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12月14日(月) 日本政治の現状と変革の展望(その1) [論攷]

〔以下の論攷は、日本民主主義文学会の『民主文学』2021年1月号、に掲載されたものです。4回に分けてアップさせていただきます。〕

 はじめに

 「私が目指す社会像は、『自助・共助・公助』そして『絆』です。自分でできることは、まず、自分でやってみる。そして、家族、地域で互いに助け合う。その上で、政府がセーフティーネット(安全網)でお守りする。そうした国民から信頼される政府を目指します。」
 新たに首相の地位に就いた菅義偉前官房長官は、所信表明演説でこう述べました。それは、9月16日に就任してから40日も経ってからのことです。その遅さと内容の陳腐さにおいて、歴代内閣と比べても際立っていたというしかありません。
 菅新政権は「安倍政権の継承」を掲げていますが、政策路線だけでなく国会軽視の政治姿勢や強権的な政治手法まで「継承」しているようです。しかも、菅首相には「森友・加計」学園疑惑や「桜を見る会」の問題など、数々の疑惑にフタをして官房長官として安倍内閣を支えてきた実績があります。安倍前首相以上に危険で強権的な政治運営を行うのではないでしょうか。
 最低・最悪との批判を受けていた安倍前首相ですが、その後継である菅新首相は、さらにそれを上回る悪質さを示しています。政権発足後、短時日で発覚した日本学術会議の6人の会員の任命を拒否した問題は、このような菅政権の本質を露呈するものでした。
 新型コロナウイルスの感染が拡大し、世界的な不況の下で経済活動もままならず、国民のいのちと暮らしが脅かされています。それにもかかわらず、自公政権は効果的な対策を打てないばかりか政権維持に汲々としています。派閥間の談合による菅政権の発足にも見られるように、自民党は自己刷新の機会を失い、日本の政治はますます劣化の度を深めました。
 「安倍政治」の「劣化バージョン」にほかならない菅政権は、当初の高い支持率を下落させ、日が昇った途端に「黄昏時」を迎えているような状況に陥っています。このような菅政権は日本をどこに導こうとしているのでしょうか。日本政治の劣化を防ぎ、希望の持てる「新しい政治」に向けての変革の展望はどこにあるのでしょうか。

1、 菅義偉新政権の発足

 「たたき上げ」という「虚像」

 「雪深い秋田の農家の長男として生まれ、地元で高校まで卒業いたしました。卒業後、すぐに農家を継ぐことに抵抗を感じ、就職のために東京に出てきました。……五十数年前、上京した際に、今日の自分の姿はまったく想像することもできませんでした。」
 9月8日、自民党総裁選への立候補を届け出た菅義偉官房長官は石破茂元幹事長や岸田文雄政調会長とともに所見発表演説会に臨み、このように自らの過去を振り返りました。47歳で国会議員に当選したことについても、「まさに地縁、血縁のないゼロからのスタートでありました」と、「たたき上げ」の経歴をさりげなく誇示しています。庶民出身の苦労人だという「虚像」の始まりです。
 この「虚像」の効果は直ちに現れました。菅内閣発足後の各種世論調査で、軒並み60~70%台という高い支持率を記録したからです。
 一般的に、政権発足直後の内閣支持率は高く、その後徐々に減るという傾向があります。新しい政権が始まったことに対する「ご祝儀」が含まれているからです。今回の菅新政権に対する支持率の高さも「ご祝儀相場」であったと思われますが、それだけではありません。
 前述のような庶民出身の苦労人で「たたき上げ」だという「虚像」が幻想を生んだからだと思われます。前任の安倍首相を始め、総裁選で闘った石破元幹事長や岸田政調会長はいずれも二世・三世議員で、庶民とは言えない出自でした。
 また、官房長官として新しい元号を発表し、「令和おじさん」として知名度抜群で親しみをもたれていたことやパンケーキ好きだというマスコミ報道の影響もあったと思われます。実際には、ホテルニューオータニで3000円もするパンケーキで、庶民が気軽に口にできるようなものではなかったにもかかわらず。
 加えて、菅首相は携帯料金の値下げや不妊治療の保険適用など、身近な実益を生み出す政策を意識的に打ち出しました。これらの政策は若者や女性に歓迎された面もあったでしょう。しかし、このような菅首相のイメージや新政権への期待は極めて表面的なもので、「虚像」に基づく幻想にすぎなかったことは間もなく明らかになります。そのことは、当初高かった内閣支持率が軒並み急減するという事態にはっきりと示されました。

 露骨な新自由主義

 菅首相は就任後初の記者会見でも所信表明演説でも、「私が目指す社会像、それは自助・共助・公助、そして絆であります」と述べ、「そのためには、行政の縦割り、既得権益、そしてあしき前例主義、こうしたものを打ち破って規制改革を全力で進めます」と約束しました。「規制改革を進め」、「国民のために働く内閣」を作るというのです。
 ここには、菅政権の「社会像」が露骨な新自由主義に基づくものであることが明瞭に示されています。コロナ禍の下で、世界的に新自由主義的な経済効率優先社会への反省が語られ、医療・介護・福祉などのセーフティーネットの充実こそが何よりも優先されなければならない時に、〝まずは自分で何とかしろ〟というのですから呆れてしまいます。
 順番が逆です。何よりも目指すべきは、「公助」によって政府の責任を果たすことです。コロナ危機によって不安を高めている国民に対して、政府がきちんと対策を講ずるから心配ないと、先ずは「公助」の決意と具体的な対策を語るべきだったでしょう。「公助」こそが必要な時に「自助」を語ることの誤りに気がついていないのです。
 かつて、菅首相が総務副大臣のとき、上司だったのが竹中平蔵総務大臣でした。今回、首相となった菅氏はさっそく人材派遣業大手の竹中平蔵パソナグループ会長と会食し、菅内閣として進める規制改革や経済政策についてアドバイスを受けています。その後、安倍前政権の「未来投資会議」を解体して新たに始動させた「成長戦略会議」にも竹中氏を加え、小西美術工藝社のデービッド・アトキンソン社長や金丸恭文フューチャー会長兼社長など、新自由主義的な「自己責任」や格差社会を容認する危険な人々を選任しました。
 また、「国民のために働く内閣」というのも、取り立てて強調する必要があるのでしょうか。八百屋の主人が「野菜を売るぞ」と胸を張っているようなものではありませんか。前の政権が「国民のために働かない内閣」だったと言いたいのかと勘繰りたくなります。

 行き詰まりの継承

 菅新政権は安前倍政権の継承を掲げて出発しました。行き詰まった安倍前政権を引き継げば、結局、その行き詰まりも受け継ぐことにならざるを得ません。それは何よりも、新内閣成立のプロセスと人的な構成から明らかです。
 菅氏を担ぎ出して首相の座に押し上げたのは二階俊博幹事長でした。それは石破茂元幹事長の総裁選出を阻むためです。コロナ対策での減収世帯30万円支給案を推進し、国民の批判を浴びて撤回に追い込まれた岸田政調会長では石破氏には勝てないと考えたからです。
 代わりに「令和おじさん」として人気を高めた菅氏を担ぎ出すことで、石破当選を阻止しようとしたのです。その後の経過は二階氏のシナリオ通りの展開となり、菅候補に主要5派閥の支持が集まって菅新首相の誕生となりました。密室談合によって、幕が上がる前にドラマは終わっていたのです。 
 こうして発足した菅政権ですが、その骨格に大きな変化はありませんでした。安倍前政権を支えてきた「3本柱」である菅氏は首相になり、二階俊博幹事長と麻生太郎副総理兼財務相は留任しました。自民党役員では森山裕国対委員長、主要閣僚では、茂木敏充外相、萩生田光一文科相、梶山弘志経産相、赤羽一嘉国交相、西村康稔経済再生相、橋本聖子五輪相の5人が留任し、加藤勝信官房長官、河野太郎行革担当相、武田良太総務相はポストを変えて再任されました。
 党の役員や閣僚として安倍前政権を支えた議員も再入閣し、新入閣はたったの5人です。上川陽子法相や田村憲久厚労相など4人は安倍前政権で閣僚になった経験がありました。菅首相自身は無派閥出身ですが、党役員人事や閣僚ポストは各派閥にほぼ均等に配分されています。
 また、菅首相ら自民党籍の閣僚20人中18人が「靖国」派の改憲・右翼団体である「日本会議国会議員懇談会」と「神道政治連盟(神政連)国会議員懇談会」に加盟しています。菅首相は靖国神社の秋季大祭に際して真榊を奉納しました。未加盟の小泉進次郎環境相も毎年の終戦記念日に靖国神社を参拝しています。極右内閣としての性格も安倍前政権から引き継いだわけです。
 ただし、引き継がなかった面もあります。女性閣僚の数です。前内閣も3人と少なかったのですが、今回はさらに1人減って2人になってしまいました。なぜそうなったのかと問われた菅首相は「華やかさよりも実務をとった」と答えていました。女性閣僚は飾りにすぎず、実務能力で劣るという菅首相の女性観がこの説明にはっきりと示されています。

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