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9月20日(火) 反転攻勢に向けての活路が見えた―参院選の結果と平和運動の課題(その2) [論攷]

〔以下の論攷は、日本平和委員会発行の『平和運動』9月号、に掲載されたものです。4回に分けてアップさせていただきます。〕

2、野党と選挙協力

 新たな危機感を生み出したのは野党共闘

 このように与党は勝ったが圧勝したわけではなく、満足のいく結果ではなかった。とはいえ、それは「危機感」を生むほどのものではない。菅原議員が「私はむしろ危機感を持ちましたけどね」と言ったのはどうしてなのか。
 それは、「1人区で11も落とした。共産党と民進党の協力がうまく行くはずがないとタカをくくっていましたが、野党協力をナメてはいけなかった」というわけだ。つまり、「野党協力」の力を目の当たりにしたからである。このような協力が今後も続くとすれば、「勝った勝ったと緩んでいたらしっぺ返しを食」う危険性を察知したからにほかならない。
 事実、今回の参院選での野党協力の実績は、自民党に危機感を覚えさせるに十分なものだった。1人区での議席獲得では11勝21敗となり、前回の2勝に比べて5倍以上の成果を上げた。
 当選にはいたらずとも激戦・接戦となった選挙区もあり、1人区での得票数が比例代表での各党の合計を上回る選挙区も続出した。このほか、野党統一候補の擁立によって一騎打ちとなった結果、有権者の関心が増して投票率がアップするという効果も生まれた。
 このような野党共闘の出発点となったのは昨年9月の共産党による「国民連合政権」の提唱で、これは今年2月に「5党合意」に結実した。この合意を基礎に1人区での統一候補擁立の動きが進む。その背景には共産党による候補者の取り下げという決断があった。
 その後、統一候補擁立の動きが加速され、5月31日には最後まで残っていた佐賀県で野党統一候補が実現する。こうして、32ある1人区の全てで統一候補が出そろったが、それは実に参院選公示日である6月22日のほぼ3週間前のことであった。
 それでも前回の5倍を上回る当選実績を上げたのである。もっと早く足並みが揃って統一が進み、万全の態勢がとられていれば、より多くの1人区で当選者を出していたにちがいない。この結果から、菅原議員は「野党協力をナメてはいけなかった」という教訓を引き出し、「勝った勝ったと緩んでいたらしっぺ返しを食」うのではないかと、「むしろ危機感を持」つにいたったのである。

 「東北・甲信越の乱」と「オール沖縄」の威力

 このような「危機感」を裏付けるような事実がある。「東北・甲信越の乱」と「オール沖縄」の威力だ。これらの選挙区の結果を子細に検討すれば、自民党の勢いに陰りが出てきたことが分かる。
 安倍政権が誕生して以来、国政選挙で自民党は連戦連勝のように見えるが、そうではない。前回の2014年衆院選で自民党は2議席減らしている。今回の参院選でも、自民党の議席は前回2013年選挙から9議席減だった。つまり、衆院では2012年、参院では2013年が自民党獲得議席のピークで、それ以降は下り坂だったのである。
 今回は、秋田を除く東北各県と甲信越で自民党候補は全敗した。事前の調査で苦戦が伝えられていたため、安倍首相はこれらの選挙区を中心に応援に入った。しかし、11の重点選挙区の結果は1勝10敗で、2012年の総選挙での勝率87%、前回総選挙(2014年)での38勝38敗の勝率5割を大きく下回った。「“俺が入れば負けない”と思っていた総理は相当ショックだったようだ」と自民党選対幹部は語っているという。
 しかも、東北や甲信越地方は農業地帯で、保守地盤が強い地域だった。しかし、TPP(環太平洋連携協定)への不安や反発、農協改革への批判の高まり、東日本大震災の被災3県では復興の遅れへのいらだちなどもあって自民党の地盤が崩れ、今回の結果につながった。福島では現職の大臣が落選したが、これは原発政策や原発事故・放射能被害対策への不信感を示している。
 沖縄でも、現職大臣が落選した。事前の情勢調査で負けが濃厚とされていたにもかかわらず安倍首相が応援に入らなかったのは、もともと逆転は困難だと判断したからだろう。実際、結果は10万票もの大差での落選であった。これによって、衆院でも参院でも沖縄選出の自民党議員は姿を消した。辺野古での新基地建設に反対し、米軍基地負担の軽減を求める「オール沖縄」による明確な審判であった。

 共闘に加わった各党にも効果があった

 野党共闘の効果は統一候補が立った1人区だけで生じたのではない。アベ政治に対する批判の受け皿づくりに加わった各党も、自民党と対峙する構図を作ったことで野党としての信頼を得て有権者から一定の評価を受けたように思われる。
 とりわけ民進党にとっての恩恵は大きかった。3年前の1人区では公認候補を1人も当選させられなかったが、今回は7人の公認候補を当選させることができた。野党共闘による統一候補でなければ、このような成果を上げることは難しかったにちがいない。
 このような1人区での成果もあって、民進党の当選者は3年前の17議席から32議席とほぼ倍増した。7月8日付『朝日新聞』の推計よりも2議席多い結果で、最終盤で勢いを増したことが分かる。参院選直前での維新の党との合流や民主党から民進党への改名は冒険だったが、野党共闘の中心に座ることによって一定のイメージ・チェンジに成功し、3年前の「どん底」から脱することができたのではないか。
 しかも、前回は東京選挙区で民主党候補の2人を共倒れさせたが、定数増もあって今回は2人を当選させた。自民党の2人の当選者の得票合計は151万票だったのに、民進党の2人の合計は162万票と約10万票上回った。集票力の大きい蓮舫候補がいたとはいえ、首都・東京での票数の逆転は注目される。
 共産党は前回の8議席に及ばなかったとはいえ改選議席3から6に倍増し、比例代表での得票も3年前の前回より86万増の601万票となり、1998年の820万票に次ぐ2番目の高みに到達した。
 社民党は改選2議席を維持することができず1議席減となった。それでも比例代表では28万票増となって前回の1議席は維持している。
 なかでも生活の党は共闘の恩恵を大いに受けることになった。1人区では野党統一候補として岩手と新潟で党籍のある候補が当選している。また、比例代表でも事前の予想を覆して1議席を獲得した。小沢一郎と山本太郎の共同代表2人は安保法制反対運動や野党共闘の実現で大きな役割を演じたが、それが報われる形になったのではないか。


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