と首相がくっつけば六人になり、一一分の六で過半数を制することができます。かつては、四人の民間議員と経済財政担当大臣の竹中平蔵さん、そして首相の小泉さん、この六人がタッグを組む形で事前に相談し、経済財政諮問会議の論議をリードしました。事前の相談で一致した内容については、どんどん具体化が図られたわけです。
さて、九月に交代した四人のうち、特に注目されるのが御手洗さんと八代さんです。御手洗冨士夫さんは日本経団連の会長。八代尚宏さんは“ミスター規制緩和”というか、労働の規制緩和にむけて旗を振り、ホワイトカラー・エグゼンプションの導入問題では批判の矢面に立たされた方です。この二人が姿を消したわけです。そして新たに四人が入りました。ここで注目されるのが、張富士夫トヨタ自動車会長と吉川洋東大教授です。なぜ注目するのかといいますと、その後作られた「安心社会実現会議」にもこの二人が入っているからです。これについては、後ほどふれます。
 経済財政諮問会議に八代さんが入ってすぐに作ったのが、「労働市場改革専門調査会」です。八代さんが会長になりました。発足は〇六年一一月です。ところが、翌年四月に出た第一次報告を、みんな見てびっくりしたわけです。八代さんにしては非常にまともな内容の報告が出てきたからです。
 どういうものかというと、「働き方を変える、日本を変える―《ワークライフバランス憲章》の策定」という報告で、労働と生活のバランスをとる、そのためには働き方を変えなければならないという提言をしています。数値目標を掲げて、それまでの働き方を見直そうというわけで、いわば規制改革会議と逆のやり方をめざしていました。結局、このワークライフバランスについては〇七年一二月に憲章が制定され、行動計画も作られることになります。
このようなことから、八代尚宏「改心」説というものが出てきます。雑誌『世界』に、濱口桂一郎さんがそう書きましたけれども、「改心」したのか、状況をみて言い方を変えたのか、よく分かりません。ともかく、それまでとはだいぶ言い方が変わったことは確かです。
 こういう形で、労働市場改革専門調査会が〇七年九月に第二次報告「外国人労働に関わる制度改革について」、〇八年二月に第三次報告「七〇歳現役社会の実現に向けて」、九月に第四次報告「正規・非正規の『壁』の克服について」という報告を出し、去年九月一七日の第二四回会合で終了しました。これは経済財政諮問会議が改組されて八代さんがいなくなるということと重なっているわけです。
 これらの報告の内容は、必ずしも労働の規制緩和という方向ではありません。詳しくはそれぞれの内容を見ていただきたいと思います。八代さんは、もともと考えていたことと違ったことをやったのか、あるいは状況の変化に合わせて変身したのか、よく分からないのですが、ここは大変興味のあるところでして、どなたか研究されたらよいのではないかと思います。

財政政策の「大政奉還」

 このようなこともあって、経済財政諮問会議はどんどん力を弱めてきています。最近の象徴的な例は、与謝野馨さんが財務・金融・経済財政担当という三つの大臣を兼務することになったことです。これは、たまたま中川昭一財務・金融担当相が正体を失って記者会見し、「酩酊会見」だとして問題になって辞めざるをえなくなったからです。その結果、中川さんがやっていた財務・金融担当相が経済財政担当相の与謝野さんに任されることになりました。
これは大変なことなんです。大体、なぜ経済財政諮問会議ができたかというと、「骨太の方針」を六月に出すためです。なぜ六月に出すのかというと、この頃に予算編成の骨格が決まるからです。この予算編成の大枠を、財務省ではなく経済財政諮問会議が決めるというところにポイントがありました。つまり、財務省がもっていた予算編成権限を、経済財政諮問会議を使って首相官邸が奪い取るところに、経済財政諮問会議を設置した意味があったのです。
 したがって、財務省と経済財政諮問会議は、本来、対立する関係にありました。ところが、経済財政担当相と財務大臣が同じ人になってしまいました。一人の中で喧嘩するわけにはいかないでしょう。実際には、財務省の権限が復活したということになります。つまり、経済財政諮問会議と財務省の対立関係が解消し、昔の形にもどったのです。経済財政諮問会議による予算編成権の財務省への奉還です。「大政奉還」が成ったということです。

④規制改革会議の孤立感の深まり―厚労省との攻防 

 経済財政諮問会議の〇九年第一二回会議の議事録を読んで、驚きました。「規制・制度改革」と書いてある。昔は「規制改革」と書いていたんです。甘利臨時議員提出資料「規制改革の推進について」、草刈規制改革会議議長提出資料「規制改革の重点取組課題」などでは、まだ「規制改革」となっています。ところが、経済財政諮問会議では「規制・制度改革」と言い換えられています。つまり、改革というのは制度改革であって、必ずしも規制を緩和するということではありませんよ、ということです。「制度改革」という言葉を入れたということは、規制を強化する制度改革もあるよ、という意味でしょう。規制緩和一辺倒という方向性に対する修正が、こういう形で徐々に進められているということではないでしょうか。
 こういうなかで、規制改革会議の孤立化が深まっていきます。厚労省との攻防が典型的です。〇七年一二月と〇八年一二月に、同じような攻防が展開されました。〇七年の第二次答申についての攻防については拙著でも書きましたが、〇八年の第三次答申は拙著が出た後のことです。このいずれに対しても厚労省が強く批判する見解を公表するということが、二年連続で続きました。大変、異例な事態だと言ってよいでしょう。
 〇八年一二月二二日に出された第三次答申では、規制改革会議は一面譲歩し、他面ではやはり頑張っています。一方で、「環境変化を意識した労働者保護政策が必要」だということを認めながらも、他方で「真の労働者保護は、規制の強化により達成されるものではない」と“意地”を示しているわけです。これに対して厚生労働省は、わずか四日後の二六日に批判を加えました。「当省の基本的な考え方と見解を異にする部分が少なくありません」と。あたかも厚生労働省が手ぐすねを引いていて、規制改革会議が答申を出すと、「待っていました」とばかりに批判するという形になっています。

⑤安心社会実現会議の発足―経済財政諮問会議との重なりと奪権

 こういうなかで、先にもちょっとふれた「安心社会実現会議」が、四月一三日に突如として登場します。経済財政諮問会議があるのに、なぜこういう会議を作ったのでしょうか。規制改革会議や経済財政諮問会議の影をうすめるというか、そちらを廃止せずに、だんだんと機能を弱めるために別の会議を作ったということではないでしょうか。この会議と経済財政諮問会議は一部重なっており、その権限が奪われる形になっているからです。
 構成員で注目されるのは、高木連合会長が入っていることです。経済財政諮問会議には労働組合関係の代表は入っておりません。しかし、こちらには労働界から一人入りました。
 それから、張富士夫さんと吉川洋さんは、経済財政諮問会議と重なっています。これは先ほど指摘したとおりです。宮本太郎北大教授も加わっています。宮本さんはヨーロッパ、北欧の社会保障の専門家ですから、社会保障関係について提言する十分な資格があると思いますが、宮本さんを入れたのは渡辺恒雄読売新聞グループ会長のお声がかりだったそうです。他にも薬害肝炎全国原告団代表の山口美智子さんも入っています。
 こういうメンバーで出発しています。そういう点では構成員が経済財政諮問会議とは違って、反対勢力といいますか、必ずしも政府側ではない人も入っているということです。これらの人も含めて、社会保障関係の政策や雇用とか労働、働き方の問題も含めて、幅広く議論するという形になっています。

支配層の危機意識も反映

 四月二八日に開かれた第二回会議では、「経済財政諮問会議の安心実現集中審議について」という議題が掲げられ、経済財政諮問会議の資料が配布されています。つまり経済財政諮問会議で議論したことが安心社会実現会議で報告され、そこで審議されて経済財政諮問会議に下ろされています。ということは、経済財政諮問会議よりも安心社会実現会議のほうが位置づけは上だということになるでしょう。
 五月一五日の第三回会議では厚労省分割案が提案されましたが、同時に「これまでの議論を踏まえた論点の整理(案)」が示されています。ここには、大変、注目すべき内容がちりばめられていました。構造改革については、「この間の一連の『構造改革』は日本にとっ  て必要な改革だったが、同時に『構造改革』は日本型安心社会を支えてきた様々な前提にも大きな変化をもたらした」として、「雇用の流動化、雇用形態の多様化(非正規労働者の増大、雇用の由安定化)」や「格差・貧困問題の顕在化とそれによって醸成される社会の不公平感・不公正感の拡大」などを挙げています。
 それから「社会の不安定化」という部分では、「日本社会の一体性の揺らぎ―『社会統合の危機』」という表現が現れ、「社会の様々な面で『格差』『分裂』『排除』が拡大していく兆候(『競争』の負の側面)」や「階層の固定化・世襲化の進行、スタートラインの平等の喪失、『希望格差』」なども指摘されています。「社会統合の危機」というあたりには、さすがに支配層の危機意識が反映されているという感じがします。
 それから「雇用を軸とした安心保障―の実現」は、連合の言っていることとほとんど同じような言い方です。野党が書いているのと同じような文章が、ここには散見されると言っても良いでしょう。大きな変化だと思います。

(2)厚生労働省―両義的な対応によるジグザグのプロセス

 次に、厚生労働省の変化です。変化といっても、正確には両義的な対応によるジグザグのプロセスといった方がよいかもしれません。両義的という点がポイントです。だいたい官僚というのは、もともと両義性を持っています。
いろいろな社会的な問題が起きます。たとえば派遣切りというようなことがあって、年越し派遣村などもできて混乱が生じると、困ったな、とまず官僚は思うわけです。しかし次に、これで予算が増える、人員も増える、縄張りも拡大する、とも思うわけです。だから、問題が発生したときには、まずそれに対応しなければならない、行政実務が増えるということで、ちょっと困ったと感じるでしょうが、同時に省益の拡大や縄張りの増大という官僚の本能に基づいた発想もあるということです。だから常に二重の思考を持つわけです。今度の補正予算にしても、一五兆四千億円のうち一兆七千億円くらいの雇用関係予算がありますが、なかには、こういう形でブチこまれている予算もあるだろうと思います。
 厚労省は、この間、〇八年二月の「日雇派遣指針」公布、九月の「いわゆる『二〇〇九年問題』への対応について」(職業安定局長名の通達)、一二月の「経済情勢の悪化を踏まえた適切な行政運営について」(大臣官房地方課長・労働基準局長の連名の通達)などを出し、一二月には全国五六か所の公共職業安定所に年末緊急職業相談窓口を開設したり、全国四七か所の労働基準監督署に年末緊急労働条件相談窓口を開設したりするなど、労働・雇用問題に対してそれなりに対応してきたと思います。しかし、同時に問題もあります。まさにジグザグで、両義性を示しています。なかでも問題になったのは、二〇〇八年九月九日の「多店舗展開する小売業、飲食業の店舗における管理監督者の範囲の適正化について」という労働基準局長名の通達です。これは名ばかり管理職、名ばかり店長の定義を明確にするようにということで出した通達ですが、かえって名ばかり店長を認める形になってしまうとの批判を受けました。
 厚労省としては、問題に対応しようとしていることは認められますが、常に両義性を持った対応になっている。これを、どういう方向にもっていくかは、世論と運動の力によるだろうと思います。また、上の方に自民党や公明党という与党がいますと、下からの突き上げにも十分対応できない。そういう政治的な力関係を変えるということも非常に大きな意味があるのではないかと思います。

(3)財界など―問題は自覚しているが解決を示せない

①経済同友会による提言

 財界も、今の状況を必ずしも良いというふうに考えているわけではありません。問題は自覚しているけれども、解決策を示せないということだと思います。経済同友会は「サービス産業の生産性を高める三つの改革-『規制“デザイン”改革』『働き方の改革』、そして『真の開国』を」などという文書を出していますが(二〇〇九年四月九日)、ここで「規制“デザイン”改革」とあるように、規制をなくせとは言えなくなっています。「規制のあり方が問題だ」という言い方です。規制が必要な場合を認めていて、その場合には原則として、禁止規制や参入制限タイプではなく、行為規制や罰則の厳格化によってやるべきだというような言い方に変わってきています。一種の譲歩ですね。
 今年の四月二一日の意見書「経済危機下における雇用と生活の安心確保-まずは不安の払拭に全力を(第一次意見書)」では、「雇用と生活の安心確保」ということを言い出しています。また、四月に出された「今こそ企業家精神あふれる経営の実践を-『三面鏡経営』と『五つのジャパン・ニューディール』の推進による『未来価値創造型CSR』の展開」という文書の中では、「三面鏡経営」ということで、資本市場=株主、従業員=雇用、社会、という三つの価値に焦点を当て、株主と従業員を同等に捉えています。これもやはり従来の株主主権、あるいは株主を重視するという市場原理主義的な考え方を多少修正しているといえます。
 しかし、もう一つの面として、現実の対応ではなかなか変わらないということ、経営者の個人的見解をまとめたものにすぎないということも言っておかなければなりません。そうであるとしても、規制緩和一辺倒でなくなってきていることは明らかです。
 
②日本経団連の文書

 日本経団連も、今年二月九日の文書「日本版ニューディールの推進を求める-雇用の安定・創出と成長力強化につながる国家的プロジェクトの実施」で「雇用の安定・創出と成長力強化」を副題としていますし、「雇用の安定は企業の社会的責任であることを十分認識し」「緊急避難的には、企業としても離職者等に対する住居提供などの生活支援に最大限の努力をしていく必要もある」などということも言っています。
 こういう文書をプラカードに掲げて経団連会館にデモをする、ということをやったらいいんじゃないでしょうか。「あなたたち、こう言っているじゃありませんか、どうしてやらないんですか」と。「自分たちが文書として出していることを実践しろ」と、労働組合や反貧困運動団体などが突きつけていくことが必要でしょう。
 「雇用のセーフティネット強化を官民一体となって実現することが求められる」とか「雇用調整助成金制度のさらなる拡充」などということも書かれています。これは、自分たちに対する助成を増やしてくれということでもあるわけです。また、「職業訓練の受講を条件に、一般財源を活用して生活保障のために暫定的に給付の仕組みを速やかに検討すべき」という文章もあります。これはさっき言ったトランポリン制度です。このような制度が今度の補正予算に入ったのは、自民党や日本経団連などの意見が一致したためです。
 
③在日米国商工会議所による提案

 もう一つは、在日米国商工会議所(American Chamber of Commerce in Japan (ACCJ))による提案です。これは一九四七年から日本で活動するアメリカ系企業のトップが集まって作られた団体で、日本の政治に対する圧力活動を展開しています。ここが労働の規制緩和についても、提言や要求を出してきました。
最近も、「確定拠出年金制度の改善を」(〇九年六月まで有効)、「審議会への参加機会の大幅な増大を通じた透明性の高い立法過程への到達」(〇九年一二月まで有効)、「コーポレートガバナンスを強化し、日本の公開市場の信頼性を高めるために、株主による議決権行使へのアクセスと情報開示の改善を提言」(一〇月二日まで有効)などを出しています。
これらは「確定拠出年金をもっとやりやすいようにしろ」とか、「審議会への参加機会を大幅に増やして欲しい」などという要求です。在日米国商工会議所などにも政策形成に対して公的な参加の機会を与えてほしいと求めているわけです。この他にもいろいろ提言や要求が出されていますが、在日米国商工会議所のホームページに出ていますのでご覧になって下さい。

(4)官邸に対する自民党の復権

政労使合意と厚労省分割案

 最後に、その他の問題です。三月二三日に「雇用安定・創出の実現に向けた政労使合意」が結ばれました。今の雇用悪化のもとで、政府はどうする、財界・経営者団体はどうする、労働組合はどうする、といったことをお互いに確認し、合意した内容を文書にしたものです。
 財界も今の雇用悪化に対して対応しなければならないと譲歩を迫られた結果、こういう合意に至ったものだと理解していいと思います。「雇用安定・創出の実現に向けた五つの取組み」ということで、五点出されています。ここには就職困難者の訓練期間中の生活の安定確保も入っています。
 もう一つは、厚労省分割論の経緯です。二つの点で興味深い。一つは、五月一五日の安心社会実現会議で提言され、一九日の経済財政諮問会議で首相が検討を指示し、五月二六日に素案が公表されるという経過をたどったことです。つまり、安心社会実現会議から始まって経済財政諮問会議で指示が出されているということで、ある種の上下関係をここからも伺うことができます。
 ところが、このレジュメを作って、さあ送ろうと思ったときに新聞を見ましたら、麻生さんが「最初からこだわっていない」なんて言い出して、白紙に戻したそうです。本当にあの人は一貫していないと思います。しかし、コロコロ変わるということでは一貫しているということですね(笑)。
 麻生さんはいい案だと思ったのでしょうが、自民党の族議員などが反対したために曖昧にしてしまったわけです。小泉さんだったら「自民党は抵抗勢力だ」と言って、首相のリーダーシップを際立たせるところですが、麻生さんは逆です。抵抗にあって逃げた。しょうがないから、与謝野さんが「私の言い方が悪かった」とフォローしました。結局、こういうジグザグとなって、小泉さんとは逆にリーダーシップのなさを際立たせてしまったという経過です。官邸と自民党との関係でいうと、自民党の復権です。

「懺悔の値打ちもない」

 それからもう一つ言いたかったのは、中谷巌さんについてです。その著書『資本主義はなぜ自壊したのか』が評判になっていますが、その中で中谷さんは、「本書は自戒の念を込めて書かれた『懺悔の書』でもある」と書かれています。しかし、私に言わせれば、「懺悔の値打ちもない」(北原ミレイ)。熊沢先生の『働き者たち泣き笑顔』の真似をして、歌の題名を使わせていただきました(笑)。もちろん、反省することは悪いことではありません。猿だって反省しますから。
 けれども、この人はいわば“戦犯”です。小渕内閣の経済戦略会議議長代理として規制緩和の旗を振って、どんどん民営化を進めてきた張本人です。大店法の問題についてもタクシー増車の問題についても責任を負うべき人です。
 タクシーが増えすぎて交通事故で死んだ運転手がいたかもしれません。非正規で生活できなくなった人も、経営が成り立たなくなって首をつった商店主だっていたでしょう。九八年から一一年連続三万人以上の自殺者の中には、こういう人たちがたくさんいたはずです。規制緩和のために希望を失い、自ら命を絶たなければならなくなった人たちが。
それに対して中谷さん、あなたは責任がないんですかと、私は問いたい。今頃になって懺悔の書なんか出されても、こういう人たちは生き返るのかと。真面目な研究者であるなら、せめて筆を折る、発言を控えるぐらいのことはやるべきじゃないかと思います。規制緩和の旗を振って儲け、懺悔の書を出してまた大儲けをする。許せません。
 学者としての誠実さの問題です。あの本にしても、自分はなぜ間違ったのかという自己分析的な解明なり反省はありません。これについては、『Voice』〇九年六月号の「経済常識の嘘を斬る!」でも、かなり批判されています。ご覧いただければと思います。

10月6日(火) 新政権への注文と社民党への期待―「生活が第一」「生活再建」を貫いて欲しい [論攷]

〔以下の論攷は、『月刊 社会民主』10月号に掲載されたものです。〕

新政権への注文と社民党への期待―「生活が第一」「生活再建」を貫いて欲しい

 歴史的な総選挙の結果、政権交代が実現して鳩山新政権が発足することになった。この新政権に社民党と国民新党も加わり、民主・社民・国民新三党の連立政権が樹立される。
 新政権の発足にあたって、これからの政治運営に対する期待と注文を述べたい。あわせて、社民党が果たすべき役割についても、私見を明らかにすることにしよう。

何も遠慮することはない

 今回の総選挙で、民主党は308議席を獲得し、単独の政党としては過去最大の獲得議席となった。衆院で圧倒的な力を得た民主党が、なぜ社民党・国民新党との連立を望んだのだろうか。
 それは第一に、参院での議席は統一会派を組む国民新党や新党日本と合わせても118議席となり、定数242(欠員2)の過半数に届かないからである。法案を成立させるためには、どうしても社民党の5議席が必要になる。
 第二に、衆院の議席が3分の2にあたる320議席を下回っているからである。法案が参院で否決された場合、自公政権が行ってきたような再議決によって成立を図るという強硬手段をとることはできず、参院での成立が必要になる。
 第三に、「弱い地方組織を強化するため、社民、国民新両党の支持基盤を取り込みたいとの思惑も指摘されている」(『日本経済新聞』2009年9月9日付)という。民主党の足腰の弱さを、労働組合などに支えられている社民党、郵政政策研究会などの支持基盤を持つ国民新党によって補おうというわけである。
 この結果、連立政権となったわけだが、衆院でいえば7議席の社民党は民主党の2.3%、3議席の国民新党は1%にすぎない。「埋没」するのではないかとの危惧もある。しかし、この比率は小選挙区比例代表並立制という選挙制度による虚構(フィクション)にすぎない。国民による支持の現実(リアル)は別の姿を示している。
 今回の総選挙の比例代表区での得票率は、民主党が42.3%で社民党が4.3%、国民新党は1.7%である。もし、完全な比例代表制であったなら民主党は206議席、社民党は20議席、国民新党は8議席だった(『東京新聞』2009年9月9日付)。民主党の議席との比率は社民党が9.7%、国民新党は3.9%で、両方あわせれば1割以上になる。自公連立政権内での自民党に対する公明党の比率よりも多い。
 これが本当の民意なのだ。実際には1割以上の重みを持って、社民党と国民新党は新政権に加わっている。したがって、何も遠慮することはない。連立協議で主張を貫いたように、それだけの発言権を行使すれば良いのである。

雇用と生活の再建による内需志向型経済を

 新政権の課題は、何よりもまず、雇用と生活の再建による内需志向型成長戦略を明らかにすることである。昨年の「リーマン・ショック」以降、100年に1度とも言われる金融・経済危機が世界を襲った。日本も例外ではなく、未曾有の危機によって雇用と生活が破壊された。これを再建し、新たな成長軌道を設定するための経済戦略が示されなければならない。
 その際、重要なことは、これまでの失敗の原因を明らかにし、それとは異なった路線をめざすことである。その原因とは、多国籍企業や大企業を中心とした経済成長路線をとり続けてきたこと、新自由主義的な構造改革による規制緩和や民営化を推進してきたこと、北米市場への自動車の集中的な輸出など、政治・軍事のみならず経済的にも、アメリカに依存しすぎたことなどである。
 それとは異なった路線とは、まず、中小企業や地方・農村を豊かにし、国民の可処分所得を増やすことによって堅調な内需を生み出すことである。また、小泉構造改革による規制緩和路線を明確に転換し、貧困と格差の拡大を是正する必要がある。さらに、政治・軍事・経済的な対米依存を改め、アメリカとの対等な関係を築くとともに、急成長しつつある中国などアジアや中南米の新興国との関係を強化しなければならない。
 安定した内需に支えられるためには、雇用、賃金、労働時間という3つの面で画期的な改善を図る必要がある。まず、早急に労働者派遣法の抜本的改正を行い、非正規労働者の待遇改善に取り組むべきだ。新規雇用の拡大、雇用契約の中途解約や雇い止めの防止、雇用保険の適用拡大と増額なども実現してもらいたい。
 生活できる賃金を保障するとともに、最低賃金を1000円まで引き上げることが必要だ。公共事業の受注者に一定額以上の賃金支払いを義務付ける公契約条例の制定も有益だろう。労働時間については、ワーク・ライフ・バランス憲章や行動計画の実施に本格的に取り組んでほしい。サービス残業の一掃と連続休息11時間の保障、夏の長期バカンスや年休取得率100%の実現、労基法36条の改正による残業時間の制限にも着手しなければならない。
 このほか、ILO条約の批准、ハローワーク職員や労働基準監督官の増員などに取り組み、国鉄労働者1047人の解雇問題を政府の責任で解決することも必要である。労働・社会関係の制度や法を全面的に改正する「労働・生活国会」を開催し、労働者保護法や社会保障基本法などを制定してもらいたい。
 働くうえでの不安がなく、使えるお金が増え、趣味やスポーツ、レジャーなどに時間を割くことができて初めて、内需は大きく拡大する。このような働き方の実現は、直接的短期的には労働者の利益になるが、間接的長期的には企業のためにもなり、ひいては日本経済を活性化させるにちがいない。希望を持って働き生活することができるような安定した豊かな社会こそ、日本経済回復のための基盤だということを忘れないようにしてほしい。

スタートダッシュ良く、合意した政策の実現を

 民主党は総選挙期間中、「国民の生活が第一」をスローガンに、こども手当、農家への戸別所得補償、最低保障年金、高校授業料無料化、中小企業の法人税率引き下げ、後期高齢者医療制度廃止などの政策を掲げた。これらについての国民の評価は様々であり、連立与党の間でも一致していないものがある。
 今後の新政権の政策については、第一に、国民の支持が得られ、連立政党で合意された10項目を最優先にするべきである。比例代表区定数の80削減など一致できないものについては実行すべきではなく、高速道路無料化など反対や懸念の多い政策についても実現を急ぐべきではない。
 なお、連立合意で、「沖縄県民の負担軽減の観点から、日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」ことが明記されたことを評価したい。かつて、細川連立政権の発足に当たって社会党は前政権基本政策の継承を呑まされたが、今回、社民党は政策の転換を呑ませた。これから新政権が向き合って説得すべきは、沖縄県民ではなくアメリカ政府となろう。
 第二に、新政権にとってはスタート・ダッシュが重要であり、できるだけ早く具体的な成果を上げる必要がある。そのためには、年金関連の秘匿情報や核密約関連の情報の開示など情報の公開、日本郵政の西川社長の解任、生活保護母子加算制度の復活など法改正の必要がなく大臣告示で可能な施策などから取りかかるべきである。
 第三に、民主党の政策は、天下り団体や業界団体を通じた自民党による間接的支援ではなく、家計に対する直接的な支援という性格が強い。これに対しては「バラマキ」などという批判もあるが、生活再建のための「バラマキ」に何の問題があるというのか。このような批判にたじろいで家計を支援するための所得の再分配をためらってはならない。
 そして第四に、これらの再分配にあたっての財源問題については、きちんとした方向性を示すべきである。優先順位の変更やムダの排除、「霞が関埋蔵金」の活用などによっても、なお財源が不足するのではないかというのが多くの国民が抱いている不安であり、それゆえに再分配政策への懸念が生じている。
 当面財源は不足しなくても、将来的には不安が残る。もし財源が不足した場合、選択肢は2つしかない。貧しい人からも取るのか、豊かな人からだけ取るのか。前者は、たとえば消費税の税率アップであり、後者は、たとえば累進課税の強化による富裕層への増税である。新政権は、前者ではなく後者を選択することを明示しなければならない。少なくとも社民党は、消費税率の引き上げではなく累進課税の強化を主張するべきであろう。

社民党への期待

 社民党には、連立政権の「ハンドル・アクセル・ブレーキ」の3役を果たしてもらいたい。国民のためになる政策の方向に政権を誘導し、その実現を図り、問題のある政策の実現を阻むということである。
 この点では、過去の連立政権における教訓を学ぶ必要があろう。少なくとも、自民党を喜ばせるようなことをやってはならない。魯迅の言うように、「打落水狗」(水に落ちた犬は打て)である。自民党の復権に手を貸すことになったという痛恨の過去を繰り返すことは、厳に避けてもらいたい。
 また、アメリカ政府や財界を批判する場合にも、その全体を敵に回すことのないように留意しなければならない。「敵」の内部矛盾をついて分断し、味方の戦線を拡大するのは「兵法」の基本である。
 さらに、社民党は労働組合との関わりが深く、その代弁者としての役割が期待されるのは当然だが、しかし、労働組合だけに顔を向けてはならない。「労組族」として既得権益の擁護に走ることなく、国民の幅広い層を味方につけるよう心がけて欲しい。
 政治は、「可能性の技術」である。原則を貫きつつ柔軟に対応し、少しでもよりよい未来を求めて政策実現の可能性を探るという熟達した技術が求められる。社民党には、連立政権内における“政治の職人”としての技(わざ)を期待したい。

10月5日(月) 戦後労働運動の第3 の高揚期を生み出す新たな条件が生まれている [論攷]

〔以下の論攷は、「企業別労働組合の現在と未来」を特集した『日本労働研究雑誌』10月号の「巻頭提言」として掲載されたものです。〕

戦後労働運動の第3 の高揚期を生み出す新たな条件が生まれている

 新しい波の予感がする。政治と社会の枠組みが変わりはじめるのではないかとの予感である。労働運動もまた, 変革の波を免れないであろう。その波は, 終戦直後と50 年代の「高野総評」時代に次ぐ, 戦後第3 の高揚期を迎える可能性と条件をもたらすかもしれない。
 これまでにない新たな可能性の第1 は, 年末から年初にかけて注目された「年越し派遣村」の運動である。これは, 社会の底辺に秘匿されてきた貧困を可視化し, 労働と生活を結ぶ新たな運動の可能性を開いた。
 第2 は, 派遣など非正規労働者の運動の拡大である。労働運動は民間大企業や公務員の男性正規労働者を主体としたこれまでの枠を超え, その周辺から外側へと運動の領域を拡大する様相を示している。
 第3 は, これらの非正規労働者の多くは, 既存の労働組合に加入したり, 新たに労働組合を結成したりしている。その結果, 従来の企業別労働組合とは趣を異にする個人加盟のユニオン運動が発展する兆しを見せている。
 その結果, 労働運動への注目と期待が高まった。労働組合の存在感が増し, 「暗い」「ダサイ」などと言われていたイメージが変容しつつある。労働組合とは無縁だった若者や女性の関心も高まっている。これまでになかったことであり, 労働運動はこのチャンスを逃してはならない。
 そのためには, 第1 に, 労働組合としての職域における活動を活性化させることである。不況に直面して企業別組合は萎縮し, 公務員バッシングによって公務員労働組合は守勢に回っている。雇用を守り賃金と労働条件を改善する点で, 本来的な役割を果たす必要があろう。
 第2 に, 職域にとどまらず労働と生活に関わる地域の多様な運動にとり組むことである。このような活動を通じて, 地域を基盤とする個人加盟のユニオン運動を先頭に, 企業別組合を含めた労働組合運動全体の刷新をめざさなければならない。
 第3 に, 生活問題を含めた幅広い社会問題の解決に向けて, 運動の幅を広げることである。NPOや社会運動団体, 弁護士や社会保険労務士などとも提携し, 社会的連帯のための活動に意識的に取り組むべきであろう。
 第4 に, 働く人々の3 割を越えるにいたった非正規労働者に対する働きかけを強めることである。ナショナルセンターを先頭に資金の援助と人員の派遣を行い, 非正規労働者の運動の発展と組織化を助けることは, 労働組合の代表性を拡大する点でも重要である。
 第5 に, これまで以上に国政に対する働きかけを強めることである。総選挙の結果, 政府と国会の構成が変化し, 政策制度要求実現に向けての条件が一挙に拡大する可能性がある。新たな労働法制の整備やILO 条約の批准など, この新局面を生かした取り組みが求められることになろう。
 加えて重要なことは, 労働運動に対するステレオタイプ化された固定的なイメージを打ち破ることである。あるシンポジウムで女性の労働組合幹部と同席したとき和服姿で現れた。意表をつかれる思いがしたが, 労働組合に対する型にはまったイメージを覆すうえで, このような試みこそ必要なものではないだろうか。
 これは小さな事例にすぎないかもしれない。しかし, どのような場合でも, 新しい経験は小さな一歩から始まるものであろう。その波紋を広げる努力を続ければ, やがては大波となって労働運動のあり方を一変させるにちがいない。


10月4日(日) 150億円を無駄にした石原知事は責任を取れ [文化・スポーツ]

 注目されていた2016年オリンピックの開催地が決まりました。ブラジルのリオデジャネイロでの開催です。
 初めての南米での開催です。オリンピックのマークで示されている5つの輪は5大陸を示していますが、リオでの開催によって、ようやく4つ目の輪がそろうことになります。

 東京での2回目の開催と南米での初めての開催を比べた場合、どちらの可能性が高いか、子どもでも分かることです。東京での開催が極めて難しいことは、初めから分かっていました。
 それでも、4年前に石原慎太郎と知事が開催地への立候補を表明したのは、別の目的があったからです。それは、東京でのオリンピック開催をエサに、都知事選での三選を確実にすることでした。
 その証拠に、石原さんは東京でのオリンピック開催を掲げて都知事選挙に立候補し、三選されたではありませんか。今回、2016年のオリンピック開催地として東京が選ばれなくても、当初の目的はすでに達成されていたのです。

 しかし、そのために、オリンピック招致費用として支出された150億円(東京都の発表。実際には400億円もかかったと言われている)が無駄になりました。最初から無理だと分かっていた招致活動に使われなければ、この税金を都民のために使うことができたはずです。
 都民の巨額の血税をドブに捨てたようなものです。石原都知事は、その責任を取るべきでしょう。
 今から3年以上も前の2006年8月30日付のブログ「三選のために五輪を利用しようとする石原都知事の陰謀」で、私は次のように書きました。このような「陰謀」が見破られていれば、これほどのお金が無駄になることはなかったでしょうに……。

8月30日(水) 三選のために五輪を利用しようとする石原都知事の陰謀

 2009年の五輪開催都市の決定を見届ける気持ちがあるかと問われ、石原都知事はこう答えたそうです。「言い出しっぺだから、その責任はある」と……。
 2016年夏季オリンピックの国内候補都市として、福岡ではなく東京に軍配が上がりました。その後の記者会見での席上のことです。
 「三期目で東京に招致か」との問いにも「そのつもりでいる」と答えています。都知事に三選され、オリンピック招致を見届けたいというわけです。

 2016年のオリンピックの東京招致には、賛否両論あります。このような議論では、一つの重要な事実が忘れられています。その8年前には北京でオリンピックが開かれるという事実です。

 夏のオリンピックは、たとえば1984年以降、以下のように開かれてきました。

 84年 ロサンゼルス(北米)
 88年 ソウル(アジア)
 92年 バルセロナ(欧州)
 96年 アトランタ(北米)
 00年 シドニー(オセアニア)
 04年 アテネ(欧州)

 そして、今後は、2年後の08年に北京(アジア)、その4年後の12年にロンドン(欧州)で開かれます。開催地の選定では、北米-アジア-欧州-北米-オセアニア-欧州-アジア-欧州と、それなりに大陸間のバランスが考慮されていることが分かります。
 とはいえ、欧州と北米が多く選ばれる傾向も否定できません。これは、近代的な都市の多さや開催能力という点で、やむを得ない面もありますが、できる限り、偏りを正す必要があるでしょう。
 5大陸が平等に参加するスポーツの祭典であることは、五輪という名称にも五つの輪を組み合わせたマークにも示されており、このような配慮は当然です。オリンピック開催のチャンスは、5つの大陸の諸都市に平等に与えられるべきです。

 開催地が特定の大陸に偏らないようにするということが、オリンピックの理念に最も相応しいあり方でしょう。関係者の全ては、このような理念を尊重しなければなりません。
 ということからすれば、アテネ(欧州)-北京(アジア)-ロンドン(欧州)と続いた後に、東京(アジア)という形での開催地の決定はあり得ず、また、そうあってはなりません。2016年の夏季五輪に日本が立候補することは、オリンピックの理念に反することであり、許されないというべきでしょう。
 2016年の開催地決定にあたっては、欧州とアジア以外から選出されなければならないと主張するのがあるべき姿です。日本から選出されている委員だからといって、東京を主張すれば、オリンピックの理念をどう考えているのかと批判されるにちがいありません。

 おそらく、2016年の夏季五輪の開催地としては、1996年以来開催のない北米、夏季冬季ともに開催実績のない南米とアフリカのいずれかからの立候補都市が選ばれる可能性が高いでしょう。特に、南米とアフリカでは未開催ですから、そこからの立候補があれば最有力になることは間違いありません。
 私が委員なら、東京ではなく、南米かアフリカで開きたいと考えるでしょう。五大陸の全てで開催されてはじめて、オリンピックは「世界の祭典」になるのですから……。
 このようなとき、東京が開催地として立候補することは、オリンピックの理念に反するばかりか、南米やアフリカでの開催の可能性を妨害することになります。東京の立候補は、オリンピックが「世界の祭典」になっていくことを阻害することを意味するわけです。

 自国の利益にだけ拘泥せず、世界全体のことを考えてオリンピックの発展を目指すのであるならば、2016年の開催地として、日本の都市はどこも立候補すべきではありません。立候補しても支持は得られず、東京への招致のために必要とされている55億円(うち、都の負担分は5億円)は、全く無駄になります。
 オリンピックのために必要な施設の建設や都市の整備など、総額で7兆円が必要だと推定されています。招致決定前に、このような支出がなされれれば、これらも無駄になるでしょう。
 都は、これらの資金を捻出するために、毎年1千億円、積み立てていく予定だそうです。それだけの金額があれば、もっと別の有用なものに支出できるでしょう。

 2016年のオリンピック開催地として東京が選ばれる可能性はなく、また、そうあってはなりません。それなのに候補地として立候補したのは、石原慎太郎都知事のごり押しがあったからです。
 五輪招致をエサに三選を確実にしようというのが、石原都知事の目論見です。都民の税金を使って選挙運動をやろうというような、とんでもない陰謀を許してはなりません。

10月3日(土) キャバクラなどでの遊行費を「政治活動費」とすることは許されない [スキャンダル]

 民主党には、やはりこのような弱点があったのですね。誠に、残念なことです。

 毎日新聞の調査で、閣僚や民主党の主要幹部ら5議員の政治団体が、キャバクラやクラブでの遊行費を「政治活動費」として計上していたことが判明しました。過去5年分の報告書を調査した結果、支出先の会社名に「クラブ」「キャバクラ」「ラウンジ」「ニューハーフショーパブ」など風営法2条2号で定められた店への支払いがあることを、江田五月参院議長、川端達夫文部科学相、直嶋正行経済産業相、松野頼久官房副長官、松本剛明衆院議院運営委員長の5議員計7団体で確認したそうです。
 政治家や国会議員は、キャバクラやクラブに行ってはいけないという法律があるわけではありません。しかし、それを政治活動とし、そのお金を「政治活動費」として支出することは許されません。

 閣僚や議員本人が顔を出していたかどうかはハッキリしませんが、道義的な責任は免れないでしょう。少なくとも、事実を明らかにしたうえで謝罪し、私費によって弁済するべきです。
 風営法で定められたお店だけでなく、飲み食いに使ったお金を「政治活動費」とすることも避けるべきでしょう。とりわけ、民主党の政治資金は政党交付金の比重が高く、国民の税金を飲み食いに使うのは許されることではありません。
 政治資金の使途として不適切であることは明らかです。大いに反省する必要があるでしょう。

 権力を握った民主党に対して、これまで以上に国民やマスコミから厳しい目が向けられることは避けられません。隙を見せず、足をすくわれることのないよう、厳しく己を律してもらいたいものです。

10月2日(金) 新政権への期待と注文 労働と生活の改善を [論攷]

〔以下の論攷は、『連合通信』特信版(No.1041、2009.9.20)に掲載されたものです。〕

新政権への期待と注文 労働と生活の改善を

派遣法改正を早く 非正規の待遇改善も

 労働分野を中心に、新政権に対する期待と注文を述べたい。
 早急に実行すべき課題として労働者派遣法の改正がある。これは前国会で廃案になったが、製造業派遣の禁止なども加えて新たに提出し、できるだけ早く成立させなければならない。
 同時に、非正規労働者の待遇改善にも取り組んでもらいたい。総選挙でのマニフェストでは、自公両党は均衡処遇を掲げ、民主・共産・社民三党は均等待遇を求めていた。さし当たり、均衡処遇実現という点での具体化はできるはずだ。
 雇用問題での取り組みでは、雇用契約の中途解約や雇い止めの防止が必要だ。雇用保険の適用拡大と増額、失業手当付きの職業訓練制度の恒久化なども実施してもらいたい。

最低賃金は1000円に マニフェスト実行すべき

 最低賃金の引き上げも重要だ。今年10円引き上げられ全国平均で713円になったが、自民党以外の各党はマニフェストで1000円への引き上げを目標としていた。この額までの引き上げをめざすべきだ。
 公共事業の受注者に一定額以上の賃金支払いを義務付けることも検討されてよい。千葉県野田市は、このような公契約条例の制定をめざしている。

労働時間問題に本格的取組を

 労働時間については、ワーク・ライフ・バランス憲章や行動計画の実施に向けて本格的に取り組んで欲しい。サービス残業の一掃と連続休息11時間の保障、夏の長期バカンスや年休取得率100%の実現などである。労基法36条の改正による残業時間の制限も検討されなければならない。

関係職員の増員必要 政府責任で国鉄問題解決へ

 このほか、ILO条約の批准、職業安定所職員や労働基準監督官の増員なども求めたい。また、長年の懸案である国鉄労働者1047人の解雇問題は、この機会に政府の責任で解決して欲しい。国家的不当労働行為を認め、復職や損害賠償などによって名誉回復を図るべきである。
 最後に、ぜひ労働・社会関係の制度や法を全面的に改正する「労働・生活国会」を開催してもらいたい。労働者保護法や社会保障基本法などが制定されれば、働く人々の労働と生活は一変するにちがいない。