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1月17日(火) 今の情勢をどう読み、どう行動するか(その1) [論攷]

〔以下の論攷は、昨年の9月に秋保温泉で開かれた全農協労連全国労働組合セミナーでの講演です。『労農のなかま』No.533、2011年11月号、に掲載されました。4回に分けてアップします。〕

◇はじめに

 3・11東日本大震災と福島第1原発の苛酷事故という未曾有の国難に日本は直面しました。そこからできるだけ早く、立ち直っていくことが必要です。同時に、原発災害を二度と繰り返さない形で、新しい政治、新しい社会をつくっていかなければなりません。それがどのような方向でなされるのかが、21世紀のこれからの日本、大きく言えば世界の行方を決することになるでしょう。
 そういう状況の中で、地方・地域に深い関わりを持つみなさんの職場のあり方やそこでの労働運動・労働組合が持つ任務・役割が非常に大きくなってきているということを、これからお話しさせていただこうと思います。
 とりわけ、福島の人々は五重苦の災害に見舞われたと言ってよいでしょう。
 一つは、言うまでもなく大地震です。しかも、これが海で発生したために大津波が発生しました。これが引き金になって福島第1原発を襲い、放射能被害が発生します。この三つに加えて風評被害があります。福島県の場合は農業・漁業などの第1次産業が大きな比重を占めていますが、風評被害はこれらについてだけではありません。『朝日新聞』8月25日付には「風評被害工業製品も」という記事が載っています。国内ではあまり問題になっていませんが、外国に日本の製品を輸出しようとすると、放射能の検査を要求されます。日本の製品はすべて放射能に汚染されているのではないかとの誤解を受けているからです。
 さらにもう一つあると、福島の人たちは言っているそうです。政治の被害です。政治が効果的に動いていないからです。復旧・復興や放射能の除染と言っても、どういう方向でどのようにやるのかという先がなかなか見えてきません。
 このような五重苦という問題があります。その五つの被害の一つに数えられている政治がこれからどう機能を回復していくのか。それが大きく問われるなかで、新しい内閣が出発しました。

Ⅰ 野田新内閣をどう見るか

 (1)党内融和・対野党協調最優先の「政局内閣」――政策よりも政局を優先

 野田新内閣は、これから何をやるかということよりも、できるだけ対立を起こさず政権基盤を安定させたいという考え方が優先された内閣です。「所信表明演説」でも、新内閣として何をやるかという点での具体論がありません。
 民主党の役員人事でも、幹事長に小沢グループの輿石東氏、政調会長には前原誠司氏を起用しました。前原氏は、自民党やアメリカとのパイプの太さが評価されたと言われています。閣僚人事でも、一川保夫防衛相の起用など小沢グループにも目配りし、野党対策のためか国対委員長経験者を6人も入閣させました。
 そのうえ、組閣前なのに米倉弘昌経団連会長など財界首脳や自民・公明両党との党首会談をやるというように、各方面に気配りをし、どこからも波風が立たないようにしています。しかし、このような安定した政治基盤を固めた上で、首相として何をめざし、何をやるのか、ということが未だに見えてきません。国家ビジョンや政治目標が不明確であるという点に、野田首相の大きな弱点があると言えるでしょう。

 (2)予想よりも高い支持率――鳩山政権よりは低く菅政権とほぼ同じ

 このように波風が立たないようにしたこともあって、野田新内閣の支持率は、鳩山政権よりは低いものの菅政権とほぼ同じで約60%となっています。「この顔ですから、直ぐに支持率が上がるとも思えません」と言っていた野田首相にとっては「痛し、痒し」でしょう。最初が高いと、後は下がるばかりだからです。
 野田首相は、なかなか演説がうまいようです。街頭演説で鍛えてきたそうですが、たしかに代表選挙での演説も、決選投票前に行なった演説は海江田さんに比べて訴えるものがありました。
目立たない人柄ではありますが、その分、安定感・安心感が評価されたのかもしれません。この間、1年(平均361日)でやめる首相が5人も続きましたから、もう少し長くやってほしいという国民の期待があったのではないでしょうか。対立や不和にウンザリし、一丸となって震災・原発対策に取り組んでほしいという願いが反映されたという面もあると思います。
 マスコミの報道も好意的でした。野田さんの「どじょう」演説に幻惑されたのではないでしょうか。「どじょう汁、レシピを書くのは財務省」と言われていますが、財務省のレシピ通りに「どじょう汁」を野田さんが作るかどうか、今後、注目されるところです。あるいは、「官僚の振り付けで踊るどじょうすくい」というところでしょうか。字余りですが、いずれにしましても、「どじょう」演説が評判になって、国民やマスコミ受けしたのではないかと思います。

 (3)「先祖返り」する民主党

 野田新政権は、「小沢グループ」を政権内に取り込むことに成功しました。輿石幹事長も小沢さんに近い人です。しかし、これらの人事が、かえって新しい問題を生む可能性があります。
 菅政権は反小沢でまとまっていましたが、今度は小沢グループが内閣に入ったため、「小沢対反小沢」の対立軸が政権の内部で生ずる可能性があります。閣内不統一という問題が生まれる可能性があるということです。
 行政手腕が未知数な不適材不適所の人事も行なわれています。一川防衛相は「安全保障に関しては素人だが、これが本当のシビリアンコントロールだ」などと言っています。また、はじめて入閣した人が10人もいます。外務・財務・経産・官房長官は内閣の主要閣僚ですが、さっそく経産大臣の鉢路さんは福島を視察したあとの発言を問題視され、福島の人たちに不快な思いをさせた、被災者の感情を考慮しない発言であるということで、辞任し枝野さんに交代しました。
 さらに、民主党らしさが失われ、どんどん「先祖返り」しているというのも、新内閣の特徴です。政調会を復活させ、政策決定の仕方も自民党とよく似てきました。こうなると、政権交代はいったい何だったのか、その正当性が問われることになります。
 新政権になったからといっても、政治が取り組まなければならない課題や政治を取り巻く環境は前政権の時と変わっていません。震災からの復旧・復興と原発事故対応、衆参両院の「ねじれ」状況、民主・自民・公明の「3党合意」による縛りとマニフェストからの転換、「小沢処分問題」の処理、消費税の増税、TPPへの参加、「大連立」への傾斜や原発の再稼働問題、脱原発依存方針――これらの難しい問題をたくさん抱えています。
 なかでも、みなさんはTPPへの参加問題に関心が高いと思いますが、これに入らないと日本はアジアの経済成長に乗り遅れてしまうという人がいます。しかし、アジアで参加しているのはベトナム、マレーシア、シンガポール、ブルネイにすぎず、中国や韓国などは参加していません。中国や韓国が世界から取り残されるというのでしょうか。
 この協定は関税の撤廃を原則としていますが、自由貿易の対象になっているのは農業だけではありません。21の項目があり、金融、医療、保険など国民の生活に関わる大きな問題がたくさんあります。労働も入っていますから、安い労働力が海外から入ってくる可能性があります。
 これらの項目の内容は以前からアメリカが日本に要求してきたもので、年次改革要望書の中に入っていたものばかりです。要するに、多国間協定をテコとして、これまでアメリカが日本に要求してきた門戸開放の要求を押しつけようというのがTPPなのです。
 しかし、これまでアメリカが要求して日本に押し付けてきたことで、うまくいったことがあったでしょうか。ベトナム戦争、イラク戦争、アフガン戦争への加担はすべて失敗しています。新自由主義による市場原理主義を押し付けられ、規制緩和しろといわれてアメリカ流の構造改革を日本に持ち込んだ結果、どうなったでしょうか。非正規労働が拡大し、格差が増大し、貧困化が進みました。日本経済はめちゃくちゃになっています。
このTPPも、日本社会をぶっ壊すことになるでしょう。日本の将来にとって大きな分岐点になる可能性があり、野田首相の対応が注目されます。

(4)政治劣化の背景――政治改革の失敗と小選挙区制

 あいつぐ首相交代に示されるように、日本の政治は著しく劣化しています。それはどうしてでしょうか。その背景には、政治改革の失敗と小選挙区制があります。金権政治をなくし、政党・政策本位の選挙にするということで政治改革が取り組まれました。政党助成金が導入され、選挙制度も中選挙区制から小選挙区比例代表並立制に変わりました。これが大きな間違いだったのです。
 小選挙区制は、選挙区から1人しか当選できません。たとえば2人立候補して1人が51%取れば当選します。49%得票した人は落選です。全国でこのようなことが起きたとすれば、得票率51%の政党の議席率が100%になります。49%の国民の意思は完全に無視されてしまうのです。
私は、1993年に小選挙区制の導入が政治課題として表面化してから、一貫してこれに反対し続けています。しかし、結局、1994年に比例代表制と組み合わせて導入されてしまいました。小選挙区制比例代表並立制ではなく、比例代表制だけにするべきだったと思います。
結局、このような選挙制度になったために小選挙区制による2大政党制化が進みました。その結果、小政党の排除、理念・政策に基づかない政党の登場、2大政党の政策的な接近、短期間による多数派政党の入れ替わりと「ねじれ」現象などの問題が生まれました。また、一方での大連立や翼賛化への誘惑と他方での連立・連携の困難さなどのジレンマにも直面することになりました。
 小選挙区で自民党の現職議員がいれば、そこで立候補しようと思ったら自民党では無理です。別の政党から出るしかないということで、民主党に入るわけです。そのようにして、野党時代の民主党に入った人はたくさんいます。
政策や理念はあまり関係ありません。とにかく、選挙で当選したい、大臣になりたい、政権交代して与党になりたい、あわよくば総理大臣に、という人ばかりです。このような野心家がたくさん入っている「選挙互助会」――これが民主党なのです。
しかし、選挙で当選して何をやるのか、大臣や首相になって何をめざすのか、どんな日本をつくっていくのか、などということは、あまり考えていません。ですから、民主党には綱領がありません。綱領を作ろうとすると意見が一致せず、党が分裂してしまうからです。野田首相の国家ビジョンが不明確で政治目標があいまいなのも、同じような背景からきています。
 本来、政党というのは理念や政策にもとづいて結成され、政治権力を獲得して、それを実現することをめざす政治組織です。この本来の政党のあり方からすれば、「選挙互助会」でしかない民主党は、政党としての根本的な弱点を抱えていると言ってよいでしょう。


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