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12月27日(金) 「安倍一強」政権の正体と「退陣戦略」(その2) [論攷]

〔下記の論攷は、『月刊 全労連』No.275、2020年1月号、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕

Ⅱ 「政権安定」のカラクリ

 国政選挙6連勝の実態

 「安倍一強」と言われるほどの安倍首相の「強さ」はどこにあるのか。その「政権安定」のカラクリが解明されなければならない。
 まず指摘する必要があるのは、国政選挙での「強さ」である。安倍首相は政権に復帰した2012年の総選挙を含めて6連勝という成績を収めてきた。これが「安倍一強」と言われる国会での勢力関係を生み出し、自民党内でも安倍首相の支配力を強めている。
 しかし、この間、有権者内での得票率(絶対得票率)は選挙区で約25~26%、比例代表で16~17%であった。自民党に投票する有権者の割合は約4分の1にすぎず、残りの4分の1は野党に、さらに残りの半分ほどの有権者は投票所に足を運ばず棄権している。
 このように有権者の4分の1ほどにしか支持されていない自民党が選挙で勝ち続けたのは、公明党の選挙協力と選挙制度に助けられてきたからだ。とりわけ、衆院選で289ある小選挙区や参院選で32ある1人区では、野党がバラバラで立候補することで自公勢力を有利にした。「ベからず選挙」と言われるような選挙運動に対する厳しい制限も、政策の浸透を阻むことで自民党に有利に働いた。
 これを打破するためには、大政党に有利な定数1の選挙区を、少数政党も不利にならない比例代表的な制度に変え、選挙運動を自由にして有権者に政策が浸透しやすくする必要がある。同時に、制度が変更される前でも、野党や少数政党が不利にならず自民党に対抗するためには、野党間での共闘を実現して選挙区での1対1の構図を作らなければならない。
 2016年の参院選では、このような対抗戦略が功を奏し、定数1の選挙区で統一候補は11議席を獲得した。2019年の参院選でも統一候補は10議席となり、有権者内での自民党の絶対得票率は19.8%と2割を下回って9議席を減らした。自民党は参院での単独過半数を失い、公明党などと合わせた「改憲勢力」は発議に必要な3分の2の議席を割っている。
 投票率が戦後2番目に低い48.8%に低下したため、この程度の陰りにとどまった。投票率が上がれば、選挙制度の制約を乗り越えて自民党に勝利することができる。このことは、参院選1人区で共闘した野党4党の比例代表の合計より26.6%もの「上積み効果」があり、山形60.74%、岩手56.55%、秋田56.29%、新潟55.31%、長野54.29%など、統一候補が立候補した選挙区で軒並み投票率が上昇し、いずれも当選したという事実によって裏付けられている。

 内閣支持率の「安定」

 「安倍一強」を支えてきたもう一つの要因は内閣支持率の「安定」である。NHK世論調査による内閣支持率の推移を見れば、長期にわたって一定の水準を維持していることが分かる。一時的に不支持が支持を上回ることがあっても、また支持が盛り返して4割台を維持してきた(図表5:省略)。
 同時に、森友・加計学園疑惑が国会で追及されたときには不支持が支持を上回り、その後の回復によっても支持率は5割に達していない。つまり、政権の安定は5割以下の世論を背景にした低い水準のもので、国会での追及などで政権を追い込むことは十分に可能だということになる。
 しかし、安倍政権は森友・加計学園疑惑というピンチを乗り切った。それが可能だったのは、この問題に関わった官僚などが公文書の改ざんや虚偽の証言などによって安倍首相と昭恵夫人を助けたからである。今に至るも、この疑惑の真相は明らかになっていない。
 このような状況が生まれた要因の一つは、官僚に対する官邸の支配力が強化されたことにある。2014年の内閣人事局の新設によって高級官僚の人事が一元化され、その中心に官房副長官が座った。そのために官僚は官邸の意向に逆らうことが困難になり、森友学園疑惑で決済文書の書き換えに関与させられた財務省近畿財務局の職員の1人は、それを苦にして自ら命を絶った。
 逆に、森友学園疑惑で首相夫人付きだった官僚は昭恵氏をかばい続けた後に在イタリア大使館の一等書記官へと栄転し、決裁文書改ざんで中核的な役割を担った財務省官房参事官も駐英公使となった。不起訴とした大阪地検特捜部長は大阪地検の次席検事となって出世コースに乗り、当時の近畿財務局長も財務官に昇進している。加計学園疑惑で白を切り続けた萩生田元官房副長官は文科相に抜擢された。飴と鞭による官僚支配の貫徹である。
 もう一つの要因は、公文書管理のルールが明確にされず、問題が発生した後での検証が困難になっていたことである。これについては、その後一定の改善がなされたが、かえって行政関連の文書や記録が隠蔽されやすくなったという面もある。行政に関連する情報は国民の財産であり、行政監視の徹底や国民の知る権利を守るという点からも、行政の記録が残され事後検証可能な条件を整備しなければならない。
 さらに、第3の要因として、国会での野党の追及のあり方という問題もあった。野党がバラバラに質問するため、論点が分散したり重複したりして十分に政権を追い込めなかった。その後、野党合同のヒアリングや立憲・国民・社保・社民などによる統一会派の結成、質問に向けての調整など一定の改善がなされている。

 教育による若者の取り込み

 かつて若者は革新的で政権批判の傾向があると見られていた。しかし、今日ではその若者が「安倍一強」を支える世代として注目を集めている。とりわけ、18歳選挙権が導入された4年前の第24回参院選では、新たな有権者となった18~19歳の与党支持率の高さが際立っていた。それは何故なのだろうか。
 その最大の理由としてあげられるのが、教育による若者の取り込みである。自民党政権は一貫して日教組を敵視し教育への介入を試みてきたが、安倍首相は特に教育改革に力を入れてきた。
 第1次安倍内閣では教育基本法と学校教育法など関連3法を改定して愛国心教育を強化した。第2次政権となってからも教育再生実行会議を発足させ、道徳教育の教科化、教科書検定の強化、大学入試改革、教員への管理・統制、教育内容への関与と介入を強めてきた。
 教科書の内容も変わった。とりわけ、「つくる会」の教科書や育鵬社版の歴史教科書によって従軍慰安婦などの記述は削除されたり書き換えられたりしてきた。その結果、安倍首相が期待する若者が形成されてきたのである。その目的は、政権に従順で愛国心に満ち「祖国」のために進んで命を投げ出すことを望むような若者の育成であった。
 しかし、戦後教育がめざした民主的な人格形成のための教育を取り戻せば、状況を変えることができる。愛国心教育や道徳教育の教科化、教科書検定の強化に反対し、検定内容の偏向を正して誤った歴史記述の教科書の採用を許さない取り組みに力を入れなければならない。教員に対する管理・統制や労働強化、長時間労働を是正し、教員が子供たちと接する時間を増やすことも必要だ。
 過去の歴史的事実や周辺諸国との関係について、教育やネットなどによって注ぎ込まれた誤った知識を是正しなければならない。若者に事実を伝えていくための様々な取り組みを工夫することも重要だ。街頭宣伝や講演会、ネットやSNSなども活用し、社会的レベルでの歴史教育を幅広く展開していく必要がある。
 現状を肯定しがちになる若者の心理には、将来に対するあきらめと期待値の低さもある。自らの将来が今よりも良くなるという希望や展望を持ちにくい現状は政治の貧しさの結果であり、安倍首相によってもたらされたものにほかならない。その因果関係を理解し、現状打開の展望、将来への希望を持つことができれば、現状肯定に傾きがちな若者心理にも変化が生ずるにちがいない。

 マスメディアの変容

 マスメディアの変容によって政権の正体が隠され、見えにくくなっている。それが「安倍一強」を支える大きな要因だ。国民が目にする政治の実相は数々のベールによって隠され、別の映像や言説によって惑わされている。その結果、「フェイク(虚偽)ニュース」が氾濫し「ポスト真実」の時代が生まれた。
 近年になって、国民をとりまく情報環境は大きく変容した。ニュースを入手する主たる手段であった新聞は購読者の減少に悩み、政府を監視したり牽制したりする役割を放棄し始めている。若者などが情報を入手するのは主としてインターネットやツイッター、ファイスブックなどのSNSで、事実に基づかない誹謗や中傷なども飛び交っている。
 このような情報環境の悪化こそがヘイト発言や偏狭な差別心が巣くう社会、国民意識の右傾化を生み出す大きな要因だ。安倍政権はそれを是正しようとしないばかりか、ハードで強権的な管理・統制とソフトで目立たない懐柔策との併用という形で促進してきた。
 テレビに対しては、場合によっては電波の免許を停止すると脅した高市早苗総務相の発言があった。元総務次官経験者によるNHK経営委員会に対する抗議、JR九州の相談役で日本会議福岡の名誉顧問だった経営委員長によるNHK会長への厳重注意など、日本郵政によるかんぽ不正を描いたNHKのテレビ番組『クローズアップ現代+』をめぐる一連の介入事件もテレビ番組への直接的な圧力行使の一例である。
 ソフトな懐柔策の例は、安倍首相の臨時国会に向けての所信表明演説前日の動静に示されていた。この日の午後、「2時31分、新聞・通信各社の論説委員らと懇談。59分、在京民放各社の解説委員らと懇談。3時23分、内閣記者会加盟報道各社のキャップと懇談」と報じられている。これらの報道関係者と、時には酒食をともにした「懇談」もなされている。
 また、「国境なき記者団」が発表する「報道の自由度ランキング」で日本は67位であり、「あいちトリエンナーレ」の「表現の不自由展・その後」中止をめぐる一連の経過と文化庁による補助金の不交付という事例もあった。これは政治情報に関わるものではないが、日本における言論・表現の「不自由」を象徴的に示したものだと言える。
 マスメディアは激しい競争にさらされ、一部のメディアは企業としての生き残りを模索するようになっている。商業主義に屈服し、売り上げや視聴率を気にして理想・理念よりも商売・業績を優先し、誤った情報環境によって醸成された歪んだ社会意識に迎合しようとする。売上優先でフェイクニュースを垂れ流し、それによって社会の劣化と右傾化がさらに促進されてしまうという悪循環に陥っている。
 大企業化したメデイア産業は商業主義に屈し、ますます保守化していく。大きな産業になれば、政権との距離も近くなる。それを牽制できるのは有権者であり消費者でもある国民だけだ。絶えず、有権者として権力を監視し牽制するジャーナリズムとしての本分を問い、情報のよしあしを見分ける目を持った賢い有権者・消費者にならなければならない。

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