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6月10日(月) 労働資料館の役割を考える(その2) [論攷]

〔以下のインタビュー記事は、日本鉄道福祉事業協会・労働資料館が発行する『労働資料館ニュース』No.2、2019年6月号、に掲載されたものです。2回に分けてアップさせていただきます。〕

●戦災を越えて残す努力

 私はハーバード大学に留学した後、海外の労働関係資料館を訪問して『この目で見てきた世界のレイバー・アーカイヴス――地球一周:労働組合と労働資料館を訪ねる旅』(法律文化社, 2004年)という本にまとめました。それは私の勤務していた大原社会問題研究所が労働史研究機関国際協会(IALHI)という団体に入っていたからです。日本で加盟しているのは大原研究所だけですから、そういう意味で日本の資料館事業は不十分だと感じました。特に、ナショナルセンターや労働組合の本部が意識的に自分たちの資料を残していくという点では、海外の方が進んでいると思います。
 アメリカではシステムを整えて系統的に収集・保存しています。私の訪問したジョージ・ミーニー・センターは、AFL-CIO(アメリカ労働総同盟・産別会議)直轄の資料館でした。AFL-CIOの会長だった人の名前を冠した資料館で、各産業別組合が大会資料などをそこに送るように義務付けられています。日本の連合にあたるところですが、連合は各単産の資料を系統的に集めているのでしょうか。
 それぞれの単産でも、大会資料などは残していますが、県本部や下部組織の資料まで残すということはしていないでしょう。場所、金、人、時間などの制約があるからです。
 大原社会問題研究所は、戦前から社会・労働問題関係資料を収集しており、これは世界に誇れる水準にあると思います。戦前からやっているところは国際的に見ても多くありません。欧州では戦争もありましたし、ナチスによる迫害や焚書もありました。
 その中で、オランダの国際社会史研究所は、ナチスの弾圧を逃れるためにドイツをはじめオーストリア、スペインなどから資料を受け容れ、社会・労働関係資料を守り抜きました。そういう歴史が欧州にあるのです。
 大原研究所でも戦前の貴重な資料は土蔵にしまってありました。偶然ではなく火災から守ろうと考えたのだと思います。そのため、1945年5月の「山の手大空襲」を受けた時に、火災に強い土蔵の中で貴重な戦前の資料が燃え残りました。

●資料を有効に生かすネットワーク

 日本政府についていうと、公文書を残すための公文書館をきちんと位置づける公文書館法を作ろうという動きが出てきたのは福田康夫内閣の時です。法律は2009年に成立しました。日本の政府や公的機関も資料を公的財産だと位置づけて組織的に残すという考え方が外国より弱いと思います。
 昔の資料は正倉院などで一定程度残っていますが、歴代天皇が公的な決定などを行った際の文書は公的機関が残してきたわけではありません。冷泉家のような公家が代わりにやっていただけです。徳川幕府に関してもそれなりに資料が残っていますが、地方の行政文書は庄屋の蔵やお寺など私的な場所に残っている場合が多いのです。
 欧州では書記が重要な役割を担っており、その長である「書記長」が最高権力を持つ例が見られます。エジプトにも書記の像があります。書記という記録を残す仕事は大切なものだというこだわりがあったのではないでしょうか。
 また、日本ではアジア・太平洋戦争が終わった時、軍部が資料の多くを燃やしてしまいました。自分たちは悪くないと弁解するための資料まで燃やしてしまったのです。それに比べて、ソ連が崩壊した後にも悪逆非道な粛清の記録まですべて残されています。資料を大切にして後世に判断を仰ごうという意識の表れではないでしょうか。
 皆さんの労働資料館の資料は、正しい歴史を知り過去を検証する上で重要な意味を持っています。何があったのかを記録に残し、その意味を検証できるようにしておくことです。それは主として研究者の役割だと思いますが、過ちを繰り返さないための教訓を引き出していく上でも役に立つでしょう。あるいは、今後の進路を検討するための材料にもなると思います。
 皆さんのところには国鉄動力車労働組合(動労)の資料があると聞いていますが、大原研究所にも国鉄関係の資料がたくさんあります。主に国鉄労働組合(国労)からのもので、相互に補完しあう関係にあると思います。動労と国労の両方の資料を突き合わせることで、国鉄労働運動史の全景が浮かびあがってくるのではないでしょうか。
 先ほども言いましたが、どの資料館もスペースや資金、人材などの制約に悩んでいます。したがって、資料の収集や保管などを有効に生かすためには相互に連携するネットワークが必要になります。1986年に設立された社会・労働関係資料センター連絡協議会(労働資料協)がそういう役割を果たしつつあり、その存在は重要です。

 追記 日本鉄道福祉事業協会・労働資料館は2019年4月、「労働資料協」に正式加盟しました。

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