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4月29日(日) 「左翼」は並立制を受け入れるべきか(その2) [論攷]

〔これは、今から19年前、1993年11月27日付の『ふぉーらむ21』第27号に掲載された私の論攷です。3回に分けて、アップすることにします。〕

六つの論点

 まず第一に指摘しなければならないことは、「イタリアも導入したから」という議論の仕方です。イタリアと日本は共通性もありますが、全部が同じというわけではありません。それぞれ独自の事情があり、状況や政治文化の違いもあります。外国の例は参考になりますが、それは参考にすぎず、それぞれの国における政治制度のあり方はそれぞれの国の政治のあり方と密接に関わっていることを忘れてはならないでしょう。
 後氏は、イタリアの例から直ちに日本の問題を類推するというやり方をとっているように思われます。というのは、他でもないイタリアの専門家である後氏がなぜ日本の選挙制度改革を論じたのか、もしイタリアが比例代表制のままで、左翼民主党が小選挙区制の導入を支持していなかったら、果たして後氏がこのような議論を展開しただろうかという疑問を感じたからです。たとえイタリアでそれなりの根拠があることであっても、それから直ちに制度それ自体の正しさや、日本での導入根拠が証明されたことにはなりません。
 第二に、選挙制度をある特定の勢力にとって「有利か不利か」という形で論ずる方法についても疑問があります。「多くの小選挙区制反対論者が、憲法違反だの民主主義を踏みにじるだのというような抽象的、原理的な反対論に終始している」と述べているように、後氏においては、憲法原理や民主主義の原則の軽視が著しく、極めてプラグマチックな態度で選挙制度の問題が論じられています。確かに抽象的・原理的な議論のみに終始するというのでは反対論としても不十分ですが、しかし、このような原理的な問題をどうでもよいとするような態度にも賛成できません。まして、政治制度がどうあるべきかは憲法原理や民主主義の原則抜きに語ることはできないのではないでしょうか。
 後氏の所論では小選挙区制の特性、並立制や連用制の制度上の違いなどはほとんど問題にされていませんが、選挙とは代表を選ぶ行為である以上、「民意の反映」という問題をもっと重視するべきでしょう。たとえ、「民主主義的左翼」にとって有利になるものであっても、憲法原理に反する非民主主義的な選挙制度は受け入れるべきではありません。
 第三に、並立制は「政権交代」を可能にするかという問題があります。確かに、小選挙区制は相対多数をかさ上げして絶対多数にまで膨らませる場合がありますから、政権交代が起きるときはドラスチックに起きます。が、起きないときは、過半数の支持を得ていない政党にゲタを履かせて政権交代を抑えるという役割を果たします。石川真澄氏もいうように、「変化が劇的であることと変化の可能性の大きさとは別物」であり、小選挙区制だと政権交代の可能性が高いというのは「錯覚」にすぎません(石川真澄『小選挙区制と政治改革』岩波ブックレット)。政権交代は選挙民の支持の変化によって生ずるのであって、選挙制度と直接の関係はありません。もし、政権交代を早めたり遅らせたりというように、選挙制度によって選挙民の支持の変化が歪められるとすれば、そちらの方が問題でしょう。
 実際、自民党単独政権の崩壊は、定数が二倍以内に是正されていれば、一九七二年総選挙から生じていたというシミュレーションもありますし、今回の政権交代も中選挙区制の下で生じました。しかも、もし並立制が導入されており、今回の選挙がこの制度の下で実施されていたなら、自民党は三〇七議席、非自民各党は合計一七二議席で、自民党の圧倒的な勝利となって政権は交代しなかったのです(拙著、一四四頁以下参照)。比例代表制になれば単独で過半数議席を獲得するのは極めて困難ですから、政権の交代や新たな政権の構成は、選挙の度ごとに問題になるでしょう。このように、「政権交代」という点では、小選挙区制は促進要因としてではなく、阻止要因として働く可能性の方が高いのです。
 したがって第四に、並立制の下では「政権交代のある民主主義」が生み出される可能性は少なく、もしあったとしても、そのもとで「民主主義的左翼」が形成され、政権を争うほどに成長する展望がどれほどあるでしょう。
 もし並立制が導入されれば、いかに不利な選挙制度であってもこれに参加しなければなりません。「左翼」が小選挙区で当選することは、ほとんど絶望的です。比例代表区で生き残りを図ることができますが、小選挙区に基盤を持たない政党は衰弱していく可能性があります。比例代表区の定数にしても、与野党折衝の中で削られる可能性が高く、将来的にも減少していくものと思われます。後氏は「民主主義的左翼」の名で、将来的な左翼勢力の統合を展望されているようですが、社会党の解体状態、日本共産党の排除、社共間の断絶状態という状況の中で、それは可能なのでしょうか。単純小選挙区制であれば、中小の左翼政党は個々ばらばらでは当選できませんから、共闘したり統合したりしようとするかもしれませんが、並立制では比例代表区で存続することができますから、このような強制的な統合力が働く可能性もそれほど大きくはないでしょう。
 既成左翼とは違った形での新たな左翼勢力が登場してくる可能性もいちがいには否定できません。しかし、並立制では様々な形で少数政党が排除されており、これらのハードルをかいくぐって国会に議席を得るのは、明らかに現状以上に困難になります。つまり、並立制の下では、小選挙区で議席を争うことのできる大政党と、比例代表区で三%以上得票できる群小政党が存在することになり、「左翼」は後者の一員として存在を許されはしても政局に大きな影響力を行使することができなくなるのではないでしょうか。(続く)

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