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12月26日(木) 「安倍一強」政権の正体と「退陣戦略」(その1) [論攷]

〔下記の論攷は、『月刊 全労連』No.275、2020年1月号、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕

 はじめに

 この日本はおかしくなっている。政治も行政も腐ってしまった。経済は低迷し、アベノミクスの破綻は覆い難い。国会は軽視され、議会制民主主義は窒息状態に陥っている。首相は権力を私物化し、国会で平然と嘘をつく。大臣の辞任が相次ぎ、暴言を吐く。官僚は国民そっちのけで、「安倍首相と不愉快な仲間たち」に奉仕する上目使いの「ヒラメ」ばかりだ。国有地払い下げの不正、公文書の隠蔽に改竄・捏造と「桜を見る会」の私物化など、何でもありではないか。
 森友・加計学園疑惑では総理夫妻の関与と不正が疑われたにも関わらず、真相はやぶの中で誰も責任を取っていない。公文書の改ざんや事務次官のセクハラ問題が明らかになったのに、麻生副総理兼財務相は居座ったままだ。加計学園問題で「総理の意向」を盾に文科省に圧力をかけ、それが露見してもシラを切り続けた萩生田元官房副長官は「ご褒美」として文科相に抜擢された。
 安倍政権になってから、こんなことばかり続いている。それは国のトップである安倍首相自身が先頭に立って悪事の限りを尽くし、何の責任も取らずにきたからだ。それなのに、11月20日には歴代最長の首相在職日数となった。なぜここまで続いたのか。ほとんど実績らしい実績もないというのに。
 衆院議員の任期は2年後に切れる。それまでには間違いなく解散・総選挙が実施され、与野党激突の局面がやってくる。今からそれに備えなければならない。安倍政権の正体を明らかにし、その秘密を探り、強みだけでなくジレンマや弱点を明らかにすることを通じて、来るべき政治決戦において安倍退陣を実現する条件を明らかにしたい。

Ⅰ 「安倍一強」政権の正体

 キャッチ・オール・パーティーの変貌

 2019年、台風15号が関東の東海岸を襲う中、安倍首相は災害対策をなおざりにして第4次再改造内閣を発足させた。この内閣は麻生太郎副総理兼財務相と菅義偉官房長官、自民党の役員では二階俊博幹事長と岸田文雄政調会長など骨格を維持し、それ以外は大きく入れ替わった。その最大の特徴は安倍首相の盟友や側近などの「お友だち」が総動員されたことにある。
 しかも、これらの「お友だち」は極右「靖国」派の幹部でもあった。図表1(省略)に示されているように、日本会議国会議員懇談会に加盟している閣僚は安倍首相はじめ20人中16人で、神道政治連盟国会議員懇談会に加盟している閣僚も同じく16人となっている。しかも、日本会議の特別顧問や副会長、幹事長や副幹事長などの幹部がずらりと顔をそろえた。
 まさに、内閣が極右「靖国」派に乗っ取られたようなものである。安倍首相は、消費増税後の難局を乗り切って悲願の改憲を実現するために、「お友だち」を総動員して「改憲シフト」を敷いたように見える。 
 これまでも安倍首相は「お友だち」を重用して「官邸支配」を貫き、固い支持基盤とされる極右層を惹きつけ、政権基盤の安定を図ってきた。これは安倍首相にとって「一強」体制を生み出す要因の一つであったが、同時に大きな弱点にもなっている。キャッチ・オール・パーティーとしての自民党の変質を引き起こしたからである。
 かつて自民党は、その幅の広さで知られていた。保守派からリベラル派まで政治的・イデオロギー的な雑多な勢力を糾合し、多元的な構造によって国民の幅広い層の要求を敏感に察知し、柔軟に対応することが可能だった。
 しかし、安倍政権には、このような幅の広さも多元的な構造も存在していない。その代替物となったのが、保守化した強固な支持基盤とそれを背景にした盟友や側近のグループである。安倍首相を中心とする右翼的な勢力による権威主義的で専制的な構造は安倍政権における「官邸支配」を可能にした。
 同時に、それは自民党の支持基盤の狭隘化と多元的柔構造の喪失をもたらした。思想的な右傾化による保守リベラルの切り捨て、安倍首相の個人的な交友関係の優先、派閥均衡ではなく首相の専権による公平・平等な人事の放棄、地方議員からのたたき上げに多い「土着保守」の切り捨て、当選回数だけは多いが能力に問題のある大臣適齢期議員の「滞貨」を生み出している。
 こうして形成された安倍首相を中心とする同心円構造は、一面では「安倍一強」を実現することに成功した。しかし他面では、自民党総裁選での地方票の少なさに示されたように、地方の幅広い保守層を結集するという点で大きな限界をもたらしているのである。

 安倍9条改憲のジレンマ

 参院選の結果、自民・公明・維新の改憲勢力は、3分の2の議席を獲得できなかった。このままでは、参院での改憲発議は不可能だ。それにもかかわらず、安倍首相は「何としても実現する」と述べて、改憲への野望をたぎらせている。
 内閣改造と同時に実施された自民党の役員人事で、改憲4項目をまとめた細田博之元幹事長が憲法改正推進本部長に再登板した。公明党の北側一雄憲法審査委会長とは安保法制(戦争法案)を成立させた間柄で、これを生かして自公間の調整を加速するつもりのようだ。
 また、本部長代行に古屋圭司元国家公安委員長、事務総長に根本匠前厚生労働相を充て、地方から改憲機運を盛り上げる「憲法改正推進遊説・組織委員会」(古屋委員長)の新設などを決めた。細田本部長は「新しい体制で、精力的に活動していく必要がある」と述べている。
 衆院憲法審査会長に就任したのは、国会対策の経験が長い佐藤勉元総務相だった。戦争法案審議で一部野党を修正協議に巻き込んで成立させた手腕に期待しての人事である。同審査会の筆頭幹事には安倍首相側近の新藤義孝元総務相を留任させた。参院幹事長には首相側近の世耕弘成前経産相、新任の議長には日本会議議連幹部の山東昭子議員を配するなど、参院の「改憲シフト」も強められた。
 さらに、自民党内でも改憲推進の動きが強まっている。とりわけ、それは改憲慎重派あるいは護憲派とされてきた二階幹事長と岸田政調会長に顕著で、岸田政調会長は「党を挙げて憲法改正を動かしていきたい」と述べ、全国で改憲集会を開いていく方針を明らかにした。この両者を前面に立てて、「安倍カラー」を薄める狙いがあるようだ。
 しかし、これらの動きは確たる成算があってのことではない。安倍首相がめざす「任期内」(2021年9月まで)の改憲施行までには時間が限られている。丁寧に説明して野党との同調を図ろうとすれば時間切れとなり、焦って無理強いすればかえって反発を生んで停滞するリスクを高める。
 このようなジレンマの中で打開策を模索し、国民投票法の改正問題を手掛かりに憲法審査会での審議を再開させ、並行して改憲項目をめぐる自由討議に野党を引き入れようとしている。しかし、閣僚のスキャンダルや辞任、「桜を見る会」疑惑などもあって難問山積で厳しい状況に変わりはない。

 「富国」を犠牲にした「強兵」の突出

 10月1日に消費税が10%に引き上げられた。安倍政権下では2回目の消費税増税である。8%と10%の複数税率と2%と5%のポイント還元、低所得層向けのプレミアム商品券などの「景気対策」が導入されたため現場は混乱し、景気の先行きへの不安が増大している。
 デフレ不況からの脱却を掲げて「3本の矢」を放ったアベノミクスが成功していれば、消費不況への懸念など生ずるはずはなかった。しかし、「黒田バズーカ」による異次元金融緩和は功を奏せず、インフレターゲットはいつの間にか消えてしまった。
 「アベノミクス」が打ちだされた当初、それは「富国強兵」の現代版だと見られた。安倍首相のめざす軍事大国化(強兵)のための不況脱出による経済成長(富国)ではないかというのである。しかし、それから7年近く経って明らかになったのは、経済成長なしの軍事大国化という現実であった。
 消費税が3%から5%に引き上げられたのは、1997年4月1日である。それから昨年までの実質可処分所得の推移を見れば、ほぼ一貫して減少していることが分かる。1997年から2018年までで82万6000円の減少であった。この間、民主党政権時代の2009年から20012年では2万4000円のプラスだったのに、安倍政権時代の2012年から2018年には、17万6000円のマイナスとなっている(図表2を参照:省略)。
 日本の一人当たり名目GDPの推移(図表3参照:省略)を見ても、大まかな傾向に変わりはない。円高の影響があったとはいえ、民主党政権時代に増大し安倍政権になってからほぼ低迷していることが分かる。
 他方で、安倍政権になってから防衛費は減少から増大に転じた。2015年に過去最高額を突破して以降、毎年、それを更新し続けている(図表4:省略)。今後も、戦闘機F35の爆買いや陸上型イージスの設置計画、ヘリ空母「いずも」型の改修、敵地攻撃も可能な巡航ミサイルの購入など、軍事大国化に向けての整備計画は目白押しだ。
 結局、アベノミクスはデフレ脱却に成功せず、景気を回復させることもなかった。2012年の第2次安倍政権発足後に成長戦略の目玉として新設された10の「官民ファンド」も18年度末で計323億円の赤字となった。
 「経済の安倍」は虚構だった。アベノミクスの看板は偽りで、景気は低迷し貧困化と格差が拡大した。安倍首相が実施してきたのは軍事力の増強によって経済成長や国民生活を犠牲にする軍事大国化一本やりの路線であり、「富国強兵」ですらなかったのである。

 強みから弱みに転じた外交

 安倍首相にとって強みから弱みに転じたのはアベノミクスだけではない。「外交の安倍」も看板倒れに終わり、漂流を始めている。日本外交の基軸となってきた日米関係も揺れ出した。日米貿易協定の調印について安倍首相は「ウィンウィン」だと述べたが、実際には日本側が譲るだけの「大敗」だった。
 安倍首相がトランプ米大統領に追随し続けてきたツケが、このような形で回って来たことになる。トランプ米大統領は「アメリカ第1」を掲げて同盟国との協力を度外視する態度を取り、日米同盟の信頼性が弱まることは避けられない。また、国際関係を破壊し、パリ協定やイラン核合意などから一方的に離脱するとともに中国に貿易戦争を仕掛けて国際協調に背を向けてきた。
 これに対して、安倍首相は手をこまねいているだけだ。武器購入で米国に押しきられ、早期の普天間飛行場の返還を求める沖縄県民の意志を無視して辺野古新基地建設を強行し、不平等な日米地位協定を改定するための交渉すら行おうとしていない。
 北方領土をめぐるロシアとの交渉は進展せず、日朝首脳会談も展望が開けないままだ。戦後最悪となっている韓国との対立は徴用工の問題から通商、安全保障分野にまで拡大し、観光業や輸出産業は大打撃を受けた。アメリカとイランとの板挟みになり、苦し紛れに「調査・研究」名目で中東への自衛隊派兵にも踏み切ろうとしている。
 国際社会からの離反と時代への逆行も覆い難い。非核・脱原発の動きに背を向けて原子力発電を成長戦略に位置付け、温室効果ガスの削減や再生可能エネルギーの利用促進には消極的で原発推進の国策に固執している。
 温暖化防止のための環境政策、ジェンダー平等や女性の地位向上、LGBT(れず、芸、バイセクシュアル、トランスジェンダーの総称)などマイノリティの権利擁護、国連の持続的な開発目標(SDGs)の達成、国連家族農業の10年に示されている農家支援などに取り組もうとしていない。かつての植民地支配や慰安婦などの戦時性暴力への反省もなく、国連人権理事会や人種差別撤廃委員会による勧告を無視し続けてきた。
 決定的な問題は、国連総会で採択された核兵器禁止条約への背反だ。唯一の戦争被爆国でありながら条約に背を向けている安倍政権の対応は日本の国際的地位を大きく低下させ、信頼を失わせている。この条約が国連で批准されるとき、その場に日本政府の姿が無いということになりかねない。そのような不名誉なことにならないよう「非核の政府」を樹立することは急務である。


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