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12月20日(土) 総選挙後に安倍首相の表情が「終始険しかった」のはどうしてなのか [首相]

 総選挙が投開票された翌日、12月15日付の『産経新聞』に「衆院選 首相が本気の民主潰し、『大物』狙い撃ちを徹底」という記事が出ています。そこに何気なく書かれていた、次のような文章に目が留まりました。
 「衆院選は自民党が勝利を収めたが、安倍には忸怩(じくじ)たる思いが残る」「衆院選は自公で3分の2超の議席を得たが、憲法改正は遠のいた。任期4年で改憲勢力をどう立て直すのか。勝利とは裏腹に安倍の表情は終始険しかった」というのです。なぜ安倍首相が「忸怩たる思い」を持ち、その「表情は終始険しかった」のでしょうか。

 第1に、憲法をめぐる国会内の勢力分野が大きく変わってしまったからです。総選挙では、次世代の党の壊滅、維新の党の不振、みんなの党の消滅という形で「第三極」は存在感を大きく低下させました。
 その結果、「いざという時の第三極頼み」という戦術が取れなくなってしまったわけです。とりわけ、改憲発議については衆参両院で3分の2を確保しなければなりませんが、参院での3分の2は再来年の参院選で躍進しても自民党だけでは無理で、公明党が頼りにならない場合、「第三極」を当てにしていたようです。
 特に、次世代の党が大きな援軍でしたが、それがほとんど姿を消してしまいました。安倍さんとしては、これほど大きな計算違いはなかったでしょう。

 それに、与党の中でも与党内「野党」ともいうべき公明党が議席を増やし、与党内での比重を高めました。公明党は、集団的自衛権の行使容認問題でもそうだったように、支持団体の創価学会内に平和志向の強い女性部を抱えています。
 今後の関連法の改定や日米ガイドラインの改定などでもできるだけ「限定」する方向で抵抗するとみられます。総選挙が終わってすぐに、安保法制の改定について、集団的自衛権行使容認の範囲を「日本周辺の地域」に限る方針だとの報道がありました(『毎日新聞』12月18日付)が、これは公明党の意向を踏まえた方針転換だと思われます。
 また、憲法についても公明党は9条を変える「改憲」ではなく、プライバシー権などの新たな条項を追加する「加憲」の立場です。安倍首相の改憲戦略にとっては、「躓きの石」になるかもしれません。

 さらに、それ以上に頭が痛いのは野党の中の野党ともいうべき共産党が躍進したことです。民主党も議席を増やしましたから野党内の勢力地図は大きく塗り替えられ、安倍首相にとっては味方が減っただけでなく、敵対する勢力が大きく増えたことになります。
 その結果、これまで十分でなかった国会の各種委員会での委員を確保し、いままでよりずっと多くの共産党議員が幅広い領域で論戦に参加できるようになります。様々な情報へのアクセスも容易になって調査能力が格段に増し、省庁への影響力も強まり、独自の議案提案権によって法案を提出することができ、党首討論に志位委員長が出て直接安倍首相と渡り合うことになります。
 これほど、安倍首相にとって困った事態はないでしょう。険しい表情になるのは当然で、今からでも国会運営の難しさにたじろぐ思いなのではないでしょうか。

 第2に、盛り上がらなかった選挙戦と投票率の低さという問題があります。これは、「争点隠し」によって意識的に選挙が盛り上がらないようにし、組織的な基盤のある政党を有利にしようとした安倍首相自身の責任でもあります。
 その結果、自民党は小選挙区では18万票減で議席を減らしたものの、比例代表では104万票増で議席も増やしました。公明党は議席を4議席増やして比例代表の得票数も19万票増になっています。
 両党とも投票率が下がったにもかかわらず比例代表での得票を増やしていますから、低投票率に助けられたわけではなく支持そのものを増やしたと言えます。しかし、それはアベノミクスを続ければデフレ不況から脱却して好循環が始まるという口車に乗せられ、景気回復への淡い期待を抱いた消極的な支持であり、民主党や第三極を見放して行き場を失った一種の「吹き溜まり」のようなものです。

 安倍首相は、今回の支持増大が「吹き溜まり」であり、別の風が吹けば飛び散ってしまうことを薄々感づいているのかもしれません。そこに熱狂はなく、醒めた計算と懐疑的な眼差しがあるだけです。
 「この道しかない」と言って有権者に無理強いしたアベノミクスの前途は不透明で、経済の先行き不安を感じているのは安倍首相も同様でしょう。しかも、消費増税の打撃が思いのほか大きく、円安が必ずしも日本経済にプラスにはならず、かえって物価高を招いて消費不況を強めてしまうことが明らかになりました。
 今後もアベノミクスによって景気が回復し、好循環が始まる可能性は低いと見たからこそ、安倍首相は「今のうち解散」に打って出たわけです。それにもかかわらず、1年半後の消費税10%への再引き上げを確約してしまったわけで、いずれそのツケがやってくるのではないかという心配が頭をよぎったのではないでしょうか。

 第3に、これからの安倍首相はいくつもの難題に直面し、ジレンマを抱えることになるからです。それがどれほど大きな打撃となって日本の政治と社会を揺るがせ、安倍政権を打ちのめすかは分かりませんが、やってくるのは確実で逃れることはできません。
 そのうちの一つは、沖縄の新基地建設をめぐるジレンマで、辺野古での新基地の建設に反対だという民意は今回の総選挙でもはっきりと示されました。名護市長選、名護市議選、沖縄県知事選、そして今回の総選挙と、今年に入ってから全ての選挙で基地反対派が勝利したという事実には極めて重いものがあります。
 それにもかかわらず安倍政権は新基地建設を強行しようとしており、今後、政府と沖縄の対立はさらに強まると予想されますが、その時、アメリカ政府はどう対応するでしょうか。辺野古での新基地建設は無理だと諦めるようなことになれば(その可能性は少なくないと思います)、階段を外された安倍政権は窮地に陥ることでしょう。

 もう一つは、TPPへの参加をめぐるジレンマです。中間選挙での共和党の勝利によってオバマ政権は今まで以上に強い態度に出てくる可能性があり、日本に譲歩することは考えられません。
 かといって、この段階での交渉離脱は日米関係を悪化させて政権危機を招きますし、交渉が妥結したとすれば日本が屈服したことを意味します。例外なしでの関税撤廃やISDS条項の導入などによって日本の国内市場の全面的な開放がなされ、農業を始め、商業、建設、医療、保険、金融などの分野は壊滅的な打撃を受けるでしょう。
 地方の創生を言いながら、地方の壊滅に向けての扉を開くというわけです。地方・地域の存続をさらに難しくするような政策展開は地方の「保守」勢力との矛盾や対立を拡大し、自民党という政党の命取りになる可能性さえ生み出すことでしょう。

 三つめのジレンマは原発再稼働をめぐるものです。安倍政権は原発の再稼働を目指して着々と準備を進めてきました。しかし、福島第1原発の事故は未だ原因も不明で事故は収束していず、放射能漏れを遮断する凍土壁は失敗で、放射能漏れ自体もこれまで発表されていた以上の量に上ることが明らかになっており、脱原発を求める世論は多数です。
 このような中での再稼働の強行は世論との激突を招くでしょう。とりわけ、原発の周辺30キロ以内でありながら発言権を認められない自治体の危惧と反発には強いものがあります。
 エネルギーを原発に頼る政策への復帰は、再生可能エネルギーの軽視と買い入れの停止などと結び付きます。太陽光発電などの再生可能エネルギーを新しいビジネスチャンスととらえて取り組んで来た企業や自治体などの反発は大きく、再生可能エネルギーをテコとした循環型経済による地域の活性化を目指してきた動きも封じられ、このような方向での地方創生の芽を摘むことになります。

 さらに、四つめのジレンマは労働規制緩和についてのものです。安倍首相は、総選挙翌日の記者会見で「農業、医療、エネルギーといった分野で大胆な規制改革を断行し、成長戦略を力強く前に進めてまいります」と述べましたが、これまでの「労働」が抜けて、新たに「エネルギー」が入りました。
 これは言い間違いなのでしょうか。それとも、意識的に言い換えたのでしょうか。
 労働の規制緩和をあきらめたというのなら結構ですが、通常国会には「生涯ハケン」を可能にする労働者派遣法の改正案が出ると言われ、ホワイトカラーエグザンプションの新版である「残業代ゼロ法案」の準備も進んでいます。これによって派遣が拡大され、労働時間が長くなれば、非正規雇用の拡大、雇用の劣化、過労死・過労自殺やメンタルヘルス不全が蔓延し、経験の蓄積、技能の継承、賃金・労働条件の改善、可処分所得の増大などは望めなくなり、労働力の質は低下し、消費不況と少子化はさらに深刻となって、日本企業の国際競争力と経済の成長力は失われることになります。
 当然、女性の社会進出はさらに困難となり、デフレ不況からの脱却は不可能になるでしょう。「この道しかない」と言って「成長戦略を力強く前に進め」た結果、自滅への道に分け入ってしまうことになるわけで、これこそ最大のジレンマだと言わなければなりません。

 
 安倍首相は、これ以上の内閣支持率の低下を避け、消費再増税の延期についての責任問題を回避して財務省の抵抗を排するために、総選挙に打って出たとみられています。しかし、その結果は必ずしも意図したようにはならず、多くの誤算をはらむものでした。
 今回の総選挙の結果、来年に予定されている自民党の総裁選は何とかしのげそうですが、その前の統一地方選や再来年の参院選の壁は越えられるのでしょうか。「自民圧勝」の大宣伝にもかかわらず安倍首相の表情が「終始険しかった」のは、それが必ずしも容易な課題ではないということに気が付いたからかもしれません。

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