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12月26日(月) 面白うて、やがて悲しき大阪ダブル選挙-「維新の会」の圧勝をもたらした「改革幻想」 [論攷]

〔以下の論攷は、『労働情報』第830・1号に掲載されたものです。〕

投票所に殺到した無党派層

 注目の大阪ダブル選挙の投票が行われた。結果は、市長選挙で橋下徹候補75万813票、平松邦夫候補52万2641票で橋下候補の当選、府知事選挙では松井一郎候補200万6195票、倉田薫候補120万1034票、梅田章二候補35万7159となって、大阪維新の会の松井候補が当選した。市長選、府知事選とも、橋下氏が率いる「維新の会」の圧勝であった。
 ただし、圧勝したとはいえ、橋下氏が獲得したのは有権者の6割にすぎない。投票者の4割を占める52万人もの有権者は、対立候補に投票していたことに注意する必要があろう。
 同様に、府知事選挙での松井候補の得票率は41%で、過半数にも達していない。当選したとはいえ、有権者の過半数以上は別の候補者に投票したという事実を忘れてはならないだろう。
 投票率は、市長選挙、府知事選挙とも前回を大きく上回った。市長選挙では60.9%となって40年ぶりに6割を超す記録的な高さとなり、知事選挙の投票率は52.9%で12年ぶりに5割を超えた。
 このような投票率の上昇は、これまで選挙に行かなかった人々が大挙して投票所に押し寄せ、そのかなりの部分が維新の会の候補者に投票したことを示している。おそらくその多くは、普段は政治に興味や関心がなかった若者や主婦層(いわゆる「B層」と呼ばれる人々)など無党派層だったと思われる。
 日本の政治状況や大阪の現状に不満を持ちながら、どうして良いか分からなかったこれらの人々が、不満のはけ口や変化への希望を求めて行動に出たのではないだろうか。その点では、中東地域の「アラブの春」、アメリカなどでの「99%運動」や「オキュパイ運動」、日本での最近の若者による脱原発デモなどと共通する政治的・社会的背景があるように思われる。30万人以上ものフォロワーがいるという橋下候補のツイッターが威力を発揮したと思われる点も共通している。
 経済の地盤沈下の中で大阪は幸福度最低だとの調査もあった。閉塞感の中で若者や主婦層は怒っていたのだ。その怒りのはけ口となったのが、橋下氏が率いる維新の会だったのではないだろうか。

橋下候補自身の力と「ワイドショー型」選挙戦

 今回の選挙結果をもたらした要因はそれだけではない。これに加えて、橋下候補の知名度、演説の力、「大阪都構想」に見られるような攻めの姿勢、若さなど、橋下候補自身の要素も大きかったと思われる。
 「ワイドショー型」の選挙戦も話題になった。それを演出し、選挙統括本部長として仕切ったのが、お笑いコンビ「爆笑問題」などが所属する「タイタン」のマネージャーだったという。つまり、有権者の不満をかき集めるだけの主体的な要素も大きかったのであり、それを生かすだけの工夫や工作があったということになる。「オモロイ」ことを好む大阪の人々を惹き付け、閉塞感の打破や再生への幻想を抱かせるような仕掛けが随所に凝らされていたという点も見逃せない。
 また、今回とくに目立ったのは橋下氏の出自や親戚の過去について書き立てた『週刊新潮』と『週刊文春』という二大週刊誌のバッシング報道だった。これは橋下候補に対する「B層」の関心を高めただけでなく、「橋下たたき」に対する反発と橋下候補への同情を生み出したように思われる。どこかからのリークによるネガティブキャンぺーンの一種だったのかもしれないが、完全に裏目に出たと言える。
 既存の政党の対応の問題もあった。「橋下独裁」に真正面から対決しようとしたのは共産党だけしかなかったからだ。共産党は市長選への推薦候補の立候補をとりやめ、予定していた中央委員会総会を延期するなど、「ハシズム」阻止のために全力を挙げた。このような対応は極めて異例であり、高く評価できる。
 しかし、その他の政党は腰が引けていたり、様子見を決め込んだり、とても「対決」などとは言えるものではなかった。
 民主党は藤村修官房長官、樽床伸二幹事長代行、平野博文国会対策委員長と大阪選出の政権幹部が3人もいるのに、平野国対委員長を除いて党幹部はほとんど応援に入らなかった。真正面からの対決を避けたと言うしかない。
自民党の場合は、もともと橋下氏を大阪府知事候補に担ぎ出したのは自民党で、所属していた地方議員が維新の会に流れたという事情があった。維新の会から府知事選に立った松井候補も自民党の府議として3選された経歴がある。このような背景もあって、自民党も維新の会との激突を回避した。
 大阪に大きな地盤を持つ公明党も、将来の衆院選をにらみながらの対応となって「自由投票」を決め、どちらの側にもつかなかった。いずれは維新の会との選挙協力も視野に入れた連携を模索すると見られている。
 また、中央政界の動向も微妙な影を落としたようだ。野田首相は選挙直前にTPPへの参加に向けた協議に加わることを明らかにし、消費税の増税に向けても執念を示していた。民主党の平野国対委員長は「新聞を広げたら増税、増税ばかり。大阪は大変なことになっている」とぼやいたと言われているが、まさにその通りになったのである。

「大阪都構想」に寄せられた「破壊力」への期待

 橋下候補は敵を作って強引とも思われる手法で府政を引っ張り、選挙に際しては実現性が疑問視される「大阪都構想」を打ち出した。それなのにどうして勝ったのか、疑問に思う向きもあるかも知れない。その答えは、堂々と、むちゃくちゃなことをやったり言ったりしていたから勝ったのだということだろう。
 大阪府民が、橋下氏の「破壊力」に期待したということではないだろうか。沈滞し行き詰まった大阪を何とか変えて欲しいという願望こそが、橋下圧勝をもたらした原動力だったと思う。「大阪都構想」は、その破壊のシンボルとなった。大阪府と大阪市を合体させて無くしてしまおうというのだから……。
 いや、橋下氏がそう言っていなくても、また、たとえそれが実現不可能な思いつきであったとしても、有権者はそう理解したのだろう。「都」になれば、「府」も「市」も無くなって全く新しい大阪の未来が訪れるにちがいないと……。
 大阪の人々は「改革幻想」に踊らされたということになる。「大阪都」という言葉は、「改革」への期待を生み出す夢となって大阪の人々を捉えた。たとえそれが「幻想」だったとしても、その夢にすがるほどに大阪の現実は厳しいものになっていたということだろうか。しかし、そのような厳しさは大阪だけではない。
 日本全体に、このような「改革幻想」を生み出す余地が生じている。リアリティのない夢と「独裁」を任じて恥じない強力なリーダーシップに期待せざるを得ないほどに、政治は劣化し既存の政治勢力や政党、政治家は無力だと見られているのだ。
 実は、このような「改革幻想」は初めてではない。破壊的ポピュリズムの典型とも言える小泉純一郎元首相の構造改革に寄せられた国民の期待と熱狂、そしてその裏切りと無惨な結末という前例がある。
 日本経済の再生をもたらしてくれるのではないかという国民の熱狂的な期待と支持を背景に小泉氏は「改革」を進め、結局は貧困化の増大と格差の拡大によって国民生活に大きな困難をもたらした。「自民党をぶっ壊す」と言って、実際に小泉氏がぶっ壊したのは日本の経済と社会だったのである。
 国民が小泉氏に寄せた変革の夢は「幻想」にすぎなかった。「改革幻想」に騙された国民が夢から醒めてみれば、生活の立ち行かない厳しい現実が待っていたのだ。

橋下府知事の時代に深まった閉塞感

 それでは、今回の選択は大阪の再生をもたらすことができるのだろうか。それも恐らく無理だろう。そもそも、維新の会の圧勝をもたらした大阪の閉塞感は、これまでの橋下府知事の時代に深まったものなのだから。
 大阪の人々の不満や閉塞感には橋下府知事の失政も大きく寄与しており、本来、橋下氏は知事として責任を問われるべき立場にあった。それを回避して追い風にできたのは、橋下氏が知事から鞍替えして市長選挙に立候補したからだ。ここに、橋下氏独特の計算と狡知がある。
 しかし、市長になっても、市議会で維新の会は第1党とはいえ過半数に遠く及ばず、批判の強い教育基本条例案や職員基本条例案を再提案してもスンナリ通るような状況にはない。「大阪都構想」の実現には法律を変える必要があり、さらに実現性が薄い。また、「ハシズム」と言われるような独裁的な手法がこれからも通用するのか、かえって無用の混乱を引き起こすのではないかとの懸念も大きい。
 今後、最も可能性が高いのは、府知事から市長への転身のように、市長として行き詰まる前に次のステップに進むことだろう。橋下氏自身の国政への進出である。本人は否定しているが、そのような可能性は小さくない。すでに、みんなの党からの働きかけがあるようだし、「亀井新党」の動きもある。
 これらと連動しつつ、橋下氏が中央政界の「台風の目」になるかもしれない。今後の政界再編、新党結成の動きに結びつくかが注目される。とはいえ、それが政治の閉塞状況を打開する可能性はなく、混迷状況をなお一層深めることになるだろう。

「改革」への期待が「幻想」であったことに気づいたとき

 いずれにせよ、暴走した後で「騙された」と言ってほぞをかむ――福島第1原発の過酷事故で見たような光景が、再び繰り返されるようなことだけは御免こうむりたい。橋下氏のパフォーマンスに魅せられて熱狂した大阪の人々の多くも、いずれは橋下氏の約束した「改革」が「幻想」であったことに気がつくにちがいない。メルトダウンした原発を目の当たりにして、「安全神話」に騙されていたことに国民の多くが気づいたように……。
 騙されたと分かったとき、大阪の人々の前には今以上に厳しい現実が立ち現れてくるだろう。そして、大阪の人々はこう呟くのかも知れない。
 面白うて、やがて悲しき……。


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