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10月11日(日) 私の人生を決めた『戦争と平和』 [論攷]

〔以下の論攷は、産労総合研究所が発行している雑誌『企業と人材』42巻955号(2009年10月5日)に掲載されたものです。〕

心に残る私の一冊 私の人生を決めた『戦争と平和』

 あれは高校1年生の夏休みのことだった。今から、40年以上も昔のことである。
 当時、美術部に所属していた私は、木炭で石膏像のデッサンをしたり、粘土をこねて彫刻のまねごとなどをしていた。何となく「絵の先生にでもなろうか」という思いはあったが、新潟の専業農家の長男として、家を継がなければならないという意識もあったような気がする。

●映画『戦争と平和』との出会い
 その年の夏休み、私は1週間ほど上京することになった。上野の西洋美術館で「ロダン展」が開かれていたからである。1人で東京に出てきた私は、絵の勉強も兼ねて『美術手帳』を片手に銀座の画廊を訪ね歩いた。
 その時である。たまたま通りがかった映画館のカンバンが目に入った。旧ソ連映画『戦争と平和』第1部である。私はすぐにチケットを買った。エスカレーターに乗って丸の内ピカデリー(上映館)に入るとき、異次元の世界に入り込むような気がしたことを思い出す。
 私がすぐにこの映画を観る気になったのは、このときトルストイ著の原作小説を読んでいたからだ。それを読み終わらないまま東京に出てきており、それを原作とした映画に出会ったというわけだ。映画から大きな感銘を受けたことはいうまでもない。

●壮大な歴史叙事詩を耽読
 東京から帰った私は、小説の続きをむさぼるように読んだ。河出書房新社から出ていた世界文学全集のうちの全3巻で、中村白葉訳だったと思う。最後は、徹夜して一気に読み終えた。今でも、あの夏の日の朝の清々しさが鮮明によみがえってくる。
 この本は、ナポレオンのモスクワ侵攻を背景に、没落貴族のピエールと青年将校のアンドレイという2人の主人公の生き方を描いている。私は、どちらかというとピエールの方に惹かれた。
 この本は壮大な歴史叙事詩であったが、私はこの種の本が好きで、『静かなドン』や『カラマーゾフの兄弟』、『大地』なども読んだ。中学校時代には吉川英治を好み、『宮本武蔵』や『私本太平記』にも夢中になった。卒業間近になって山岡荘八の『徳川家康』全26巻を図書館から借りて読み始めたが刊行が終わらず、読み終えたのは高校入学後だった。

●挑戦する勇気を与えられた
 これらの本を読むうちに、一度しかない人生、生まれてきた以上は生きた証を残せるような仕事がしたいと思うようになった。また、広い世の中に出て、人々の役に立つような人生を生きたいという願いも強まった。その大きなきっかけは、歴史に翻弄される人間の運命と、その下で懸命に生きる苦悩を描いた『戦争と平和』であったように思う。
 私は次第に、新潟の片田舎からの「脱出」を考えるようになっていた。そしてついにその機会がやってきた。東京都立大学経済学部に合格したからである。もしこのとき大学受験に失敗していたら、私の人生は全く違ったものになっていたはずだ。ワンチャンスではあったが、挑戦する勇気を与えられたのは『戦争と平和』のおかげだったと思っている。