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8月11日(土) 国際政治の歴史的転換と日本の選択―いよいよ「活憲の時代」が始まる(その1) [論攷]

 〔以下の論攷は、憲法会議発行の『月刊 憲法運動』通巻473号、2018年8月号、に掲載されました。3回に分けて、アップさせていただきます。〕

 はじめに

 かつて私は、こう書きました。「憲法を活かし憲法を再生させることによって、本来の可能性を全面的に開花させればどのような明るく素晴らしい未来が開けてくるのかというビジョンを打ち立てる必要がある。こうして、守勢から攻勢へと憲法運動の発展を図ることが求められている」(「『手のひら返し』の『壊憲』暴走を許さない―参院選の結果と憲法運動の課題」『憲法運動』2016年9月号)と。
 しかしこれまでは、このような展望とビジョンはある種の「夢物語」にすぎなかったかもしれません。憲法9条に基づく展望やビジョンを語っても、それを実現できる現実的な条件や根拠が乏しいと思われていたからです。
 北朝鮮は核開発とミサイル実験を進め、これを利用した安倍首相による危機宣伝に多くの国民が不安を高めていました。アメリカは北朝鮮を敵視し、米朝間の緊張はかつてなく高まっていました。北朝鮮の大陸間弾道弾(ICBM)の開発によって米朝間での核戦争さえ起こるかもしれないとの恐怖が北東アジアを包んでいました。
 しかし、それは過去のものとなったようです。歴史的な米朝会談の開催によって、極東の情勢は一変しました。米朝関係のベクトルは反転し、「対決から対話へ」と歴史は音を立てて変わりつつあります。
 国際政治は劇的で歴史的な転換を開始しました。このような国際情勢の激変の下で、日本はどのような役割を果たすべきなのか。これから進むべき道の選択が問われています。
 いよいよ、憲法に基づく展望とビジョンが大きな役割を果たせる新たな時代が始まろうとしているのではないでしょうか。「夢物語」にとどまらない現実的な根拠が生まれつつあります。いまこそ、憲法を政治と生活に活かす「活憲の時代」が訪れようとしているのです。

一、「対決から対話へ」の歴史的な転換

 *歴史が動いた瞬間

 トランプ大統領は北朝鮮に安全の保証を提供することを約束し、金委員長は朝鮮半島の完全な非核化への、確固として揺るぎのない約束を再確認した。
 新たな米朝関係の樹立が朝鮮半島と世界の平和と繁栄に寄与すると確信し、相互の信頼醸成によって朝鮮半島の非核化を推進することができると確認し、トランプ大統領と金委員長は以下のことを表明する。
 1 米国と北朝鮮は、両国民が平和と繁栄を切望していることに応じ、新たな米朝関係を樹立することを約束する。
 2 米国と北朝鮮は朝鮮半島において持続的で安定した平和体制を構築するために共に努力する。
 3 2018年4月27日の板門店宣言を再確認し、北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に向けて努力することを約束する。

 これは6月12日にシンガポールで開催された米朝首脳会談において合意された共同声明の一部です。一方のトランプ米大統領は「北朝鮮に安全の保証を提供する」ことを表明し、他方の金正恩委員長は「朝鮮半島の完全な非核化」を約束しました。
 米朝首脳会談が切り開いた「対決から対話へ」の歴史的転換の意義は、国際政治を動かすベクトルが反転したということにあります。これを理解せず、この大転換を前提としないどのような議論も、国際政治の行く末を論じたり見通したりすることはできません。それほど大きな激変が、6月12日にシンガポールで起きたということです。
 朝鮮半島を舞台にした戦争の危機が回避されただけでも大きな成果でした。アメリカと北朝鮮の「どちらが勝ったのか」という議論がありますが、どちらも戦争を望んでいなかったというのであれば、「どちらも勝った」ことになります。
 戦争で大もうけを狙っていた一部の軍産複合体の「戦争屋」を除けば、平和的な解決を望んでいたのは朝鮮半島やその周囲の人々だけでなく世界の大多数の人々でした。戦争ではなく平和的な交渉による問題解決への道が開かれたのですから、これらの人々も「勝者」だったと言えます。

 *北朝鮮の約束は信用できるのか

 今回の米朝共同声明では、「確固として揺るぎのない約束を再確認」とか「努力することを約束」というにとどまり、完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)という文字はありませんでした。非核化に向けての具体的な内容や期限が記されていないから信用できないという批判があります。
 日本の政府関係者やマスコミの評価も高くありません。これまでの6カ国協議の経緯や北朝鮮の約束違反、裏切りの歴史などを振り返ってみれば、このような悲観論や批判にも一定の根拠があるように見えます。
 しかし、このような見方は今回の首脳会談の歴史的な意義を十分に理解していない誤ったものです。非核化に向けて揺れ戻しや紆余曲折はあるでしょうし、一直線には進まず時間がかかるでしょう。しかし、この方向でしか問題は解決できず、それをどう確実なものにするかという立場から対応すべきではないでしょうか。
 しかも、今回はこれまでとの大きな違いがあります。
 その一つは、アメリカと北朝鮮の最高指導者による初めての会談によって合意されたということです。これまでは担当者同士の実務レベルでの会談でしたから、合意の重みが違います。一方が他方を裏切ろうとすれば、その代価はこれまでとは比べものにならないくらい大きなものとなるでしょう。
 第2に、この合意に至るプロセスにおいて一連の会談や措置が付随しているという点も異なっています。米朝会談に向けての発端は1月1日の金正恩委員長の年頭声明にあり、その後の平昌五輪への北朝鮮代表団と女子アイスホッケー合同チームの編成、南北首脳会談や中朝首脳会談などがありました。その到達点として米朝首脳会談が設定されたことを忘れてはなりません。
 第3に、このような流れを生み出した推進力は韓国の文在寅大統領と民主運動だったということです。朴槿恵大統領を辞任に追い込んだ「ろうそく革命」の渦中から生まれた文大統領は昨年9月21日の国連総会で平和的な解決と平昌五輪への参加を呼びかけ、これを受け入れる形で翌1月1日に金委員長の年頭声明が出されています。米朝首脳会談の背後には、戦争ではなく南北和解を求める韓国民衆の熱望がありました。
 第4に、韓国と共に重要なプレーヤーとなっているのが中国とロシアです。金委員長はすでに3回も習近平主席との朝中首脳会談を行っており、特別機を提供したのも中国でした。その中国は朝鮮半島の非核化を望んで北朝鮮の経済発展を後押ししようとしており、ロシアも同様です。アメリカや日本が軍事的なオプションを含めた圧力路線を主張していた時にも、中国とロシアはあくまでも対話による問題解決を主張していました。もし、金委員長が「裏切ろう」とすれば、この両国は黙っていないでしょう。

 *「脅威」をどうとらえるか

 今回の米朝首脳会談において決定的に重要なのは、対話と交渉の道が開かれただけでなく、朝鮮半島における緊張の緩和と信頼の醸成に向けての具体的な措置が次々に実施されているということです。その結果、日本に対する「脅威」も大きく減少しました。
 『朝日新聞』6月27日付の社説「ミサイル防衛 陸上イージスは再考を」が「安全保障分野で脅威とは、相手の『能力』と『意図』のかけ算とされる。北朝鮮にミサイルがあることは事実だが、対話局面に転じた情勢を無視して、『脅威は変わらない』と強弁し続けるのは無理がある」と指摘しているように、北朝鮮の「意図」が大きく変化しました。小野寺防衛相が「北朝鮮の脅威はなにも変わっていない」と繰り返しているのは、このような安全保障のイロハを理解していないからです。
 もちろん、非核化とミサイルの削減によって攻撃「能力」を減らしていくことは必要です。同時に、緊張緩和と信頼醸成による攻撃「意図」の縮小も大きな意味を持ちます。この点ではすでに多くの具体的な措置が取られていることに注目しなければなりません。
 6月25日に韓国と北朝鮮は朝鮮戦争の開戦68周年を迎えましたが、南北は軍の通信回線を復旧させる実務協議を行い、今は1回線しかない回線を最大で9回線あった過去の状態に戻すことで合意しています。韓国統一省は、26日に鉄道連結、28日に道路連結、7月4日に北朝鮮の荒廃した山林復旧の実務協議を板門店などで行うという新たな対話の日程を明らかにしました。
 韓国の各地では記念式典も開かれ、ソウル市内で開かれた式典で李洛淵首相は「(南北の軍事境界線近くに展開する)長距離砲を後方に移すことが議論されている」と明らかにしました。他方、北朝鮮の労働新聞(電子版)は25日付で朝鮮戦争に関する7件の記事を載せましたが、米国を名指しで非難せず「米帝」の表現も使いませんでした。
 米朝首脳会談の開催前に拘束されていた3人のアメリカ人が帰国し、首脳会談直後には米韓合同軍事演習の中止も発表されています。朝鮮戦争で離散した家族の再会、米軍兵士の遺骨の返還、南北合同のスポーツイヴェントや国際大会への参加などの動きもあります。
 また、前述のように「東海線および京義線鉄道と道路を連結し現代化して活用する」とした板門店宣言を実行する協議も始まりました。訪ロした韓国の文大統領とロシアのプーチン大統領との間で、これをシベリア鉄道と結ぶ構想に合意したと伝えられており、プサン発ロンドン行きのユーラシア大陸横断鉄道も夢ではなくなっています。
 新しい歴史的な局面に向けての扉が、東アジアで開かれようとしているのです。朝鮮戦争の終結が宣言され、最後まで残った「冷戦」が終わろうとしているように思われます。まさに東アジア情勢の劇的転換であり、歴史は大きな曲がり角を曲がったのです。

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