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7月26日(火) 九電「やらせメール」問題についての新事実と弁護論 [原発]

 「原発の闇」について、その後も新たな事実が明らかになっています。原発の「安全神話」を支えてきた「闇」の暗さと広がりは、私たちの想像をはるかに超えていると言うべきでしょうか。

 玄海原発の再稼働を巡る「やらせメール」問題についての新たな事実が報道されました。過去に国や佐賀県などが主催した原発関係の6件の住民説明会やシンポジウムなどで、九州電力が毎回、社員や関連会社員ら数百人に参加を呼びかけていたことが九電の内部調査でわかったというのです。
 これに対して、住民説明会やシンポジウムなどに参加を呼びかけることは「市民参加の政治スタイル」であって問題とするには当たらないとする弁護論を目にしました。今日の『朝日新聞』の「やらせメールの深層心理」という記事で、米国カリフォルニア工科大学の下條信輔教授は次のように述べています。

 「やらせメール」問題が耳目をにぎわわせた。原発再開を巡る番組の公平性を損ねた、実にけしからぬ。世論はそういう糾弾路線で一致したが、微妙な違和感を持った。
 アメリカ的な価値観で言うと、動員をかけること自体は問題ではない。市民参加の政治スタイルとして、むしろ当然だ。またたとえ組織がトップダウンで指令しても、たいていは強制たり得ない。不当な強制力を行使した場合に対する内部告発の反動もまた強大だ。(以上、引用終わり)

 これを読んで、「微妙な違和感を持った」のは、私だけではないでしょう。というのは、過去6回に及んだ「動員」は、会場までバスで送迎したり、社員に休暇を取らせて参加させたりしていたもので、「アメリカ的な価値観」からしても、「むしろ当然」などと言えるものではなかったからです。
 調査結果によれば、動員が明らかになったのは、①玄海原発3号機へのプルサーマル発電導入に関する公開討論会やシンポジウムの3件、②川内原発3号機増設に関する公開ヒアリングなど3件だそうです。
 九電は、原子力部門の上層部の指示で、社員や関連会社員、協力会社員らに口頭や文書の回覧、電子メールなどで参加を要請していました。会社ごとに参加人数を割り振り、動員を呼びかけた数は毎回数百人規模に上ったといいます。

 これはまさに会社による組織的な「動員」であり、「組織がトップダウンで指令」したものでした。それは明らかに「不当な強制力を行使した場合」に当たりますが、「内部告発の反動」は、これまで一度もありませんでした。
 確かに、今回の「やらせメール」問題の発覚は関連会社社員からの内部告発によるものでした。しかし、それは初めてのことで、過去にも同様の「やらせ」があったことは今回の調査によって初めて明るみに出てきたものです。
 しかも、過去の例では、会社がバスで送迎したり、休暇を取らせたりしていたというのですから、「強制」であることは明瞭です。下條さんは「当事者達の自発性を軽視し過ぎている」と反論されていますが、このような状況の下でどれだけ「当事者達の自発性」が担保されていたのでしょうか。

 下條さんが前提にされているのは「アメリカ的な価値観」であって、日本の電力会社の現実ではありません。そのために、意図せざる弁護論を展開する結果になっています。
 日本の企業では、「たとえ組織がトップダウンで指令」せず、ちょっと示唆しただけでも部下がその意図を斟酌して行動します。そのために、「たいていは強制」になってしまうのです。
 労働者が会社と一体化し、労働組合ですら規制力を発揮できない電力会社の現実について、あまりにも無知であると言わざるを得ません。このような現実を何も知らないからこそ、下條さんは「微妙な違和感を持った」のではないでしょうか。

 九電の「やらせメール」問題は、日本の企業と社員との不正常な関係をも明らかにしています。それを「アメリカ的な価値観」によって弁護するのではなく、断罪することこそが、必要なのではないでしょうか。


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