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11月9日(水) マスコミは自らが果たした役割を先ず反省するべきではないのか [マスコミ]

 「なぜ、政治はこれほどの機能不全に陥っているのか。問題の根源を見さだめ、処方箋を探らねばならない。」
 これは11月7日付『朝日新聞』の社説「政治を鍛える〈序論〉―民主主義の技量を磨く改革を」の一節です。
 この社説は、次のように続いています。

 原発でも格差でも「生きる権利を脅かされているのに、政治に声が届かない」と憤る人々が増えている。まさに「民主主義の欠乏」への異議申し立てだ。……
 一方で、いまの政治のていたらくは「民主主義の結果」であることも間違いない。
……
 金権腐敗批判と冷戦の終結を機に本格化した90年代の政治改革は、2大政党を生み、政権交代をもたらした。ただ、その中身は選挙制度の手直しや政党への税金投入にとどまった。
 いま必要なのは、政治の機能不全をただす「次なる政治改革」だ。このままでは、政治不信の嵐が政治への冷笑や、強力な指導者の待望論に変質する危険すらある。
 痛みを分かち合わなければならない厳しい時代には、すべての政治家にこれまでより高度な民主主義の技量が求められる。 (以上、引用終わり)

 ここに書かれている「政治のていたらく」という現状認識に異存はありません。それとともに、このような形で『朝日新聞』が政治の機能不全を認め、「次なる政治改革」が必要であるとしていることに注目したいと思います。
 しかし、「いまの政治のていたらくは『民主主義の結果』である」としている点、「政治改革」は、「2大政党を生み、政権交代をもたらした」が、「その中身は選挙制度の手直しや政党への税金投入にとどまった」としている点、「すべての政治家にこれまでより高度な民主主義の技量が求められる」としている点については同意できません。
 なぜなら、「いまの政治のていたらく」は政治改革が失敗したからであり、その失敗とは2大政党を生み出すような「選挙制度の手直し」を行ったからです。したがって、それを是正するには「政治家にこれまでより高度な民主主義の技量が求め」るだけでは不十分だからです。

 そもそも、この「社説」には、政治の機能不全と劣化の根本原因が2大政党制とそれを生み出した小選挙区制にあるという問題意識が完全に欠落しています。「選挙制度の手直し」によって小選挙区制を導入した点に政治改革が失敗した最大の要因であるということも……。
 政治家がいかに高度な「民主主義の技量」を高めても、小選挙区制が維持されている限り「次なる政治改革」は不可能です。また、小選挙区制の下では、政治家が高度な民主主義の技量を高めることも難しいでしょう。
 『朝日新聞』の社説は、政治改革の失敗とは何であったのかについて正しく認識していません。失敗の原因が理解されていなければ、それを是正することは不可能です。

 かつて選挙制度改革に当たって、選挙の役割は「民意の集約」にあるという意見と、「民意の反映」にあるという意見がありました。前者は小選挙区制、後者は比例代表制の支持に結びつきます。
 当時のマスコミや世論の多くは、前者の「民意の集約」論を支持しました。その結果、小選挙区制が導入され、衆議院の選挙制度は「中選挙区制」から「小選挙区比例代表並立制」へと変更されたのです。
 その結果として生じたのが民主・自民の2大政党制です。つまり、2大政党制は政治の機能不全をもたらした根本原因であり、それは2大政党制の「母国」とされるイギリスやアメリカでも同様なのです。

 本来、「民意の集約」は議会での審議を通じてなされるべきものです。そのために、選挙は正確な「民意の反映」を可能にするものでなければなりません。
 議会での「民意の集約」のためにこそ、選挙での「民意の反映」が必要なのです。この議会と選挙との関係が正しく理解されなかったところに、政治改革が失敗した根本的な原因があります。
 そのことを正しく理解せず、政治改革を選挙制度改革へと誘導し、2大政党制実現のために小選挙区制導入の旗を振ったのは当時のマスコミでした。『朝日新聞』も例外ではありません。

 昨日(11月8日付)の『朝日新聞』の社説「どうするTPP―交渉参加で日本を前へ」は「まず交渉に参加すべきだ。そのうえで、この国の未来を切り開くため、交渉での具体的な戦略づくりを急がねばならない」と書き、今度はTPP参加に向けて旗を振っています。また、同じ過ちを繰り返すつもりなのでしょうか。
 政治改革はもとより、その後の構造改革でも規制緩和の旗を振り、原発推進では「安全神話」を振りまいてきたのが、『朝日新聞』をはじめとしたマスコミではありませんか。これまで犯してきた数々の間違いを総括し、反省することこそ、何よりも必要なのではないでしょうか。

 「政治を鍛える」などと言って、何を偉そうに。全ての責任を政治家に転嫁するのは卑怯ではありませんか。
 マスコミは政治のていたらくを招いた責任を自覚するべきでしょう。日本の政治の機能不全を生み出すうえで果たした自らの役割をきちんと総括し反省のが先ではないでしょうか。
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