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4月18日(木) 総選挙後の政治情勢をどうみるか-その2 [論攷]

〔以下の論攷は、『人間と教育』No.77、2013年3月号に掲載されたものです。3回に分けてアップします。〕

 古い自民党政治と新自由主義、タカ派政策の「ワーストミックス」

 総選挙で圧勝した自民党は政権を奪い返し、安倍晋三総裁が再び内閣総理大臣の座に就いた。この政権が実現をめざしている政策は、古い自民党政治、新自由主義的規制緩和、改憲・タカ派の「ワーストミックス(最悪の組み合わせ)」である。しかも、かつての自民党政権や第1次安倍政権へのバックラッシュ(後退)であるだけでなく、数段バージョンアップされたものになっている。
 第1に、「国土強靱化」を名目とした200兆円もの大型公共事業によるバラマキ政策の復活である。10年のトロント・サミットでの国際公約である44兆円の枠にこだわらずに国債の新規発行を行い、日銀による買い取りによって資金を賄おうとしている。これはかつての自民党型利益政治の再現であり、日銀の信用低下と財政規律の弱まりは避けられず、さらなる財政赤字の累積も不可避となろう。
 第2に、新自由主義的な自己責任論を背景とした労働と生活への攻撃である。構造改革の司令塔であった経済財政諮問会議や骨太の方針、規制改革会議を復活させ、成長戦略のための規制緩和を推進しようとしている。また、ナショナル・ミニマムに対する国の責任を解除し、生活保護費の削減や社会福祉サービスの市場化と商品化、地方分権の名による地方自治体への押し付けが目論まれている。
 第3に、憲法をターゲットとしたタカ派政策の実行である。第2次安倍内閣の19人の閣僚のうち日本会議国会議員懇談会(日本会議議連)に安倍総理、麻生副総理、谷垣法相など13人、新憲法制定議員同盟にも8人が属している。このような陣容で、防衛計画の大綱や中期防衛力整備計画の見直し、13年度予算編成での約1000億円(2%強)増の4兆7000億円要求、ガイドライン(日米防衛協力の指針)の見直しによる日米間の軍事協力の強化、そして最終的には9条改憲による自衛隊の「国防軍」化がめざされている。
 第4に、教育改革への執念である。第1次安倍内閣で教育基本法の「改正」に道を開いた教育再生会議を復活させ、「6・3・3.4制」という戦後教育制度の抜本的な見直し、自治体首長による教育長の任命など教育委員会制度の改革、教科書検定の強化と周辺諸国への配慮を定めた「近隣諸国条項」の見直し、いじめ対策を名目とした道徳教育の充実や政治介入などを実行しようとしている。

 当面の狙いは消費増税の条件整備と改憲準備、原発の再稼働

 このような政策課題のなかでも、安倍首相が当面の最重点として取り組もうとしているのは、消費増税の条件整備と改憲準備、原発の再稼働であると思われる。参議院選挙までは「安全運転」に徹し、衆参の「ネジレ」を解消してから本格的な攻勢を始めようというわけである。
 そのために、第1に、金融・財政政策に力を入れ、成長戦略に取り組むとしている。その真意は物価上昇率2%の数字をたたき出して消費増税を可能にしようとすることである。「日銀の首根っこを押さえてお金をあふれさせ、防災を理由に公共事業のタガを緩める。金融と財政で当座をしのぐ間に、規制緩和などで企業の投資を誘い、デフレを脱する――これが新政権の経済政策、世に言うアベノミクスらしい」(「天声人語」『朝日』2013年1月6日付)というわけだが、これは実体経済の改善には結びつかず、景気回復なき物価高、すなわちスタグフレーションを引き起こす危険性が高い。
 第2に、96条改憲と集団的自衛権の行使緩和による改憲に向けての地ならしである。しかし、それには、①改正手続き法の「宿題」(18歳投票権関連法制の整備、公務員の政治活動に関する法整備、憲法以外の一般的課題での国民投票)、②改正方法(一括か、個別の条文か)、③国民投票での過半数獲得という3つの「壁」が存在している。安倍首相は、①国家安全保障会議(日本版NSC)の創設、②集団的自衛権行使を禁じた憲法解釈の見直し、③政府の歴史認識に関する新たな首相談話という3つの課題についての有識者会議を設置して突破口を開こうとしているが、世論との衝突は避けられない。
 第3に、原子力発電の維持と再稼働の推進である。安倍首相は2006年の答弁書で、「地震、津波等の自然災害への対策を含めた原子炉の安全性については経済産業省が審査し、その審査の妥当性について原子力安全委員会が確認している」とし、「原子炉の冷却ができない事態が生じないように安全の確保に万全を期している」と答えていた。原発の過酷事故について、安倍首相は「A級戦犯」なのである。
自民党は、3年以内に全ての原発の再稼働の可否を判断し10年以内に持続可能な電源構成のベストミックスを確立するとしている。これは事実上の原発維持方針にほかならない。上関を含めた新規原発の建設を認めようとしており、核燃サイクルも続行するとしている。再開される経済財政諮問会議の民間議員には原発メーカーである東芝の佐々木則夫社長が就任したが、佐々木氏はアメリカの原発メーカーであるウェスチングハウス社の買収で辣腕を振るったことが評価されて社長になった人物である。別の民間議員として、東電の社外取締役である三菱ケミカルホールディングスの小林社長が起用された。どちらも「原子力村」とも密接な関わりを持っている「村民」なのである。

 安倍新政権の脆弱性とジレンマ

 総選挙に大勝して滑り出した安倍新政権だが、脆弱性を免れず、大きなジレンマを抱えている。衆院の議席は安定多数であっても、安定的な政権運営が可能だとはかぎらない。
 第1に、安倍政権が実行しようとしている政策の中味である。これらは総選挙でも正面から訴えられないものばかりであり、大規模な金融緩和論にしても米倉弘昌経団連会長によって「無鉄砲だ」と一度は批判されたことがあるように、財界トップでさえも懸念を表明するものだった。消費税の増税にしても、経済成長率実質2%が前提条件とされており、その達成は容易ではない。
 TPP参加について安倍首相や高市早苗政調会長は積極的だが、自民党内にも北海道を中心に根強い反対論が存在しており、自民党農林部会は反対方針を再確認している。原発再稼働の容認に対しても強い抵抗があり、自民党福島県連は大会で脱原発方針を決定した。沖縄普天間基地の「移設」問題では、自民党の沖縄選出議員や沖縄県連は総選挙で「県外移設」を公約していた。「竹島の日」の政府主催の式典開催や尖閣諸島への公務員常駐などについても、当面は実行できないままである。
 第2に、自民党の支持基盤の脆弱性である。安倍首相に率いられる自民党はかつての自民党ではない。アメリカで言えば共和党ではなく「茶会(ティー・パーティー)」のようなものに変質している。総選挙でも有権者比での得票率は25%(小選挙区)にすぎず、4分の3は自民党を支持していなかった。
 安倍首相は「猫」を被って国民を欺こうとしている。しかし、すでに「猫」の下から鋭い「爪」が見えているのに、いつまで「猫を被った虎」でいられるだろうか。そのうえ、「ネトウヨ」や「女子ウヨ」などと呼ばれるインターネットで発言する極右勢力からの期待感の高まりもある。安倍首相にとって、「前門の虎」が参院選であるとすれば、「後門の狼」は安倍自民党の右傾化に期待を寄せ、圧力をかける極右支持勢力であると言えよう。
 第3に、安倍首相の歴史認識は中国や韓国などの周辺諸国だけでなく米欧からも警戒感と反発を引き起こす可能性が高い。米紙『ニューヨーク・タイムズ』2013年1月3日付は社説「日本の歴史を否定する新たな試み」を掲げたが、米政権も安倍新政権の発足前から、「河野談話」など過去の歴史認識の見直しに慎重な対応を要求していた(『日本経済新聞』2013年月6日付)。
 パネッタ米国防長官は、「戦略的な重点をアジア太平洋に置く『リバランス(再均衡)』を推進中」だが、「疑問や誤解も存在する。リバランスは中国対策だという見方は正しくない。中国との健全な軍同士の関係を維持することがリバランスを形成する重要な要素」だと述べて、「米防衛戦略への誤解」を牽制している(『日本経済新聞』2012年12月31日付)。もし、安倍首相がこのような「誤解」を抱いたままであれば、周辺諸国はもとより米欧各国との衝突は避けられず、日本は深い孤立に陥ることになるだろう。
 リーマンショック後、米国は世界経済を牽引できなくなり、覇権国家としての地位を失った。アジア太平洋地域での米中の軍事バランスは拮抗しつつある。この国際情勢の変化に安倍政権は対応できない。


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