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10月8日(木) 労働の規制緩和-いまこそチェックすべきとき(下) [論攷]

〔以下の論攷は、職場の人権研究会の雑誌『職場の人権』9月号(第60号)に掲載された5月30日の講演の記録です。長いので、私の報告部分だけ、2回に分けてアップさせていただきます。〕

労働の規制緩和-いまこそチェックすべきとき(下)

Ⅲ 「反転を生み出した力」の「その後」

(1)マスコミにおける変化

①「反貧困論壇」の形成

 第三のテーマは、「反転を生み出した力」の「その後」です。こういう反転が生じたのは、マスコミ等と労働運動の力によるのではないかというのが拙著で書いたことです。
 マスコミにおけるその後の変化ですが、反貧困論壇の形成があります。「反貧困運動の四人組」とも言うべき、湯浅誠さん、関根秀一郎さん、河添誠さん、雨宮処凛さんが大活躍しています。若い人たちがこういう形で活躍されるのを見るのは大変嬉しいものです。
 また、「労働記者の再登場」もあります。大原社会問題研究所の総会で朝日新聞の記者だった中野隆宣さんをお呼びして記念講演をお願いしたことがありました。そのとき、「中野さんの後に労働記者と言えるような方は誰かいるんですか?」と尋ねたら、「もういないんだよ」と、大変残念そうにおっしゃっていたのを思い出します。
 でも、その直後から労働記者と言えるような方が続々登場してきています。朝日新聞では竹信三恵子さん。かなり有名な方です。毎日新聞では東海林智さんです。あるいはフリーライターの安田浩一さんや北健一さん。こういう労働問題に主として関わり、記事を書かれている記者グループが出てきました。
朝日新聞には「労働グループ」に属する記者が十数人いるそうです。そのうちの何人かは私のところにも取材に見えています。若い人で、なかなか熱心にいろいろな話を聞いていかれました。私もできるだけ協力しようと思い、一生懸命に労働問題の重要性を語っているわけですが、こういう人たちが登場してきています。社会問題を取り上げるドキュメンタリーや報道番組が復権することで、テレビのあり方も変わってきているのではないかと思います。

②相次ぐ「反貧困ジャーナル」の創刊

 最近、『POSSE』という雑誌の編集部から取材を受けました。「格差論壇」の分類マップを作るそうです。規制緩和か規制強化かが横軸で、ジョブ派か隠れ年功派かが縦軸の分類です。私は「ジョブ派」と「規制強化」の第一象限に入ると見られています。このような分類マップについてどう思うかと意見を求められました。
 その時、最初に私が言ったのは、「マップを作って交通整理をしなければならないほどに交通量が増えたのは大変幸いである」ということです。それだけいろんな方がいろんな形で、格差や貧困、社会・労働問題について発言するようになってきているということです。
 「このようなマップを作る必要性が生じているということは大変良いことであり、それを作って分類しようというのもいいけれど、マップ自体はいろいろ問題があるんじゃないか」などと指摘しておきました。そのうち『POSSE』に出ると思いますので、ご覧いただきたいと思います(第四号に掲載)。
 この『POSSE』という雑誌もそうですが、このような「反貧困ジャーナル」が、最近になって相次いで創刊されています。『フリーターズ・フリー』とか『ロスジェネ』『季論21』などです。『季論21』は、必ずしも反貧困ということではないですが、そういう問題も扱っている。研究者が集まっている学会を基盤にした『貧困研究』もそうです。
 
③社会的評価の高まりと「市民権」の獲得

 社会的評価の高まりと「市民権」の獲得ということも重要です。岩波新書で『貧困大国アメリカ』を書かれた堤未果さんが日本エッセイストクラブ賞を受賞し、『反貧困』の湯浅誠さんが大佛次郎論壇賞や平和・協同ジャーナリスト基金大賞を受賞する、などです。大原社会問題研究所にも、朝日新聞から朝日賞の受賞者候補を推薦してほしいという要請の文書が送られてきます。私は湯浅さんを推薦しました。朝日賞にはならなかったけれど、大佛次郎論壇賞の受賞者になりました。
 竹信三恵子さんは、反貧困ネットワークによって創設された「貧困ジャーナリズム賞」の大賞を受賞しました。ただし、「貧困ジャーナリズム」という名称はちょっと問題だと思いますね。“貧乏なジャーナリスト”だと誤解されるかもしれませんから、「反」をつけるべきでしょう。
 こういう、いろんな形で社会的に注目され、また、その活動や著作が評価されるようになってきたのは、最近の新しい動きだと思います。

(2)労働運動における変化

①社会運動的労働運動の勃興

 次に、労働運動における変化を取り上げることにしましょう。
まず、社会運動的労働運動という、地域やNPOなどの社会運動団体と連携した労働組合の運動が注目されます。これはアメリカなどでかなり広まっているのですが、日本でも勃興しつつあるようです。
 年越し派遣村は、その端的な例だと言って良いでしょう。労働組合だけではなく、弁護士やNPO団体と一緒になって、「年越し派遣村」という形で貧困の実態を可視化しました。これは大変優れた行動提起だったと思います。年末年始という、人々が酒を飲みながらコタツで寝っ転がってテレビを見ている時期に、しかも、東京のど真ん中の日比谷公園、道路を隔てた反対側は厚生労働省という場所に、人々を集めました。
 行動のやり方としても場所としても、また、マスメディアに対するアピールの仕方などにしても、大変、効果的な運動でした。その流れは全国に広まりつつあります。

②連合の転換

 それから、連合の取り組みの変化です。〇七年の大会直後に連合は非正規労働センターを設立し、非正規問題に取り組んでいます。また、昨年一一月の中央執行委員会で、「歴史の転換点にあたって―希望の国日本へ舵を切れ」という重要な文書を採択しました。その中で「市場原理主義的な価値観」から「公正や連帯を重んじる価値観」への転換が必要だということを言っています。
 実は、連合はスネに傷があります。一九九五年、日経連の「新時代の『日本的経営』」という文書が出されたと同じ年に、連合も第四回定期大会を開いて「一九九六~九七年度運動方針」を決めますが、「政策・制度の重点課題」として「経済的規制の緩和を進め、経済を活性化させるとともに、内外格差の是正など国民生活の向上をはかる」を挙げています。また、一二月には「規制緩和の推進に関する要請」(『WEEKLYれんごう』第二四九号)も出しています。経済的規制については緩和推進を求めたのです。これは連合の歴史の中での汚点でしょう。
 その後も、連合や民主党は規制緩和を自民党と競い合う傾向がありました。また、九九年の派遣法改正問題では、共産党以外の政党がみんな賛成します。派遣法を基本的には認め、ネガティブリストで一部だけ禁止するという形の法案に、民主党も賛成、社民党も党としては賛成しました。ただし、社民党の名誉のために言いますと、三人の社民党の議員が反対しています。今の党首の福島瑞穂さん、労働弁護士だった大脇雅子さん、現幹事長の照屋寛徳さんです。
しかし、その連合もついに市場原理主義的価値観を否定することになったわけです。非正規労働者の問題に取り組み始めました。派遣法の改正にも、基本的に賛成しています。当然のことでしょう。
 
③全労連の取り組み

 第三に、全労連の取り組みです。全労連は、以前から労働の規制緩和に反対し、連合と同様に非正規雇用労働者全国センターを発足させ、非正規労働問題に取り組んでいます。反貧困・生活危機突破闘争本部も昨年発足させました。最近では、京都で「派遣など非正規ではたらくなかまの全国交流集会」を開いています。
 ここに持ってきた『東京新聞』五月二九日付は、「急増 ミニ労組 非正規の盾に」という記事を掲載しています。この記事は全労連の集会についての記事です。これには驚きました。全労連の集会がこんなに大きく出ていたからです。
今まで、全労連に関連する取り組みはほとんどマスコミから無視されてきました。この記事によると、「ミニ労組という小さい労組がたくさん出てきている。一九二の非正規の労働組合が誕生した。約一二〇〇人が加入している」と書かれています。一二〇〇人は少ないと思いますが、以前に比べれば非正規労働者の組織化運動もかなり前進していると思います。だからこそ、マスコミも、このような形で注目したのでしょう。
 
④共闘・共同の進展

 第四は、異なった潮流の団体間での共闘・共同の進展です。たとえば、昨年の四月二三日、全労連や年金者組合の国会前座り込み行動に中央労福協の笹森清会長が連帯のあいさつをしていますが、笹森さんは前の連合会長です。また、六月三日には、松下プラズマディスプレイ大阪高裁判決の活用をめざす院内集会が開かれていますが、これは全労連と全  労協との初の共催企画です。
七月の「公務員労働者の労働基本権を考える集会」では自治労と国公労連の代表が同席しました。一〇月には「教育子育て九条の会」が発足しますが、その呼びかけ人には、槇枝元文元日教組委員長(元総評議長)と三上満元全教委員長(元全労連議長) も加わっていますし、一二月四日には、連合、全労連、全労協などが参加した実行委員会主催の集会が開かれ、民主・共産・社民・国民新党の四野党代表も連帯のあいさつを行っています。
 ただし、このように共同の取り組みは前進していますけれど、ナショナルセンターの本部レベルの段階にとどまっていて、その下までには浸透していないという問題があります。産別はばらばらです。連合の中には、本部の行動を快く思っていない単産もありますし、電機連合やUIゼンセン同盟などは、派遣法改正問題について「すぐにはもとに戻すべきではない」と言っています。
 しかし、以前に比べれば、こういう共闘や共同が進展してきていることは明らかです。この点をきちんと評価することが重要でしょう。

(3)反貧困運動の広がり

①反貧困ネットワークの活動

 〇六年以降の動きで、新たに付け加えたいのが、反貧困運動の広がりです。「反貧困ネットワーク」が〇七年一〇月一日に結成され、これを中心にした反貧困運動が展開されています。昨年の四月には、「人間らしい労働と生活を求める連絡会議」(通称、生活底上げ会議)が発足し、代表世話人に、反貧困ネットワーク代表の宇都宮健児弁護士などが選出され、反貧困ネットワークの湯浅誠事務局長が事務局を担当しています。
 反貧困ネットワークが主催する「反貧困フェスタ」は、去年と今年の三月に神田一ツ橋中学校で開かれました。東西二コースに分かれて全都道府県を回る「反貧困キャラバン」も実施されています。これには全国の四四九団体が協力し、富山、滋賀、長野などで反貧困ネットの地方組織が結成されるなど、運動が広がっています。

②日本弁護士連合会の取り組み

 日本弁護士連合会(日弁連)も、貧困問題を取り上げるようになっています。「人権を守るためには貧困を分析しなければならない。貧困問題を人権問題の一環としてとらえ」て、これを〇八年の人権擁護大会のテーマを「貧困と労働―拡大するワーキングプア」にしました。
また、昨年の六月には「非正規労働・生活保護ホットライン」を全国一斉に実施し、一〇月の第五一回人権擁護大会では、三つの分科会のうちの一つに「労働と貧困」というテーマを設定しています。

③その他の広がり

 このほかにも、反貧困運動は広がりを見せています。昨年九月二八日に「女性と貧困ネットワーク」の結成集会があり、一〇月には貧困研究会が法政大学で第一回研究大会を開催し、雑誌『貧困研究』を創刊しました。一〇月一九日には「世直しイッキ!大集会」、一二月七日には「なくそう!子どもの貧困 市民フォーラム」が開かれ、「子どもの貧困白書」づくりをめざすという動きもあります。このように、反貧困運動はいろいろな領域で拡大を見せているのが現状です。

④労働者派遣法の改正問題

 このような運動の広がりはありますが、労働再規制そのものは、法的なレベルではそれほど進んではいません。この点を最後に補足させていただきます。結局、大きな焦点になったのは、労働者派遣法の改正問題で、当初はこの問題について報告しようかと考えたのですが、あまり進展がないのでやめました。
 今のような国会状況だと、〇九年度補正予算関連の法案の審議が優先され、派遣法改正問題はほとんど動かないだろうと思います。今、国会に出されている政府の原案は、三〇日未満の日雇い派遣については禁止の方向ですが、事前面接を解禁するとか、三年経ったら雇用申し込みを義務化するとなっているのを撤廃するとか、問題点のほうが多いものです。
 言ってみれば、「薬」と「毒」がごちゃまぜで、飲んだら腹痛は治るかもしれないけれど、いずれ肝硬変を起こして死んでしまう可能性があるといったような代物で、成立しても、必ずしも労働再規制として評価することはできません。したがって、原案そのものを変えなければなりませんが、今のような政治的力関係のもとではこれも難しい。
なぜなら、原案を作る労働政策審議会は、学識経験者、労働組合の代表、使用者の代表という三者構成です。必ず使用者も入りますから、例えば労働者から見た「薬」は、使用者にとっては「毒」に見えるし、使用者にとっての「薬」は労働者からは「毒」に見えます。両者の合意を図ろうとすれば、どうしても「薬」と「毒」をまぜることになります。
 しかも、労働者側の「薬」が多くなると、内閣で閣議決定されません。また、閣議決定されたとしても国会では通りません。自民党と公明党の与党が多数を占めている衆議院ではおそらく通らないなど、関門がたくさんあります。だから、「薬」だけ、「毒」だけ、とはなりにくい構造になっています。
 少なくとも、労働再規制を、法律上や制度上において明確な形で実行するためには、国会の構成や勢力関係を労働側の「薬」を増やせるような方向に変えなければならないということになります。

むすび

 拙著『労働再規制』では、〇六年から反転が始まるということで、その「反転の構図」を描きました。その後、反転はジグザグの過程を経ながら、今も続いています。政治家は最も敏感に反応しました。厚労省はそれに引きずられています。経営者団体も対応を迫られ、譲歩的な発言も文書の中に見えます。
 規制緩和の司令塔であった「経済財政諮問会議」は地盤沈下し、「規制改革会議」は孤立してしまいました。これに代わって、セーフティネットの強化や整備を主たる課題とした「安心社会実現会議」が新たに登場しています。
 マスコミと労働運動によって世論は変わり、新たに反貧困運動も発展しています。今は反撃の時であり、労働組合運動は「籠城戦」から「追撃戦」に転じるべきであると、労働組合の集会ならば、声を大にして言いたいところです。“敵”が包囲網を解いて後退、撤退しているのに、まだ運動の側は城の中にこもっているのではないか、というわけです。まあ、組合の講演などではそう言っているのですが。
 そういうなかで実施される今度の総選挙は、労働政策形成においても国会内部の力関係を変えるという大きな意味を持っています。特に今回の選挙は、中長期的な勢力関係を構造的に変える大きな可能性を持った選挙で、戦後二四回目にあたる総選挙ですが、政権交代の可能性をはらんでいるという点で二四分の一以上の大きな意味があると思います。
この総選挙で政権が交代すれば、それは〇六年からの反転の一つの到達点にほかならないということを指摘して、私の話を終わらせていただきます。