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9月13日(木) 得意とされる外交で破綻してしまった安倍首相を続投させても良いのか [国際]

 「やっぱり、そうだったのか」と思いました。「ロシア極東ウラジオストクで開かれていた東方経済フォーラムで12日、プーチン大統領が突然、日本との『年内の平和条約締結』を求めた」というニュースを目にしたときです。
 「『北方四島の帰属を解決し、平和条約を結ぶ』という、日本が領土交渉の前提としてきた考えを飛び越えた発言に、衝撃が広がった」と、今日の『朝日新聞』は伝えていますが、「衝撃」を受ける方がおかしいんじゃないでしょうか。プーチン大統領が、北方領土の実効支配を強めて領土問題の棚上げを狙っており、騙された安倍首相がそれに協力させられているということは、2年前に山口県長門市で開かれた日露首脳会談の時から明らかだったのですから。

 私は憲法会議発行の『月刊 憲法運動』』に掲載された「国際政治の歴史的転換と日本の選択―いよいよ『活憲の時代』が始まる」(8月11~13日付のブログ)という論攷で米朝首脳会談を振り返り、「今回の米朝首脳会談をめぐる一連の経過において、もし『敗者』がいたとすれば、それは日本の安倍首相ではないでしょうか」と指摘して、次のように書きました。
 「『圧力』一辺倒で首脳会談実現の足を引っ張ったあげく、トランプ米大統領に貿易面で裏切られ、ロシアのプーチン大統領にも領土問題で騙され、北朝鮮の金正恩委員長からは相手にされず、韓国の文在寅大統領とはギクシャクしたままで、中国の習近平主席からも適当にあしらわれるという醜態を演じ、『蚊帳の外ではない』と叫びながら蚊帳の外で飛び回っている『一匹の蚊』のようになってしまった」と。その後の経過は、私がここに書いた通りになっているように見えます。
 とりわけ、日露関係について「ロシアのプーチン大統領にも領土問題で騙され」ているとの指摘を、今回のプーチン発言は裏付ける形になりました。「突然、思いついた」などというのは、偽りにすぎません。

 この問題について、山口県での日露首脳会談を前にした2016年11月24日付のブログ「無残というしかない安倍外交における破産の数々」で、私は「12月の首脳会談に向けて領土問題で大きな進展があるのではないかとの観測は幻に終わりそうです」と書いて、次のように指摘しました。
 「安倍首相は日露間の経済協力の拡大をテコに領土問題を打開し、それを成果として解散・総選挙に打って出るのではないかと見られていました。しかし、この戦略にも狂いが生じているようです。
 プーチン大統領は領土問題で日本に譲歩する意志はないようで、経済協力だけを『食い逃げ』するかもしれないからです。これも、安倍外交の失敗となる可能性が強まっています。」
 やっぱり「食い逃げ」するつもりだったということが、今回のプーチン大統領の発言で明らかになったというわけです。結局、安倍首相は騙されていたということになるでしょう。
 
 今たたかわれている自民党の総裁選挙で、安倍首相の3選を支持する自民党議員の大きな理由の一つが外交手腕にあるそうです。安倍首相自身も外交を得意だとし、それによって支持の拡大を図ってきた側面があります。
 しかし、それはテレビなどで報じられる外見にすぎず、安倍首相が得意としていたのは外交そのものではなく「やっているふり」「進んでいるポーズ」によって国民を欺くというやり方の方でした。
 その「化けの皮」が、最近になって次第に剥がれつつあります。外交政策が破たんして漂流を始めた安倍政権を続投させれば、日本の前途には暗雲が漂うばかりではありませんか。

 外交破たんによって無能ぶりが露わになった安倍首相を退陣させなければなりません。安倍政権の打倒こそが、日本の外交を救う唯一の道なのです。

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9月12日(水) 『日刊ゲンダイ』巻頭特集「今回も非常電源の綱渡り ミサイル防衛よりも原発停止が先だろう」でのコメント [コメント]

 〔以下の私のコメントは、『日刊ゲンダイ』9月10日付の巻頭特集「今回も非常電源の綱渡り ミサイル防衛よりも原発停止が先だろう」に掲載されたものです。〕

 法大名誉教授の五十嵐仁氏(政治学)は言う。
 「泊原発が停止していたのはむしろ幸運でした。震度2程度の揺れで外部電源を喪失し、非常用電源に頼る綱渡り。非常に危うい施設だということが浮き彫りになり、リスクの高さが証明されたと言っていい。今年だけでも、日本列島は西日本豪雨や台風21号などの記録的な自然災害にさらされている。大災害のたびに<原発は大丈夫か>と不安になる市民は少なくありません。胆振東部地震で得られた教訓は、一日も早い脱原発です。北電は巨大火力発電所に頼む電源構成を見直し、自然エネルギーを活用して構成を分散させる好機とすべきです。原発が存在する限り、いつか必ず福島の事故は繰り返される。今夏の異常猛暑でも電力不足は起きず、需給は安定していた。原発を再稼働させなければならない理由はない。推進論者の主張は論理のすり替えでしかありません」

 「安倍首相の危機意識は極めて歪んでいます。自然災害が頻発する日本のトップでありながら、防災に対する感覚は貧弱で未然防止に関心が薄い。災害を軽視しているのです。一方で、いつ来るとも分からない軍事的脅威には過剰なほど備え、約2400億円を投じて(陸上配備型迎撃ミサイル)イージス・アショアを導入するなど、米国製装備品を盛んに購入し、国防力を肥大化させている。防衛費は4年連続で最大を更新し、5・3兆円に迫ります」(五十嵐仁氏=前出)

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9月8日(土) 『日刊ゲンダイ』でのコメント [コメント]

 〔以下のコメントは、『日刊ゲンダイ』の記事の中で紹介されたものです。〕

*8月13日付(巻頭特集「争点は現職首相の『犯罪性』」でのコメント)
 「大手メディアは、〝安倍3選〟を当然視しているようですが、本当でしょうか。内閣支持率は、支持と不支持が逆転し、しかも支持の理由は『他にいないから』という消極的なものです。〝安倍1強〟など、永田町だけの話ですよ。西日本豪雨の時、安倍首相が酒宴を楽しんでいたことを知り、地方の党員は安倍首相の人間性に気付いたと思う。地方は見捨てられ、権力者は東京で浮かれ騒いでいる。安倍首相の人間性の是非が争点になったら、総裁選は波乱が起きますよ」

*9月5日付(巻頭特集「アベ政治 すべての縮図がここにある」でのコメント)
 「本来、保守政治家は、国民に寄り添い、異論に耳を傾け、国民全体を包み込むものです。ところが、安倍首相は正反対です。世論を無視し、逆らうものを徹底的に排除しています。父親の晋太郎は、茫洋とした典型的な保守政治家でした。自民党の沖縄県連幹事長を務めた翁長知事も、保守本流を歩んだ政治家です。その2人から〝愛がない〟〝情がない〟と評されるのだから、安倍首相の異常ぶりがよく分かる。安倍首相を保守政治家と呼べるのかどうか。しかも、安倍チルドレンの杉田水脈議員が〝生産性〟を訴えたのと同じように、安倍首相も国民を役に立つか、役に立たないかで見ているふしがある。〝女性活躍〟や〝1億総活躍〟を掲げているのは、高齢者や女性を労働力として利用するためでしょう。民主政治は、民意に政治家が従うものなのに、安倍首相は国民を従わせようとしている。本人は、支配者になったつもりなのでしょう」

*9月7日付(巻頭特集「結局大企業とグルなのだ 安倍政権では賃金は上がらない」でのコメント)
 「安倍政権の本質とは、ゴマカシと隠蔽の目くらましだと思います」と言うのは、法大名誉教授の五十嵐仁氏(政治学)だ。こう続けた。
 「いつも『やっているフリ』の印象操作で、国民をたぶらかし、大企業優遇など不都合な真実を隠し続ける。その真相を伝えられたら困るから、安倍首相とその不愉快な仲間たちが圧力をかけ、メディア支配を強めた。真相追及から逃れるため、野党の分断工作にも余念がない。総裁選で石破元幹事長との論争を避けているのも、アベノミクスの大失敗などから国民の注意をそらすのが目的ですよ」

 「これでは、常に国民の注意をそらし、まったく別のところに関心を向けさせたがる安倍政権の思うツボです。徹底した“逃げ恥”作戦の『安倍隠し』に、メディアが積極的に片棒を担いでいるようなものですから、アベノミクスで豊かさの実感が湧かずとも、国民になかなか、歪んだ真相が伝わらないわけです」(五十嵐仁氏=前出)

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9月6日(木) 秋の臨時国会 たたかいの展望(その2) [論攷]

 〔以下のインタビュー記事は、全商連発行の『全国商工新聞』第3326号、2018年9月3日号、に掲載されたものです。2回に分けてアップします。〕

 ―消費税増税をどうするかも議論になりますね。 

 実施1年前ですから、当然臨時国会で議論になります。いま、日本は米国の「貿易戦争」に巻き込まれています。工業製品では、鉄鋼・アルミ・自動車に関税がかけられようとしている。TPP11や経済連携協定(EPA)などでは農産物が自由化され、外国との競争にさらされる。自由化で農業がつぶされ、貿易戦争で製造業がつぶされる危険性があります。こうしたなかで消費税を10%に増税すれば、日本経済と産業に大打撃を与えることは確実です。消費税の増税が景気を後退させることはすでに何度も経験してきました。生活と営業を守るために、増税中止に追い込まなければなりません。
 消費税増税によって税収を高めようという考えは間違っています。アベノミクスの恩恵を受け内部留保を増やし続けている大企業や富裕層から税金を取るべきです。払える力のあるものに払ってもらうのが税制の基本です。

 ―経済の立て直しも大きな問題ですね。

 「少子化」で日本の人口が減っています。自営業の後継者が育たたず、中小業者や農家が姿を消して内需が縮小し、地域社会が疲弊しています。
 安倍政権はこうした崩壊の危機を正しく認識していない。〝危機〟というと軍事的な安全保障しか考えていません。危機認識が歪んでいるのです。本当の危機は人口と経済が縮小していることであり、日本社会の持続可能性が失われていることなのです。
 これを地域から立て直していく芽を、民商の皆さんの力で生み出していってほしい。上からは政策を変え、下からは中小業者や農家が存続できるようなコミュニティーを、地域の政治を変えることでつくり出す。来年の統一地方選挙は、その絶好のチャンスです。
 地域循環型経済をつくるため、再生エネルギーを活用してほしいですね。そうすることで地域経済を再建するという長期的ビジョンをもたなければ、持続可能な経済や社会を回復できません。
 外交と交渉によって東アジアの新秩序と平和共存を実現し、国内では内需拡大をもたらすような循環型経済を地域からつくっていく。その役割を担えるのは、商売などで地域の中核となっている民商の皆さんです。

 ―たたかいの活路はどこにありますか。

 〝活路は共闘にあり〟です。通常国会で、選挙共闘が国会共闘にバージョンアップされました。この動きを臨時国会でもさらに生かし強めていく。来年は〝選挙イヤー〟ですから今から準備を始める。市民と野党の共闘をさらに強固なものにし、連携・協議を進めなければなりません。政策的合意の範囲をさらに広げ、選挙での相互支援・相互推薦に結び付けていくことが必要です。とりわけ参議院選挙の1人区がカギを握ります。
 来年は亥(イノシシ)年です。データを見ると、統一地方選挙と一緒にたたかわれる亥年の参議院選挙で自民党は毎回苦戦しています。直近では、2007年にも自民党は負けています。第1次安倍内閣のときで、秋の臨時国会で安倍首相は病気を理由に辞任しました。
 市民と野党の選挙共闘が成立してきちんと機能すれば、参議院選挙での立憲野党の勝利は決して不可能ではありません。民商の皆さんの奮闘に期待しています。



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9月5日(水) 秋の臨時国会 たたかいの展望(その1) [論攷]

 〔以下のインタビュー記事は、全商連発行の『全国商工新聞』第3326号、2018年9月3日号、に掲載されたものです。2回に分けてアップします。〕

 改憲できぬ世論づくりを
 〝選挙イヤー〟共闘に活路

 ―通常国会を振り返って、どんな国会でしたか。

 ひとことで言えば、最低の首相による最悪の国会でした。
 森友・加計学園疑惑では、中心に首相夫妻が座っていたことが明らかになりました。これまで数々の政治スキャンダルがあり、「総理の犯罪」と言われたロッキード事件などもありましたが、総理大臣の妻が疑惑を受けることはかつてなかったことです。
 首相夫人付きの秘書など、さまざまな形で関与できるような仕組みをつくって政治・行政を大きくゆがめ、私物化してしまった。権力を私的に流用することは断じて許されません。
 通常国会では隠ぺい、公文書改ざん、虚偽答弁など、でたらめな国会運営がなされ、それが国民の知るところとなりました。
 安倍首相は丁寧に説明すると言いながらきちんと説明せず、一部の官僚に責任を押し付けて首相や麻生副総理、加藤厚労相はお咎めなしです。昭恵氏は国会に出てこないばかりか記者会見も開かず、疑惑を晴らそうとする誠実さを見せなかった。疑惑の中心にいた人たちは逃げおおせたかもしれないけれど、それによって最も大切な政治への信頼が〝道連れ〟にされてしまいました。

 ―国民の声を無視して悪法を強引に成立させた国会でもありました。

 二面性があると思います。一面では、常識が通用しない国会運営がなされ、議会制民主主義の土台にひびが入り、政治不信を高めました。
 「働き方改革」法では労働基準法の労働時間規制から一部の労働者を外す、いわゆる高度プロフェッショナル制度(残業代ゼロ制度)を導入した。カジノ法ではギャンブル依存症が心配されるということで、予防のための法律を作り、賭博を合法化した。さらに6増の公選法「改正」は自民党の〝自己都合〟でむりやり口をこじ開けて〝毒〟を呑ませてしまった。
 このように悪法が次々と成立した国会ではありましたが、他面では、森友・加計学園疑惑や自衛隊の日報問題などで野党の追及が大きな力を発揮した。このために安倍政権は防戦に追われ、当初考えていたような国会運営はできなかった。「働き方改革国会」と言っていましたが、裁量労働についてのデータ不備、改ざん、ねつ造が問題になり、通常国会で最大の目標だった裁量労働制の拡大はできませんでした。
 もう一つの目標は改憲発議です。やはり防戦に追いまくられ、そこまで手が回らず発議できませんでした。
 立憲野党といわれる政党が市民と一緒になって国会共闘を繰り広げ、合同ヒアリングなどの形を工夫し、〝多勢に無勢〟という不利を突破するために一定の効果をあげました。
 国会の外でも市民と野党の共闘が広がり、官邸前や国会正門前集会を開いて世論に訴え、大きな力を発揮しました。選挙共闘が国会共闘にまで質的に高まり、しかも野党が20本の法案を共同提案し、政策的な合意の幅が拡大したことも大きな成果です。

 ―臨時国会に向けて、たたかいの展望は。

 まずは、自民党の総裁選挙です。安倍総裁3選の可能性は高いですが、党員票でどれだけの批判票が出るかは、その後の〝政権の体力〟に関わるという点で重要です。たとえ3選されても、国民の厳しい声が反映されるという形にしなければなりません。
 次に臨時国会ですが、安倍首相は改憲発議のチャンスを虎視眈々と狙っています。一番危ないのは、憲法審査会の審議や野党との合意を吹っ飛ばして衆参両院で直接、改憲発議することです。そういう〝奇策〟に出るのではないか、という声も聞こえています。
 臨時国会を逃すと、天皇代替わりや来年10月からの消費税増税問題もあり、政治日程が立て込んでいるので難しくなります。安倍首相は〝最後のチャンス〟と考え、腹をくくって挑んでくるでしょう。阻止する側も腹を固めて迎え撃つ。改憲できないような世論をつくっていく。3000万人署名を9月末までに達成し、目に見えるような形で世論を示していくことが重要です。


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9月3日(月) 珍寿(95歳)をお祝いした畑田重夫先生は私を世に出してくださった大の恩人 [日常]

 昨日、「まだまだ元気 畑田重夫先生の『珍寿(95歳)』を祝う集い」に出席しました。日曜なのに予定はなく、空いていてラッキーでした。

 この会の通知を見て、95歳を「珍寿」というのだということを初めて知りました。グーグルで調べたら、「珍寿は、賀寿(年祝)の一つで、数え年で95歳のこと、またその祝い(儀礼)をいいます。これは、「珍」の左側の偏部(王)を「一」「十」「一」に分解し、右側の旁部を「八三」とすると、「1+10+1+83=95」となることから、95歳を意味するようになったそうです」と書かれていました。
 「へー、そうだったのか」と思いました。一つ、利口になりました。
 会では、牧野富夫日大名誉教授・全国革新懇代表世話人が呼びかけ人あいさつ、内藤功元参院議員・日本平和委員会代表理事が祝辞、乾杯の音頭が山田敬男労働者教育協会会長、お祝いの演奏がきたがわてつさん、お祝いの言葉が小森陽一東大教授・九条の会事務局長など6人、それに伊波洋一参院議員からのメッセージが紹介されるなど、畑田先生の長きにわたる活動と親交を反映して豪華なメンバーでした。100歳の方も珍しくなくなっている「高齢社会」の今日、95歳が「珍しいほどの長寿」と言えるかどうかは議論のあるところかもしれませんが、畑田先生のようにかくしゃくとされ今も短い講演などをこなされているのが「珍しい」ことは確かで、私など爪の垢でも煎じて飲ませていただきたいところです。

 実は私も、この会の呼びかけ人の一人でした。会場に着くと、一番前の中央で先生と同じテーブルに案内されました。私の左側に日本民主主義文学会の田島一会長、右側に牧野先生、その隣が内藤さん、その隣に畑田先生がお座りです。
 呼びかけ人となってこのような席に着いたのは、全国革新懇・東京革新懇の代表世話人だからでしょう。研究者出身で先生が会長を務められたこともある労働者教育協会の理事をしているという点でも、畑田先生と似たようなキャリアを経てきました。
 おまけに、畑田先生は2度、東京都知事選に立候補され、私も八王子市長選に立候補しています。残念ながら、当選できなかったというところまで同じです。

 しかし、それ以外にも先生と私には大きなご縁があります。畑田重夫先生は私にとっての大恩人ですが、このことはあまり知られていませんし、先生ご自身もそれほど自覚されていないかもしれません。
 先生と私が出会ったのは、私が法政大学の大学院を出て非常勤講師をしていた32年前にさかのぼります。このとき、私は畑田先生にお世話になり、先生のお陰で世に出ることができました。
 当時、私は35歳で非常勤講師として糊口をしのぎ、大原社会問題研究所の兼任研究員や法政大学社会学部・法学部、東京農工大学一般教育部などで労働問題や政治学の研究と講義に携わっていました。大学院は出たけれどまだ専任の職に就くことができず、最初の妻とも別れることになり、将来への大きな不安を抱えていたころのことです。

 そのとき、学習の友社から本を出すので手伝ったほしいという話が舞い込んできました。これは浜林正夫・辻岡靖仁監修の「現代の社会科学」全5巻の一冊で、畑田重夫編『現代の政治論』として出版されています。
 この話を紹介して下さったのは、法政大学大学院時代に政治学の手ほどきを受けた高橋彦博先生だったと思います。農工大での非常勤講師も高橋先生の紹介で、そこでの講義のために政治学のノートを作成していたのが大いに役立ちました。
 この本は畑田編で、執筆者は先生と私だけです。畑田先生は序章「現代と政治」、第3章「国際政治の基礎理論」、終章「戦後国際政治と核兵器廃絶」を書かれ、私は第1章「政治の基本的要素と政治制度」、第2章「現代日本の政治」を分担執筆しています。分量では約半分が私の執筆によるものでした。

 この本を執筆するために、私は畑田先生と2人だけで打ち合わせをする機会が何回かありました。その打ち合わせの際に、これまで書いてきた論文をまとめて出版したい旨、先生に相談しました。
 すると、知り合いの出版社を紹介して下さると仰るではありませんか。こうして、共著だけでなく単著も出版することができたのです。
 これが私の最初の単著として「ゆぴてる社」から刊行された『戦後保守政治の転換―「86年体制」とは何か』という本です。奥付を見ると、この本の刊行日は「1987年1月15日」で、畑田重夫編の共著の方は「1987年1月30日」となっています。

 2冊の本の刊行に向けての作業が、同時並行的に進められていたことが分かります。その結果、共著ではなく単著の方が15日早く出ることになりました。
 単著の「あとがき」に「本書を出版するにあたっては、畑田重夫先生にお世話になった。ここに記して、謝意を表したい」と書かれているのは、以上に述べたような事情があったからです。畑田先生との共著の執筆と、それをきっかけにした出版社の紹介がなければ、本書を刊行することはできなかったでしょう。
 そして、これらの共著や単著がなければ、大原社会問題研究所に専任研究員として採用されることはなかったかもしれません。幸いにも時を同じくして専任職の募集があり、86年5月1日付で助教授として大原社会問題研究所に採用されることになったからです。

 人生には、決定的な意味を持つ「出会い」があるように思います。私が35歳の時の畑田重夫先生との出会いは、そのようなものの一つだったにちがいありません。
 そして、大学をリタイアした後、偶然にも私は畑田先生と同じような足跡をたどることになりました。「後はお任せください」というような気持もあって、革新懇や労働者教育運動に関わってきました。
 しかし、畑田先生はまだまだお元気で長生きされておられますから、こちらの方が先に召されてしまうかもしれません。もしそうなったら、こう言わせていただこうと思います。
 「先生、後はお任せします」と。

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9月2日(日) 『日刊ゲンダイ』巻頭特集「まだ3週間もある総裁選 報道規制と論戦回避はどう影響?」でのコメント [コメント]

 〔以下の私のコメントは、『日刊ゲンダイ』9月1日付の巻頭特集「まだ3週間もある総裁選 報道規制と論戦回避はどう影響?」に掲載されたものです。〕

 「そもそも、安倍首相がライバルの岸田政調会長を呼び出して『総裁選に出たら、処遇できないよ』と恫喝して出馬を断念させたことも異常でした。その揚げ句、メディアに圧力をかけて報道を規制しようとしている。まさに、独裁国家の選挙のやり方です。5年間のアベ支配によって、自民党は完全におかしくなっています」(法大名誉教授・五十嵐仁氏=政治学)

 「本来、政党にとって党首選挙は、自分たちの存在をアピールする格好のイベントです。少しでもメディアに取り上げてもらい、国民に関心をもってもらうために、派手に街頭演説会をやり、候補者同士が政策論争を戦わせるものです。ところが、安倍1強に支配された自民党は、安倍首相を圧勝させるために、街頭演説会の回数を減らし、石破茂が渇望する政策論争もやらせない。しかも、マスコミ報道まで規制しようとしている。異常な総裁選を見て、多くの有権者は『自民党はどうかしている』と思っているはずです。もし、総裁選の結果が、トリプルスコアという大差で“安倍3選”ということになったら、有権者は『やっぱり自民党は国民から遊離している』と確信するでしょう。知事選や国政選挙など、あらゆる選挙で“自民党ノー”の一票を行使するはずです」(五十嵐仁氏=前出)

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9月1日(土) 沖縄県知事選での玉城デニー「オール沖縄」候補の当選を目指して応援に行く [選挙]

 沖縄県の翁長雄志知事の死去に伴う9月13日告示、30日投開票の知事選で、自由党幹事長の玉城デニー衆院議員は県政与党や労働団体などでつくる「調整会議」の要請を受け、29日に翁長さんの後継候補として立候補することを正式に表明しました。自民、公明両党に日本維新も推薦する日本会議の正会員だった佐喜真淳前宜野湾市長がすでに出馬表明しており、選挙戦が本格的に始まることになります。

 すでに、8月21日のブログでも書いたように、急逝された翁長県知事と私とは67歳の同い年で同学年、翁長さんは学部で私は大学院で学んだ法政大学の同窓生になります。私は、大学院を出た後も法政大学の付置研究所である大原社会問題研究所で勤務しました。
 そのような縁のある私としても、道半ばで急逝された翁長さんの無念は他人事とは思われません。8月22日の新宿駅西口での街頭演説でも「私自身、翁長知事のご逝去を追悼するとともに、道半ばで倒れた無念を我がものとし、その志を受け継ぐ覚悟と決意を明らかにさせていただきたいと思います」と、決意を表明させていただきました。6月に沖縄に行ったとき、仲山事務局長をはじめ沖縄革新懇の関係者の皆さんに「知事選の時にも必ず応援に来ますから」と約束していましたし。
 ということで、私も9月21~24日、全国革新懇と東京革新懇の代表世話人として応援に行くことにしました。「建白書」の実現をめざして「オール沖縄」候補として出馬を表明した玉城デニーさんの当選を目指して。

 革新懇は9月21日から24日までを集中的な支援日に設定しました。この間の予定を見ると、珍しく空いているではありませんか。これこそ、沖縄に行けとの「天の声」だと思いました。
 選挙も闘いですから勝敗がどうなるかは分かりませんが、しかしできることをせずに悔いを残すことはしたくありません。もちろん、応援に行く以上は絶対に勝ちたい、勝たなければならないと思っています。
 外部からの応援については色々な評価があり、『東京新聞』の特報欄にも書かれているように難しい問題もあるようです。しかし、自民党や公明党は国会議員や秘書などが大挙して沖縄に乗り込むのに、指をくわえて見ているわけにはいきません。一般の人が応援に行ってはならないということはないはずです。

 翁長さんが反対し続けてきた米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設について沖縄県は埋め立て工事の承認を撤回し、玉城さんは「翁長氏の遺志をしっかりと引き継ぎ、辺野古新基地建設阻止を貫徹する」と決意を述べ、埋め立て承認の撤回を「全面的に支持する」と強調しました。
 めどが立たない普天間飛行場の返還について「(政府は)実効性のある取り組みをせず、返還が進まない責任を翁長知事になすりつけた。こんな政治の堕落を認めていいはずがない」と安倍政権を批判しました。また、「『県民の生活が第一』という政治を実現していきたい」とも語り、名護市辺野古の新基地建設反対の政策を引き継ぐと同時に、経済や貧困問題にも力を入れる考えを示しています。
 玉城さんは立候補の表明に先立つ28日、立憲民主党の枝野幸男代表、国民民主党の大塚耕平共同代表、共産党の志位和夫委員長、社民党の又市征治党首、無所属の会の岡田克也代表とも会談し、野党5党派は支援を確約しました。市民と立憲野党の共闘は翁長さんが県知事選で当選した時の「オール沖縄」から始まりましたが、今回の県知事選でも「オール沖縄」の体制がバージョンアップされて実現したことになります。

 この沖縄県知事選挙の勝敗は、沖縄の未来を切り拓く重要な分かれ道となります。それだけでなく、今後の日本全体の未来を決める大きな分岐点ともなるにちがいありません。
 県知事選挙の10日前の9月20日、自民党の総裁選挙があるからです。私は8月23日付『日刊ゲンダイ』の記事で「総裁選で安倍さんが3選をしても、直後の沖縄県知事選で県民に『NO』が突き付けられる事態になれば、政権が受けるダメージは大きいでしょう。辺野古移設で象徴される強権的な政治手法も問われることになる。『打倒アベ政治』に向けた大きなうねりが生まれるきっかけになるかもしれません」とコメントしました。
 玉城デニー候補の勝利で、そうなることを願っています。そして願うだけでなく、そうするためにこそ、沖縄に行くつもりです。

 なお、今月も以下のような講演が予定されています。お近くの方や関係者の方に沢山おいでいただければ幸いです。

9月1日(土)14時 小金井市前原集会施設:3000万署名推進小金井連絡会
9月9日(日)13時30分 愛甲石田・福元館:治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟関東ブロック会議
9月15日(土)14時30分 久喜市総合文化会館:久喜革新懇
9月27日(木)18時30分 東大阪市立男女共同参画センター・イコーラム:東大阪革新懇
9月29日(土)13時 瓦町FLAG健康ステーション:香川学習協・香川革新懇


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