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3月5日(水) 労働者に実質賃金低下を強いる経営者団体~日本経団連『経営労働政策委員会報告』批判―その1 [労働]

〔以下のインタビュー記事は、『自然と人間』2014年3月号に掲載されたものです。2回に分けてアップします。〕

 日本経団連の『経営労働政策研究委員会報告』が発表された。マスコミはアベノミクス効果で賃金が引き上げられるように報じているが、経営者団体は労働者にいっそう厳しい対応を迫っている。『報告』の問題点について、法政大学大原社研の五十嵐仁教授に聞いた。(聞き手 編集部)

 今年の『経営労働政策委員会報告』が発表され、日本経団連が賃上げを認めたかのような報道がくり返されましたが、この『報告』は労働者にとってそれほど甘い内容にはなっていません。
 『報告』全体の印象を言えば、「焼け石に水」という言葉がありますけれども、「水をかけながら石を焼いている」ような姿勢を感じます。しかも、「ぬるま湯」を「部分的に」かけるというものです。
 「部分的に」ということは、日本経団連がこれまでも言ってきた「支払い能力のある」企業、儲かっている企業だけという意味です。
 「ぬるま湯」というのはベースアップ以外のところで賃金改善を図るということですから、熱を冷ます効果はほとんどないと言っていいのではないでしょうか。
 多少の賃金改善が民間大企業、特に輸出産業を中心にあるのかもしれません。しかし、全体として可処分所得を増やすということにはつながらないでしょう。

避けられない実質賃金の低下

 賃金引き上げについては、「儲かっていて余剰がある企業なら、少しくらいおこぼれをあげてもいい」ということです。この日本経団連の主張は、典型的な「トリクルダウン」(おこぼれ)理論です。この考え方では、利益が上がっていなければ賃上げをしなくてもいい、経営が厳しければ賃下げもありうるということになります。
 しかし、賃金は労働力の再生産費という性格を持っているのですから、企業は生活を保障するに足る賃金を支払う義務があります。さらに『報告』では、降格・降給についても制度化を検討していくと言っており、労働者にとってはとんでもない春闘方針だと言わざるをえません。
 「焼け石に水」と言えば、連合の「最低1パーセント以上」という要求も問題だと思います。政府のインフレ目標は2パーセントで、すでに昨年から今年にかけて1・4パーセントの物価上昇が見られました。
 ですから、1パーセントの賃上げでは実質賃金が低下してしまいます。しかも、4月以降には消費税が5パーセントから8パーセントに引き上げられます。さらに、社会保険料の負担も増えるので、可処分所得が増えないことは明らかです。

非正規労働者の待遇が悪化する

 『報告』では、全労働者ベースの平均年収額が低下傾向にあることを認め、パートタイム労働者の増加など非正規労働者の比率が増えていることがその要因であると言っています。にもかかわらず、労働者派遣法の「改正」を打ち出すなど非正規労働者をさらに増やそうとしている。これは大きな矛盾です。
 また、「賃金制度の多様化」と言っていますが、多様化することが労働者の収入減につながってはなりません。多様化した結果、ベアの引き上げや定期昇給の実施、ボーナスの支給という恩恵を受ける正規労働者は減少してきています。それらと無縁な非正規労働者、周辺的正社員の賃金改善をどう図るのでしょうか。
 非正規労働者や周辺的正社員の生活の維持・向上にとっては、時給を引き上げることが非常に重要です。この「時給」と密接なかかわりを持つ「最低賃金制度」について、「中央最低賃金審議会が地方へ目安を示す意義はもはや失われた」と言っています。最賃制度は、その意義が失われたどころか、非正規労働者の賃金改善にとって不可欠の制度になっており、ますますその意義は高まっていると言うべきでしょう。
 ところが、「使用者側全員反対を表明する地域が半数を超えており、直近5年間の平均は26・2地域にも上っている」として、だから制度は機能していないと書かれています。自分たちで反対しておいて、「反対が多いから制度の意義は失われた」というのは、盗人猛々しいと言わなければなりません。きちんと機能させる必要があるなら、使用者側が反対せず賃金改善をきちんと認める対応をすべきです。

労働規制緩和で雇用不安増大

 安倍政権の下で新自由主義的な規制改革が再起動されましたが、『報告』でも規制緩和、特に労働の規制緩和を強く打ち出しています。「規制改革は……極めて重要であり、成長分野のみならず、あらゆる事業分野にわたる不必要な規制について、早期かつ大胆に見直すべきである」とあります。この点では、労使のどちらにとって「不必要」なのかを問わなければなりません。
 使用者側にとって不必要であっても、労働者側にとって必要な制度や規制、ルールがたくさんあります。これを規制改革、規制緩和だということで、労働者側の反対を押し切って取っ払うことは許されません。
 さらに、「近年、非正規労働者が増加し」、「36・6パーセントに達している」と認めた上で、「非正規雇用の実態は多様であって、一律には論じられない」と言っています。そして「不本意非正規労働者」というカテゴリーを提起し、政策的支援はこの人たちだけに限るとしています。これは今までにない方向です。
 一方で、非正規労働者の増大を否定できず、問題解決に向けて何らかの対応をしなければならないことを認めつつも、他方で、その対象を「不本意非正規労働者」という一部に限定するわけです。こうすることで、非正規雇用全体の待遇改善や規制強化を牽制しているわけです。

「限定正社員」は正社員の有期雇用化

 もう一つ新たに提起されているのが、「勤務地等限定正社員の活用」ということです。「労働者の多様なニーズに対応」するとして、「勤務地や職種、労働時間を限定した限定正社員(限定正社員を積極的に活用する」ことを打ち出しています。
 これは二つの面で、「労働者のニーズ」に反し「使用者側のニーズ」に合致するものです。一つは「限定正社員」という新しいカテゴリーを使うことで、正社員でありながら賃金の低い人たちを生み出してコストを削減すること、もう一つは、これらの人々に対する雇用保障責任を軽減してクビを切りやすくすることです。
 「雇用保障責任は……当然には同列には扱われないと解釈されており、この点をより明確にする法的整備が必要」と言っています。要するに、これまでの正社員とは違って雇い止めでクビを切れるようにするということです。「限定正社員」は期間が明示されていないだけの有期雇用労働者だと言っていいでしょう。
 期間が明示されていないというのは、工場などが閉鎖されて勤務地がなくなったり職種がなくなったりするのがいつか分からないということです。しかし、勤務地や職種が消滅すれば雇い止めされるわけですから、実質的に有期雇用ということです。無期でずっと働き続けることにはなりません。
 これは、規制改革会議の中で提起されたものです。低い賃金で雇用され雇い止めが容易になるという企業側のメリットはあるでしょうが、低賃金で不安定な雇用という労働側のデメリットは大きくなります。このようなデメリット解消のためには、勤務地や職種、労働時間が限定されていても雇用そのものは維持・継続されることが必要で、別の勤務地や職種への転換が保障されなければなりません。


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