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10月5日(金) 福田内閣の歴史的位置 [論攷]

 新たに発足した福田内閣の歴史的位置について考えてみたいと思います。この内閣は、一つの時代の転換点に位置していると思われるからです。
 この時代は、90年代前半に始まりました。このときも、時代の転換点だったと思います。
 今から見れば信じられないかもしれませんが、それ以前の日本は自信にあふれていました。経済的にはジャパン・アズ・ナンバーワンと言われ、日本的経営がお手本とされていたのです。
 平和憲法に基づく軽武装国家としてのあり方が経済成長の要因だとして、肯定的に評価されていました。軍事はアメリカに任せ、日本は「商人国家」として生きていくという合意があったのです。

 しかし、このような自信や合意は、90年頃に大きく揺らぎます。原因は2つありました。
 一つは、90年代初めのバブル経済の破綻です。これによって「失われた10年」が始まり、日本的経営への自信と信頼が揺らぎました。
 もう一つは、91年の湾岸戦争の勃発です。これによって「一国平和主義」批判が巻き起こり、それまでの軽武装国家路線が見直されます。

 このとき、日本は大きな間違いを犯したのです。大まかに言って、それは3つありました。
 第1に、これまでの過去を精算主義的に総括してしまったことです。日本的なあり方を全て否定し、それとは全く異なった新たな路線を模索しました。
 第2に、その路線は、グローバリズムを受け入れることだと勘違いしたことです。しかも、それが事実上、アメリカ化にすぎないということに気がつきませんでした。
 こうして第3に、日本はグローバル化への対応を急ぎ、アメリカに盛られた「毒」とも知らずに飲み込んでしまったのです。新自由主義と重武装による軍事的国際貢献路線を……。

93年の細川連立内閣樹立は、このような誤った転換を防ぐチャンスでした。この政権は、政治路線から言えば、細川・小沢・武村の新自由主義路線と社会党の社会民主主義路線との連立政権だったからです。
 もし、後者が優位になれば、アメリカに盛られた「毒」をはき出すことも可能だったでしょう。しかし、そうはなりませんでした。
 細川政権の下で、政治改革を旗印にした小選挙区制の導入が強行され、自社さ連立政権の首班となった村山首相が安保と自衛隊の堅持を表明した時点で、社会民主主義路線の可能性は潰えたと言えるでしょう。

 村山首相の後継となった橋本首相の下で、路線転換は急速に進みます。これ以降、新自由主義と軍事的国際貢献路線が前面に浮上してくるからです。
 新自由主義的改革のメニューは、橋本6大改革で示されます。それだけではありません。政治改革に続いて行政改革が本格的に取り組まれ、「官邸主導」による改革推進のための中央省庁の再編や戦略的政策形成システムなどの陣立てが揃いました。
 96年の日米安保共同宣言や97年の新ガイドラインの合意は、いずれも橋本内閣の時代です。これらが日米安保の広域化や対米協力拡大を意味するものであり、軍事的国際貢献路線の具体化であることは言うまでもありません。

 こうして、90年代中葉に、政治改革、橋本6大改革、行政改革が着手され、改革メニューと舞台装置が揃いました。一部については、早々と具体化が始まっています。
 しかし、それはまだ余曲折を免れません。小渕・森内閣において「改革」は徹底されませんでした。
 抵抗したのは、利益誘導型の派閥政治という自民党の支配システムであり、自らの権限と既得権益を守ろうとした官僚です。これらの構造を打ち破ることなしには、「改革」を完全に実行することは不可能だったのです。

 ここで登場したのが、小泉首相です。「自民党をぶっ壊す」「官僚政治を打破する」「痛みに耐えて構造改革を断行する」というのが、このときのスローガンでした。
 政治改革、行政改革と進められてきた「改革」の波は、小泉「構造改革」に合流して頂点に達します。小泉さんは、政治改革によって導入された小選挙区制の効果(派閥構造の弱体化、総裁権限の強化、候補者選定と資金配分による自民党支配)を熟知しており、行政改革による「官邸支配」(首相の支配力強化、経済財政諮問会議による権限の簒奪、官僚の押さえ込み)と併せて、強力な指導力を発揮しました。いわゆる「首相支配」の確立です。
 小泉内閣の5年間で、日本は大きく変わりました。今や、新自由主義は全盛で郵政民営化と三角合併によって日本の資産はアメリカなどの外資に売り渡されようとしています。
 在日米軍の再編を機に日米の軍事的一体化はさらに強まりました。陸上自衛隊はイラクに出兵し、航空自衛隊は軍事作戦に加わり、海上自衛隊はインド洋で給油活動に従事しています。
 新自由主義によるアメリカ化と重武装・軍事的国際貢献路線は、それが始まった90年代前半には予想もできなかったような水準に達しました。自衛隊がイラクにまで出かける、郵政が民営化されるなどとは、誰も予想していなかったでしょう。
 しかし、それは日本に幸せをもたらしたのでしょうか。明るい未来と平和を、私たちに約束しているのでしょうか。

 このような構造改革への疑問は、「ホリエモン」事件やJR福知山線の事故などもあって、小泉内閣の後半でかなり明らかになりました。しかし、小泉後継の安倍首相は、小泉路線を修正するどころか、グロテスクな形で引き継ぎます。とりわけ、重武装・軍事的国際貢献路線の肥大化という方向で……。
 その具体的な現れが、防衛庁の省への昇格であり、教育基本法への愛国心と国際貢献論の導入でした。安倍首相におけるこのような復古主義と軍事への傾斜は、それまでの自民党首相にはみられない特異なものです。
 安倍首相の掲げた改憲と「戦後レジーム」からの脱却路線は、小泉構造改革によるアメリカ化への反発を部分的に反映していました。このような国民意識の変化を逆手にとって、安倍首相は一気に改憲までもっていこうと考えていたのです。

 しかし、このような思惑は破綻しました。小泉時代に押さえ込まれていた自民党の派閥と官僚が、徐々に逆襲に転じたからです。
 「復古主義」に隠された「反米」のにおいをかぎ取ったアメリカ議会は従軍慰安婦決議で揺さぶりをかけます。北朝鮮との関係改善を急ぐブッシュ大統領も、拉致の解決が前提だとしてストップをかけようとする安倍首相を疎ましく思ったのではないでしょうか。
 それなら、最低限、インド洋での給油を継続して欲しいというのが、ブッシュ大統領からの厳命だったのでしょう。それが実行不可能で、給油の中断が不可避だと知ったとき、安倍首相は病院に逃げ込むことを決めたのです。ただし、辞任と入院の順番を間違えたために、総スカンを食ってしまいましたが……。

 このような流れの果てに登場したのが、福田首相でした。アメリカに盛られた「毒」(新自由主義と重武装による軍事的国際貢献路線)が全身に回ってしまった患者を前に、旧式の医学的知識しか持たない老医師がメスを取り上げたというわけです。
 身体の所々に「毒」の症状が現れています。構造改革の「影」と呼ばれているものです。
 福田さんは一生懸命にメスで切除することでしょう。「もう歳も歳」の藪医者ですから、手元が狂って別のところを切ってしまうかもしれません。
 ご本人も、「政治とカネ」という別の「毒」に侵されていますから、こちらの方も心配です。でも、本当の心配は、メスによる切除で全身に回った「毒」を排除できるのかということです。

 それは、多分無理でしょう。毒の排除には解毒剤が必要です。古い自民党のやり方でも、アメリカ型のシステムの修正でも、それは無理なのです。
 解毒の仕方を知らない福田さんに代わって、別の医者を捜さなければなりません。最新の知見を踏まえた強力な新薬を見つけなければならないのです。
 どうしたら、それが可能なのでしょうか。方法はただ一つ、解散・総選挙によるしかありません。

 新しい優秀な医者を採用する試験が総選挙なのです。総選挙は、強力な新薬を探す見本市でもあります。
 一刻も早く、このような採用試験を実施し、新薬を投与しなければなりません。全身に回った「毒」によって、日本という患者が命を落としてしまわないうちに……。


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コメント 4

岡林

 五十嵐さん、いつも有意義な発信ありがとうございます。
 いよいよ今月、よろしくお願いします。

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■へいこうせん共催企画
市民社会フォーラム第11回東京例会
日本政治の展望―「活憲」を軸に

日 時 10月27日(土)15時~18時
会 場 法政大学市ヶ谷キャンパス58年館867教室 

話題提供(仮)
 「活憲を展望する政治論―政治学者の立場から」五十嵐仁さん 
 「活憲を実現するためには―平和活動家の立場から」きくちゆみさん
※講演後、対談、参加者との質疑応答

 改憲と消費税増税を狙う自公政権は参議院選挙で歴史的敗北を帰し、
安倍首相は辞任に追い込まれ、年内に解散総選挙の可能性もあり、
野党政権実現の期待も高まっています。
 参院での与野党逆転の中、当面は臨時国会で、テロ特措法延長などが争点になります。
 こうした政権交代も視野に入る時局をふまえ、
憲法の理念を守り活かすため政治=「活憲」の展望について、
人気ブログ「五十嵐仁の転成仁語」で精力的に発言している政治学者・五十嵐仁さんと、
同じく人気ブログ「きくちゆみのブログとポッドキャスト」などで平和のメッセージを発信されている
環境・平和活動家のきくちゆみさんに、ご講演・対談いただきます。

共 催 へいこうせん(平和と公正の選択を求めるネットワーク)
     沖縄・日本から米軍基地をなくす草の根運動
協 力 平和と文化のネットワーク

 事前申し込みなしにどなたでもご参加いただけますが、人数把握のために事前申し
込みいただければ幸いです。
※お問い合わせ・申込み先:Eメール:NQC41966@nifty.com

■講師プロフィール

◆五十嵐仁さん 
 法政大学大原社会問題研究所教授。ブログ「五十嵐仁の転成仁語」(http://blog.so-net.ne.jp/igajin/
などで「活憲」の立場から日本政治を批評し、最近はTV番組『太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中』に出演。
著書は『活憲―「特上の国」づくりをめざして』(績文堂・山吹書店、2005年)など多数。

◆きくちゆみさん
 東京・下町生まれ。マスコミ、金融界を経て、1990年から環境問題の解決をライフワークに。
911事件をきっかけにグローバルピースキャンペーンを立ち上げ、米紙への全面広告やハリウッドへのビルボードを実現。
ヒット作は『戦争中毒』。ブログ「きくちゆみのブログとポッドキャスト」(http://kikuchiyumi.blogspot.com/
などで平和省創設を提唱。

■会場アクセス
法政大学市ヶ谷キャンパスは、JR市ヶ谷駅か飯田橋駅から徒歩。下記地図をご参照ください。
http://www.hosei.ac.jp/hosei/campus/annai/ichigaya/access.html
http://www.hosei.ac.jp/hosei/campus/annai/ichigaya/campusmap.html

■企画チラシをご活用ください。
http://homepage3.nifty.com/civilsocietyforum/igarasikikuti.pdf

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by 岡林 (2007-10-05 12:54) 

K.K.

「小泉時代に押さえ込まれていた自民党の派閥と官僚が、徐々に逆襲に転じたからです。」
国民の怒りが参議院選挙の結果に現れていると思うのですが。自民党の派閥と官僚でしょうか。
by K.K. (2007-10-05 18:37) 

邪論

>解毒の仕方を知らない福田さんに代わって、別の医者を捜さなければなりません。最新の知見を踏まえた強力な新薬を見つけなければならないのです。
あらゆるところで、社会の諸矛盾が行き着くところまできたって感じがしますが、まだまだかもしれません!もう切れ味が鈍ってきた包丁ですが、その代わりになる包丁を買う勇気が国民にあるかどうか?

あの舛添氏が、勇ましく小悪を「牢屋に入ってもらう」と言えるうちは、無理かもしれません!舛添氏が、グリンピア問題や、それによって大儲けした企業・政治家を追及して牢屋に入ってもらう状況を作り出したとき、初めて新しい包丁で、バサッと切ることになるんでしょうね。極悪・巨悪をね。

>どうしたら、それが可能なのでしょうか。方法はただ一つ、解散・総選挙によるしかありません。
そうかも知れませんけど、メディアが真実を報道するかどうか、それに尽きると思います。沖縄の運動を報道せざるを得なかったような状況を、総選挙運動でつくりだすことができるか。そうでないと、またすり替えられてしまうでしょうね。新自由クラブ騒動・細川非自民・非共産政権・自民党をぶっ壊す政権・郵政刺客政権で、散々ゴマカシに協力してきましたから・・・。
by 邪論 (2007-10-05 19:51) 

ポン太郎

こんばんは。転成仁語から読ませていただいています。
少し前になりますが、今回の自民党総裁選挙で小泉さんが福田さん指示したのには驚きましたが、結局小泉さんはアメリカのポチだったということでしょう。米は北朝鮮との交渉で原理主義者のアベシンゾウが邪魔になり、麻生と福田とでは福田の方が良かったということなんでしょうね。「日本とアメリカが仲良くなることがアジアの平和にとっていいことだ」と無茶苦茶なことを言った人ですから分からなくもないのですが、こんな人物がいまだに人気があるなんて信じられません。また福田政権や、それを裏で牛耳る「京都学派」の方々といい本当に国のことを考えているとは思いません。次の総選挙で自民党が下野するのは間違いないから、しゃぶれるだけしゃぶっておこうということなのでしょうか。情けなくなります。
by ポン太郎 (2007-10-06 21:16) 

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