3月22日(土) 変化の広がり-同友会の「新・日本流経営」と日本経団連の「経労委報告」 [論攷]
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拙著『労働政策』、いよいよ4月25日刊行の予定。
日本経済評論社から2000円(予価)で。予約は、お早めに。
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とうとう、春がやってきました。東京で、桜の開花宣言です。
我が家の近くでは、まだつぼみは堅いままです。でも、浅川の土手にある早咲きの一本だけは、もう花を咲かせています。もうすぐ、桜の花のベルトができることでしょう。
さて、昨日の続きです。昨日は、丹羽さんについて触れましたが、丹羽さんは経済財政諮問会議の4人の民間議員の一人で、経済同友会では政治委員会の委員長でもあります。実は、この経済同友会も、興味深い文書を出しています。
07年4月24日、経済同友会の代表幹事が交代しました。このとき、新しい代表幹事になった桜井正光リコー会長は、その就任挨拶で「新・日本流経営の創造」http://www.doyukai.or.jp/chairmansmsg/pressconf/2007/070424a.htmlという方向を打ち出したのです。
これには、「日本の強みを活かした価値創造と高効率性の追求による経営改革と構造改革」という副題が付いていました。95年5月の日経連の文書には「日本的経営」という用語が残り、この07年4月の挨拶でも「日本流経営」という言葉が用いられています。それに、「日本の強みを活かした……経営改革と構造改革」が打ち出されている点にも注目していただきたいと思います。
たしかに、この挨拶で「構造改革」は否定されていませんし、その推進が掲げられています。しかし、それは「日本の強みを活かした」ものでなければならず、その意味での「新・日本流経営」であるべきだというのが、このとき経済同友会が打ち出した方向だったのです。これについて、桜井新代表幹事は次のように述べていました。
日本企業の経営は、「日本型」と「グローバル・スタンダード」、いや「米国流」と言った方が適切かもしれませんが、これらの狭間で揺れ動いてきたといっても過言ではありません。……
「新・日本流経営」の最も重要な視点は、第一に、グローバルな競争力強化の視点から、日本企業と外国企業の各々の「経営の良さ」を融合することです。そして第二に、市場主義における社会との共生を実現するという、企業の社会に対する責任の実践をも同時に実現することです。
ここで示されている方向は、「日本型」と「米国流」の「融合」です。「舞浜会議」での「今井・宮内論争」から13年経って、両者の妥協がなったということでしょうか。
ただし、06年6月の日本経団連の文書に比べれば、「米国流」に譲歩していると言えるかもしれません。もともと宮内さんに近かった同友会とすれば、それは当然でしょう。
しかし、「競争力強化のためには、まず日本企業の経営に内在する『強み』や『良さ』を再発見することが大事だと考えます。その上で、日本の経済社会で培われてきた価値観や知恵、技術を活かし、国際社会のパートナーにもその『強み』を提供・共有していきます」と述べており、少なくとも、「米国流」をそのまま受け入れるような姿勢を示してはいません。アメリカ一辺倒は、もはや財界内部でも主流ではなくなったということが、この挨拶からも確認できるのではないでしょうか。
昨年12月、毎年、この時期になると出される一つの文書が注目を集めました。それは日本経団連の「経営労働政策委員会報告(経労委報告)」です。この報告は、「わが国の安定した成長を確保していくには、企業と家計を両輪とした経済構造を実現していく必要がある」(33頁)と述べていました。
日本経団連が春闘での賃上げを容認したと、マスコミなどで注目された部分です。実際には、そのような「賃上げ容認論」を吹き飛ばすような渋い結果に終わりつつありますが、しかし、このような記述が登場したこと自体は、大きな変化でした。
また、この「経労委報告」は「市場原理は万能でもなければ、完璧でもなく、さまざまな課題を抱えて」ており、「格差や貧困といった影もある」ことも認めています(3頁)。これも、注目すべき変化です。
さらに、「環境問題への積極的な取り組みをはじめ、幅広いステークホルダーに対する企業の社会的責任(CSR)への期待・要請も高まっている」(5頁)、「企業不祥事は後を絶たない。経営者は、いま一度、自らの経営のあり方を自省、自戒し、企業倫理の確立のために一段と取り組みを強めていかなければならない」(6頁)などという記述もあります。これらの表現も、財界内での変化の広がりを反映するものだったのではないでしょうか。
なお、日本経団連会長の御手洗さんは、実は、春闘での賃上げをもっとはっきりと主張していたのです。それは、2008年2月15日に開かれた経済財政諮問会議の席上でした。
そこで、御手洗さんは、次のような発言を行っています。
新成長戦略の柱として労働力人口を増やすためにいろいろな議論がされ、特に女性や高齢者の就労を増やすということ等々について議論された。そういった新しい経済成長で得られた成果について、賃金の引き上げを通じて、家計に確実に分配されるということも非常に大事なことだと思う。
これによって、初めて消費や住宅投資等に支えられた安定成長が実現され、経済の好循環も生まれると考える。
ちょうど今、春闘の最中であるが、こうした好循環を確立することが、最終的には企業経営にとってもプラスになる。勿論、現在の収益状況や賃上げ余力は、企業によってまちまちではあるが、経営者も中長期的な視点に立ってこうしたことをしっかりと認識し、その認識を共有することが必要であると思う。
これは、今闘われている春闘の直前に、経済財政諮問会議の中で、御手洗日本経団連会長が行った発言なのです。なかなか良いことをいっているじゃありませんか。
首相官邸の大会議室でこっそりと言うのではなく、記者会見でも開いて堂々と発表すれば良いのに、と思います。そうすれば、春闘の結果はもっと違ったものになったかもしれません。
しかし残念ながら、金属労協に対する大手企業の回答は昨年並みで、「新しい経済成長で得られた成果について、賃金の引き上げを通じて、家計に確実に分配されるということ」はありませんでした。それが、「非常に大事なことだ」ということ、「これによって、初めて消費や住宅投資等に支えられた安定成長が実現され、経済の好循環も生まれる」ということ、「こうした好循環を確立することが、最終的には企業経営にとってもプラスになる」ということが、経営者には十分に理解されなかったようです。
御手洗さんも、こう言うだけでなく、いやしくも日本経団連の会長さんなのですから、できることをやるべきだったでしょう。「経営者も中長期的な視点に立ってこうしたことをしっかりと認識し、その認識を共有することが必要」だということを会員の企業にしっかりと周知徹底するために、もっと行動すべきだったのではないでしょうか。
いずれにしましても、日本経団連の会長によって「賃金の引き上げが、経済の好循環を生み出し、最終的には企業経営にとってもプラスになる」という認識が示されたことは、極めて重要です。労働者の要求は正当であるということを、経営者団体のトップが認めたのですから……。
94年の「舞浜会議」から13年。財界も、それなりに学んだということでしょうか。「国際派」の市場原理主義者の跳梁跋扈を許さないほどに、「アメリカ・モデル」の機能不全と「市場原理万能論」の弊害が明らかになったということなのでしょうか。家計への配慮をことさら強調しなければならないほどに、庶民の暮らしは苦しくなったということなのでしょうか。
恐らく、その全てだったでしょう。そして、このような状況変化の影響を強く受けた新しい動きは、財界以外のところでも生じていたのです。
拙著『労働政策』、いよいよ4月25日刊行の予定。
日本経済評論社から2000円(予価)で。予約は、お早めに。
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とうとう、春がやってきました。東京で、桜の開花宣言です。
我が家の近くでは、まだつぼみは堅いままです。でも、浅川の土手にある早咲きの一本だけは、もう花を咲かせています。もうすぐ、桜の花のベルトができることでしょう。
さて、昨日の続きです。昨日は、丹羽さんについて触れましたが、丹羽さんは経済財政諮問会議の4人の民間議員の一人で、経済同友会では政治委員会の委員長でもあります。実は、この経済同友会も、興味深い文書を出しています。
07年4月24日、経済同友会の代表幹事が交代しました。このとき、新しい代表幹事になった桜井正光リコー会長は、その就任挨拶で「新・日本流経営の創造」http://www.doyukai.or.jp/chairmansmsg/pressconf/2007/070424a.htmlという方向を打ち出したのです。
これには、「日本の強みを活かした価値創造と高効率性の追求による経営改革と構造改革」という副題が付いていました。95年5月の日経連の文書には「日本的経営」という用語が残り、この07年4月の挨拶でも「日本流経営」という言葉が用いられています。それに、「日本の強みを活かした……経営改革と構造改革」が打ち出されている点にも注目していただきたいと思います。
たしかに、この挨拶で「構造改革」は否定されていませんし、その推進が掲げられています。しかし、それは「日本の強みを活かした」ものでなければならず、その意味での「新・日本流経営」であるべきだというのが、このとき経済同友会が打ち出した方向だったのです。これについて、桜井新代表幹事は次のように述べていました。
日本企業の経営は、「日本型」と「グローバル・スタンダード」、いや「米国流」と言った方が適切かもしれませんが、これらの狭間で揺れ動いてきたといっても過言ではありません。……
「新・日本流経営」の最も重要な視点は、第一に、グローバルな競争力強化の視点から、日本企業と外国企業の各々の「経営の良さ」を融合することです。そして第二に、市場主義における社会との共生を実現するという、企業の社会に対する責任の実践をも同時に実現することです。
ここで示されている方向は、「日本型」と「米国流」の「融合」です。「舞浜会議」での「今井・宮内論争」から13年経って、両者の妥協がなったということでしょうか。
ただし、06年6月の日本経団連の文書に比べれば、「米国流」に譲歩していると言えるかもしれません。もともと宮内さんに近かった同友会とすれば、それは当然でしょう。
しかし、「競争力強化のためには、まず日本企業の経営に内在する『強み』や『良さ』を再発見することが大事だと考えます。その上で、日本の経済社会で培われてきた価値観や知恵、技術を活かし、国際社会のパートナーにもその『強み』を提供・共有していきます」と述べており、少なくとも、「米国流」をそのまま受け入れるような姿勢を示してはいません。アメリカ一辺倒は、もはや財界内部でも主流ではなくなったということが、この挨拶からも確認できるのではないでしょうか。
昨年12月、毎年、この時期になると出される一つの文書が注目を集めました。それは日本経団連の「経営労働政策委員会報告(経労委報告)」です。この報告は、「わが国の安定した成長を確保していくには、企業と家計を両輪とした経済構造を実現していく必要がある」(33頁)と述べていました。
日本経団連が春闘での賃上げを容認したと、マスコミなどで注目された部分です。実際には、そのような「賃上げ容認論」を吹き飛ばすような渋い結果に終わりつつありますが、しかし、このような記述が登場したこと自体は、大きな変化でした。
また、この「経労委報告」は「市場原理は万能でもなければ、完璧でもなく、さまざまな課題を抱えて」ており、「格差や貧困といった影もある」ことも認めています(3頁)。これも、注目すべき変化です。
さらに、「環境問題への積極的な取り組みをはじめ、幅広いステークホルダーに対する企業の社会的責任(CSR)への期待・要請も高まっている」(5頁)、「企業不祥事は後を絶たない。経営者は、いま一度、自らの経営のあり方を自省、自戒し、企業倫理の確立のために一段と取り組みを強めていかなければならない」(6頁)などという記述もあります。これらの表現も、財界内での変化の広がりを反映するものだったのではないでしょうか。
なお、日本経団連会長の御手洗さんは、実は、春闘での賃上げをもっとはっきりと主張していたのです。それは、2008年2月15日に開かれた経済財政諮問会議の席上でした。
そこで、御手洗さんは、次のような発言を行っています。
新成長戦略の柱として労働力人口を増やすためにいろいろな議論がされ、特に女性や高齢者の就労を増やすということ等々について議論された。そういった新しい経済成長で得られた成果について、賃金の引き上げを通じて、家計に確実に分配されるということも非常に大事なことだと思う。
これによって、初めて消費や住宅投資等に支えられた安定成長が実現され、経済の好循環も生まれると考える。
ちょうど今、春闘の最中であるが、こうした好循環を確立することが、最終的には企業経営にとってもプラスになる。勿論、現在の収益状況や賃上げ余力は、企業によってまちまちではあるが、経営者も中長期的な視点に立ってこうしたことをしっかりと認識し、その認識を共有することが必要であると思う。
これは、今闘われている春闘の直前に、経済財政諮問会議の中で、御手洗日本経団連会長が行った発言なのです。なかなか良いことをいっているじゃありませんか。
首相官邸の大会議室でこっそりと言うのではなく、記者会見でも開いて堂々と発表すれば良いのに、と思います。そうすれば、春闘の結果はもっと違ったものになったかもしれません。
しかし残念ながら、金属労協に対する大手企業の回答は昨年並みで、「新しい経済成長で得られた成果について、賃金の引き上げを通じて、家計に確実に分配されるということ」はありませんでした。それが、「非常に大事なことだ」ということ、「これによって、初めて消費や住宅投資等に支えられた安定成長が実現され、経済の好循環も生まれる」ということ、「こうした好循環を確立することが、最終的には企業経営にとってもプラスになる」ということが、経営者には十分に理解されなかったようです。
御手洗さんも、こう言うだけでなく、いやしくも日本経団連の会長さんなのですから、できることをやるべきだったでしょう。「経営者も中長期的な視点に立ってこうしたことをしっかりと認識し、その認識を共有することが必要」だということを会員の企業にしっかりと周知徹底するために、もっと行動すべきだったのではないでしょうか。
いずれにしましても、日本経団連の会長によって「賃金の引き上げが、経済の好循環を生み出し、最終的には企業経営にとってもプラスになる」という認識が示されたことは、極めて重要です。労働者の要求は正当であるということを、経営者団体のトップが認めたのですから……。
94年の「舞浜会議」から13年。財界も、それなりに学んだということでしょうか。「国際派」の市場原理主義者の跳梁跋扈を許さないほどに、「アメリカ・モデル」の機能不全と「市場原理万能論」の弊害が明らかになったということなのでしょうか。家計への配慮をことさら強調しなければならないほどに、庶民の暮らしは苦しくなったということなのでしょうか。
恐らく、その全てだったでしょう。そして、このような状況変化の影響を強く受けた新しい動きは、財界以外のところでも生じていたのです。
2008-03-22 20:58
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やっと風向きが変わりつつあるという感じでしょうか
引続き拝読させていただきます
by yohkuma (2008-03-22 23:33)