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3月6日(木) 労働者に実質賃金低下を強いる経営者団体~日本経団連『経営労働政策委員会報告』批判―その2 [労働]

〔以下のインタビュー記事は、『自然と人間』2014年3月号に掲載されたものです。2回に分けてアップします。〕

さらなる長時間労働が強いられる

 労働時間については、「健康確保に十分に配慮することを前提に、企画業務型裁量労働制の対象業務、対象労働者の範囲拡大を行う」と言っています。この新しい日本型裁量労働制も規制改革会議の中で出てきたもので、「高度な裁量をもって働く一部事務職や研究職を対象に、健康確保措置を強化し、労働時間・深夜労働の規制の適用を除外する制度を創設すべき」だと書いてあります。
 その一方で、「これまで以上に過重労働防止に向けて取り組む必要」とか「やむを得ず月100時間以上の時間外・休日労働が発生した場合には、一定要件のもと、労働者に医師の面接指導を受けることを徹底すべきである」「一定日数の年休を付与する仕組みの導入」なども提案されています。
 これは、過重労働による健康被害が生まれているという現実を日本経団連も認めざるを得ないということを示しています。しかし、彼らには、その結果として生じている過労死、過労自殺やメンテルヘルス不全などが企業のパフォーマンスに大きな悪影響を与えているという認識は稀薄です。
 裁量労働制の拡大と手続の簡素化はさらなる健康被害を生むでしょう。また、労働時間規制の適用を除外する制度を創設するというのは、すでに否定された「ホワイトカラーイグゼンプション」の再版を意味しています。
 月100時間以上の時間外労働を論じること自体がべらぼうなことであって、過労死ラインとされている月80時間以上の残業は一刻も早く法的に禁止すべき性質のものです。年休の完全取得は当然必要なことですが、それだけでなくインターバル休息11時間の確保も、健康を守るという点では重要です。
 現状でも多くの健康被害が出ているのです。それを超える長時間過重労働の合法化を行えば健康被害をさらに増大させ、ひいては企業と産業の基盤を掘り崩すことになるでしょう。

ライフサイクルが維持できない!

 社会保障の問題では、「重点化・効率化」と言いながら、福祉のサービスの範囲を限定し給付の低下を迫っています。ここには年齢に伴って必要となるライフサイクルの必要経費を、誰がどのように保障するのかという問題があります。
 すでに一定の企業では、年功に応じて賃金が上がる右肩上がりの賃金制度ではなくなってきています。年齢間で賃金に差のないフラットな賃金制度のもとにある労働者が増えてきているにもかかわらず、それを補う公的給付を充実させないなら、ライフサイクルに応じて必要になる経費が得られなくなります。
 結婚して家庭をもち、子どもを産み、その子どもを育てて教育を受けさせ、親が高齢になって介護が必要になる。自分も体力が劣え、病院にかかることが多くなる。このように、若い人が年を取っていくにつれて必要な経費は増えるわけです。
 これを今までは年功賃金によって保障してきたわけですが、そういうシステムによってカバーされる労働者が減ってきています。だから、公的な責任で何とか代替、負担しなければなりません。
 それを限定し削減せよというわけです。労働者は一体どうしたら良いのでしょうか。極めて無責任な主張です。要するに、企業が社会保険の負担を増やしたくないというだけの話なのです。
 人材の活用ということでは、「女性従業員の育成、適切な処遇」には「意識改革が必要」と言っています。しかし、セクハラやマタハラなど女性に対するさまざま差別についてはまったく言及されていません。当然、それをどうなくすのかについても、「意識改革」だけで具体的な方策にはまったく触れられていません。
 若者の雇用をめぐっても、離職率の高い企業についての問題意識がありません。世間で問題にされ大きな批判を浴びている「ブラック企業」については、厚労省も対策を立てつつありますが、この『報告』では「ブラック企業」という言葉さえ出てきません。

原発政策をめぐる資本の対立

 『報告』では、「原発の再稼働プロセスを加速化していくべき」だという方針を出しています。これは政府が掲げているエネルギー政策以上の原発推進論です。
 しかし、原発が企業活動にとっても大きなリスクを生み出すことは、福島第一原発の事故で明らかになりました。今の政府・自民党でさえ、将来的には原発に依存しない方向をめざすと一応言っています。
 この『報告』に見られる日本経団連の主張は、必ずしも総資本の意志ではないでしょう。楽天の三木谷浩史社長が日本経団連から飛び出し、新経済連盟を立ち上げています。主要な理由は、原発政策など電力事業をめぐる意見の食い違いにありました。
 IT産業やベンチャー企業などがこれに参加していますが、ソフトバンクの孫正義氏も同様のスタンスです。「原発には死ぬまで反対」「原発に代わる発電手段として再生可能エネルギーを増やさなければいけない。政府の成長戦略に位置づけられるべきだ」などと主張しています。
 だから、この『報告』での原発推進論は総資本の意志というより、従来型の重厚長大型製造業を中心とした古い資本の利害を代表したものです。新たなビジネスチャンスを模索する潮流は、このような方針に必ずしも同意していないのではないでしょうか。

日本の産業を荒廃させる道だ

 『報告』に書かれなかったことに、安倍政権のタカ派路線と日本経済との関連という問題があります。産業や企業の活動に、安倍カラーが大きな阻害要因になっているからです。この点について、日本経団連が沈黙を守ることは許されません。
 安倍首相に苦言を呈するぐらいのことがあってもいいはずです。堂々と文句を言えばいいじゃありませんか。
 安倍首相の言動が日本の孤立化を招き、特に周辺諸国との関係を悪化させています。中国や韓国との関係悪化で、貿易、投資、観光などに大きなマイナスが生じていることは否定できない事実です。被害を被っている企業は決して少なくない。安倍首相の軍国主義的なタカ派政策は、中国や韓国の「カントリーリスク」を高める元凶です。
 さらに、武器輸出三原則を緩和しようとしています。最近、日本経団連の防衛生産委員会もそれを求める提言を自民党に出しました。これは、これまでの経済発展の原動力であった「9条の配当」を無にするもので、民生主体の平和経済から軍需依存の「死の商人」経済への転換を生み出すことになります。日本の企業と産業の総体にとって、大きなマイナスとなることでしょう。
 これに加えて、『報告』に見られる日本経団連が進もうとしている道は、三つの破壊を進行させるだけです。
 一つは健康・生命の破壊で、過労死や過労自殺、メンタルヘルス不全などを増大させます。二つめは家庭・未来の破壊で、少子化を進めて労働力の再生産を困難にし、日本社会の縮小と活力の低下をもたらします。三つめは家計・生活の破壊で、内需を冷やしデフレ不況からの脱却を阻害することになります。
 総じて、日本の企業と産業、経済の破壊に帰着するものです。『報告』は、自分の企業や産業の目先の利害にとらわれ、長期的で大局的な見地を忘れた近視眼的な発想に陥っていると言わざるをえません。

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