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11月8日(木) 民主党の信頼回復の道は猛然たる逆襲しかない [政党]

 先週の土曜日に退院してきた直後から、党首会談と大連立構想、小沢民主党代表の辞意表明とその撤回と、政界の大混乱が続きました。退院したばかりだった私も、この混乱に巻き込まれた形です。

 退院して最初に読んだメールには、「太田総理」の番組への出演依頼がありました。マニフェストは「連立を禁止します」というものだとあります。
 私は当然、これには反対です。「連立」一般は当然のことであり、「禁止」されるべきものではありません。今回の大連立とは、性格の異なる問題です。
 「反対」の立場での出演要請だったのですが、退院したばかりで体力的に自信が持てないと連絡しました。収録は月曜日(5日)で2時間以上もかかりますから、途中で鼻血がタラーと流れてきたら困ります。

 ということで、結局、今回の「太田総理」には出演を遠慮させていただきました。しかし、新聞の談話の方は、鼻血に関係ありません。
 毎晩のように、『日刊ゲンダイ』からコメントを求める電話がかかってきました。月曜日の昼には、『東京新聞』から取材の電話があり、このときのコメントは夕刊の遅版に掲載されています。
 退院後は時々書く程度にしようと思っていたブログも、結局、毎日書くことになりました。小沢続投表明でようやく一段落しましたので、昨日はお休みしましたが……。

 さて、その党首会談と大連立問題です。昨日の小沢民主党代表の説明で、その背景や経緯がかなり明らかになりました。
 やはり、背後で動いていたのは、渡辺恒雄読売新聞主筆と森喜朗元首相のようです。渡辺さんからの働きかけがあったのは2ヵ月ほど前と言いますから、かなり早い時期から動いていたことが分かります。
 渡辺さんの背後には、当然、中曽根康弘元首相がいたことでしょう。森さんの手足となって動いたのは中川秀直元自民党幹事長だと思われます。

 したがって、働きかけは自民党サイドからのものだったということは明らかです。しかし、大連立については、それ以前の8月から小沢さんの方でも一つの可能性として考えていたようですから、双方にとって「阿吽の呼吸」であったともいえます。
 このような「接点」があったことが、首脳会談受け入れの背景だと思われます。また、福田さんがそれまでの小泉・安倍政権と続いた「構造改革」路線の修正を図ったことも、福田・小沢両者の接近を容易にさせたことでしょう。
 たとえ、渡辺さんや小沢さんが大連立について考えていたとしても、一方の当事者が安倍前首相であれば、その可能性はかなり低かったと思われます。連立の相手として、安倍さんが小沢さんに忌避されたことが、辞任理由の一つだったのかもしれません。

 こうして首脳会談が開かれて大連立構想が話し合われ、これが党に拒絶されたことを理由に小沢さんは辞意を表明します。この一連の過程は、私などには理解不能です。
 とりわけ、辞意表明の会見で、なぜあのような発言を行ったのか。小沢さんの続投表明を読んでも、今ひとつ納得できません。
 古い小沢さんの「地金」が出てしまったということなのでしょうか。「先ず私自身が変わらないといけない」と述べて民主党の代表になった小沢さんですが、完全には変わりきれなかったということかもしれません。

 しかし、半分は変わっていたということもできるでしょう。かつての小沢さんであれば、「辞める」と言ったら姿を隠して、他の人の意見や説得に耳を貸そうとしなかったでしょうから……。
 まして、「恥をさらすようだが、皆さんの意向を受けて、ぜひもう一度頑張りたい」などといって、辞意を撤回するような無様な対応はしなかったでしょう。民主党の両院議員懇談会での辞意撤回発言は、「剛腕」らしからぬ謙虚なしおらしさに満ちています。
 これで、小沢さんが完全に「変身」したのであれば、“不幸中の幸い”ということになるでしょうか。今回の出来事が「雨降って地固まる」という結果をもたらすかどうかは、その「変身」ぶりにかかっていると言えるでしょう。

 いずれにしましても、今回の一連の経過が民主党にとってプラスにならないことは明らかです。その最大の責任が小沢さん自身にあることも明瞭です。
 民主党も小沢さんも大きな傷を負ったことは確かです。国民の疑いに満ちた冷たい眼差しは避けられないでしょう。
 それを払拭するためには、「手負いの獅子」となって、猛然たる逆襲に転ずるしかありません。徹底して与党を追い込み、解散・総選挙を実現すること以外に、信頼回復の道はないということを深く自覚してもらいたいものです。

 しかし、今回の事態が提起した問題はこれ以外にもあります。さしあたり、以下の3点を指摘しておきましょう。
 第1に、国民の目が届かない政治の舞台裏で、相変わらずコソコソと動き回る「古い政治」のやり方が再現されてしまったということです。かつて私は、「国民の目の届かない舞台裏が面白すぎるのは困りものです。本来、そこは控えの間であり、道具置き場であるはずです。スポットライトが当たるべきは表舞台であり、国民の目に見えるところでこそ、面白く有意義なドラマを展開してもらいたいものです」(拙著『戦後政治の実像-舞台裏で何が決められたのか』小学館、2003年、6頁)と書いたことがあります。
 今回もまた、「舞台裏」で重大な決定がなされようとしました。これは頓挫しましたが、このようなことが繰り返されてはならず、国会という「表舞台」でこそ、正々堂々と論戦を展開してもらいたいものです。

 第2に、マスコミ人と新聞のあり方について、大きな問題が明らかとなったということです。今回、裏の仕掛け人となったのが渡辺恒雄読売新聞社主であったことは、ほぼ明らかです。しかも、その社主の動きと『読売新聞』の報道内容は連動していました。
 マスコミは、出来事を正確に伝えることが使命であるのに、渡辺さんはその出来事を自ら作ろうとしたのです。そのために、「社会の公器」であるはずの新聞の紙面を利用しました。
 このようなことは厳しく批判されなければなりません。渡辺さんは新聞人としては失格であり、早急にその地位を去るべきです。『読売新聞』はこの間の報道内容を検証したうえで、新聞の社会的使命の逸脱を厳しく反省しなければならないでしょう。

 第3に、福田首相の責任があります。党首会談を申し込んで大連立を仕掛け、この間の混乱を生み出した張本人は福田首相にほかなりません。
 「もう、終わったこと」などと、その責任を曖昧にすることは許されないでしょう。まして、再びこのような罠を仕掛けることなど、断じてあってはなりません。
 党首会談の内容は、小沢さんと福田さんの2人しか知らないのです。小沢さんが述べた事柄が事実か否か、福田首相はもう一方の当事者として明らかにする責任があります。

 民主党の混乱によって、解散・総選挙は遠ざかったという見方があります。しかし、敵が弱ったときに攻撃するのが闘いの常道です。
 福田首相は、今が決戦をしかけるチャンスだと思っているかもしれません。民主党が立ち直る前に、次の手を打ってくる可能性は十分にあります。
 今週末に会期が切れる国会について、与党は12月15日までの35日間延長の方針を打ち出していますが、この延長幅は新テロ特措法の成立強行を予示しています。衆院が3分の2で再議決を強行すれば、参院で民主党は問責決議案を出さざるを得なくなるでしょう。

 新テロ特措法で「ガチンコ勝負」に出ることは、「手負いの獅子」となった民主党にとっても望むところであるはずです。12月解散、1月総選挙の可能性は、高まったのではないでしょうか。


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