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12月16日(水) 日本政治の現状と変革の展望(その3) [論攷]

〔以下の論攷は、日本民主主義文学会の『民主文学』2021年1月号、に掲載されたものです。4回に分けてアップさせていただきます。〕

3、必要なのは継承ではなく大転換

 山積する難問

 菅新政権の前途には難題が山積しています。本来であれば、政権交代を機に新たな方針を打ち出して新政権への期待を高めることもできたはずです。しかし、今回は「振り子の論理」は働かず、政策転換のチャンスを自ら放棄してしまいました。
 安倍前首相が得意とし、一般的には評価の高い外交ですが、実態は散々なものです。日米関係を重視するからといって、一方的に従う必要はないはずです。自ら譲るばかりの隷従外交から対等平等な関係に変え、外交・安全保障政策を刷新することが求められています。
 具体的には、日米地位協定の改定、沖縄・辺野古での土砂投入の中止、武器爆買いの見直しなどに着手すべきです。北東アジアでの軍縮・緊張緩和の提案、韓国をはじめとした周辺諸国との関係改善を進めなければなりません。
 陸上イージスの撤回に当たって安倍前首相が談話を出して置き土産とした敵基地攻撃論の検討も大きな問題です。先制攻撃は国際的ルールや憲法、専守防衛の国是に反し、軍事技術的にも財政的にも実現不可能な妄想にすぎません。外交と話し合いによる安全保障政策へと大転換するべきです。
 全く前進しなかった拉致問題と北方領土問題の打開、核兵器禁止条約の批准などの課題にも取り組む必要があります。核兵器禁止条約の批准国が50カ国を超え、2021年1月に発効することが決まりました。唯一の戦争被爆国である日本政府は核兵器を違法とする国際条約に加わっていません。核保有国と同じ立場に身を置くことによって、世界に恥をさらしました。
 内政面では、コロナ対策を強化し、医療・保健・介護などのケア優先の社会に転換しなければなりません。非正規労働者や女性、外国人労働者など社会基盤の維持に不可欠な労働者たち(エッセンシャルワーカーズ)の役割をきちんと評価して差別をやめ、処遇を抜本的に改善することが必要です。
 消費増税とコロナ禍で大打撃を受けた経済を立て直すことも必要です。大企業と株主優遇から中小企業・地方重視の経済政策への転換が迫られています。賃上げや最低賃金の引き上げなどによる可処分所得の増大を図ることは急務です。年末に向けて職と食、住居を失う労働者、中小企業の倒産や廃業の激増が懸念されます。早急に手を打たなければなりません。
 政府は福島第一原発事故の放射能汚染水を太平洋に放出しようとしています。科学的根拠の乏しい独断専行で海洋汚染と風評被害を拡大する暴挙であり、直ちに中止すべきです。
 菅政権の目玉政策とされている携帯電話の料金値下げは民間企業の経営への介入です。不妊治療と新婚家庭への支援は少子化対策としての効果は薄いとの批判があります。デジタル化の推進にはマイナンバーカードの普及と監視社会化の推進、情報通信産業を成長産業とする狙いなどが隠されています。
 
 改憲の野望とジレンマ

 「首相の考え方は安倍政権を踏襲することが基本。憲法改正にまい進する意思表示と受け取っていただいて結構だ」。自民党憲法審査会の佐藤勉前会長は、後任の細田博之審査会長(前自民党憲法改正推進本部長)や衛藤征士郎本部長など、憲法関連の新たな体制についてこう強調しました。「安倍9条改憲」の基本路線に変更はないということです。
 衛藤新本部長は役員会冒頭のあいさつで「現在、議論中の『条文イメージ』は完成された条文ではない。よって党の改正原案を策定するために憲法改正原案起草委員会を立ち上げたい」と発言しました。その後、起草委員会は初会合を開いて年内に成案を取りまとめる方針を決めています。憲法論議の加速化に意欲を示したことになります。
 しかし、原案策定で自民が独走すれば野党の硬化を招きかねません。直後に新藤義孝自民党憲法改正推進本部事務総長が「一切これまでの方針に変更はない」と打ち消すなど、早くも足並みの乱れが生じています。安倍改憲路線には大きなジレンマがあり、それが解決されていないからです。
 強力な改憲推進体制を確立し、力づくで進めようとすれば野党や国民の警戒心を高めてしまい、丁寧にやろうとすれば時間がかかるというジレンマです。どちらにしても、思うようには進まないというのがこれまでの経過でした。
 そもそも、憲法は国の基本法です。改憲は禁じられていませんが、そうしようとするのであれば、幅広い国民の理解と与野党間の合意のもとに丁寧に行われなければなりません。国民の過半数以上が反対している9条改憲を、99条で憲法尊重擁護義務を負う安倍首相が先頭に立って強引に進めようとしたこと自体、初めから間違っていたのです。
 菅新政権でも改憲路線に違いがないのであれば、自民党案4項目に示されている9条への自衛隊の書き込みと緊急事態条項の新設という発議を阻止しなければなりません。また、特定秘密保護法、安保法制=戦争法、「共謀罪」を含む組織犯罪処罰法など違憲の疑いの濃い法律を廃止することも必要です。

 「負の遺産」と「負の資産」

 菅新政権は「安倍政治」が残した「負の遺産」も継承しました。政治の私物化として大きな批判を浴びた「森友・加計」学園疑惑、「桜を見る会」や河井夫妻の大量買収事件など、「安倍政治」の闇を支えてきたのが菅官房長官です。その人が正面に出てきたのですから、「負」の側面がさらに大きくなる恐れさえあります。
 菅氏は森友問題など疑惑解明に向けての再調査を拒み、官僚の忖度を強めた内閣人事局を見直さないばかりか、政権の決めた政策の方向性に反対する幹部は「異動してもらう」と明言しました。また、総裁選で首相の国会出席について「大事なところで限定して行われるべき」だと主張し、できるだけ制限したいという意向をにじませました。
 森友疑惑や河井夫妻の事件については裁判が進行中で、新たな事実が出てくる可能性があります。事実、河井事件では買収された側の証言や森友事件でも新たな音声データが公開されたりしました。再調査を実施し、記録の保存と公文書管理の適正化を図り、政策形成過程の事後検証が可能なようにして官邸支配とマスコミ統制をやめさせなければなりません。
 しかし、事態は逆に進みそうです。菅首相の著書『政治家の覚悟』が新書版となって発売されましたが、単行本時の「政府があらゆる記録を克明に残すのは当然」と公文書管理の重要性を訴える記述があった章が削除されました。菅氏のオフィシャルブログには同様の記述が残されており、このような自分の見解まで隠蔽するのかとの批判を招いています。
 また、これまで以上に、マスコミ統制が強まる恐れが出てきました。新内閣の首相補佐官に柿崎明二元共同通信社論説副委員長が就任したからです。今後は「政策の評価・検証を担当」するようですが、本当の役割はメディア各紙の政治部長を牽制することではないかと見られています。
 菅新首相は安倍前首相以上に権力闘争に長けた陰険で狡猾な本性を示しています。安倍前首相の路線と手法を受け継ぎつつも、それとは異なる独自の政策と手法によって「安倍政治」の本質を継承しようとしているのです。「安倍政治」から引き継がれた「負の遺産」と菅首相による独自の「負の資産」の両方が絡み合い「負のスパイラル」が加速しそうです。
 今必要なことは、行き詰まった前内閣の路線を継承することではありません。コロナ禍の広がりによって明らかになったのは、日本政治の根本的な刷新によって新たな希望を生み出すような大転換が求められているということです。そして、そのような転換をもたらす変革への鳴動も始まっています。

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