SSブログ

12月16日(金) 戦後のエネルギー・原子力行政と政治の責任(その3) [論攷]

〔以下の論攷は、労働者教育協会会報『季刊 労働者教育』No.143(2011年11月)に掲載されたものです。4回に分けてアップします。〕

3 原発「城下町」の形成と動揺――利益の供与と世論工作

(1)費用の社会化――電源三法交付金と料金システム
 続いて、原発「城下町」の形成と動揺について検討します。まず、費用の社会化です。原発の費用は、電力会社だけが負担するのではやっていけないということで、社会全体におっかぶせてしまう。そのための工夫がなされます。
 これが、電源開発促進税法、電源開発促進対策特別会計法、発電用施設周辺地域整備法のいわゆる電源3法で、1974年6月につくられました。73年当時、通産相だった田中角栄にたいして小林治作柏崎市長が「原発ができるところには、リスクばかりでうまみがない。これでは困る」と陳情し、それに角さんが応じて、田中首相、中曽根通産相の時代に成立させました。
 この電源3法にもとづいて交付金が支払われるわけです。この交付金や固定資産税などが「原発マネー」と言われるものですが、これは1966年以降の累積で2.5兆円であることが『毎日新聞』8月19付で報道されました。
 電源開発促進税は年間3500億円が支払われ、2010年度の場合には標準的な原発(130万kw)一つで、運転開始前10年間に約450億円、開始後35年間に約1240億円が交付されます。交付金は毎年一定額コンスタントに支出されますが、固定資産税は新設後毎年減っていきます。そうすると、減った固定資産税をどう回復するかが問題になり、既存施設のランニング・コストをまかなうために原発の新設を地元から要請するという事態が生まれることになる。麻薬患者が薬を欲するようなものです。
 このような電源促進税は電気料金に上乗せされますが、東京電力の場合、料金の2%がそれに当たるとされています。こうして、最終的には原発促進のための交付金も消費者が負担させられます。福島県に支払われた交付金は約1887億円(1974~2002年)、福井県には約3246億円(1974~2009年)が支払われました。

(2)関係者への利益供与と癒着
 原発関係者への利益供与と癒着については、いろいろなかたちで報道されています。いくつかの例を示しておきましょう。これらは、あくまでも水面上に出ている氷山の一角にすぎません。
①自民党への献金
 自民党への献金では、個人献金を偽装するかたちで献金がおこなわれています。会長、社長などの役員が個人の名前で献金をする。役員になったら献金をして、役員をやめたら献金しなくなるわけですから、これは個人献金とは言えません。
 パーティー券の購入という形でも、献金されています。少額に分散されていますから、政治資金収支報告書には記載されず、表面化させることなく献金できるというわけです。
②北電の場合
 北電の場合、最近再稼働が容認されましたが、高橋はるみ知事は旧通産省のOBです。泉田裕彦新潟県知事もそうです。高橋知事の資金管理団体の会長は南山英雄元北電会長で、北電からの献金の事実も明らかになっています。
 北海道の幌延町には、日本原子力研究開発機構(原子力機構)の幌延深地層研究センターという、使用済み核燃料からプルトニウムを抽出したあとに残る「死の灰」を、ガラス固化体にして地中奥深くに埋める計画について研究している施設があります。
 この幌延町の宮本町長関連企業2社が、職員住宅の賃貸と警備業務で年間約4000万円の収入を得ていることも報道されました。いま地中深く穴を掘り、一時的に「死の灰」を保管する試験をしています。ここも最終保管所ではありません。使用済み核燃料の「死の灰」を最終的に保管することが決まっているのは地球上でただ一つ、フィンランドの「オンカロ」だけです。ここはドキュメンタリー映画「100,000年後の安全」で紹介されました。
 最近、アメリカと日本の「死の灰」の処分場所として、モンゴルが候補にあがってきました。原発をつくってやるから「死の灰」を保管してくれというわけです。これには反対があり、中止になる公算大ですが、都市でやれないことを地方に、日本でできないことを開発途上国におしつけるという構造が、同じようにくり返されているということになります。
③東北電力の場合
 東北電力の場合は、宮城、福島、青森の自民党県議会議員のべ77人が、東北電力の役員というかたちで年200万円超の報酬を受領していることが判明しました。政党では自民党議員だけがこのような扱いを受けているという点が象徴的です。名目だけの役職について、役員報酬というかたちでの献金がなされているわけです。

(3)自立の喪失と不信
 このような手厚い財政支援があるにもかかわらず、原発立地市町村の半数は財政悪化になっています。原発を受け入れるかわりにさまざまなかたちで交付金をもらう。あるいは、固定資産税の収入が増える。雇用も増え、収入も増える。
 しかし結局、市町村の半分は財政が悪化しています。交付金はほぼ安定的に交付されますが、固定資産税は運転開始後5年で半減し、以後毎年減少していきます。しかも、当初は大きく豪華な施設をつくってしまうため、その維持経費がその後の財政を圧迫するからです。
 このようななかで、第一次産業が衰退し、第三次産業が肥大化するというかたちで産業構造がゆがんでいきます。原発なしでは自立できないいびつな産業構造に変わってしまう。他方で、原発事故や不祥事が発生し、世論の反発を恐れて情報を隠したりするものですから、かえって周辺自治体の不信感が増大していきます。
 その結果、三重県の北川知事や福島県の佐藤知事などは原発に批判的な態度をとりました。あるいは、新潟県刈羽村では2001年5月に住民投票をおこない、プルサーマル実施受け入れ反対意見が多数となるという事態も生まれました。福島での事故が起きる前から、原発については批判や反対の動きがあり、その問題点も明らかになりつつあったということが確認できます。

nice!(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

トラックバック 0