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5月1日(日) 岸田政権の危険な本質と憲法闘争の課題(その1) [論攷]

〔以下の論攷は、『月刊全労連』No.303 、2022年5月号、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕

はじめに

 安倍晋三元首相が執念を燃やした憲法の明文改憲に向けての動きは、岸田文雄首相によって受け継がれた。それだけでなく、ロシア軍によるウクライナ侵略を利用した危機便乗型の改憲論も強まるなど、改憲発議の危険性が現実の脅威とされるような新たな局面が生まれている。
 安倍元首相がビデオメッセージで「2020年の新憲法施行」への意欲を表明してから4年。改憲反対を掲げる署名活動の効果などもあって、発議はなされなかった。国民運動の大きな成果である。
 しかし今日、改憲策動が新たな局面を迎える状況の下で、改憲阻止を中心とした多面的な憲法闘争の必要性が高まっている。憲法条文の書き換え(明文改憲)に向けての発議に反対するだけでなく、憲法解釈の変更(解釈改憲)を阻止し、憲法に反する法律や制度の改変(実質改憲)も許さない取り組みが求められている。
 また、これらの多面的な改憲策動(明文改憲・解釈改憲・実質改憲)に反対するだけでは不十分である。それと共に、憲法に基づく内政や外交、安全保障政策についての将来ビジョンを明らかにし、それを実現して政治や生活に活かせる活憲政府の樹立をめざさなければならない。
 このような政府は、立憲野党による共闘によってこそ樹立することができる。改憲発議阻止を中心とした多面的な憲法闘争と野党共闘による連合政権樹立による活憲の政府に向けての展望を切り開くことがこれからの課題である。その天王山となるのが、7月の参議院選挙にほかならない。

1, 改憲策動の新局面と危険性

 ロシアによるウクライナ侵略の教訓

 2022年2月24日、西部の国境地帯で大規模な演習を繰り返していたロシア軍は、大挙してウクライナへの侵略を開始した。プーチン大統領はこれを正当化する演説を繰り返したが、「主権の尊重」「領土の保全」「武力行使の禁止」を加盟国に義務付けた国連憲章をはじめとする国際法に反する侵略であり、断じて許されない暴挙である。これを機に、憲法の平和理念に反する「力対力」による軍事的な対応の必要性が声高に主張されるようになった。しかし、これは大きな間違いである。
 戦争が始まれば多くの死傷者や難民が出ることは避けられない。そうなったこと自体、それまでの政治や外交が失敗したことを意味している。いかなる理由があっても戦争を始めてはならず、最終的にその「引き金」を引いたのはロシアのプーチン大統領だ。「戦争犯罪人」としての責任を免れることはできない。
 何よりも対立や紛争は武力によってではなく、話し合いで解決されなければならない。力に対して力によって対抗しようとすれば、必ず破局をもたらし犠牲を生む。最善の解決策は対立を激化することなく敵愾心を持たせず、友好関係を維持しながら緊張を緩和することである。それに失敗した結果が戦争となる。
 軍拡や軍事同盟への依存は逆効果だということも明らかになった。ロシアの侵略の口実は北大西洋条約機構(NATO)の東方への拡大であり、それへのウクライナの加盟問題である。ウクライナも米欧もこの点を過小評価していたのではないか。NATOへ加盟し安全を確保しようとすることは、対立激化の一因となり侵略の口実とされた。軍拡や軍事同盟への依存は周辺国の敵愾心を刺激するだけで、安全をもたらさなかった。安全保障のパラドクス(逆説)である。
 また、プーチン大統領が主張したロシアの論理は、「敵基地攻撃論」と同じ誤りを示している。ウクライナがNATOに加盟すれば大きな脅威となるから、それを阻止するために攻撃したとするプーチンの説明は、ミサイルを発射されれば大きな脅威となるから、その前にせん滅すべきだという主張と紙一重だ。結局は、相手国に対する先制攻撃を正当化するための屁理屈にすぎない。
 重要なのは、戦争を回避するためにあらゆる外交努力を行うことだ。戦争で犠牲になるのは一般市民で、軍産複合体が喜ぶだけだ。戦争回避に必要なのは武力ではなく、友好的な互恵関係を築くための外交なのである。

 岸田政権の危険性と自民党の変質

 岸田首相は池田勇人を祖とする宏池会の出身である。そのために、リベラルで軽武装、経済主義という衣をまとって登場した。自民党総裁選に立候補した当初、「令和の所得倍増」などと口走ったように、岸田首相自身、このようなイメージを充分に自覚していたと思われる。
 しかし、それは単なる幻想にすぎない。外見は異なって見えても、中身は同じだからだ。安倍元首相や麻生元副総理の支持と支援によってその地位を手に入れた岸田首相にとって、安倍・菅政治の継承は既定路線だった。とはいえ、その共通の路線を異なったイメージを活用しながら、異なったやり方で実行しようとしているところに岸田首相のしたたかさと危険性がある。
 岸田内閣に対する支持率の動きは、それ以前とは大きく異なっている。図1のグラフ(省略)はNHKによる調査を示したものだが、新型コロナウイルスによる感染拡大の第6波が訪れたにもかかわらず、比較的高止まりしているからだ。毎日新聞の調査では不支持率が支持率を上回ったが、それでも45%と4割台の支持率を維持している。これまでの岸田内閣への支持は比較的安定しており、その点にしぶとさが示されている。
 岸田政権は同じ宏池会出身だということで、池田政権と比較されがちだ。池田元首相は安保闘争を引き起こした岸前首相の後を引き継ぎ、所得倍増という経済主義路線を打ち出し、強権的な政治主義によって生じた混乱を収束させた。岸田政権は「聞く力」を売り物に、前任者の強権的手法とは一線を画している。
 しかし、池田元首相と似ているのはこの点だけである。総裁選で主張していた「金融所得課税」や「新自由主義からの転換」は早々と姿を消し、「新しい資本主義」はスローガンだけで実体は見えない。新型コロナ対策での後手、子ども一人当たり10万円給付での混乱、ワクチン接種の遅れ、経済無策などは前政権と変わらず、改憲と軍事大国化路線は前政権以上に際立っている。
 その背景には、国民の保守化に対応した自民党の変質がある。第2次安倍政権の下で、自民党は多元的な政治潮流を含むキャッチ・オール・パーティーとしての特徴を失った。安倍・菅政治に追随する右翼的保守派に支配される部分政党(キャッチ・パート・パーティー)に変わったのである。自民党総裁選に立候補すらできなかった石破茂元幹事長とそのグループの末路が、多元性を失ってしまった自民党の変質を物語っている。

 岸田首相による改憲策動の多面性
 
 このような自民党の変質のもう一つの現れが、岸田首相とその出身派閥である宏池会の変容であった。池田元首相は明文改憲路線から解釈改憲路線へと転じ、国論を二分するような政治的対立を避け、所得倍増計画によって国民の支持を集めた。岸田首相の先輩に当たる古賀誠元宏池会会長は『憲法9条は世界遺産』(かもがわ出版)という著書を上梓し、9条改憲に反対していた。
 岸田首相自身もかつて「9条改正は必要なこととは思わない」と発言しており、2017年放送のラジオ番組でも「自民党として丁寧な議論を行っていきたい」と答えるなど、改憲に積極的ではなかった。それが変化したのは、安倍後継総裁に向けて禅譲路線を取り、安倍元首相におもねる対応に転じたからだ。改憲の機運を高めるための全国行脚などを提起したのもこのとき以降である。
 このような安倍元首相への迎合は、昨年の総裁選でさらに強まった。それは支援への返礼であると同時に、安倍元首相を支えてきた右翼保守派にすり寄り、自民党の右傾化と部分政党への変質に対応するためでもあった。自民党内で多数派となるために、右へとハンドルを切ったのである。
 こうして、岸田首相は明文改憲を推進する路線に転じた。ただし、安倍首相のように正面から改憲の旗を振ることは避けている。トップが改憲論議を引っ張ろうとして反発を強めた反省があるからだ。2022年1月17日の施政方針演説でも「国会での論戦を深め、国民的な議論を喚起していく」と述べるにとどめていた。
 他方で、昨年11月19日の自民党総務会で「憲法改正推進本部」を「実現本部」に改め、本部長に古屋圭司元国家公安委員長を充てる人事を決定した。その後、タスクフォースを立ち上げ、全国11ブロックの責任者を集めて連休までに全都道府県連で少なくとも1回の集会を開くこととし、2月6日に岐阜市で初の地方集会を開催した。
 このように、岸田改憲路線は国民向けと党内向けを使い分け、国民に対しては改憲に消極的だという宏池会のイメージを利用しようとしている。また、国会内での憲法審査会を舞台にした発議に向けての準備だけでなく、「国民世論の喚起」を重視するのも特徴的である。
 さらに、このような明文改憲に向けての取り組みだけでなく、憲法解釈の変更による敵基地攻撃能力の保有と先制攻撃、国家安全保障戦略・防衛計画の大綱・中期防衛力整備計画という3文書を9年ぶりに見直すなど実質改憲にも着手しようとしている。岸田首相の改憲策動がこのような多面性を持っている点に注意しなければならない。
 これらの見直しに際して、岸田首相はあらゆる選択肢を排除しないとしている。しかし、これも大きな間違いだ。戦争に結びつくような憲法に反する選択肢は断固として排除しなければならない。憲法99条による憲法尊重・擁護義務を無視することは許されない。

 新局面が始まった

 以上に見たような多面的な改憲策動への着手という岸田首相の手法が、新局面の大きな特徴になっている。それだけではない。明文改憲に向けても新たな動きが生じている。その最たるものは、前述の憲法改正実現本部を司令塔に本腰を入れて世論工作を始めていることだが、その他にも以下のような点が注目される。
 第1に、昨年の総選挙の結果、日本維新の会と国民民主党が議席を増やし、改憲に積極的な姿勢を示していることである。自民党が世論喚起に本腰を入れ始め、憲法審査会での審議促進を図っているのも、野党内で改憲支持勢力が増え、衆院での発議の可能性が高まったからにほかならない。
 第2に、国民投票の手続きを定めた国民投票法が、昨年の通常国会で改定されたことである。これについては、3年以内にコマーシャル規制などについての改定を行うこととされているが、それが改憲の歯止めになるかどうかについては自民党と立憲民主党の間で解釈が分かれている。
 そして第3に、野党第一党の立憲民主党が孤立を恐れ、自民党とそれに同調する維新などに妥協的な対応を示し始めていることである。予算審議中の憲法審査会の開催に否定的だった立憲民主党は方針を転換し、22年2月10日の衆院憲法審査会への出席に応じた。衆院での予算審議中の開催は13年2月以来のことであった。
 改憲発議に向けて、これまでにない危険な局面が訪れている。しかし、このような動きは国民の意識と大きく乖離している。図2(省略)は、NHKが昨年の衆院選に際して最も重視する選択肢を挙げて聞いた調査である。それによれば、「経済・財政政策」が34%、「新型コロナ対策」が22%、「社会保障制度の見直し」が22%、「外交・安全保障」が6%、「環境・エネルギー政策」が6%となっており、「憲法改正」は3%で最も少なかった。国民は「憲法改正」を望んでいるわけではない。

 改憲の狙いは戦争と独裁

 自民党は憲法条文の書き換え(明文改憲)に向けて、9条への自衛隊明記、緊急事態条項の新設、合区の解消、教育環境の充実という4項目の原案を提示している。これが俗にいう「改憲4項目」である。その中心的な狙いは、1番目の自衛隊明記と2番目の緊急事態条項にある。
 これによって「憲法の3原則は変えません」と自民党は言い訳しているが、自衛隊明記は平和主義に反し、緊急事態条項は国民主権と基本的人権の尊重に抵触する。いずれも「憲法の3原則」を変更することになる。憲法原則の変更は「憲法改正」ではなく、新しい憲法の制定を意味する。
 憲法9条への自衛隊明記の目的は、「最小限の実力部隊」であって「軍隊ではない」とされてきた自衛隊の「国軍化」を実現し、米軍と共に戦争に加わることを可能にすることにある。確かに、平和・安保法制(戦争法)によって集団的自衛権は部分的に行使できるようになり、重要影響事態や存立危機事態と認定されれば米軍と共に作戦行動に参加することができるようになった。
 しかし、それは武器等防護や補給支援などであって、今日でも武力行使を目的としたフルスペック(完全な形)での海外派兵は認められていない。完全な形での集団的自衛権行使のための海外派兵、たとえば「台湾有事」に際しての米軍との共同作戦を可能にするためには、「憲法9条の縛り」を解除しなければならない。そのための手段こそ、9条への自衛隊の明記なのである。
 緊急事態条項を新設する目的は、「大地震が発生した時などの緊急事態対応を強化」することだとされている。「緊急事態においても、国会の機能をできるだけ維持」し、「内閣の権限を一時的に強化し、迅速に対応できるしくみを憲法に規定」すると、自民党は説明している。
 しかし、緊急時に「国会の機能をできるだけ維持」するというのは真っ赤な嘘だ。新型コロナウイルスの感染拡大によってパンデミック(感染爆発)が生じ、「緊急事態宣言」が発出される「緊急事態」の下、憲法53条に基づいて臨時国会の召集が求められても、国会は召集されなかった。
 真の狙いは「内閣の権限を一時的に強化」して法律と同様の効力を持つ政令を出すことにある。国民主権によって成り立っている国会を有名無実化し、その立法権を奪って行政府による専制を生みだそうというのだ。このような独裁が可能になれば国民の基本的人権は無視され、戦争へと動員することが容易になる。改憲の狙いは、まさに戦争と独裁にあると言わなければならない。

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