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9月21日(水) 反転攻勢に向けての活路が見えた―参院選の結果と平和運動の課題(その3) [論攷]

〔以下の論攷は、日本平和委員会発行の『平和運動』9月号、に掲載されたものです。4回に分けてアップさせていただきます。〕

3、安倍首相の勝因はどこにあったのか

 不安に駆られた有権者は安定を求めた

 自民党の党勢が弱まりつつあり、昨年は「2015年安保闘争」ともいえる市民の運動が高揚した。それにもかかわらず、どうして自民党は勝ち、野党は安倍首相を追い詰めることができなかったのだろうか。
 世界的に見れば、既成政党や政治家への不信感が高まっている。アメリカの大統領選挙では「トランプ現象」や「サンダース現象」が起こり、ヨーロッパでは極右勢力が台頭し、イギリスでもポピュリズムが強まってEU離脱が決まった。欧米では変化を求める政治的な流れが勢いを増しているように見える。
 それなのに、日本の安倍政権は今回の参院選で勝利した。陰りが生じているとはいえ、国会内と自民党内での「ダブル一強」を維持することに成功している。それは何故だろうか。
 それには、移民問題の不在や日本周辺の安全保障環境が大きく影響していると考えられる。欧米の先進国に比べて外国からの難民の流入は少なく、大きな政治・社会問題になっているわけではない。他方で、日本をとりまく周辺諸国との関係は緊張をはらんでいる。北朝鮮の核開発やミサイル実験、中国の南シナ海での埋め立て、尖閣諸島周辺での不穏な動きなどがあり、安全保障面で不安をあおるような報道も相次いだ。
 世界経済の先行きが不透明になっているだけでなく、バングラデシュのテロ事件で日本人が狙われて犠牲になるという、これまでには考えられないような事件も起きた。このような客観的な情勢変化に直面して、国民の多くは不安感を抱き安定志向を強めたのではないだろうか。
 国民はバブル崩壊以来、長期のデフレ不況に痛めつけられてきた。そこからの活路として期待した民主党政権にも裏切られた。もうこりごりだと思っているところに、安倍首相から「あの暗い、停滞した時代に戻っても良いのですか」と言われ、国民はひるんでしまったのではないだろうか。アベノミクスによって得られたというささやかな「成果」にかすかな期待をつなぎ、その行く末を見極めようとしたのかもしれない。

 「隠す、盗む、嘘をつく」という選挙戦術

 これに加えて、安倍首相が意識的に採用した選挙戦術も功を奏したように見える。今回の選挙では、とりわけ「隠す、盗む、嘘をつく」というやり方が目立ったからだ。
 まず、「隠す」ということでは、「争点隠し」をあげることができる。その最たるものは消費税増税の再延期だ。安倍首相は10%への再増税は延期せずにやると言っていたにもかかわらず、「新しい判断」で先に伸ばした。本来ならこれが中心的な争点になるはずだったのに、事前に選挙の争点から消されてしまったのだ。
 改憲問題も同様である。野党は改憲勢力に3分の2を取らせないという争点を掲げたが、安倍首相は街頭演説で口をつぐみ一言も触れなかった。そのため、「首相が本気で改憲を目指すのであれば、自ら国民に問いかけるべきではないか」(『朝日新聞』7月11日付)と批判されるほどだった。
 個別政策でも、評判の悪いTPP、原発再稼働、沖縄辺野古での新基地建設などの争点に触れることを避けた。しかし、争点を隠しきれなかったところでは厳しい審判を受けている。前述のように、TPPへの不信が強い北海道や東北・甲信越、東日本大震災や原発被害への対応の遅れが批判を浴びた被災3県、米軍基地被害や辺野古新基地建設が怒りを引き起こした沖縄などでは野党が善戦した。福島と沖縄では現職閣僚が落選している。
 次に、「盗む」ということでは、野党の政策の横取りという問題がある。自民党は「これまで野党が重視してきた政策を取り入れた」(『毎日新聞』7月9日付)と指摘されるほど、このような傾向が目立った。
 たとえば、最低賃金時給1000円、同一労働同一賃金、給付型奨学金の創設、保育園の増設による待機児童解消、保育士や介護福祉士の処遇改善など、これまで野党が要求し、自民党が無視してきた政策課題が次々に公約とされた。これらの問題を無視できないほどに矛盾が深刻化してきたことの現れであり、それなりに対策を打ち出したこと自体は悪いことではない。
 しかし、その狙いは政策を盗んで野党との違いを見えにくくすることにあった。野党との政策的な違いを曖昧にすることによって、争点化を防ぐという作戦に出たのである。
 さらに、「嘘をつく」ということでは、「アベノミクスは道半ば」だと言い張った。消費税の再増税を行えるような経済的前提条件を作れなかったこと自体がアベノミクスの失敗を示しているにもかかわらず、まだ十分な成果が出ていないからだと強弁したのである。
 すでに破たんし、失敗が明らかなアベノミクスを取り繕い、有効求人倍率などの都合のよい数字を並べて嘘をついた。
 これに加えて、今回の参院選では共産党や野党共闘に対するネガティブキャンペーンを全開させた。共産党への反感をあおって民進党との共闘への批判を繰り返したのである。政策を積極的(ポジティブ)に訴えることができないからこそ、否定的(ネガティブ)な宣伝・扇動に頼らざるを得なかったわけだが、このような選挙戦術が一定の効果を上げたことは否めない。

 安倍戦術を手助けしたメディアの罪

 このような安倍首相による「争点隠し」という戦術の手助けをしたのが、マスメディアであった。その選挙報道は貧弱で、特にテレビは公示後、選挙報道が極端に少なくなった。参院選についての情報を十分に伝えなかったという点では、「争点隠し」に加えて「選挙隠し」を行ったという批判は免れない。
 今回の参院選は選挙権年齢が18歳以上に引き下げられて初めての国政選挙であり、注目度も高かった。それにもかかわらず、公示後に党首討論をやったのはTBSだけで、NHKはニュースでもろくに扱わず、ワイドショーなどでは都知事選の話題の方が取り上げられた。
 調査会社エム・データの集計ではNHKを含む在京地上波テレビの放送時間は2013年の前回参院選より3割近く減っている。情報・ワイドショー番組で民放は6割減だったという。メディアは安倍政権による懐柔と恫喝に屈して報道を控え、結果的に有権者の選挙への関心を低めて「選挙隠し」と「争点隠し」に手を貸したように見える。
 また、改憲問題について新聞各紙は積極的に報道したが、争点化させることはできなかった。改選議席の「3分の2」という数字の意味について、『高知新聞』は「高知で83%意味知らず」という記事を報じ(7月5日付)、『毎日新聞』でも「全国の有権者150人に街頭でアンケートを実施したところ、6割近くにあたる83人がこのキーワードを『知らない』と回答した」という(7月11日付)。
 本来ならマスコミは選挙の前からこのような調査を行って投票日までに伝えるべきだったが、「報道特集」や「報道ステーション」などを除いて改憲問題は取り上げられなかった。7月10日の投開票日に放送された選挙特番は「日本会議」についてのドキュメンタリーや自民党の改憲草案の解説なども行ったが、「選挙後」に放送しても「後の祭り」ではないか。
 参院選の投票率は選挙区で54.70%、比例代表で54.69%となり、前回の52.61%を選挙区で2.09ポイント、比例代表で2.08ポイント上回った。しかし、1947年の第1回以降で4番目に低い投票率である。選挙戦術としての「争点隠し」やメディアによる「選挙隠し」が、このような低投票率にも影響したように思われる。

 若者の意識と選択

 今回の参院選から18歳選挙権が導入され、新たに選挙権を得た18歳と19歳の若者はどのような選択を行うかが注目を集めた。その結果、18~20歳の若い有権者の多くは自民党に投票した。次いで多かったのが民進党、そしてその次が大阪維新の会であった。このような若者の投票傾向も、与党を勝利に導いた要因の一つだったと思われる。
 共同通信社の出口調査では、18・19歳の比例代表の投票先は自民党が40.0%でトップとなり、20代、30代とともに、高い比率を示した。『朝日新聞』の出口調査でも、この年代の自民党への投票は40.0%と20台に続いて2番目に多く、年代が上がるにつれて野党の割合が増えるという傾向があった。
 政党支持率では、自民党33.0%、民進党9.6%に次いで多いのが大阪維新5.9%で、4番目の公明党3.2%を上回っていた。大阪維新は改選2議席から5議席増の7議席獲得と健闘したが、その背景にはこのような若者の政党支持の特徴があった。18歳選挙権導入の恩恵を受けたのは自民党に次いで大阪維新の会だったと思われる。
 若者が投票に際して重視した政策は「景気・雇用」28%が最多で、「社会保障」15%、「憲法」14%などとなっていた。NHKの出口調査では、アベノミクスについて「大いに評価する」「ある程度評価する」と答えた人は合わせて64%で、「あまり評価しない」「まったく評価しない」と答えた人は合わせて36%にすぎない。
 つまり、高校3年生や大学生にとって最も切実なのは就職問題であり、それを左右するのがアベノミクスの前途だと考えられたのである。有効求人倍率の向上や消費税の先送りによる雇用改善に望みをつないだために若者の多くは与党を支持した。経済の先行きに危機感を感じた有権者は安定志向を強めたが、それが最も鮮明に現われたのが若い世代だったのかもしれない。

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