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8月5日(日) 団塊よ、今一度闘いに立ち上がろう [社会]

 昨日の午後、法政大学文学部同窓生有志の「9条の会」に呼ばれ、都心で話をしてきました。与えられたテーマは「団塊よ、今一度闘いに立ち上がろう!―70年代大学民主化闘争から学ぶこと」というもので、30人ほどの方が出席されました。

 その会場で、久しぶりに懐かしい顔に出会いました。高校時代からの友人であるT君です。
 ふる里の高校を卒業してから、一緒に東京に出てきた仲間です。法政大学の経済学部出身ですが、サークルが一緒だったということで、文学部の友人に誘われて顔を出したのだそうです。
 十数年前、高校時代の友人が小淵沢に集まったときに顔を合わせて以来の再会です。事情があって、なかなか故郷に帰れないとぼやいていました。

 それにしても、羨ましいような気がします。大学時代のOBやOGが、このようなテーマでこれだけ集まるのですから……。
 私が卒業した都立大学にも、自治会活動などを通じて知り合った仲間がたくさんいます。でも、このような形で集まることはほとんどありません。
 大学を卒業してから、すでに30年以上経ち、職場をリタイアする人も出てこようとしています。その時に、「今一度闘いに立ち上がろう!」と呼びかけ、それに応えて集まってくる仲間がいる。素晴らしいことではありませんか。

 皆さんのお話を伺っていて、学生時代の「魂」は今も生き続けているという感を深くしました。年は取っても、気は若い。生きることに意欲的であり、政治や社会のあり方について深い関心を持ち続け、何らかの形で運動に関わっておられます。
 法政大学における「70年代大学民主化闘争」とは、端的に言って、暴力学生の学園支配に反対し、まともに勉強できるような大学をつくる運動でした。そして、今日、このような運動の教訓を学びながら、「9条の会」を作って平和憲法を守ろうとしています。
 この両者に共通するのは、反暴力です。かつて、暴力支配に反対して大学の自由と民主主義を守ろうとした人々は、今、最大の暴力である戦争に反対して日本の平和と民主主義を守ろうとしているわけです。

 以前、私は「法政大学学生運動の歴史」編集委員会に招かれて、この日と似たような話をしたことがあります。その内容は、『団塊よ、死ぬ前に闘え―60、70年代、青春をともにした友へのメッセージ』というパンフレットになりました。
 この「死ぬ前に闘え」という言葉は、この日も話題になりました。これはいささか挑発的かもしれませんが、「このような日本を残して、あの世に行っても良いんですか」というのが、私の問いかけです。
 闘わなければ、普通に生きるのさえ難しくなっているという意味でもあります。普通の人が普通に生きて、普通の幸せを手にれるためにも、闘わなければならなくなっているのではないでしょうか。

 しかし、先の参院選の結果、これまでとは違った明日があるというかすかな希望が出てきたように思います。ということで、懇親会が終わる頃、私は皆さんにこう呼びかけました。
 「死ぬ前に闘え」ではなく、「長生きをして、戦い続けましょう。皆さん、是非、長生きをしてください」と……。


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