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8月11日(火) 普通の働き方を実現するために―労働の規制緩和と再規制の課題(その3) [論攷]

〔以下の論攷は、女性労働研究会編『女性労働研究―「ふつうの働き方」を諦めない』No.59、青木書店、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕

Ⅲ。労働再規制の課題

 人間らしい労働を実現するためには、雇用改革の方向を逆転させなければならない。それは労働の分野における規制の緩和ではなく、労働再規制である。その目標は、働き続けて生活できる賃金が保障され、生命や健康を損なわない人間らしい労働(デーセントワーク)が実現されることである。そのためには、どのような課題があるのだろうか。
 第1に、雇用の安定である。現代の働き方において雇用形態が多様化することは避けられない。しかし、そのような多様化が雇用の切断を生み出すことがあってはならない。雇用においては無期・直接雇用が原則であり、有期・間接雇用はあくまでも一時的で例外的なものとして許容される。
ときには、雇用が切断されることがあるかもしれない。しかし、その場合でも生活を維持し続け、再就職できるようにすることが必要である。そのためには、失業補償と職業訓練の充実が不可欠の課題となる。もちろん、非正規労働者の保護の拡大や均等処遇の実現、正規化の推進も重要な課題であろう。
 第2に、当たり前に生活できる賃金の実現である。そのためには、時間給の引き上げが必要であり、公務員賃金の引き上げによって世間相場の上昇を図り、生活賃金や公契約運動によって賃金を下支えし、企業グループ内における企業内最賃などの実現をめざさなければならない。
非正規労働者でも生活できる賃金が必要なことは言うまでもない。非正規であっても家計補助的ではなく生活維持的な賃金へと、その性格は変化してきている。非正規労働者といえども、その賃金は「枝」ではなく「幹」なのである。それにふさわしい額とするためには、 最低賃金の上昇を図らなければならない。と同時に、このような負担に耐えられない中小企業への支援が必要である。
 第3に、生きることを阻害しない労働時間の実現である。先の通常国会では過労死・過労自殺を国の責務で防ぐ「過労死等防止対策推進法」が成立した。これは過労死という言葉を初めて使った法律で、これを武器に法的規制を強化し、不払い(サービス)残業の一掃などに取り組まなければならない。
 同時に、労働基準法を改定し、残業時間の上限(月80時間)を定めて「36協定」による延長を認めず、月80時間以上の残業についての労使協定を全て無効とする必要がある。また、EU諸国などで導入されている11時間のインターバル休息の制度も導入すべきであろう。これらの規定を厳格に守らせるために労働基準監督官を増員し、その権限の強化を図り、違反への取り締まりを強化しなければならない。
 第4に、労働と生活を下支えする社会保障の充実である。働く人にとっての最大の問題は、住居・出産・育児・教育・医療・介護・年金などの必要経費を誰がどう保障するのかという問題であり、これまでは年功序列型賃金が基本的にはこれらを負担してきた。いわば、ライフサイクルに対応した生活賃金の上昇によって福祉政策が代替されてきたのである。
 しかし、今日の成果・業績型賃金では、このような形で必要経費を賄うことが難しい。年功型ではない非正規労働者の賃金も同様である。このような年齢に対応しないフラットな賃金と社会保障の貧困が結びつけば、ワーキングプアと未婚者の増大がもたらされることになる。賃金形態の変容によってセーフティーネットの担い手が企業から行政ないしは家庭や地域へと変化しつつある。これに対応可能な新たな福祉国家を展望する社会保障基本法や社会保障憲章の制定が急務となっている。

むすび

 6月に出された「骨太の方針」は「女性の活躍、男女の働き方改革、複線的なキャリア形成の実現など若者等の活躍推進、複層的・複線的な再チャレンジの機会を確保、非正規雇用労働者には教育訓練機会の確保や処遇を改善、少子化対策、健康長寿を社会の活力に」との方向を打ち出した。このような改革課題を掲げざるを得ないほどに、問題は大きくなり矛盾は深刻化してきたのである。
 しかし、これらの課題はいずれも「普通の働き方」で生きられる社会でなければ実現できない。日本を持続可能な社会にするためには「人間らしい普通の働き方」が不可欠であり、そのためには第2次安倍内閣が目指す規制改革の方向を逆転させ、労働再規制を目指さなければならない。
 戦後の日本社会を支え、生活と労働の基盤となってきた働き方を掘り崩しながら、女性や若者の活躍、少子化対策を掲げてみても、土台に穴を開けながら屋根を修理しようとするようなものである。家の傾きは一層大きなものとなり、やがては屋根そのものも崩れ落ちてしまうにちがいない。

【参考文献】
五十嵐仁 2008年『労働再規制-反転の構図を読みとく』(ちくま新書、)
五十嵐仁 2013年「アベノミクスによる労働の規制緩和の再起動」『月刊社会民主』2013年6月号
五十嵐仁 2013年「労働規制緩和が社会を壊す」『ひろばユニオン』2013年6月号
五十嵐仁ほか 2014年『日本の雇用が危ない―安倍政権『労働規制緩和』批判』旬報社
五十嵐仁 2014年「第二次安倍内閣がめざす労働の規制緩和、派遣法改悪」『学習の友』2014年5月号
澤路毅彦 2014年「非正規労働をめぐる政策と運動」大原社会問題研究所編『日本労働年鑑』第84集(2014年版)

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