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4月19日(月)  「秘密の花園」と「大きな落とし穴」-税制改革における消費税増税論の陥穽 [論攷]

〔以下の論攷は、八王子革新懇話会機関誌『革新懇話会』第45号(2010年3月25日号)に掲載されたものです。〕

「秘密の花園」と「大きな落とし穴」-税制改革における消費税増税論の陥穽

税制改革論議における二つの領域

 2月24日、政府は税制調査会の専門家委員会の初会合を開催し、税制改革論議を開始しました。新聞は、この改革論議が「消費税を含む」ことを強調しています。税制改革に向けての論議は必要であり、現行税制は改革されなければなりません。しかし、それが消費税の増税に結びつくものであってはなりません。
 このような税制改革論議については、次のような二つの領域があります。
 一つは、大企業や金持ちへの増税であり、旧体制の側にとって立ち入られては困るいわば「秘密の花園」です。これは、税収増を図り、格差是正にも資することができ、国民の反対も少ない現実的な道です。しかし、ここに立ち入ってもらっては困る人たちがいます。それは、これまで優遇され、減税の恩恵を受けてきた大企業や資産家です。これらの人々に支援されている自民党も、この「花園」を秘密にしておきたいと考えているでしょう。もともと、自民党はここに立ち入るつもりはなく、また、立ち入ることのできない聖域としてきたからです。
 もう一つの領域は消費税の増税であり、いわば平坦な地面で偽装された「大きな落とし穴」です。これは、安定した税収にはなりますが、景気が回復しても増収には結びつきにくく、逆累進性がありますから格差の是正には役立たず、国民の中に根強い反対のある困難な道です。しかし、民主党をこの場所に誘導し、落とし穴に突き落とそうと狙っている勢力がいます。消費税の増税論を執拗に働きかけている自民党やマスコミです。とりわけ自民党は、消費税の増税に向けての茨の道を民主党に切り開いてもらい、あわよくば、選挙の公約に掲げさせて足をすくおうと考えているようです。消費税の増税を掲げた民主党が選挙で負ければ、それで良し。よしんば勝ったとしても、企業・資産家増税を回避して消費税の増税に着手させれば、それはそれでまた良し、というわけです。
 つまり、自民党が民主党に消費税の増税をたきつけている狙いは、第1に、自らが作り出した膨大な財政赤字の尻ぬぐいをさせること、第2に、大企業や金持ちへの増税を回避すること、第3に、民主党を政権の座から引きずり下ろすための武器として活用することです。このようなたくらみに、民主党は気がついているのでしょうか。自民党が誘う消費税増税論の先には、「大きな落とし穴」が待っていることを知っているのでしょうか。

「劇薬」としての消費税

 私たちは、消費税について2回の経験を持っています。1回目は1989年で2回目は1997年ですが、最初は3%の消費税が初めて導入され、次に、この税率は5%に引き上げられます。この2回の経験は、私たちに何を教えているでしょうか。私たちは、歴史の教訓として何を学ぶべきでしょうか。
 少なくとも次のことは指摘しておく必要があるでしょう。
 第一に、消費税を導入した与党・自民党は、その直後の国政選挙で敗北したという事実です。消費税が導入された89年夏に参院選が行われましたが、この選挙で自民党は大敗し、初めて過半数を割ります。消費税が3%から5%に引き上げられた97年の翌年、98年の夏にも参院選が行われました。この選挙でも、自民党は大敗しています。
 第二に、このように、いずれの参院選でも自民党は敗北しますが、その結果について最高責任者が責任をとらされました。89年の場合には宇野宗佑首相が、98年の場合には橋本龍太郎首相が、選挙敗北の責任をとって辞任することになります。つまり、消費税の導入や引き上げは、それを実行した最高責任者の首をはねる結果になったということです。宇野さんの場合には「3点セット」といわれたように、女性スキャンダルや牛肉・オレンジの輸入自由化問題があり、橋本さんの場合にも減税を巡る発言の迷走がありましたが、いずれの場合にも、消費税が大きな敗北要因の一つであったことは明らかです。
 第三に、このような消費税のマイナスの影響は、時の政権に対してだけでなく、その後の日本経済・社会にも及んだということを忘れてはなりません。それは、長期にわたる不況の引き金を引き、経済と社会を混乱に陥れました。89年の場合には、翌年にバブル経済が崩壊したこともあって、その後、「失われた20年」が続くことになります。その途中、ようやく景気回復の兆しが見え始めたとき、それを挫いたのが97年の橋本内閣による「9兆円の負担増」であり、この年に起きた北海道拓殖銀行や山一証券の経営破綻でした。
 このような歴史的な経緯を振り返って痛感されるのは、消費税は気楽に手を出してはならない「劇薬」だということです。、消費税増税論の先には「大きな落とし穴」が待っていると書きましたが、その穴の底には、国政選挙で与党を敗北させ、最高責任者を血祭りにあげる鋭利な刃物が牙をむいているのです。
 もちろん、消費税に対する国民の考え方や諸般の事情には変化があり、また、税率の引き上げが打ち出されても、おそらく選挙のマニフェストに掲げられるだけであって、実施までには間があるでしょうから、これまでの経験と今回とでは違いがあります。しかし、それが「取扱注意」のラベルが貼られた「劇薬」であるという点においては、今もなお変わりないように思われます。

逆累進性を反転させ「秘密の花園」で溜め込まれた「蜜」を分け与えよ

 私は税制の専門家ではありませんが、それでも分かることがいくつかあります。一つは、今日の日本において、税制改革は避けられないということです。税のあり方は大きく歪んでしまいましたから、それを是正することが必要です。第2に、私は増税に反対だというわけではありません。今の財政赤字は放置できず、将来への借金を減らすためには、増税が不可避であることは、私にも分かります。第3に、しかし、税は政治の手段ですから、ただ単に税収が増えればよいというわけにはいきません。どのような理念や目的のもとに、どこから取るのか、その影響や効果はどうなのかということも考える必要があります。
 税制改革が必要であり、増税は不可避であるとすれば、問題はどこから取るのか、ということです。判断の基準は、その影響や効果が貧困の増大や格差の拡大という今日の日本が抱えている最大の問題を解決するうえで役に立つのかどうかという点です。「どこから取るのか」と問われれば、「お金のあるところから取るべきだ」と言うべきでしょう。「そのお金はどこにあるのか」と問われれば、「大企業や資産家のところにある」ということになります。「それが貧困の増大や格差の拡大を解決するために役立つのか」と問われれば、「その通り」と答えることができます。貧困層に再分配したり減税したりすれば、貧困や格差の解消に大いに役立つに違いありません。
 大企業や資産家・富裕層は「秘密の花園」です。この「花園」には、タップリと「蜜」が蓄えられています。新自由主義的な政策の下で、税制における逆累進性が強まってきたためです。その結果、富めるものはますます富み、貧しいものはますます貧しくなり、税制が大きく歪んでしまいました。さらにその結果、貧困が増大し、格差が拡大したのです。このような歪みを正して貧困と格差を解消するためには、「秘密」にされてきた「花園」に足を踏み入れ、溜め込まれた「蜜」を取り上げるしかありません。
 この間、逆累進制が強まったのは、新自由主義特有の過ったイデオロギーが税制にも及んでいたからです。それは、自己責任論とトリクルダウン理論という二つの間違った理論でした。自己責任論によって、国民の多くは、「貧しさや格差も全て自分自身の責任だ」と思い込まされてしまいました。その結果、税の徴収による行政サービスの充実や富の再分配に対する政治や行政の責任放棄を許してしまったのです。トリクルダウン理論によって、大企業や金持ちが豊かになれば、「滴がしたたり落ちる(トルクルダウン)ように」、いずれは庶民の懐も豊かになると思い込まされました。その結果、大企業や金持ちへの優遇を黙認してしまったのです。
 しかし、どちらも真っ赤な嘘でした。「秘密の花園」で甘い蜜に群がった人々が我が世の春を謳歌していたとき、その外ではワーキングプアが増大し、非正規労働者が職と住を失って彷徨っていたのです。
 02年から07年まで戦後最長の景気回復があったことを覚えておいででしょうか。大企業は過去最高益を更新し続け、大儲けしていたのです。しかし、その儲けは、労働者に全く還元されませんでした。というより、労働者に支払うべき賃金を出し渋ったために、大企業の内部に貯まってしまったのです。それが、内部留保です。98年から08年までの間、大企業の内部留保は210兆円から429兆円へと219兆円も増えて約2倍強になったのに、賞与を含む年間給与の平均は32.5万円減少してしまいました。富めるものが富み、貧しきものが貧しくなった姿が、ここに象徴されているではありませんか。
 いや、大企業のほかに、もう一つあります。それは、株で大儲けした人々です。ここにもあるんです、甘い蜜を溜め込んだ「秘密の花園」が……。『週刊金曜日』に浦野広明立正大学教授が書かれた「庶民・小企業増税 資産家・大企業減税か!」という記事は、次のような驚きべき事実を紹介しています。

 『プレジデント』誌が自社株配当長者ランキングを報じている(07年12月3日号)。それによれば、年間に山内溥(任天堂相談役)は98億円、柳井正(ファーストリテイリング会長)は63億円、福田古孝(アイフル社長)は60億円の配当があるという。かりに山内溥氏の配当益98億円を74年当時の総合課税で計算すると所得税・住民税は91億円(98億円×93%。実際には超過累進課税の適用となるので若干下回る)となる。それが現行証券税制の下では9億8000万円(配当額の10%)であるから81億3400万円の減税となっている(『週刊金曜日』2010.1.29(784号)、15頁)。

 年間の配当金が98億円!! それに対する税金はたったの1割!! 74年当時からすれば81億円の減税!! べらぼうじゃ、ありませんか。74年の時の税制が維持されていれば、当然、国庫に入り行政サービスの原資となったはずの81億円が、個人の資産として溜め込まれているのですから……。
 これが、「秘密の花園」に溜まっている「蜜」の正体なのです。いつまでも、「秘密」にしておきたいと思うのも良く分かります。2月17日の鳩山首相との党首会談で、共産党の志位委員長が軍事費と大企業・大資産家優遇税制という「二つの聖域」にメスを入れて財源を確保することを提起し、「大企業の過度な内部留保を国民の暮らしに還元させる政策が必要だ」と求めたのは、あまりにも当然ではありませんか。今の政党の中で、「秘密の花園」に足を踏み入れる勇気と力を持っている政党は、共産党くらいしかないということでしょう。
 今、必要な税制改革は、このような形で進められてきた逆累進性を反転させることです。そして、「秘密の花園」で溜め込まれた「蜜」を国民に分け与えることこそ、必要にして可能な改革にほかなりません。消費税の増税がこのような方向に逆行することは明らかです。逆累進制があり、すでに貧しくなっている庶民の懐に手を突っ込んで、さらに税金をむしり取ろうなんて、とんでもないことです。消費税の増税は、富の再分配という政策理念にもそぐわず、格差の解消にも全く役立ちません。現在の日本が直面している最大の課題を解決できないだけでなく、その解決を遅らせるだけです。

必要なのは富を再分配する「鼠小僧税制」なのだ

 江戸時代の昔、鼠小僧次郎吉は、富める者から金品を盗み、貧しい者にばらまいたといいます。盗むことは間違いですが、富を豊かなものから貧しい者に再分配しようとする志は見習うべきでしょう。政治権力があれば、盗む必要はありません。合法的に、富者から貧者へと再分配することが可能です。それこそが、政治と行政の役割ではありませんか。民主党は、せっかく政治権力を握ったのですから、どうしてそれを活用しようとしないのでしょう。政治権力を用いて、富の再分配を行うべきではありませんか。
 今の日本に必要なのは、富める者から貧しい者へと富を再分配する「鼠小僧税制」なのです。新自由主義の下で強まった逆累進性を反転させ、貧困と格差の拡大を押しとどめ、公平で平等な社会を実現するための税制改革こそが求められているのです。そのためには、消費税に頼ってはなりません。消費税の税率を高めれば、庶民の家計も中小企業の営業も、ひいては、景気も日本経済も大打撃を受けることは火を見るよりも明らかなのですから……。

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森中

初めてメールします.
日頃貴ブログを興味深く拝見しています.
税制改革の落とし穴や消費税の意味,野党の狙いなども分かりました.またお金がどこに集中しているか,任天堂やユニクロの経営者が驚くほどの大金を得ていることも分かりました.
しかし,私から見ますと大変危惧すべき点があってコメントさせて頂きました.
この掲載文の著者は,欧米では人間は2階級に別れており下の階級は人間らしさを取り戻すには革命が必要だと考えていらっしゃるのかも知れませんが,日本では事情が違うように思います.
掲載文の一番最後にある「鼠小僧税」,あるいはトービン税を「ロビンフッド」と平気で使う人がいますが,金持ちを暴力で滅ぼして金銀財宝を奪ってくる強盗を望んでいる人は日本では殆どいないと思います.数を頼んでも同じです.法律には道理が必要です.そこに金があり余っており,一方で貧しい人がいるからもってくれば良いというのでは道理がありません.双方が和解してひとつになり階級を産み出さない道しか真の平穏な社会,人間らしい社会を築くことができないことを合意すればこそです.鼠小僧という表現は,この合意から最も遠い言葉だと思います.

by 森中 (2010-04-20 17:51) 

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